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ある日の『上葛城商店街』  作者: いなばー
後輩救出作戦!(咲乃)
2/60

1.

私、森田咲乃の後輩にはガチ百合の親友がいる。ガチ百合側に引きずり込まれる前に、後輩を助け出すのだ!   

  

「ふくれっ面の跡取り娘」、「隣人はかぐや姫と呼ばれる」を踏まえたお話です。特に、「ふくれっ面」のネタバレがありますのでご注意ください。既存作を読んでいなくても、文中に説明があるので話は通じると思います。


 若干の百合注意です……。


●登場人物

・森田咲乃 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」「隣人はかぐや姫と呼ばれる」「ふくれっ面の跡取り娘」

・佐伯菜ノ花 : 登場作「ふくれっ面の跡取り娘」

・橘縁 : 登場作「ふくれっ面の跡取り娘」

・佐伯文香 : 登場作「ふくれっ面の跡取り娘」

・乗倉伊奈 : 登場作「隣人はかぐや姫と呼ばれる」

・後藤 : 初登場

 駅の改札口を出たら、すぐ先で菜ノ花と橘君がガン泣きしながら抱き合っていた。ちなみに彼女等は二人とも高校生女子である。

 うわぁ……。

 見て見ぬ振りをしようとも思ったが、このまま見過ごす訳にもいかぬといつもの義侠心が湧いてきた。二人とも、高校時代のかわいい後輩なのだし。

 少し距離を取って様子をうかがっていると、十分以上経ってからようやく二人は身体を離した。そして橘君は駅の西口へと去っていく。今生の別れみたく大きく手を振ったりなんてしながら。

 一人になった菜ノ花に近付くと、こっちが声をかける前に向こうが気付いた。涙を拭いていたハンカチをしまって声をかけてくる。


「咲乃先輩どうしたんですか、苦い顔して」


 そう。私、森田咲乃は渋面って奴を菜ノ花に見せつけていた。そうしないと鈍いこいつには私の意志が伝わらない。


「どうしたはこっちのセリフだよ。今の何? 天下の往来でうら若き娘さんが抱き合って泣き喚くとか。何人もの通行人が、『ごちそうさま』みたいな顔して通り過ぎていったよ。男女を問わず」


 橘君はハーフだかクォーターだかで、見た目完全に白人だった。輝くブロンドヘアはただでさえ人目を引くのに。

 そして菜ノ花は菜ノ花で背が高くて派手な顔付きだった。近寄りがたい美人というよりは、親しみを持ちやすい顔立ち。とにかく遠くからでも目に入るタイプだ。

 そんな二人が並ぶとどうなるか分かろうというもの。でも本人達は分かっていない。

 私のジトーッとした視線に焦ったらしい菜ノ花が言い訳を試みる。


「いや、今日卒業式だったんですよ。縁の奴が別れ際にあんまり泣くから慰めてただけで」


 縁とは橘君のことだ。

 まぁ、卒業式なのは見たら分かる。私の母校でもある秋篠高校のセーラー服を着て、リボンで作った花を胸に下げ、卒業証書の入った筒を学生鞄に差しているのだし。

 二人とも卒業後の進路は違うが、住んでいる場所は近所なんだからその気になればいつでも会えるのだ。それなのにあのガン泣き。こいつらはちょっと異常だ。


「菜ノ花も一緒になって泣き喚いてたじゃない」

「まぁ、ちょっともらい泣きしたかも?」

「ちょっとじゃないよ。とりあえず、歩きながら話そうか」


 往来で言い合いをして行き交う人の視線を集めてしまうのは勘弁だ。私も大学生ですから少しは世間体なんてのも気にするようになっているのです。

 昔はそうではなかったけど。私は生まれながらの美人さんなので、小さな頃から他人の注目を浴びるのが普通だった。そうやって人に見られるのは快感なのだけど、他人が自分をどう思っていようが全然構わず生きてきた。それが最近では人目を気にかけたりするように?

 どうやら私は成長しているようだ。菜ノ花みたいな後輩や、和菓子屋のみこちゃんみたいな年下の子と接するうちに変わってきたのかも。立場が成長を促すのだ。

 さて、それでは先輩らしく駄目な後輩たる菜ノ花を正しい道に導こうか。




 私と菜ノ花は駅の東口を出た先にある商店街に住んでいた。そこを目指しながら話をする。


「あのさ、まずもって君達って何なの?」

「何って、普通の親友ですよ? 中学からずっと一緒の」

「だったらいいんだけどねぇ」


 今、私達は並んで歩いている。菜ノ花の方が五センチほど背が高い。百七十センチ前後というところ。そんな菜ノ花と若干小柄な橘君が並ぶと、実にいいバランスとなるのだ。どっからどう見ても、なぁ……。


