一週間ぶりに、後輩と
前回の「確かめさせて?(菜ノ花)」の後日譚です。
「確かめさせて?(菜ノ花)」の後にお読みください。
百合が出てきますので、ご注意ください。
●登場人物
・森田咲乃 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」「隣人はかぐや姫と呼ばれる」「ふくれっ面の跡取り娘」
・乗倉伊奈 : 登場作「隣人はかぐや姫と呼ばれる」
・佐伯菜ノ花 : 主演作「ふくれっ面の跡取り娘」
・橘縁 : 登場作「ふくれっ面の跡取り娘」
朝、通知音が鳴ったのでスマホを見てみると、後輩からメッセージが届いていた。
親指をぐっと立てた絵文字だけのメッセージ。
「何考えてんだ、あいつ」
本当に空気を読まない奴だ。
そっか、うまくいったか……おめでとうは言わないよ、菜ノ花。
それから一週間後、私は後輩と会うことにした。
場所はケーキがとてもおいしい駅前のカフェ。でも、いつもはおいしいショートケーキも、今日は味がしない。
「ケーキ食べてもヘコんでるのは変わらずか、咲乃」
私の隣に座る親友の伊奈が言う。
「当たり前じゃない。今まで散々面倒見てやったのに、全部無駄にしやがって、あいつら」
「無駄とは思えないけど」
「ゴメンね、伊奈。こんなのに付き合わせちゃって。でも、誰かいないと、あいつらぶん殴っちまいそうでさ」
「穏やかでないこと言うな。まぁ、あの二人は私にとっても高校の後輩だからね。まったくの無関係でもないよ」
「はぁ……。あいつらがくっつくとはなぁ……」
しばらく待ってると、ようやく菜ノ花たちがやってきた。
橘君が菜ノ花の腕にしがみついている。いつもの光景、そのはずだ。
ここまで違って見えるものなのか? 二人の作り出す空気が、これまでとは明らかに違っていた。
ことの次第を私が知っているからそう思えるだけ?
橘君が菜ノ花に目を向ける。それに応えるように菜ノ花が視線を返す。そして微笑み合う。
女子同士なのに、二人は恋人。一週間前からのできたての恋人同士だ。
不快感は感じなかった。でも、私は途端に苛立ってきた。
「お待たせしました、先輩」
申し訳なさそうに頭をかく菜ノ花。
「いいよ、別に。座りなよ」
そう言うと、私たちの前の席に菜ノ花が腰掛けた。
「うち、ケーキ買ってくる。なのちゃん、何がええ?」
橘君が小首を傾げながら菜ノ花に問う。いちいち、カンに触る。
「なんでもいいよ、縁。飲み物も適当に」
「うん、分かった」
去る橘君を見送った後、菜ノ花が私たちの方を向く。
「咲乃先輩、伊奈先輩、今回はその……なんと言うか……」
「ごめんなさいって言ったらぶん殴る」
「はぁ、その……今までいろいろ心配してくれて、ありがとうございました」
頭を下げてくる。一応、誠意は感じ取れるけど。
「うまくいってるようだね」
伊奈が優しく言う。
「ええ、おかげさまで。まだなんか、ぎこちないですけど」
照れ笑いの菜ノ花。
「そうは見えないよ。今までも仲よかったけど、いっそう仲よくなったってかんじかな?」
「はぁ、ありがとうございます」
「チーズケーキとアイスミルクティーにしたわ~」
脳天気な橘縁が戻ってきた。
「ありがとう、縁。座りな」
菜ノ花の隣に座った橘君は、すぐに菜ノ花にもたれかかる。
「今はやめろ」
「ええやん」
「ダメ」
「ぶ~」
ようやく離れる。恋が実ったのがよっぽどうれしいのだろう。場所柄もわきまえずに……。
「幸せだ?」
伊奈がそう問いかけると、途端に橘君が溶けたみたいに身体をくねらせる。
「天にも昇る、ゆう奴ですわ~」
「ベタベタしやがって」
思わず悪態をついてしまった。
「んー、でもそうでもないねんなぁ。したんも最初の一回だけ……」
「ゆーかーりー、そういうこと言うな」
顔を真っ赤にした菜ノ花が橘君を睨み付ける。
そして縮こまるようにして、私たちに申し訳なさそうな顔を向ける。
「すんません、先輩。キモチ悪かったですよね? 女同士のそんな話」
「キモチ悪い? いや、そうは思わなかったけど。でも、不愉快だ」
「はぁ……」
