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ある日の『上葛城商店街』  作者: いなばー
女の戦い(宇都女、みこ)
34/60

2.みこ

 私、野宮みこはすごい焦っていた。

 恋人たる水野由起彦に、自分たちは倦怠期だ、などと言われてしまったのだ。

 その後、本屋の響さんのサポートとかあって当面の危機は脱したのだが、私はまだまだ予断を許さないと思っている。

 そこへ、ウヅメちゃんからのプールのお誘いだ。

 これを好機と見た私は、恥を忍んで由起彦を仲間に入れてもらう。咲乃さんは相変わらずの悪魔であったが。

 咲乃さん……そう、咲乃さん……。

 普段は優しいお姉さんだが、今回ばかりは目障りなエネミーだった。

 実は私は由起彦の顔の好みに合っていなかったりする。咲乃さんこそ、由起彦の顔の好みなのだ。

 さらに……由起彦は巨乳派。そして、私より咲乃さんの方が圧倒的にスタイルがいい……。

 ……実に危険な存在だった。

 さて、時間だ。そろそろ由起彦が私を誘いに来る。今日は楽しい楽しいプール遊びだ。


「ちわーっす」

「いらっしゃい、由起彦」


 由起彦は気楽なサンダル姿。ていうか、着ているTシャツもよれよれで、まるで気合いが入っていない。

 奴に危機感は皆無だ。


「駅へ行く前に、あんたに話があるんだけど」

「ん? なんだー」

「メンバーの中に咲乃さんがいるんだよね」

「うん、言ってたなー」

「咲乃さんに目移りしたら、後でどうなるか分かってるわよね?」


 ぎろりと睨んでやる。奴は視線を泳がせる。


「いや~、目移りなんて、するわけないだろ~」

「あんたには危機感がないっ!」


 びしっと指さしてやる。一歩後退する由起彦。


「き、危機感?」

「私たちの仲をこれ以上冷え込ませるわけにはいかないの。ちょっとした油断が私たちの仲を破綻に追い込むのよ……」

「そ、それは大げさだろ~」


 よし、由起彦にも危機感が伝わってきたようだ。


「咲乃さんの方は見ないっ! 分かった?」

「わ、分かった……分かったってばさー」

「一方で、今回のプール遊びは好機でもあります」

「そうなんだ?」

「二人の間に新鮮味を与える好機……」

「……おう」


 唾を飲んで私を見る由起彦。

 しかし私は奴の顔を見れない。


「新しい水着を買いました。期待しておくように」

「お、おう……」


 ちらりと見ると、由起彦の奴は顔が真っ赤。

 当然、私も耳まで真っ赤。

 よしっ、頑張るぞっ!




 そして電車に乗って隣町のプールに。ここは室内プールだ。

 開放感には欠けるが、日焼けの心配をしなくていいのが助かる。

 由起彦の奴は言いつけどおり、咲乃さんに近付かない。常に私の隣にポジショニング。ハンドボール部部長のスキルの賜物である。

 ……て、それはそうと、あの二人の険悪な雰囲気は何なんだ?

 一人は咲乃さん。もう一人は最近引っ越してきたランジェリーショップの娘さんで、確か薫子ちゃん。噂どおりのクール系美少女。

 薫子ちゃんの方が一方的に咲乃さんを嫌っているのだが、咲乃さんもよせばいいのにやたら構おうとしている。

 あの人は意地悪さんなので、わざと嫌がることをやって楽しんでいる可能性は多分にあった。

 まぁ、いいや。

 ……事件は更衣室で起こった。


「見なさい! サキっ!」


 いきなりの叫び声に驚いてそっちを見ると、全裸で両手を腰に当てた仁王立ちをしている薫子ちゃんがいた。


「何やってんの、お前!」


 近くにいたウヅメちゃんがバスタオルで隠そうとするが、それを懸命に払い除けようとする。


「邪魔しないでっ! 私の滑らかな曲線を奴に見せつけないといけないのっ!」

「やめろ、やめて、頼むから恥を知ってっ」


 ウヅメちゃんの懇願によって、どうにか薫子ちゃんは収まった。

 最近の若い子って怖え……。

 そんな醜態を離れて見ていた咲乃さんが、どうにか水着になった薫子ちゃんに近付いていく。また戦争か?


「薫子ちゃん。負けたよ、私……」


 そう言って、手を差し出す。穏やかな顔で。


「え? サキ……」

「やっぱり私はハタチすぎのババア……。ティーンのお肌の張りには勝てやしない……。キミの滑らかな肢体を拝ませもらって、それがよぉく分かったよ」

「わ、分かってくれたのね……」


 潤んだ瞳で咲乃さんの手を取る薫子ちゃん。


「これからの商店街は、キミが一人で背負って立つことになるね。キミこそ、商店街一の美人の名にふさわしい……」

「その称号にはこれっぽっちの魅力も感じないけど、私は勝てたのね?」

「そうだよ、私、負けちゃった……」


 などと目尻に指をやる咲乃さん。芝居がかってんなぁ……。

 と、薫子ちゃんが大きく息を吸い込む。なんだ?