「前から何回も聞いてるけど、君ら付き合ってはないんだよね?」


 私が真剣な表情で聞いても菜ノ花はとぼけた顔でこっちを見るだけ。


「そんな訳ないですよ、前から言ってますけど。私は女子が好きな人ではないですから」


 でも菜ノ花と橘君が並んでいると、どっからどう見ても恋人同士なのだ。身長のバランスだけでなく、ショートボブでボーイッシュな服ばかりの菜ノ花に、ロングヘアでガーリーな格好を好む橘君。わざとかよって言いたくなるくらい、いちいちそれっぽい雰囲気を匂わせた。


「ガチ百合じゃなくても、橘君だけ特別ってこともあり得るでしょ?」

「いやいや、ないですって。縁に恋愛感情は持ってませんし。向こうはともかく……」

「そう、橘君は菜ノ花が好きなんだよ。それで一回ちゃんとした告白までしてるんだ」

「でも、私にその気はないって、向こうも分かってますから。その上で、私達は引き続き親友やってるんです」


 そう言って、菜ノ花はうなだれた。ここでうなだれるのがマズい。


「ダメだって、そうやって振っちゃったこと負い目に感じるの。そのうち情に流されてガチ百合側に引きずり込まれちゃうよ?」

「いや大丈夫ですよ、その辺は。これからも普通に親友やっていきますから」

「じゃあ、向こうから迫られてもちゃんと拒絶できる?」

「拒絶かぁ。拒絶なんてしたら、縁の奴は傷付きますよね? それは嫌だなぁ」


 そう言って、情けなく眉をへの字にしてしまう。大丈夫? こいつ。


「ダメだよ? 一時の気の迷いでおかしなことするとか。後で両方とも不幸になっちゃうんだから」

「ですよねぇ、ですよねぇ」


 腕組みをしながらしきりに首を左右に傾けている。そうやって迷ってる時点でアウトである。ここはちょっと別の方向からも攻めてみようか。


「ていうかさ、君らって周りからどう見られてるとか、ちゃんと分かってるの?」

「と言いますと?」

「あ、ちょうどいいとこに。みこちゃん、みこちゃん、こっちこっち」


 商店街にある本屋から出てきた和菓子屋の看板娘を呼び付ける。あの子は菜ノ花とは違う高校に通う一年生だ。私の声に振り返ると、商店街の入口前にいる私達の方へと走ってきた。この子は元気なのでよく走る。

 まずはあいさつ。


「で、どうしたんですか? 咲乃さん」

「橘縁って子、知ってる? 菜ノ花といつもいる子」

「あの西洋人形みたいにきれいな人ですよね」

「そう、その子。あの子って、菜ノ花とどういう関係か分かる?」

「どうって、恋人じゃないんですか?」

「いやいやいや、あいつが恋人っておかしいでしょ?」


 両手を振って否定する菜ノ花を見て、みこちゃんは首を傾げてしまう。


「でも商店街じゃ、みんなそう思ってますよ。私も驚きましたけど、女子同士でも付き合ったりはありなんですよね?」

「いや、私達は別に付き合ってなんてないから」

「大丈夫です、人と趣味が違ってるからって石投げたりしませんし。世の中にはいろんな人がいますからね。分かってますって」


 うんとうなずくみこちゃん。この子、結構柔軟性があるんだな。

 あるいは商店街が大好きなみこちゃんの場合、商店街のみんなが言うことだからってそのまま真に受けてるのかもしれない。この子、純真すぎて人の言うことすぐ信じるし。そういう点、心優しいお姉さんとしては心配だ。


「ほら聞いたよね? これが商店街の見解なんだよ。菜ノ花の今までの行いが悪すぎるんだね」

「いや私、何もしてませんけど」

「でもキスしてるの見たことありますよ。それ見て私も納得したんです」


 見苦しく言い逃れようとする菜ノ花を、みこちゃんが悪気なく追い詰める。


「いや、女子同士だとじゃれ合いでそれくらいするでしょ?」

「そうですかね?」


 みこちゃんが首をひねる。彼女の友人関係ではそういうのはないらしい。

 私? そうだなぁ、親友とだったら腕くらいは組むかな。向こうは大抵嫌がるけど、気にせずくっついていくのだ。

 一方の橘君の場合はあまりに度が過ぎる。腕を組むのがデフォルトで、隙さえあればべったり抱き付くのだ。そしてキスもやたらとする。口同士のも含め。向こうは本気で菜ノ花が好きなのにキスなんて、際どいってもんじゃあない。


「菜ノ花はそうやって『女子同士のよくあるじゃれ合い』って言うけど、橘君が洗脳してそう思い込ませてるんだからね?」

「いや、洗脳は言いすぎですって、先輩。普通にマンガとかであるじゃないですか、それぐらいのスキンシップ」

「菜ノ花、二次元とリアルをごっちゃにするな!」


 菜ノ花の両肩を掴んで揺すぶってやる。向こうは嫌そうな顔をしながらも揺すぶられるまま。


「あーもー、どっちみち先輩含めて外野じゃないですか。私達のことは放っといてくださいよ~」

「あ、それはそうですね。周りの人間にわいわい騒がれたら、本人達はすごい迷惑なんですよ」

「経験談?」

「経験談」


 私を見つめてみこちゃんがうなずく。まぁね、彼女とその幼馴染みがくっつくまでの苦闘は、私も見守っていたのでよく知っている。大抵周りの人間が騒ぎ立てて本人達は気まずくなったりするのだ。その周りの人間には私も含まれてたけど。

