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ある日の『上葛城商店街』  作者: いなばー
決戦、カブトムシ取り(吟太郎)
36/60

決戦、カブトムシ取り

 俺は酒屋の息子、清須吟太郎。美少女の薫子ちゃんに頼まれて、一緒にカブトムシを捕りに行く。腐れ縁のウヅメとか余計な奴もついているけど……。


 今回の登場人物は全員「ある日の『上葛城商店街』」からの登場となります。

 「女の戦い」のエピソードで受けた心の傷を薫子は引きずっていますが、あまり本筋には関係してきません。

 これ単独でも楽しめると思います。



●登場人物

・清須吟太郎 : 酒屋の息子、今回初登場。

・内染薫子 : ランジェリーショップの娘、登場作「ある日の『上葛城商店街』」

・天笠宇都女 : 化粧品店の娘、登場作「ある日の『上葛城商店街』」

・清須源五郎 : 酒屋の先代、ちょい役 (セリフなし)「ふくれっ面の跡取り娘」

 夏休みだからって、家業の手伝いとか勘弁だ。

 ましてや俺、清須吟太郎きよす ぎんたろうの家がやっているのは酒屋。商品がいちいち重い。

 とはいえ今時実力行使も平気でする父君に逆らえるわけもなく、今日も中学二年の夏休みを削り取って楽しい楽しいお店の手伝いなんぞに励む。


「おい、吟太郎、お客さんだぞ」


 父、一郎に呼ばれて倉庫から店に顔を出すと、待っていたのは一人の少女。

 薄いピンクの日傘を差した彼女は、白いブラウスに赤い膝丈のスカート。まさに可憐という他なかった。


「えーあー、キミ、薫子さん、だっけ?」


 確かそういう名前だったはず。つい先日商店街に引っ越してきた女子。ものすごい美少女だというので商店街の若い衆がやたら盛り上がっていた。

 この子が……。

 でも、俺になんの用が?

 そうか、夏休みの間に引っ越してきてまだ友だちがいない彼女。不安な日々を過ごす中、この俺を頼ってきたというわけだ。

 近場を案内して欲しいとかなんとかそういう話になって、二人してお散歩なんてして。いや~、それってつまり、デートじゃん。ついに俺にも春が?


「そうよ、内染薫子ないせん かおるこ。あなたとは同学年らしいわね」

「そうらしいね。九月からよろしくね」


 ていうか、今から仲よくなってしまおうよ。


「よろしく? まぁ、そうしてあげなくもないわ。美人には常にかしずくバカな男子がいるものだしね」

「え?」


 よく聞こえませんでした。


「今日はあなたにいいお話を持ってきたの」

「お、おう」


 やっぱ、デートのお誘い? 初デートがこんな美少女とかラッキーすぎるだろ?