何度も橘君をひじで突く菜ノ花。でも、じゃれてるようにしか見えない。
私の方を向いて一回ため息をついた伊奈が、菜ノ花たちの方へ顔を向ける。
「まぁ、咲乃の奴は当分こんなかんじだけどさ。私は二人を祝福しようと思うんだ。佐伯さん、橘さん」
「はい」
「はい」
「おめでとう。これからもお幸せにね」
伊奈が佐伯菜ノ花と橘縁に微笑みかけた。
「ありがとうございます、伊奈先輩」
菜ノ花と橘君が深く頭を下げる。
「で、ちゃんとするよね、咲乃?」
「む~」
「何をですか?」
「橘さんと握手。もう二人がいがみ合う理由はないでしょ? 咲乃が二人の仲を裂こうとして橘さんを攻撃し続けてきたんだから」
確かにそう主張する伊奈に押し切られて決めたけどさ~。気が進まない。
でも、大人な私は全てを水に流してやる度量を見せないといけないのかもしれない。
「分かったよ。はい、橘君。今までキミらの邪魔してきたけど、もうしないから。これで和解。握手」
と、手を出す。
すると橘君は整った顔を歪めやがった。
「うちはイヤッ!」
「何言ってるんだよ、縁。せっかく咲乃先輩が言ってくれてるのに」
「そやけど、うち、今まですごい悲惨な目に遭わされてきてんで? 何回ガン泣きさせられたか」
「そのつど、私たちの仲は深まったよ」
「そう……かな?」
「やーめたっ」
手を引っ込める私。
「咲乃~」
苦い顔で私に言う伊奈。
「でも、私からわざわざ折れてやる必要はないもんね。上等じゃない。これからも二人の仲を妨害し続けてやる。そう決めた」
「ええ~」
橘君の情けない声。いくら強がってみせても、私が与えた仕打ちの数々は彼女のトラウマとなっているのだ。
「ほら縁。ちゃんと仲直りしときな」
菜ノ花に言われ、おずおずといったふうに橘君が手を出す。
「はいよ、和解和解」
その手を掴んで、振り回す私。
「うーん、なんか不安を残すけど、まぁいいか。もう余計なことはしないでよ、咲乃」
「余計なこととか言わないでよ……」
口を尖らせてしまう。
とはいえ、伊奈と菜ノ花は私の行動が菜ノ花たちを心配してのものだとちゃんと分かってくれているはず。橘君は、ちっとも分かってないだろうけども。
「じゃあ、もういいでしょ? 二人の顔は見たんだし、和解もしたし。帰ろうよ、伊奈」
私は腰を上げる。
「まだ会ったとこじゃない。いい加減、ちゃんと話しなよ、咲乃」
伊奈に腕を引っ張られ、私はため息をつきながらまた座り直す。
菜ノ花をじっと見る。
「幸せだ? 菜ノ花」
「はい」
「これで終わりじゃないよ?」
「はい」
「悪いけど、今はまだ気持ちの整理がつかない」
「……はい」
「でも、いつかちゃんと祝福してやる」
「ありがとうございます」
「別れることになったら、もっと祝ってやる」
「いや、それは……」
意地悪な顔を向けてやると、菜ノ花は困り顔をした。
「何かあったら私に言いな。いつでも相談に乗ってやるよ」
「ありがとうございます」
私が微笑むと、菜ノ花はほっとしたような顔を見せる。
「よし、今度こそ帰ろう、伊奈」
「分かったよ。じゃあ、お二人また。うん、こうして見ると、やっぱりお似合いだ」
そして、私たちはカフェを出た。ケーキを残して。
私の部屋へ帰ってからも、私のもやもやは消えてくれなかった。ベッドの上で壁にもたれかかりながら、ぽつりと言う。
「私たちは親友、だよね、伊奈?」
「そうだよ」
ベッドに背を預けてマンガを読んでいる伊奈が言う。
「私とエッチなことをしたい気持ちになったことある?」
「あるわけないじゃん」
相変わらずマンガから目を話さない。
「私もない……」
「そうかな?」
「え?」
「いや、私のファーストキスを奪ったじゃん。馴れ馴れしく抱き付いてくるのもしょっちゅうだし、隙を見せると私のこの貧乳を揉むことすらある」
顔を上げて、とんでもないことを言い出す。
「い、いや、それはじゃれてるだけじゃん。お互いのファーストキスを捧げ合ったのも、親愛の情というかなんというか」
「まぁ、そうだよ」
「だよ……」
私までガチ百合にされてしまうところだった。焦ってしまう。
「何が違うんだろうね? 私たちと彼女ら」