 でも、菜ノ花達の場合は違う。こいつらはくっついたらいけないのだ。周りの人間が何とかしてやらないと。


「菜ノ花あのね、菜ノ花がただの親友のつもりでいても、世間はそう見てくれないし、相手もその地位に甘んじているつもりはないんだよ。もっと毅然とした態度を取らないと、どんどん追い詰められていくんだから。今だよ、今が頑張る時なんだよ!」


 菜ノ花は軟体動物みたく身体をくねくねさせながら私に揺さぶられ続けている。煮え切らない本人の態度そのままだ。


「なんで先輩、そんなに熱心なんですか? 別にいいじゃないですか、私の問題なんですから」


 いっつも人に相談を持ちかけてくるのにこの言い草ですよ!

 橘君関係だけでもいろいろと相談に乗ってやっているのだ。あの子を振っちゃった後になってうじうじ後悔し始めて、話を聞いてくれって言ってきたのは菜ノ花だ。振ってよかったのだと励ますのにどんなけ苦労したか。

 でもなぁ、いつから私はこんな親切な人間になったのだろうか? 昔はホント、自分のことしか考えていない奴だった。周りがちやほやしてくれるから、思いっきり図に乗ってたんだよね。しかも頭もいいし、腕っぷしも強いし、性格も残忍だしで、敵対してくる奴は簡単に叩き潰せたし。

 高校二年になって親友ができて、そこから私は変わり始めた。自分と同じくらい大事な奴ができたあの時から。

 その後、高校まで追いかけてきた菜ノ花に付きまとわれたり、みこちゃんと仲良くなったりしているうちに、私の視界はさらに大きく開けていった。

 今では心の拠り所となる彼氏を見つけて私は幸せだ。周りの人間にももっと幸せになって欲しい。昔だったら考えもしなかったそんなことを、柄にもなく思っていたりするのだ。


「かわいい後輩の菜ノ花のことだからこんなに心配してるんじゃない。何の覚悟もなしに茨の道を行こうする後輩を見過ごすことはできないの!」

「だから大丈夫ですってば~。私さえしっかりしてたら大丈夫でしょ?」

「だーかーらー! 君は全然しっかりしてないのっ! 自覚してよ」


 いい加減疲れたので菜ノ花を揺さぶるのをやめる。すると菜ノ花の奴は私の手を自分の肩から退けてしまった。


「ホントに大丈夫ですから。心配ご無用。私達は清く正しい親友同士としてこれからも頑張って参りますから。では先輩、さよなら~~~っ!」

「あ、ちょっと!」


 止める間もなく走って逃げてしまった。あーもー。


「あれ? 結局親友なんですか? 恋人なんですか?」


 事態を把握していないらしいみこちゃんが聞いてくる。


「まぁ、今のところはかろ~じて、親友かな? でも、このまま放置してるとホントに恋人同士になっちゃう。そうしたら茨の道だ。そうなる前に何とかしないと。協力してね、みこちゃん」


 私がそう言って手を差し出すとみこちゃんは少し顔をしかめた。彼女がこういう表情をするのは珍しい。


「でも変に引っかき回すのはどうですかね? 咲乃さん、いっつもそうやってロクでもないこと、しでかしてるじゃないですか」

「失礼な、いっつも結果オーライでうまくいってるじゃない」

「今まではたまたまそうなりましたけど、今回は特に繊細な問題っぽいですし、周りは騒ぎ立てない方がいいですよ。それに……」

「それに?」

「菜ノ花さんって、ちょっと前まで私のこと嫌ってたじゃないですか? 最近ようやく仲良くなってきたんで、ここで嫌われることはしたくないんですよねぇ」


 そうか、なるほど。

 菜ノ花は去年の夏まで商店街が大嫌いな奴だった。なので商店街大好き人間たるみこちゃんのことを、あいつは避けていたのだ。

 誰にでも好かれるみこちゃんなので、菜ノ花のこれまでの態度にはずっと戸惑っていたのかもしれない。ある意味トラウマ? 嫌われるリスクのある今回の作戦に参加させるのはかわいそうかも。


「そうだね、無理強いはしないよ。じゃあさ、商店街のみんなの誤解だけ解いといてよ。二人はただの親友ってことで」

「分かりました。みんなに言って回りますよ」


 言って回るってのも変な話のような気もするが、まぁいいや。とにかく役割分担だ。私は菜ノ花の目を覚させて、ガチ百合の魔手から逃れさせるのだ!

 あ、その前にあの人のところへ行って話を通しておかないと。


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