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ある日の『上葛城商店街』  作者: いなばー
確かめさせて?(菜ノ花)
28/60

2.

 相変わらず店で働いていると、夕方になってから大学帰りの縁が現れた。


「なのちゃ~ん、結婚しよ~っ!」

「聞き飽きたよ、それ」


 抱き付こうとするのをその胸を押して食い止める。

 最近になって、縁は私にプロポーズをするようになった。人を愛せない私が断ると分かっていて、何度でも求婚してくるのだ。そうすることが彼女にとっての幸せらしい。

 こうやって、人を愛せない私そのものを愛してくれる縁。私にとって、とても大切な存在だ。


「今日のどお?」


 拒絶されてもめげない縁が私の前でくるりとひと回転する。ウェーブのかかったロングのブロンドがなびく。

 縁は父方の先祖還りによって見た目完全に白人。今日はデニム地のショートパンツにクリーム色の薄いセーター。とてもよく似合っている。


「うん、かわいいよ」

「やった!」


 思ったままを言ってやると、表情を緩めて喜んだ。


「なんか、毎回褒めてやるのも飽きてきたな。たまには駄目出ししてやろうかな?」

「ええ~、そんなイケズ言わんとってぇな~。なのちゃんに褒められたくて毎日頑張ってんのに……」

「あんたもかわいいって言われるのが当たり前になってるでしょ? たいして嬉しくもないんじゃない?」

「そないなことあらへん! 愛してる人にかわいいってわれたら、そのつど嬉しいんやっ!」


 拳を振って主張してくる。こうやってこいつは臆面もなく愛してると言ってくる。


「へぇへぇ、その愛してるも聞き飽きたよ」


 と、私は縁の愛してるをいつもは冗談として受け流す。冗談なんかじゃないって知っているけれど。


「ええ~、何で今日はそんなイケズなん? うちなんか悪いことした?」

「いや、そんなんじゃないんだけどね」


 もし私が人を愛せるようになっていたら? 縁との関係はどう変わる?

 さっきの男子が去ってから、ずっとそんなことを考えている。

 考えているうち段々と怖くなってきた。

 縁の愛を受け入れてハッピーエンド? 受け入れていいの?

 縁はあくまで親友として、他に愛する人を見つけるべき? あるいは出会ってしまう? そうなった時、縁はどうなる?

 目の前に茫漠と広がる世界に足が震えてしまう。


「なぁ、今日、なのちゃんとこにお泊まりしてもええ? 一緒にお話しよ?」


 そう言って、縁が私の身体にしがみついてくる。

 鋭い縁に心の揺れを読み取られてしまったか? でも、今は一人になりたかった。


「また今度ね。今日は早く寝たいんだよ」

「ぶぅ~、つれへんなのちゃん。なんか寂しぃわぁ」


 両手を私の背中に回して離れようとしない縁。そうすると、お互いの身長差から向こうの髪が私の口元にかかってしまう。縁のよく梳かされた髪から柑橘系のいい匂いがする。


「こらぁ~っ!」


 この声は……。


「なんじゃ、森田ぁっ!」


 私に抱き付いたまま縁が怒声を上げる。睨み付けている相手は森田咲乃先輩。縁の天敵だ。


「こんばんは、咲乃先輩。大学帰りですか?」

「そんな異常な状態で普通に話しかけてくるな。なに店先で抱き合ってるんだよ。人がヘンな目で見てくでしょ?」


 咲乃先輩が私たちを指さしてくる。確かに通行人の視線を感じるけど。


「まぁ、この花屋ではよくある光景ですし」

「そやそやっ!」


 縁がいっそう強く抱き付いてくる。そろそろ痛いんだけど。


「女子同士が抱き合う光景がデフォルトな花屋ってなんだよ。あのさぁ~、ホントによろしく頼んますよ~。菜ノ花も橘君をもっとちゃんとしっかりと拒絶しなよ」


 と、橘縁を睨み付ける。


「いや、私が拒絶するのはあくまでこいつとの結婚ですから。私たちの友情は相変わらずですよ?」

「友情ちゃうて、愛やて」


 背を伸ばして私の唇を奪おうとする縁。それをかわす。


「ほら、その辺からもう見解の相違が出てるじゃない。橘君はあくまで菜ノ花の身体を狙い続けてるんだからね」

「か、身体ちゃうわ! 愛やっ!」


 真っ赤になるが、それでも離れようとしない。


「愛・イコール・肉体関係でしょうに」

「そうなんですか?」


 いきなり生々しいことを言い出したぞ、この先輩。でもそうなのか? 愛ってそういうもの?