伊奈がつぶやく。
「ホントだよ。そんなに違わないと思ってたのに。橘君はずっと、愛だなんだって言ってたけど、そんなの実るわけがないって思ってた」
「うん、いつかは友情に変わって、二人は仲がいいまま大人になってく。そうやって収まるとこに収まるって、私も思ってた」
伊奈はそう言って、橘君を説得したことがある。真剣にそう伝えたのに、あいつは結局受け入れなかったんだ。人の言うことを聞かないバカ。
「橘君の愛って奴が強大すぎた。菜ノ花もついにそれを受け入れた、納得して」
「愛の、勝利?」
「考えたくもないけどね」
「そういう運命だったのかも。愛し合う運命。時間はかかったけど、彼女らにとって一番しっくりくる関係に、落ち着いた」
伊奈はそう言うが、運命なんて私は信じたくはなかった。
「まだ、終わったわけじゃないけどね……」
「そうだね。運命だって、いつかは破綻してしまうかもしれない。でも今、彼女たちは幸せなんだ。咲乃が心配するのも分かるけどさ、彼女たちは今、確かに幸せだよ? それを祝福してあげようよ。言いたくないけど、幸せでなくなるその前に」
「うん、いいや、あの子たちはずっと幸せに生きてくよ。だって、菜ノ花はバカだし、橘君は脳天気なんだ。のらりくらりと障害を乗り越えてく。あの二人ほど完全無欠な恋人同士なんていやしない。幸せを逃すなんてありえないよ。ホントは私、そう思ってる」
言いながら、なんだか涙がにじんできた。でも、ぐっと我慢だ。
「ちゃんとそう言えばいいのに、本人たちに」
「今までの立場ってもんがねぇ……」
「立場……まぁ、今まで散々苦労してきたもんねぇ……」
「そうだよ。先輩の言うことを聞かないとか、なんて不忠な後輩なんだ」
「先輩後輩なんて、優先順位はかなり低いでしょ? 一般的に考えて」
「酷いっ!」
実際は私もそう思うけども。
「でも、佐伯さんは咲乃の思いやりを無下にするような子じゃないでしょ? 感謝はしてるはずだよ。たぶん、橘さんも」
「橘君は終始私を憎んでるけどね」
「じゃあ、仲直りにトリプルデートでもする?」
「何それ?」
ヘンなことを言い出した。
「あの子たち、咲乃と彼氏さん、私と彼氏、三つのカップルで遊園地でも行ってさ。みんなで遊べば仲よくもなるよ」
「うわ……ありえねぇ……。ていうか、人見知りの伊奈にそんなことできるわけないじゃん」
私の彼氏と会わせた時も、ろくに目を合わせられなかったのだ。
「まぁ、そうなんだけどね。じゃあ、私抜きのダブルデートだ」
「余計にイヤだよ。どんな罰ゲームだ」
「じゃあ、六人で交換日記」
「なんでそう、発想が中学生なの?」
「あんたらのいがみ合いのレベルに合わせてるの」
「酷い伊奈だ。まぁねぇ、橘君と仲直りねぇ。追々だね、追々」
気が進まないなぁ。向こうはもっと嫌がっているし。
「それ、絶対やらないパターンだよね?」
「うっ、いやそのうちに仲よくやるよ? もう菜ノ花とセットなんだし」
「うん、そうしてよ」
伊奈が優しく微笑んでくれる。
こうやって親友と話をしているだけで、気分がだいぶんよくなってきた。
「ねぇ、伊奈?」
「なに?」
「『ぎゅっ』てして?」
私のささやかなおねだりに、伊奈はため息をついて露骨にイヤな顔をする。
「そういうのは、彼氏にしてもらいなよ」
「手近な伊奈で手を打つよ」
「ちっ、安く見られたもんだぜ」
でも親友は身を起こすと、ベッドの上に這い上がってきた。
そして私の上に跨がると、両手を大きく広げる。
「きなよ」
「うん……」
伊奈の貧弱な胸に顔を埋めると、向こうは私を包みこんで『ぎゅっ』てしてくれた。
「どうだ?」
「うん、いいかんじ。ほっとする」
「泣いてもいいよ」
「ううん、今日は泣かない。ちょっと、寂しいだけだから」
「そっか」
ああ……安心する。こうやって胸に穴が空いてもそれを埋めてくれる親友がいる。
親友でもいい。恋人でもいい。支え合える人が身近にいる。それが幸せって奴だと思うんだ。
菜ノ花と橘君は、親友で、恋人。幸せなのは当然か。
お幸せに。ずっとずっと、お幸せに……。