「今度、私の小さいいとこが来るの。その子にカブトムシをあげたいから、あなた、この辺にあるとかいう穴場で捕ってきなさい?」

「あ、はぁ……カブトムシ?」


 あんましムードのあるデートではなさそうだ……。


「じゃあ、用はそれだけよ。捕ったら私のところへ持ってきなさいね?」

「あれ? キミは来ないの?」

「虫を捕るのは男子の役目でしょ? 女子のすることじゃないわ」


 いやいや、せっかくなんだし、このチャンスを生かしてどうにか彼女と行動を共にしないと。この際虫取りとかムードなしなのは構わない。


「虫取り楽しいよ? せっかく田舎に来たんだし、田舎生活を満喫してみようよ」

「興味なし」

「いや、そう言わずに」


 と、一歩前に出たら、向こうは露骨に顔をしかめた。


「ちょっと待って頂戴。それ以上、私に近付かないでっ」

「え? なんで?」

「なんでってあなた……言わないと分からない?」


 と口元に手をやる。


「さ、さぁ~?」


 詳しく教えて欲しいから、さらに一歩前へ。


「やめて、勘弁して頂戴! なんなの? この商店街には美人をいじめる風習でもあるの?」


 なにをそんなに嫌がっているのか分からない。意味もなく傷付いてしまう……。


「おい、お嬢ちゃん」


 と、声をかけてきたのは俺の祖父さんたる清須源五郎。この酒屋『清須屋』の先代で、まだまだ元気に働いている。


「な、なに?」

「人に物を頼んでおいて、その態度はないだろ?」

「で、でも……」


 祖父さんに睨まれて薫子ちゃんがたじろぐ。


「男を子分みたいにしてこき使おうなんてのもよくないぞ。カブトムシが欲しけりゃ、あんたも一緒に行ってこい」

「女子は虫なんて捕らないものよ?」

「それでも欲しけりゃ行くんだよ!」


 と、美少女にすごむ祖父さん。


「いや、祖父さん、カブトムシぐらい俺が……」

「ダメだ。美人だからって甘やかすと、ロクなことがない。文香の奴がいい例だ」


 文香とは旧姓赤木文香さんのことだろう。『商店街の虞美人草』の二つ名でもって商店街で暴虐の限りを尽くしたと、父さんから聞いている。


「分かったな、お嬢ちゃん、あんたは吟太郎と虫取りに行くんだ」

「イ、イヤよ、虫取りなんてしたくないわ」

「ああ?」


 いきなり拳を頭上に振り上げた。この人は父さん以上に手が早い。


「祖父さん祖父さん……」

「あ、あなた、もしかして……もしかして……二十世紀の遺物、頑固オヤジなの?」


 つぶらな瞳を潤ませて震えているかわいそうな美少女。


「おうともさ。地震雷火事親父のオヤジとは、俺のことさ!」

「ひぃぃぃ……これだから田舎は……これだから田舎は……」

「薫子ちゃん、この人怒らせたらシャレにならないよ?」

「……分かったわ。私も虫取りに行く……。そしてカブトムシをゲットして、いとこちゃんのかわいい笑顔を勝ち取るわっ!」


 拳を握り締めて固い決意。


「おう、その意気だっ!」


 いきなり祖父さんが薫子ちゃんの肩をぶっ叩いた。


「きゃふぅっ! ひ、酷い……なんて野蛮なのかしら……。これだから田舎は……これだから田舎は……」


 ふらふらになって文句を垂れている。


「じ、じゃあ、今晩にでも行こうか? 夜の十時くらい」

「十時! もう寝てる時間じゃない。そんな遅くに起きてたら、お肌に悪いわ。やっぱり私……」

「ああ?」


 祖父さんがまたすごむ。俺でも怖いよ。


「わ、分かりました。分かりましたよ。夜の十時? 夜の十時にまた来るわ」


 もうすっかり半泣きだ。


「それでよし。どうだお嬢ちゃん、ジュースでも飲んでくかい?」

「結構よっ!」


 そのまま走って逃げてしまった。


「祖父さん、グッジョブだっ!」

「グッジョブじゃねぇ! 危うくこき使われるところだったじゃねぇか」


 ぐあっ! いきなり頭にげんこつを落とされた。


「やれやれ、また面倒な美人が現れたな……」


 遠い目の祖父さん。




 経緯はどうあれ美少女と二人っきりの虫取り。つまりはデートだ。

 いや~、なに着てけばいいんだろうなぁ?

 あんまりキメキメだとドン引きされそうだし……やっぱりここは実用重視で、頼れる男を演出かな?

 あれこれ迷った挙げ句、結局いつもと同じジーンズにTシャツ。虫かごにライトに虫除けに……。よしっ、おやつも持っていって気が利く男子なところをアピールだ!

 そして十時。


「来たわ」

「来たよ、吟太郎」

「おい、なんでウヅメがいるんだ?」


 同じ商店街に住む同学年、つまりは幼馴染みのウヅメの奴が突っ立っていやがる。


「こっちが聞きたいよ。薫子の奴に泣いて頼まれたんだ」

「泣いてなんてないわ。どうせ暇だろうから誘ってあげたのよ」


 と、言うのは薫子ちゃんのようなんだけど……。

 カーゴパンツに長袖シャツ、軍手、首にタオルを巻いた上に、口元にもタオルを巻いている。そして頭に被せてるのは……ヘルメット?


「すごい格好だね……」

「当然よ。この玉のお肌が虫に刺されるなんて事態は絶対に避けないといけないの」

「そのヘルメットは?」


 ウヅメが薫子ちゃんの被る、自転車用のヘルメットを指さす。


「山道を歩いて、こけたらどうするの? 頭を打ったら一大事よ」

「まぁ、ね、ただでさえ残念な脳が、いっそう酷いことになるよね」

「失礼だわ」


 うーん、この格好はともかく、せっかくの薫子ちゃんとのデートが気の利かない腐れ縁のせいで台無しだ。


「おい、ウヅメ。お前、いらなくね?」

「私もそう思うよ」

「いいえ、必要よ。男子と二人っきりで夜の山になんて入ったら、レ○プされるに決まってるんだから」


 え? レ……?