「ざまぁみろ、ばぁぁぁかっ!」


 満開の笑顔で咲乃さんを罵る薫子ちゃん。

 うっわぁ、あの咲乃さんにあんなことして……。生きて商店街に帰れるのか、あの子? 若いって、怖い……。

 咲乃さんのこめかみは痙攣しまくってて、すでにかなりの危険水準。

 ていうか、あの咲乃さんが年下に負けを認めるなんてあり得ないわけで、一回持ち上げてから地面に叩き落とすとかそういうのがやりたかったはずだ。

 なのに薫子ちゃんの天に唾する行為……。

 咲乃さんの計画は大幅にグレードアップされて、あのかわいそうな中学生にねじ込まれることになるだろう。

 奈落に落とされるのは確実……合掌……。




 まぁいいや、人の心配をしている場合ではない。私は私で頑張らないと。


「へぇ、やっぱり高校生って、大人なんですねぇ」


 更衣室の外で立っていると、ウヅメちゃんが話しかけてきた。

 今日のこの子はスクール水着とそう変わらないようなワンピース。


「そうかな?」

「やっぱりそういう水着とか私は着れませんもん、恥ずかしくて」


 ん? 今のセリフにふさわしいのは、中学生らしい恥じらいの視線なんでは? なぜに憐れみの視線?


「大人は頑張らないといけないんですねぇ……」


 だから、なんで憐れみの視線?


「お待たせ~」


 ようやく咲乃さんと薫子ちゃんが出てきた。仲よく腕なんて組んじゃってる。ちなみに咲乃さんは白いビキニで、薫子ちゃんは黒いビキニ。スタイルのいい二人によく似合っていた。

 四人でプールサイドまで。


「遅かったですね?」

「うん、日焼け止めクリーム、塗り合いっこしてたんだ、ね?」

「そうよ。私の玉のお肌に触れるなんて、光栄に思って頂戴ね」

「いやー、やっぱティーンのお肌は違うわ~」


 咲乃さんの笑顔が怖い。


「ていうか、室内プールなのに日焼け止めなんてするんですか?」


 私の問いに、首を傾げる美人二人。

 薫子ちゃんが頭上を指さす。


「室内プールでも、窓から日光が差し込むわ?」

「まぁ、そうかな?」

「あなたって……」


 私よりずっと背の高い薫子ちゃんが私を見下ろす。ていうか、見下す視線。すごい美少女なだけに、そういう目で見られるのは非常にツラい。


「あなたって、女子として終わってるわ……」

「えっ!」

「終わってる……終わってるわ……」


 呟きながら離れていく。


「みこちゃん、頑張らないと」


 深刻な顔でうなずき、咲乃さんも一緒に消えた。取り残される私。


「みこさん……」


 私の隣にいるウヅメちゃんがぽつりとこぼす。


「何、ウヅメちゃん?」

「私たちは私たちで、強く生きましょうね?」


 そう言って私に向けてくるのは、さっき以上の憐れみの視線。それは、自己憐憫でもある様子。

 えっ! 私って、負け組なのっ!




 ふらふらになりながらプールサイドを歩いていると、ようやく由起彦の姿を見つけた。

 クロールで競泳用のコースを泳いでいる。

 実のところ、あいつは割と最近まで泳げなかった。

 それでも努力して努力して、今ではああして力強く泳いでいる。

 そういうあいつの努力家なところが、私は好きだ。

 スタート台まで行って、奴がやってくるのを待つ。

 なんか、逞しい。もうどんどん逞しくなってるんだよね、あいつ。

 由起彦が壁にタッチし、顔を上げる。


「よっ、由起彦」


 上から由起彦に笑顔を向ける。


「お、おう……」


 向こうはすぐにうつむいてしまった。

 ん? 新しい水着に照れたかな?

