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ある日の『上葛城商店街』  作者: いなばー
私たち、倦怠期らしい(みこ)
32/60

私たち、倦怠期らしい

 私、野宮みこと水野由起彦は長い付き合いになる。

 そんな私たちは、由起彦曰く「倦怠期」らしい。

 マジで!


 「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」の後日譚です。

 『野乃屋』ラストのネタバレを含むのでご注意ください。

 読んでいなくとも、話は通じるかと思います。



●登場人物

・野宮みこ : 主演作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘、ちょい役「ふくれっ面の跡取り娘」

・水野由起彦 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」

・小村響 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」、ちょい役「ふくれっ面の跡取り娘」

 水野由起彦は中学時代、ハンドボール部のエースだった。

 私も一度試合を見たことがあるが、真剣な表情でコートを駆け巡る彼は……なんというか……その……格好、よかった……。

 しかし進学した上葛城高校にはハンドボール部がない。マイナー競技の悲運である。

 そこで私、野宮みこは暗躍した。

 男子バレー部を分裂させて、男子ハンドボール部をでっち上げたのだ。

 結構苦労したこの工作により、今年の春から男子ハンドボール部は始動。由起彦は部長に就任した。

 夏休みの今日も練習。私もマネージャー的手伝いをした。

 夕方になって部活を終え、由起彦と二人歩く帰り道。


「なー、みこ」


 私に話しかけてくる由起彦。


「何、由起彦?」

「俺たちって、付き合い始めてどれくらいだっけ?」

「中学の卒業式の日からだし……一年と五ヶ月くらい?」

「だな……」

「どうしたの、それが?」


 由起彦が深いため息をつく。え、何?


「昨日、テレビ見たんだよなー」

「うん」

「倦怠期特集だってさー」

「……へぇ」

「俺たち、倦怠期だわ」

「へぇ……。え?」

「倦怠期なんだよー」


 またため息。何言い出すの、この人?


「いやいやいや、テレビごときの言うこと、真に受けないでよ」

「でもなぁー、いちいち当てはまってるんだよなー」

「例えば?」

「まぁ、いろいろと……」

「いや、それ言ってくれないと、分からないんですが?」


 なんか、苛立ってきた。

 私は由起彦を見ているのに、向こうはこっちを見ようとしない。それが、まず腹立つ。


「例えばさー、二人でこうして歩いてるだろー?」

「うん」

「なのに手も繋がない」


 確かに繋いでいない。


「いや、暑いじゃない、今日とか。だからよ、それだけ」


 でもなんだか焦ってしまった私は、由起彦の方に手を伸ばして奴の手を握った。

 向こうも握り返してくる。


「はぁ~~~」

「なによ、そのため息?」


 安心したとかそういうのではなさそう。すごいイヤなかんじだ。


「全然、ドキドキしねぇ……」

「あ、そ……」


 すごい傷付くんですが。


「みこは? みこはドキドキするかー?」

「う、うーん」


 しない。言われて気付いたけど、悲しいくらい、ドキドキしない……。


「まぁ、幼馴染みやってる頃から、手くらいは繋いでたからねぇ……」


 と、まず自分に向かって言い訳する。

 幼稚園の頃からの付き合いがある幼馴染み。それが私たち。

 素直になれない私とヘタレのこいつの仲は、ちっとも進展しなかった。

 ようやく……ようやく、中学の卒業間際になってお互い好き合ってると確認し、卒業式の日に交際することを決めた。

 長かった……。その果ての今、倦怠期?

 いやいやいや、泣けてくるんですが。


「俺たち、倦怠期なんだよ……」


 深い深い、由起彦のため息……。

 そうなんだー、私たち、倦怠期なんだー。




 二人、私の家たる和菓子屋『野乃屋』にたどり着く。


「と、とにかくいらっしゃい。今日は何にする?」


 由起彦はお祖母さんのお茶菓子を毎日買っていくのだ。


「そうだなぁ、葛餅にしようか。それを二個」

「はい、毎度。あんたもようやく商品を覚えてきたわね」

「まぁ、ここでバイトしてるしなー」


 そう、私たちはいずれこの店を継ぐ。

 その準備として、由起彦をバイトに引きずり込んだ。

 口調こそのんびりしているが、さすがハンドボール部部長。手早くお客をさばく、なかなか優秀なバイト店員となってくれていた。


「そうね、明日はそのバイトだから。遅刻しないように」

「はいよー」


 和菓子の入った箱を受け取り、由起彦は出口に向かう。


「あ、由起彦!」

「ん?」


 振り返る由起彦。その眠そうな顔。


「す……」

「す?」

「す……」

「す?」

「す、素敵な夜を」

「……お、おう」


 首を傾げながら出ていった。

 それを情けなく見送る私。

 「好き」って、それだけの言葉が言えなかった。

 私たち、倦怠期なんだ?




