2.薫子
私を迎えにきたのはブスだった。そいつが私を新しい家まで案内するのだという。
一緒に歩きたくないので後ろからついていった。
下着を見た程度で慌てふためいたり、凡人って奴はどうしようもないのばっかりだ。
それにしても……この商店街のダサさと言ったら……。イケてないっていうより、ダサい。ダサいっていう死語寸前の言葉のサムさこそ、この商店街にはふさわしい。
こんなところに住むなんて、私の美意識が許さないんだけど。
でも仕方がない。せめて私だけは気高く生きよう。
くさっ!
肉屋、そして魚屋のコンボ。でも、私は顔をしかめたりしない。この程度で私の美しい顔は微動だにしないのだ。
「よう、聞いてたとおり、かわいいねっ!」
「これからよろしくねっ!」
え? 私のことを知ってる? そして馴れ馴れしく話しかけてくる?
これだから……これだから……、田舎って、キライだ……。
「みんな歓迎してくれてるね」
前を行くブスが振り返る。見るに耐えないんですが。
それに言うことがおかしい。こんな歓迎、私は望んでいないのだけれど。
「馴れ馴れしいわ。あなたも含め」
ブスがブスッとふくれてまた前に向き直った。私は思ったままを言っただけだ。
それにしても、買い物客がやたらいるのも気に入らない。ダサくて醜い中年女どもめが。
「ねぇ、ここはいつもこんななの? とてもじゃないけど耐えられないわ」
「なら、一人で帰れば?」
振り返りもせずに行ってくる。それができれば世話はない。
「はぁ……、うるさいのはどうにか耐えられるけど、ダサいのは耐えがたいのよ。人間、美意識を失ったら終わりだわ」
「うるさいなぁ~」
ブスが振り返った。
「あなたには分からないでしょうね。だって、あなたはダサいもの」
「余計なお世話だ。ダサくってもみんな幸せに生きてるんだ」
「ダサいに否定はなしね。己のダサさを少しは恥じなさい」
「あんたさぁ……」
ぐいぐい近付いてきた。滑稽な顔を近付けてくるな。
「そんなんじゃ、ここではやってけないよ?」
「私に馴れ合うつもりはないわ。私は、孤高に生きてくから」
「孤高ねぇ、それってただのぼっちじゃない」
「ぼっちじゃないわ。友達くらいいたから。でも、私は常に孤高だけどね」
「ふん、ここじゃ、あんたみたいなのはぼっちになるから。いくらかわいくても、そんなに性格が悪けりゃあね」
「あら、かわいいは認めてくれるのね。それはどうも、ありがとう」
優雅に腰を落として感謝を示す。当然、挑発だ。
彼女は不細工な顔をいっそう醜くしてから前を向く。勝ったっ!
しばらく行ってブスが立ち止まった。そして、工事中の建物をあごで指す。ここか。
「へぇ! 美少女だ」
いきなり横から不躾なことを言われた。
表情を変えないままそちらを向くと、女が四人立っている。
「実物はさらにすごいわね」
年増が言った。
「すごい背が高いわね、菜ノ花ちゃんと同じくらい?」
さらに年増が言う。
「菜ノ花より高いね。百七二、三? しかもずっと細い」
さらにさらに年増が言った。
「ねぇ、キミ、写真撮っていい?」
またとしま……違うっ! なんだこいつっ!
「サキちゃん、いきなりはやめときなよ。まだ緊張してるじゃない」
「ちぇ~っ、まぁ、よろしくね。私、森田咲乃。この商店街で悪魔やってま~す」
「えっ! 悪魔なの?」
やっぱり人外か?
「サキちゃん、無茶苦茶言わないでよ。違うのよ、この子はタチが悪いから、商店街に棲まう一匹の悪魔の二つ名を持ってるの」
「へぇ、そうなの」
できるだけ平静を装って私は言う。
びっくりした。でも、一瞬信じかけた。
だってこいつ……だってこいつ……信じられないくらい、美人だもの……。
背中を汗が伝う。
「で、私が佐伯文香。向こうにある花屋の店長。この商店街をシメてるよ」
一番の年増が言ってきた。
「シメてるはあながち嘘じゃないわね。彼女に逆らったらこの商店街では生きていけないわよ。で、私が化粧品店の天笠紀子。その子の母親です」
次の年増が笑いかけてくる。このブスの母親にしては美形だ。
「私は商店街の入り口にあった本屋の娘よ。……娘って年でもないけど。小村響、よろしくね」
年がいもなく小首なんて傾げる年増。
こいつらはどうでもいい。この悪魔……もとい咲乃って奴はいったいなんなんだ?
こんな美人、都会でも滅多に見かけない。なんでこんなショボい商店街に?
「あなた、何してる人なの?」
「私? 大学生だよ。そこの八百屋の娘なんだけどね」
「え? 八百屋なんかの?」
しまった、動揺が表に出た。
言った瞬間、女どもがどよめく。
「おお、『なんか』とか言いましたよ~」
一番の年増の視線が厳しくなった。
「ていうか、さっきからサキちゃんばっかり見てるのね。さみしいわ」
「いや~、美少女の熱い視線、まんざらでもありませんよ?」
「ち、違うっ! 私は百合とかそんなんじゃないんだからっ!」
「いや、誰もそんなことは言ってないんだけどね」
みんなして笑いやがる。
ああっ! 笑うとさらに輝く、この咲乃って女っ!
おかしい、絶対おかしい、こんな田舎のダサい商店街に、私に匹敵する美人がいるなんて、絶対におかしいっ!
「あ、ゴメン、涙ぐんじゃった」
「違うわ。この程度で動揺する私じゃないから」
傲然と胸を張ってやる。
「はぁ、なんか面白い子だね」
「薫子、ちゃんとあいさつした?」
工事中のお店から出てきたのはお母さんだ。
「ううん、まだ名乗ってないよ」
一番の年増が告げ口した。
途端にお母さんが睨んでくる。分かりましたよ。
「私、内染薫子。もうすぐ一四才よ」
「よろしくは?」
お母さんが言ってくる。
「……よろしく。……してあげなくもないわ」
相変わらず胸を張ったまま言う。
一番の年増がにやりと笑ってきた。
「こいつはいいタマが入ってきやがったぜ」
お母さんがため息をつく。
「ごめんなさいね、この子、ヘンな反抗期で」
「別にいいですよ。かわいいもんじゃないですか」
若作りな年増が言う。
「で、お母さん、これがお母さんのお店なの?」
もうすぐ内装が終わりそうなお店を見上げる。
ランジェリーショップ『ジュリエット』
「そうよ、ようやくできた、私の店よ」
「そう、まぁまぁね」
お母さんのお店。
ここまでのお母さんの苦労はよく知っている。ようやく、ここまできたんだ。
よかったね、お母さん。きっと、いいお店になるに違いないよ。




