1.ウヅメ
商店街に美少女がやってきた。
迎えにいった私、天笠宇都女だが、こいつはなんかヘンな奴だ。
私、内染薫子は今日から商店街に住まないといけない。
でもこの商店街、ダサい……。
「ある日の『上葛城商店街』」の「美人会議」に話が出ていた美少女の話です。それを読んでいなくとも、話は通じるかと思います。
●登場人物
・天笠宇都女 登場作「ある日の『上葛城商店街』」の「私はブスである」。
・内染薫子 初登場。ランジェリーショップの娘。
おおっ! ええんか? ええんか? キスか? キスなんか?
「ウヅメ~」
うるさいなぁ。今は美男子とのキスで忙しいんだよ。
「ウヅメ、下りてきなさ~い」
あーもうっ!
仕方なしに私はゲーム機を置き、階下へと下りていった。
リビングではお母さんが両手を腰に当てて立っていた。
「また乙女ゲー、ウヅメ?」
「う、いいじゃん。せめて夢くらい見させてよ」
「中学生のうちからそんなんに逃げてたらロクな大人にならないわよ?」
うるさいなぁ、ブスな私はフィクションに逃げるしかないんだよ。
「で? 説教ですか?」
「あ、違う違う。ちょっとお遣い行ってきてよ」
「この暑いのに?」
もうすぐ八月。今日も猛暑だ。
「私は忙しいのよ。今度商店街にできるお店、あそこのお手伝いしてるの」
「あそこ、何ができるの?」
「ランジェリーショップ。できたらあなたも行けばいいわ」
「興味なし」
ブスが色気づいても痛々しいだけなのだ。母は美人なので、この辺の機微が分かっていない。
「はぁ、ホントにひねくれた子ねぇ。まぁいいわ、そのお店の店長の娘さんがもうすぐ来るのよ。迎えに行って」
「ええ~、超絶メンドくせぇ~」
「素直に言うこと聞きなさい。同学年だし、ついでに友達になればいいわ」
「イヤだよ。私が友達作りのできないさみしいお子様だって、知ってるでしょ?」
「そうやってひねくれてるから友達ができないのよ。もっと素直な気持ちで向かい合えば友達なんていくらでもできるから。今から試してきなさい」
「この歪んだ性格はそう簡単には直らないよ。私に拒否権は?」
「今までそんなのあったことが?」
「ない」
「分かってるじゃない。その子の写真はあなたの携帯に送っておいたから。さ、今すぐ行って、その子のお家まで連れてきなさい」
「横暴な母君だ」
「花屋の文香さんに比べたら菩薩よ。さ、行った行った」
などと、お尻を叩かれて家を追い出された。
あっちぃ~。
だらだらと汗をかきながら最寄り駅まで。
駅の改札口は陸橋の上にあるのでそこまで階段を上っていかないと。エレベーターはあるけど、健康な中学生は使っちゃいけない。
改札口の前で待っていると、都会の方から来た電車が下のホームに停まった。
そして……うわ、マジかよ……。
ウェーブのかかった長い黒髪を弄りながらその少女は近付いてきた。
切れ長の目は澄んだ冷気を感じさせる。すっと高く伸びる形のいい鼻。小ぶりな口は、優雅と言っていいクールな彼女をかえって引き立てる。そして立てば芍薬といったふうに、背がすらりと伸びていた。
すれ違う人の多くが、白いワンピース姿のその可憐な少女に視線を向ける。
確かにお母さんが送ってきた画像のとおり。あの超絶美少女こそ、下着屋の娘だ。
う、うーん、近付きたくねぇ……。
でも仕方がない。
改札を出た彼女に近付いて声をかける。私は見上げないといけない。何センチなんだ、こいつ?
「キミ、内染薫子さんだよね?」
「そうよ」
薄桃色の唇から鈴のような声を出した少女は、しかしつんとした表情を少しも変えようとしなかった。
「私、天笠宇都女。キミを家まで案内しろってさ」
「そう、じゃあ連れていって」
よろしくも何もなかった。まぁ、私も言ってないけど。
あんまり話をする気にもなれないので、何も言わず彼女に背を向けて商店街のある東口を目指す。
後ろを見ると相変わらず艶やかな黒髪を弄りながらついてくる。荷物は小さなハンドバッグと日傘だけか。
東口を出ると眼下にバスターミナルが広がる。その向こうにあるのが商店街。
彼女は日向に出る前に日傘を広げた。私? へへっ、日焼けくらい、どうってことないっすよ。
あんまり話さないのもどうかと思ったので、声をかけてみる。
「あそこ。あの商店街」
「ショボいわね」
抑揚のない声でずばりと言った。まぁ、私もそう思うけど。
「これからキミも住むんだけどね」
「憂鬱ね」
もういいや。とにかくこの面倒な任務を終わらせるべく先を急ぐ。
階段を下りていくと後ろから薫子が声をかけてきた。
「あなたって……」
「ん、何?」
振り返って見上げると、彼女は冷然といったような視線を私に向けている。
「服があまりにダサいわ。見てて耐えられないほど」
カッチーン。
いや、これ部屋着ですから。お母さんに呼ばれてそのまま出てきたのだ。美少女を迎えにいくからって、いちいち着飾ったりはしませんよ。
と……。
不意に通り過ぎた風が彼女のスカートをめくり上げた。
げっ! 大人パンツ!
ていうか、
「隠せよ!」
「何を?」
「いや、スカート!」
風はすぐにやんだが軽いスカートはしばらく浮いていた。
どうにかスカートも落ち着く。
彼女は終始涼しい顔。
呆れた私は言わずにはいられない。
「中、丸見えだったんですが?」
「だから?」
「いや、私だけでなく、他の人にも見られてたんですが?」
「だから?」
だから? パンツ見られて、だから? 大人パンツだと見られてもオッケーなの? いやいや、そんなことはあるまい。
「あんたには恥ってもんがないの?」
言わずにいられない。
「ただの下着じゃない。おかしいわよ、あなた」
すました表情のまま私の横を下りていく。
え? おかしいの私なの?
階段を下りきった彼女がくるりと振り返る。
「さ、くだらないこと言ってないで、早く案内してちょうだい」
うわ、こいつ、ヘンな奴だ。




