私たち、倦怠期らしい
私、野宮みこと水野由起彦は長い付き合いになる。
そんな私たちは、由起彦曰く「倦怠期」らしい。
マジで!
「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」の後日譚です。
『野乃屋』ラストのネタバレを含むのでご注意ください。
読んでいなくとも、話は通じるかと思います。
●登場人物
・野宮みこ : 主演作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘、ちょい役「ふくれっ面の跡取り娘」
・水野由起彦 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」
・小村響 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」、ちょい役「ふくれっ面の跡取り娘」
水野由起彦は中学時代、ハンドボール部のエースだった。
私も一度試合を見たことがあるが、真剣な表情でコートを駆け巡る彼は……なんというか……その……格好、よかった……。
しかし進学した上葛城高校にはハンドボール部がない。マイナー競技の悲運である。
そこで私、野宮みこは暗躍した。
男子バレー部を分裂させて、男子ハンドボール部をでっち上げたのだ。
結構苦労したこの工作により、今年の春から男子ハンドボール部は始動。由起彦は部長に就任した。
夏休みの今日も練習。私もマネージャー的手伝いをした。
夕方になって部活を終え、由起彦と二人歩く帰り道。
「なー、みこ」
私に話しかけてくる由起彦。
「何、由起彦?」
「俺たちって、付き合い始めてどれくらいだっけ?」
「中学の卒業式の日からだし……一年と五ヶ月くらい?」
「だな……」
「どうしたの、それが?」
由起彦が深いため息をつく。え、何?
「昨日、テレビ見たんだよなー」
「うん」
「倦怠期特集だってさー」
「……へぇ」
「俺たち、倦怠期だわ」
「へぇ……。え?」
「倦怠期なんだよー」
またため息。何言い出すの、この人?
「いやいやいや、テレビごときの言うこと、真に受けないでよ」
「でもなぁー、いちいち当てはまってるんだよなー」
「例えば?」
「まぁ、いろいろと……」
「いや、それ言ってくれないと、分からないんですが?」
なんか、苛立ってきた。
私は由起彦を見ているのに、向こうはこっちを見ようとしない。それが、まず腹立つ。
「例えばさー、二人でこうして歩いてるだろー?」
「うん」
「なのに手も繋がない」
確かに繋いでいない。
「いや、暑いじゃない、今日とか。だからよ、それだけ」
でもなんだか焦ってしまった私は、由起彦の方に手を伸ばして奴の手を握った。
向こうも握り返してくる。
「はぁ~~~」
「なによ、そのため息?」
安心したとかそういうのではなさそう。すごいイヤなかんじだ。
「全然、ドキドキしねぇ……」
「あ、そ……」
すごい傷付くんですが。
「みこは? みこはドキドキするかー?」
「う、うーん」
しない。言われて気付いたけど、悲しいくらい、ドキドキしない……。
「まぁ、幼馴染みやってる頃から、手くらいは繋いでたからねぇ……」
と、まず自分に向かって言い訳する。
幼稚園の頃からの付き合いがある幼馴染み。それが私たち。
素直になれない私とヘタレのこいつの仲は、ちっとも進展しなかった。
ようやく……ようやく、中学の卒業間際になってお互い好き合ってると確認し、卒業式の日に交際することを決めた。
長かった……。その果ての今、倦怠期?
いやいやいや、泣けてくるんですが。
「俺たち、倦怠期なんだよ……」
深い深い、由起彦のため息……。
そうなんだー、私たち、倦怠期なんだー。
二人、私の家たる和菓子屋『野乃屋』にたどり着く。
「と、とにかくいらっしゃい。今日は何にする?」
由起彦はお祖母さんのお茶菓子を毎日買っていくのだ。
「そうだなぁ、葛餅にしようか。それを二個」
「はい、毎度。あんたもようやく商品を覚えてきたわね」
「まぁ、ここでバイトしてるしなー」
そう、私たちはいずれこの店を継ぐ。
その準備として、由起彦をバイトに引きずり込んだ。
口調こそのんびりしているが、さすがハンドボール部部長。手早くお客をさばく、なかなか優秀なバイト店員となってくれていた。
「そうね、明日はそのバイトだから。遅刻しないように」
「はいよー」
和菓子の入った箱を受け取り、由起彦は出口に向かう。
「あ、由起彦!」
「ん?」
振り返る由起彦。その眠そうな顔。
「す……」
「す?」
「す……」
「す?」
「す、素敵な夜を」
「……お、おう」
首を傾げながら出ていった。
それを情けなく見送る私。
「好き」って、それだけの言葉が言えなかった。
私たち、倦怠期なんだ?