 そんなことを言われてヘコまないわけがない。昨日はロクに眠れなかった。

 それでも店番はするけども。夏休みだし、時々ハンドボール部に顔を出す以外はずっと店で働いている。

 はぁ~、倦怠期……倦怠期……。

 油断したかな~、最近つれない態度を取り過ぎたかな~、でもな~、あんまり人前でデレデレとかいかがなものかとも思うんですよね~。


「どうしたの、みこちゃん?」

「あ、すみません、いらっしゃいませ、響さん」


 同じ商店街の本屋の娘さんだ。

 商店街で一、二を争う美人の名にふさわしく、今日もかわいい。もう三〇歳だけど。


「なんか、浮かない顔ね?」

「まぁ、ちょっといろいろありまして……。響さんが、うらやましい……」

「うわ、みこちゃんの弱音って珍しいわね。水野君となにかあったの?」

「いや……なにも……そう、なにも……ないんですよ……」

「はぁ」

「響さん、この前商店街のど真ん中で絶叫してたじゃないですか?」

「うっ、それは忘れてよ」


 恋人との間にひと悶着があって、商店街で修羅場を展開したのだ。

 でも、その直後に熱いキス。多くの住人の目の前で……


「ああいう情熱が、今の私たちにはないんですよ。非常につらいです」

「高校二年生のセリフじゃないわね。うーん」


 と、腕を組んで考え込んでくれる、優しい響さん。


「ていうかさ、みこちゃん」

「はい?」

「髪の毛、長くない?」


 まぁ、そうかも。


「ああ、最近忙しかったですからね。美容室行く時間がなくて」

「みこちゃん!」


 突如くわっと目を見開いた響さんが、私の肩をがしっと掴む。


「な、なんですか、響さん」

「女子力足りてないよ、みこちゃんっ!」

「うっ!」


 その言葉は私の胸を深く貫く。


「ちょっと待ってるように」


 それだけ言い残すと、店の外へと駆けて出ていった。

 な、なんだ? 私の心は傷付けっぱなし?




 二〇分くらいして響さんが戻ってきた。手に、紙袋を持っている。


「カウンターの中、入っていい? みこちゃん」

「は、はい、どうぞ」


 店内にあるイスを持ってカウンターの中に入ってきた響さんが、私の前にイスを置く。


「さ、向こう向いて座ってください」

「はぁ……」


 言われるまま、イスに座る。

 そして響さんが紙袋から取りだしたのは、クシとゴム紐。

 ようやく思い出したが、あの紙袋はその先にある小物屋さんのものだ。

 鼻唄交じりに私の髪を弄り始める響さん。


「あ、あの、響さん?」

「まぁまぁ、お任せあれ」


 そうして彼女は私に二つのおさげを作ってしまった。ゴム紐でカラフルにくくってある。

 それを自分の鏡で見せてくれる。


「へぇ……」

「うん、かわいいかわいい」


 にっこり笑顔の響さん。


「これはいつもお世話になってるお礼ってことで。また、成果のほどは聞かせてね」


 と、最後にウインクを残して響さんは去っていった。




 昼過ぎになってバイトをしに由起彦が現れた。

 私を見るなり、いつもの眠そうな目を見開く。


「え、何? 由起彦」

「い、いや……別に……」

「あ、そ……」


 しかし私は敏感に察知した!

 響さん、グッジョブ! 超グッジョブ!

 私の隣で店番の仕事を始めた奴は、ちらちらとこっちを見ている。顔も若干赤い。

 私は何も言わず、時々自分のおさげをいじったりする。

 ふと視線を感じたふりなんてして、


「どうしたの? なんか用?」


 とか言ってやる。


「いや、別に?」


 と、ヘタレは顔を赤くして向こうへ顔をやる。

 ……奴のこの反応は実にうれしいけども、それ以上何も言ってこないのが気に入らない。

 まぁ、ここは私から歩み寄ってやるか。

 お客がいなくなった隙を狙い、奴の方へ手を伸ばす。

 向こうの手に触れた途端、由起彦の奴はびくりと身体を震わせる。

 ここでいったん手を引く駆け引きはどうだろうか? という考えが頭をよぎったが、私の方でもう我慢ができなかった。

 由起彦の手をぎゅっと握る。ハンドボール部の、ごつごつした大きな手。

 向こうも握り返してくる。若干痛いくらいの力で。


「みこ……」

「何?」


 ここで奴は唾を飲む。

 さぁ、言え、言うんだ!


「その髪、似合ってる」

「ありがと。かわいい?」

「う、うん、かわいい」

「ありがと」


 やべぇ、にやつきが止まらねぇ。

 ちらりと向こうを見ると、耳まで真っ赤っか。


「私たち、倦怠期、だっけ?」


 ちょっと意地悪く言ってやる。


「いや、そんなことないだろ?」

「だよねぇ~」


 隣で硬直している由起彦に、身体をぶつけてやる。


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