「あんた、女子のくせによくそんな酷い単語を口にできるね?」


 ウヅメは呆れ顔だけど、俺には薫子ちゃんの発した言葉の意味がまだ理解できない。


「でも事実だわ。男子中学生なんて、性欲の塊だもの。私みたいな美人は隙を見せたら即レ○プ。無残にヤリ捨てられてしまうの」

「仮にも美人のくせにヤルとか言うな。……ていうか、あんた美人じゃなくなったでしょ? 咲乃さんに敗北して」

「……確かに咲乃お姉様には敗北したわ。でもそれは、あのタチの悪さに敗北しただけ……。美人としてはまだ負けたわけじゃないのよ。あくまで私が一番だから」

「うまく自分に言い訳したもんだ。タチが悪いとか悪口言ってると、咲乃さんにチクるよ」

「それだけは勘弁して! それだけは勘弁して!」


 いきなり腰が低くなってウヅメにしがみつく。

 ……なんかよく分からん因縁があるようだ。八百屋の娘たる咲乃さんは商店街で一、二を争う美人で、俺なんかには優しいんだけどな……。


「まぁいいや、とっとと済ませようよ。帰っておと……ゲームがやりたいよ」

「お、おう、そうしようぜ」

「ああ……また咲乃お姉様に味合わされた地獄を思い出してしまった……」


 などと中学生三人で虫取りの旅に……。




 カブトムシが捕れる穴場はそんなに遠くはない。

 住宅街を突っ切った先にある古墳が、目的地。


「古墳? 古墳の中に入るの?」

「そうだよ、ていうか、もうここが古墳だよ」

「えっ!」


 薫子ちゃんが立ち止まる。


「どうした、薫子」

「え? 古墳てお墓よね?」

「そうだよ。まぁ、森だよね、見ての通り」


 俺が周囲の木々をライトで照らす。


「え? お墓のものを盗るの?」

「まぁ……そういうことに?」


 俺とウヅメは顔を見合わせる。薫子ちゃんが何に引っかかってるのか分からない。


「そ、そんなことしたら、祟られるじゃないっ!」


 がくがくと震え出す。


「……ていうか、侵入した時点で祟られるよ?」


 ヘンなことを言い出したウヅメを見ると、にやにや笑っていやがる。ホント、こいつ性格悪いよな。


「本気で勘弁してよっ! 祟られるなんて勘弁よっ!」

「大丈夫だって、薫子ちゃん。今までみんなして何百匹って捕ってるけど、誰も祟られてないし」

「そ、そうなの?」

「あれ? 薫子の後ろに鎧武者が?」

「きゃぁぁぁっ!」


 おおうっ! 薫子ちゃんが俺の方へ突進するなり抱き付いてきた!