「んなわけあらへんっ! うちの愛は純愛なんやっ!」

「でもそうやって抱き付いてハァハァしてるんじゃない」

「ち、ちゃうもん……今はハァハァしてへんもん……」

「でも、前にハァハァ言ってたよね?」


 こいつは私の汗の臭いがヘンに好きで、やめろと言うのに嗅いできてはハァハァ言うのだ。

 それ以外にも、私の枕をくんかくんかしたいとか、意味不明なことを言っていた。


「あ、あんなん、冗談に決もてるやん。う、うちは清い清い純愛やも~ん」


 と。視線を逸らす。

 でも、縁は例の告白の時、「ときたまエッチなことも考えんねん」と言っていた。

 そっか……。なんか妙に納得してしまった。確かに愛にはそういう側面があるに違いない。


「ほら、滅茶苦茶焦ってるじゃない。菜ノ花、引き剥がしな。そいつは邪な情念でもって菜ノ花に抱き付いている」

「ち、ちゃうもんっ! そんなんちゃうもん!」


 相変わらず離れようとはしない縁だが、その目からは涙があふれそうになっている。


「縁、悪いけど、私は縁とそういうことする気はないよ?」

「分かってるわ! 分かってるから、うちかて我慢してるんやんっ!」

「あっ! 白状した!」


 咲乃先輩がびしっと縁を指さした。


「うぇぇぇぇぇんっ!」


 ついにガン泣きした縁が地面にへたり込んだ。


「泣いて誤魔化そうとすんなっ! この痴女めっ!」


 追撃を加える咲乃先輩。縁を上から見下ろす。


「いや先輩、もう許してやってくださいよ」

「決定打は菜ノ花が与えたんだけどね」

「うっ」


 それにしても、今の縁の発言……。そっか、やっぱり我慢してるんだ……。前からヤバそうな気はしてたけども……。

 それよりかわいそうな縁をなだめないと。しゃがみ込んで泣き喚いている縁の頭を撫でてやる。


「お~よし、お~よし、泣くな~、縁~」

「とにかく菜ノ花は気を付けるように。ガチで襲いかかってくるのも時間の問題なんだ」

「うぇぇぇぇぇんっ!」

「せんぱ~い」


 下から睨み付けると咲乃先輩が肩をすくめた。


「じゃあ、菜ノ花に免じて今日はこの辺にしとくよ。はぁ、ガチ百合の相手はホント疲れる」


 ぶつくさ言いながら去っていく。

 まぁ、あんなんでも一応私たちの心配をしてくれているのだ。もうちょっとやり方を考えてほしいけど。


「ほら縁、咲乃先輩は帰ったよ。もう泣き止んで?」

「うち……うち……邪とかそんなんちゃうもん……」


 メイクが溶け落ちて悲惨な顔になっている縁が呟く。


「分かった分かった、純愛純愛」

「うん、うち、純愛やし……」


 ふらふらと縁が立ち上がる。私も一緒に。

 こいつを送ってやりたいけど、今店には私しかいない。


「一人で帰れる?」

「うん……。あの、なのちゃん?」

「ん?」


 こうやって咲乃先輩にヘコまされた後、大抵縁はキスをねだってくる。

 心の中で、ちょっと身構える。


「ん……、なんもあらへん。また来るわ」

「うん、気を付けて帰りな」


 あれ? 今日はキスはなしか。

 いや、別にがっかりとかそう言うんじゃないんだけども。




 夕飯の時、母が思い出したように口を開いた。


「あ、そうだ、私のヤマユリあるじゃん、あれもうすぐ咲くよ。どうにか今年に間に合った」

「へぇ」


 花屋と私たちの住む家は同じ建物なのだが、その屋上に母はビニールハウスを建てていた。

 とはいえ片手間で売り物になるような花を育てることはできず、もっぱら母が自分の趣味に使っている。


「種からの奴だよね? 何年かかった?」

「五年かかった。芽が出たのが二年目で、そっからちょっとずつ育っていって、ようやくだ」