そんなことを言われてヘコまないわけがない。昨日はロクに眠れなかった。
それでも店番はするけども。夏休みだし、時々ハンドボール部に顔を出す以外はずっと店で働いている。
はぁ~、倦怠期……倦怠期……。
油断したかな~、最近つれない態度を取り過ぎたかな~、でもな~、あんまり人前でデレデレとかいかがなものかとも思うんですよね~。
「どうしたの、みこちゃん?」
「あ、すみません、いらっしゃいませ、響さん」
同じ商店街の本屋の娘さんだ。
商店街で一、二を争う美人の名にふさわしく、今日もかわいい。もう三〇歳だけど。
「なんか、浮かない顔ね?」
「まぁ、ちょっといろいろありまして……。響さんが、うらやましい……」
「うわ、みこちゃんの弱音って珍しいわね。水野君となにかあったの?」
「いや……なにも……そう、なにも……ないんですよ……」
「はぁ」
「響さん、この前商店街のど真ん中で絶叫してたじゃないですか?」
「うっ、それは忘れてよ」
恋人との間にひと悶着があって、商店街で修羅場を展開したのだ。
でも、その直後に熱いキス。多くの住人の目の前で……
「ああいう情熱が、今の私たちにはないんですよ。非常につらいです」
「高校二年生のセリフじゃないわね。うーん」
と、腕を組んで考え込んでくれる、優しい響さん。
「ていうかさ、みこちゃん」
「はい?」
「髪の毛、長くない?」
まぁ、そうかも。
「ああ、最近忙しかったですからね。美容室行く時間がなくて」
「みこちゃん!」
突如くわっと目を見開いた響さんが、私の肩をがしっと掴む。
「な、なんですか、響さん」
「女子力足りてないよ、みこちゃんっ!」
「うっ!」
その言葉は私の胸を深く貫く。
「ちょっと待ってるように」
それだけ言い残すと、店の外へと駆けて出ていった。
な、なんだ? 私の心は傷付けっぱなし?
二〇分くらいして響さんが戻ってきた。手に、紙袋を持っている。
「カウンターの中、入っていい? みこちゃん」
「は、はい、どうぞ」
店内にあるイスを持ってカウンターの中に入ってきた響さんが、私の前にイスを置く。
「さ、向こう向いて座ってください」
「はぁ……」
言われるまま、イスに座る。
そして響さんが紙袋から取りだしたのは、クシとゴム紐。
ようやく思い出したが、あの紙袋はその先にある小物屋さんのものだ。
鼻唄交じりに私の髪を弄り始める響さん。
「あ、あの、響さん?」
「まぁまぁ、お任せあれ」
そうして彼女は私に二つのおさげを作ってしまった。ゴム紐でカラフルにくくってある。
それを自分の鏡で見せてくれる。
「へぇ……」
「うん、かわいいかわいい」
にっこり笑顔の響さん。
「これはいつもお世話になってるお礼ってことで。また、成果のほどは聞かせてね」
と、最後にウインクを残して響さんは去っていった。
昼過ぎになってバイトをしに由起彦が現れた。
私を見るなり、いつもの眠そうな目を見開く。
「え、何? 由起彦」
「い、いや……別に……」
「あ、そ……」
しかし私は敏感に察知した!
響さん、グッジョブ! 超グッジョブ!
私の隣で店番の仕事を始めた奴は、ちらちらとこっちを見ている。顔も若干赤い。
私は何も言わず、時々自分のおさげをいじったりする。
ふと視線を感じたふりなんてして、
「どうしたの? なんか用?」
とか言ってやる。
「いや、別に?」
と、ヘタレは顔を赤くして向こうへ顔をやる。
……奴のこの反応は実にうれしいけども、それ以上何も言ってこないのが気に入らない。
まぁ、ここは私から歩み寄ってやるか。
お客がいなくなった隙を狙い、奴の方へ手を伸ばす。
向こうの手に触れた途端、由起彦の奴はびくりと身体を震わせる。
ここでいったん手を引く駆け引きはどうだろうか? という考えが頭をよぎったが、私の方でもう我慢ができなかった。
由起彦の手をぎゅっと握る。ハンドボール部の、ごつごつした大きな手。
向こうも握り返してくる。若干痛いくらいの力で。
「みこ……」
「何?」
ここで奴は唾を飲む。
さぁ、言え、言うんだ!
「その髪、似合ってる」
「ありがと。かわいい?」
「う、うん、かわいい」
「ありがと」
やべぇ、にやつきが止まらねぇ。
ちらりと向こうを見ると、耳まで真っ赤っか。
「私たち、倦怠期、だっけ?」
ちょっと意地悪く言ってやる。
「いや、そんなことないだろ?」
「だよねぇ~」
隣で硬直している由起彦に、身体をぶつけてやる。