 うわっ! なにこの香り……。


「ひぃぃぃ……」

「げらげら、冗談に決まってんだろ? バ~カ!」

「ひ、酷いっ! 酷すぎるわっ、あなたって人はっ!」


 俺に抱き付いたままウヅメを罵る薫子ちゃん。

 ああ……至福……。


「どうする? もう帰る?」

「ぐぬぬぬぅ……。でもカブトムシは欲しい……」

「大丈夫だよ、捕るのは俺だし、祟られるとしたら俺だよ」

「なるほど、あなた天才」


 俺を見てこくりとうなずく薫子ちゃん。か、顔が近い……。タオルが邪魔で、よく見えないけど。

 とにかく先に進もう。まだ怖いらしい薫子ちゃんは、俺の両肩にずっと手を置いている。この頼られてる感が、実に素晴らしい。

 そして目的の木。この木の樹液に虫が集まるのだ。


「ほらあそこ」


 と、ライトで照らす。


「あのオレンジのは?」


 俺の肩越しに顔を前に出してくる薫子ちゃん。間近に聞こえる鈴のような声が堪らん……。


「あ~、スズメバチじゃん。ダメだね、取れないや」


 ウヅメの言うように、スズメバチが二匹ほど木に取り付いている。

 うーん、夜だしいないと思ったんだけどな……。


「スズメバチ! さ、刺されたら死んじゃうわ!」


 ぎゅっと俺の肩に置かれた手の力が強まる。もっと頼って。俺を頼って。


「いや、他にもまだ場所はあるから。そこ行こう」

「分かった。あなたが頼りよ」


 うん、頼ってください。美少女に頼られるなんて人生初の体験に心ワクワクな俺。

 そして次のポイントに。


「ああ、ここは大丈夫だ」


 クワガタが三、四匹、カブトムシのメスが二匹、オスが一匹いた。


「カブトムシがいるわ。じゃあ、あなた、捕ってきて?」

「了解、この清須吟太郎にお任せあれ」


 「あなた」としか呼ばないところからして、まだ名前を覚えてくれていないようなので、さりげにアピール。

 ちょっと足場が悪いけど、どうにかカブトムシのオスをゲット。続けて、メス一匹と、クワガタを二匹。残りは下に落ちて分からなくなった。


「全部捕れなかったわ」

「まぁ、こんなもんでしょ?」


 ウヅメが言う。


「グズねぇ……」


 すんごい蔑みの声が聞こえてきたんですけど……。薫子ちゃんの御不興を買ってしまったらしい。

 とはいえ足場が悪くて木の下を探るのはムリっぽいな……。


「さっきのところはどうかしら? もうスズメバチはいないかも」

「うーん、一応見てみる?」


 欲張りなお姫様の言いなりになる。

 でも、やっぱりスズメバチはいた。


「諦めようよ。一応捕れたんだし、もういいじゃん」


 と、ウヅメは帰りたがる。


「そうね……あなた、囮になりなさい?」


 薫子ちゃんがウヅメに言う。ウヅメの名前もまだ憶えていないらしい。


「お、囮ってなにさ!」

「あなたがスズメバチを引き付けてる間に、この男子がカブトムシをゲットするの。とてもいい作戦だわ」

「いや、あれに刺されたらマジでシャレにならないんですが!」

「私のいとこ……ひいては私のためよ?」

「なおさら我が身を犠牲にする理由がないっての!」

「なんてわがままなのかしら……」


 両手を腰に当ててため息をつく薫子ちゃん。

 いくら美少女の頼みとはいえ、囮なんて俺でもイヤだ。

 と……。


「あっ! 薫子の後ろにスズメバチっ!」

「きゃあああああっ!」


 ウヅメの言葉を聞くやいなや、薫子ちゃんがものすごい速度で走り出した。


「おい、大丈夫だって、止まれ止まれ!」

「きゃあああああっ!」


 追いかけても薫子ちゃんの足は止まらない。

 こんな足元の悪いところ……。


「きゃふうんっ!」

「あーあ、こけちゃった」


 駆け寄ると、薫子ちゃんはうずくまっている。


「うう……痛い……痛いわ……」


「大丈夫か?」

「ムリ、もう歩けない。帰りたい……」

「じゃあ、帰ろうよ」


 薫子ちゃんを騙して怖がらせたくせに反省ゼロのウヅメ。


「ムリ、歩けない……。でも帰りたい……」


 うーん、参った……。

 よし、ここは男らしいところを見せるか!


「じゃあ、俺がおぶってやる。ほら、来なよ」


 と背中を差し出す。

 当然、下心ありまくりである。


「うう……。分かったわ、私を運びなさい……」


 ありがとうもないけど、細かいことは気にしない。

 とにかく薫子ちゃんが背中に。

 うぉっ、柔らけぇ! 温けぇ! そして、とんでもなくいい匂いっ!

 さっき抱き付かれた時よりいっそういい匂いがしている。

 なんで? なんでなの?


「はぁ……走ったから汗かいちゃったわ……」


 汗? 汗の匂いなの、これ?