「ご苦労様だよね。球根からならもっと早く咲くのに」


 秋に植えて、次の年の夏前くらいに咲くはずだ。


「まぁ、趣味だからね。せっかく生えたのを雑草と間違えて処分しかけたり、いろいろあったよ。それでつくづく思ったんだけどさ、あんたってユリみたいなもんなんだね」

「そういうと、なんかガチ百合みたいで引っかかるけど」

「いやいや、あんたはただ、時間がかかってるだけなんだよ。今は花が咲いてないけど、咲く準備は着々と整ってるんだ。なにしろ栄養はたっぷり注がれてるんだからね」

「縁の愛情?」

「まぁ、縁ちゃんの愛情がメインかなぁ、親としては若干悔しいけど。で、今はまだ咲いてないけど、ある時ぱあっと花開くんだ。すごいきれいな花が咲くと思うよ?」

「だといいよね」


 縁の愛を受けて、今はまだ人を愛せない私も人を愛せるようになる。愛を花開かせる。

 そうなれば、どんなにかいいだろう。


「もうつぼみくらいはできてそうだけど」

「そうだね、ちょっと予感はする」

「うん、きっときれいな花が咲くよ」


 母が優しい笑みを向けてくれた。




 その日の夜。私はベッドに横たわり、ぼんやりと一枚の写真を眺めた。

 高校の入学式の日、縁と二人並んで撮った写真だ。セーラー服が懐かしい。

 普通に並んで撮るはずだったのに、急に背を伸ばした縁が頬にキスしてきた。そこを撮られてしまった、そう言う写真。

 縁は幸せいっぱいといったふうで、まさに輝かんばかり。

 縁とは中学で出会ったが、高校も同じがいいと言って志望校を私に合わせてきた。なのに私の成績が怪しくて、合格できるかどうかは微妙なライン。縁先生のマンツーマンの特訓によってようやく合格することができた。

 そんな二人の努力が実った喜びに満ちあふれている。

 高校の三年間は本当に楽しかった。学祭で縁謹製のメイド服を着せられたり。体育祭は最初の競技で転んだ縁の世話で終わった。試験勉強で助けてもらうと私をモデルにした撮影会。水着だけは断固として拒否する。

 放課後も一緒に遊び歩いた。縁は服を選ぶのに時間がかかるので、何回も着替えて私に見せてくる。今思えばああやってファッションショーをするのが目的だった。

 お互いの家にも泊まり合ったものだ。朝まで語り合うこともあれば、すぐにどっちかが寝落ちしたりも。あいつは五回くらい寝ている私の唇を奪った。もしかしたら、気付いてないのはもっとあるのかも。

 私は縁が大好きだった。縁はそれとは違う意味で私が好きだった。ずっとずっと、中学の頃からだ。

 高校三年の夏にあいつから告白されるまで、私はそれに気付けなかった。

 私は人を愛せない人間。だから私の心にあるのは常に友情しかなかった。それしかあり得ない。

 じゃあ、もし私が人を愛せていたら、そうだったら縁を愛していた? 縁の愛に、愛を返せていた?

 分からない。

 友情と恋愛感情がどう違うのか、今の私には分からない。

 縁は私にとってなによりも大切な存在。今までずっとそうだったし、これからもそうに違いなかった。

 そんな縁の全てを私は受け入れたい。

 全て……そう、全て。

 思えば七月の始め、縁のプロポーズを受けた時から、私は一気に変わり始めた。

 愛してると告白してもそれ以上は望まなかった縁が、自分の望みを打ち明けたあの時から。

 彼女の光輝く愛によって、私の人を愛する心は生み出された。

 縁が育んだこの花は、縁に捧げるためだけにある。

 あの子の全てを受け入れよう。

 佐伯菜ノ花は橘縁を愛せる。きっと愛せる。

 だから、前に進む。


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