 せっかくだし、もっと見て欲しいんだけど。


「どうしたの? 一緒に向こうで遊ぼうよ」

「お、おう」


 やっぱり照れてるな。まずは頑張ったかいがあったというところか。

 こうやって、付き合いが長すぎて馴れ合いがちな関係にも刺激を加えていくのだ。


「ねぇ、あなた」


 プールから上がりかけていた由起彦に声をかけたのは薫子ちゃん。両手を腰に当てているので、なんだか威張っているようにも見えてしまう。


「なんだー?」


 上がるのをやめて間抜けに応える由起彦。


「あなたに泳ぎの教え方を教えてあげるわ」


 よく分からないことを言いだした。由起彦も首を傾げている。


「つまり、泳ぎの教え方がうまくなるように、私が手伝ったげるというわけ」


 相変わらずよく分からない。


「ようするに、あんた泳げないから、泳ぎを教えてくださいってこと?」


 薫子ちゃんの後ろから声をかけたのはウヅメちゃん。

 彼女に対して薫子ちゃんが苦い顔を向ける。


「泳げないわけじゃないわ。彼はどうやら泳ぎが得意なようだから、さらなるステップアップのお手伝いをしてあげようっていう、ただの親切心よ」

「あんたが人に親切とかあり得ないんだけど。素直に泳げないって認めたら、私が教えたげるけど?」

「ふん、もし仮に例えば万が一私が泳げないとしても、あなたに教えてもらうなんて絶対にイヤだから」


 ぷいっと顔を背けてしまう。

 目に見えて不機嫌になったウヅメちゃんが、薫子ちゃんの脇腹を掴む。


「え? ちょっとなによ? ヘンなとこ触らないでっ!」

「お前みたいに生意気なカナヅチはプールに沈めてやる」

「やめてやめてやめて! 本気で勘弁してっ!」


 情けない声の懇願を無視してウヅメちゃんが薫子ちゃんを押していく。

 ぐいぐい押されてもうすぐ、どぼーん。ていうか、それはマズいよね。


「おーい、その辺でやめといてやれよなー」


 私が声をかける前に由起彦がウヅメちゃんに言う。


「でも、こういう奴にはちゃんと制裁しとかないといけませんよ」


 あくまで突き落とす気のウヅメちゃん。怒らせると怖いタイプだ。


「やめときなって、ウヅメちゃん。泣いちゃってるよ、薫子ちゃん」

「な、泣いてなんかいないわ。脇腹がくすぐったいだけよ」

「だったらもっとくすぐったくしてやるよ!」


 ウヅメちゃんが攻撃を突き落としからくすぐりに切り替えた。


「きゃうんっ! やめてやめてっ! くすぐった……くすぐ……くすぐっ!」


 ウズメちゃんの手を逃れようと前に出た薫子ちゃんがプールにどぼんと落ちる。


「イヤイヤッ! 助けてっ!」

「おう、大丈夫、大丈夫、足着くってー」


 薫子ちゃんが近寄った由起彦に抱き付いてしまう。


「大丈夫? 薫子ちゃん?」


 私が上から声をかけてやっても、応えずにただ由起彦にしがみついている。


「薫子がヘンな意地張るから悪いんだよ」

「ウヅメちゃーん、ちゃんと謝る」


 私が言ってやると、ふて腐れながらしゃがみ込み、水の中の薫子ちゃんと向かい合った。


「ゴメンね、薫子。泳げない奴にやり過ぎたよ」


 お、素直に謝れるじゃない。


「私は泳げないわけじゃないわ。ただ、ちょっぴり驚いただけよ」


 相変わらず由起彦の首筋に手を回している薫子ちゃんは、どこまでも素直じゃない。


「泳げないんだったら、教えてやるぞー」


 由起彦が余計な慈悲の心を見せてしまう。あんたは私と遊ぶんだってば。

 まぁ、意地っ張りな薫子ちゃんが素直に教えを請うとは思えないけど。


「そうね……あなたにだけ、私の秘密を教えたげるわ……」


 うなだれながら深刻ぶってる薫子ちゃん。


「どうしたー?」

「実は私……」

「んー?」

「実は……、実は……私、泳げないの……」

「いや、それは分かってるけどなー」

「そうなのっ!」


 いきなり目を見開いて叫ぶ。ああ、そうなんだ……この子って残念な美人なんだ……。


「くぅぅぅ……恥を忍んだ告白だったのにぃ……」

「じゃあ、教えてやるよー」

「そうね、実るほど、頭の下がる稲穂かな、って奴ね」


 そうなのか? ていうか、いつまでくっついてるんだ。


「じゃあ、私も手伝うわよ」


 プールの中に入ろうとした私を手で制してくる薫子ちゃん。


「いいえ、私が師と認めたのは、彼のみ。あなたはお呼びじゃないの。お子様同士、向こうで滑り台とかで遊んでて頂戴」


 中学生にお子様呼ばわりされました、高校二年の野宮みことは私のことです。


「そういう言い方すんなよなー。みんなで教えてやるってばー」

「いいえ、私はあなたに教わりたいの。あ・な・た・にっ」


 そう言って、じーっと由起彦を見つめる。

 照れた様子で視線を外す由起彦。


「あーもー、じゃあ、私たちは向こうで遊んでるから。お二人さん、仲睦まじく教え教えられしてくださいませ」


 苛立った私は我慢しきれず立ち上がる。


「おい、みこー」

「由起彦、美少女に抱き付かれて、鼻の下すごい伸びてるし」


 最後にぎろりと睨み付けて、競泳用プールを後にした。


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