「大丈夫、汗臭くなんてないよ? むしろいい匂い?」

「当然よ。美人はくさくなんてならないの」


 あくまで自信たっぷりな美少女。


「じゃあ、ゆっくり行くね」

「ええ、そうして」


 そして彼女をいたわりながら、森の外を目指す。


「はぁ……疲れた、田舎生活はつらいわ……」


 ぐったりと俺の背に身を任せる薫子ちゃん。首に手を回してぎゅっと抱き締めてくる。

 こ、この背中のこの感触って、もしかして……。


「はぁ……つらい……つらいわ……」

「そのー、大丈夫?」

「つらいの……私、ずっと都会に住んでたのに、こんな田舎なんて……。商店街の住民は馴れ馴れしいし、ダサいし、くさいし……ロクでもないわ……」

「は、はぁ……」


 随分な言われようだ。でも、可憐な美少女にとってはつらい試練なのに違いなかった。


「お母さんがお店をしたいって言ったの……。女性が素敵になるようなランジェリーを売るお店がしたいって……。ホントは私、都会から離れたくなかった……。でも、お母さんに夢をかなえて欲しかったの……」

「親孝行だ」

「そうね……。私って美人しか取り得のない奴で、家事もなんにもできないの……。だから今までお母さんのお世話になりっぱなし……。せめて夢の邪魔はしたくなかったのよ……」

「うん、そういうキミの思いやりは、お母さんにも通じてると思うよ?」


 ホントにそう思う。

 いっけんわがままな女の子だけど、こうやって親のことを想ってる素直ないい子なんだ。


「だといいわね……。はぁ……新学期が不安だわ……。私って美人だから、よくやっかみを受けるの……。こんな田舎の中学生どもと馴染めるのかしら……」

「大丈夫。キミにはもう、友だちがいるんだしね……」

「そうなの?」

「俺だよ。俺はもう、キミの友だちだ。いつでも俺を頼ってよ。キミのためならなんでもするしさ」

「そうね……あなたはなかなか見どころがあるようよ……。仲よくしてあげなくもないわ……」

「うん、そうしよう。仲よくしていこうよ、友だちとしてさ」

「そうね……そうしましょうか……」

「……じゃあ、明日もどっか遊びに行こうよ」


 俺なりに勇気を振り絞って誘ってみたのに、薫子ちゃんからの返事はない……。


「すぅ……すぅ……」


 俺の耳元に温かい風が……。これは、薫子ちゃんの……寝息……?

 どうやら俺に背負われているうちに、安心して眠ってしまったようだ。

 気丈な彼女にとっても、知らない土地での生活は不安なものらしい。

 そんな彼女の助けに、俺はなりたい……。




 そして商店街にたどり着く。


「着いたよ、薫子ちゃん」


 背中の眠り姫にそっと声をかける。


「ん? ぅんん~ん……」


 なんか、すっごい色っぽい声を出して薫子ちゃんが身体を起こす。

 俺がしゃがむと彼女は背から離れた。名残惜しい……。


「ふう……よくやったわ。……ん?」

「どうしたの?」


 立っていた薫子ちゃんが急に顔をしかめる。足が痛いのかな?


「……くさい」

「え?」

「……くさい……男子の……男子の汗の臭いが……私の身体に……?」

「あー、ずっと抱き付いていたから?」

「信じられないっ! オカされたっ! 私の身体がオカされたわぁっ!」

「ちょっと待って! ちょっと待って! デカい声でなに言ってんのっ!」

「きゃあああっ! さわらないでえええっ!」


 俺の手を払いのけると、一目散に走り去ってしまった……。

 え? えええええ?


「あーあ、あんたもくさい奴呼ばわりだぁ」


 俺の隣でにやにやしているウヅメ。


「あ、いたんだ、ウヅメ」

「ずっといたっての。あんなんでも虫かごはちゃっかり持って帰ってるのがさすがだよね、あの女」

「はぁ……すごい心が傷付いた……」

「でも、あんなけの美少女をおんぶできたんだから、ラッキーだったじゃん」

「いやそれがさ、すんっごいいい匂いするんだよ、あの子」

「熱く語るな。でもさぁ、どんなけ見た目がよくても、どんなけいい匂いがしても、中身があんなんだから残念もいいとこだよね?」

「まぁなぁ……」


 深いため息な俺。


「じゃ、私も帰るよ、吟太郎」

「あ、そうだ、おかしあるけどいる?」

「お、ちょうだいちょうだい、気が利くねぇ」


 と、持っていたカバンからスナック菓子を出して、ウヅメにやる。


「ちなみにこれ、あいつにあげてたら失敗だったよ」

「なんで?」

「当たり前じゃん。美容を極端に気にするあいつが、こんな夜中にスナック菓子なんて食べるわけがない」

「そっか……」

「どのみち吟太郎にゃ、荷が重すぎたねぇ……」


 にやにや笑いで去っていくウヅメ。

 うるせぇよ。


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