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ある日の『上葛城商店街』  作者: いなばー
夕暮れから夜明けまで(伊奈)
17/60

2.

 この日の夕飯は鶏の唐揚げ。作るのはもっぱら私だ。


「ねぇ、伊奈、手伝うことないの?」

「咲乃は黙って座ってて。あんたが手を出すと、とんでもない料理ができ上がるんだからね。今まで何回失敗したと思ってんの?」

「ぶ~」


 イスに座ったまま頬を膨らませて不満をアピールする。というか、こいつに下手に油物をさせて、やけどでもされたら大変だ。完璧な陶器に傷をつけたくはない。

 何度も邪魔を企てる咲乃を撃退しつつ料理は完成。ふぅ……。


「じゃじゃ~ん! 伊奈、私もできたよ! どろりとした白い汁!」

「汁とか言うな。フレンチドレッシングでしょ? でもそれは、咲乃だけで食べるように。絶対にまずいから」

「ぶ~。味見くらいしてよ」

「分かった分かった」


 指ですくって舐めてみる。


「苦っ! なんじゃこりゃ! やっぱ、これは咲乃専用ね。私は市販のマヨネーズにする」


 と、自分の野菜サラダにマヨネーズを。

 それではせっかくの唐揚げが冷めてしまわないうちに食べましょう。大皿に盛った唐揚げを二人の間に置く。

 ビールの入ったコップを掲げてまずは乾杯。


「伊奈、おつかれ~」

「咲乃、おつかれ~」


 そして咲乃はすぐに唐揚げに手を伸ばす。


「おいしーっ!」


 満面の笑みをこっちに向けてきた。こうして喜んでくれるとうれしくなってくる。私は料理が趣味なのでよく作って人にも食べさせるのだが、咲乃が一番ストレートに喜んでくれた。意外に可愛げのある奴なのだ。


「高校の時、伊奈に一番最初作ってもらったお弁当のおかずが鶏の唐揚げなんだよね」


 早くも二個目に取りかかる咲乃。


「そうだっけ?」

「えっ! そういうのちゃんと憶えててよぉ~」


 咲乃は身体をくねらせて抗議してくるが、そう言われてもまだ私は思い出せない。


「あの頃の私は咲乃が憎くって仕方なかったからね。お弁当も無理矢理作らされたんだし」

「憎いは言いすぎだ! でも、今じゃこうして親友同士なんだから、人の縁て分からないもんだね」

「縁ていうか、咲乃が無理矢理迫ってきたんだけどね。あんたって、人と仲よくなるやり方を知らないよね。今の彼氏さんにもかなり無理矢理アタックしたんでしょ?」


 そういうふうに聞いている。最後にはテンパりすぎて泣き喚いたのだそうだ。まぁ、それを見て相手の二階堂さんは心を動かされたらしいのだが。


「無理矢理っていうか、そのつど自分の情熱に忠実なだけだよ。まぁ……ほとんどの友達は向こうから話しかけてくるから、自分から仲よくなったのって、伊奈と二階堂くらいかも?」

「友達の作り方に関しては私も人のこと言えないけどね。ていうか、自分から仲よくなったのは未だゼロ人だ」

「病的だよね」

「病的って言うな。いいじゃん、親友はちゃんといるんだし。今では彼氏も」

「はぁぁぁ……」


 露骨にうなだれる。


「何そのため息」

「私の伊奈が遠くなる……。ねぇ、彼氏さんとはいつ別れるの?」

「別れるのが当たり前みたいな言い方すんな」

「い、いや、でもちょっとお試しなだけでしょ?」

「そんなわけあるか。初めてのお付き合いだから、割と浮かれてます」

「やめて、マジでやめて……」


 机に頭を付けてしまう。


「自分だって彼氏いるんじゃん。毎日部活で会ってるし」


 咲乃は大学のアメフト部でマネージャーをしていて、彼氏たる二階堂さんはそこのレギュラーの選手だ。筋肉フェチの咲乃が選んだだけあって、彼の筋肉はすさまじい。


「まぁ、そうだけど。うんざりするくらい、会ってるね」


 ようやく顔を上げる。うんざりはただの照れ隠しだ。


「えこひいきとかしてないでしょうね? あんたって、人の好き嫌い酷いから心配なんだけど」

「そんなわけないよ。すごい公平にみんなをビルドアップしてるんだから」

「筋肉フェチが筋肉育て上げてるんだ。見ようによっては変態チックだよね」


 筋肉ハァハァしているこいつの画がすぐに浮かんでくる。


「極めて健全です! でもさ、やっぱり好きこそものの上手なれっていうか、私のトレーナーとしての能力はめきめき上がってるよ」


 そう言って身を乗り出してくる。


「なんか意外だ。咲乃って、自分が突っ走るタイプで、人をサポートとかする柄じゃないのにね」

「相手を追い立てるのも割と行動力いるよ? トレーニングの計画立てて、それを実行させて、結果を数字で把握して、さらにやり方を改善していくんだ。かなり楽しい」

「へぇ……私みたいに一人でいるのが大好きな人間には、そうやってみんなで何かをする面白味がまるで分かんないや」


 ビールを飲み干したので咲乃が注いでくれる。こいつは入れ方が下手くそだ。


「まぁ、伊奈はそういう奴だもんね。別にいいと思うけど。漫画研究会でもぼっちなの?」

「基本ぼっちだね。仲よかった先輩が卒業しちゃったし。それでも割と楽しいよ。一人でマンガ評論書いてんの」

「ヒョーロン?」


 咲乃の目がいきなり厳しくなる。


「なんだよ」

「ヒョーロンなんてロクでもねぇ。反吐が出るぜっ!」

「食事中に反吐とか言うな。なんでそんなに評論家を嫌うのさ」

「だって、ヒョーロン家とかって、他人の作品にかこつけて、自分が語りたいことだけを語ってるじゃない? 酷いのになると、自分自身のことを語り出すんだ」

「まぁ……あるよね、そういう記事って」

「こちとら作品のことが知りたいんだ。あんたの屁理屈なんざ、聞きたくないっての! まったくもって、反吐が出るぜっ!」

「もう胃液しか出てないよ。別にそういうのばっかじゃないよ? 私がしてるのも、埋もれがちなマイナーなマンガを掘り起こすとかそういう作業だし」

「まぁ、伊奈は人間嫌いだし、他人に自分の奥の方のことを知られたくないもんね」

「そういうことです」

「今度読ませてよ。私がさらに批評してやるよ」

「読ますのは別にいいけど、咲乃が読んでも面白くないと思うよ?」


 そう言うと、咲乃はテーブルにひじをついた。行儀が悪いぞ。


「なんで私達って、こんなに興味の方向が違うんだろ? 親友なのに」

「別にいいじゃん、逆にそれがいい距離になってると思うんだ。私も咲乃も、基本は一人が好きなんだし」

「そうか。まぁそうか」


 ぐびっと咲乃がコップを空けた。それに私が注いでやる。私は飲み会なんかにはぼっちながらも頑張って顔を出すようにしているので、ビールの入れ方は堂に入ったもんだ。




 そして夕食後は居間で映画鑑賞。部屋着に着替え、絨毯の上で腹ばいになって楽しむ体勢。手の届くところにワインやお菓子を適当に並べる。

 まずは直近のハリウッド大作。


「CGすごかったね」

「CGすごかった」

「じゃあ、次は『フロム・ダスク・ティル・ドーン』行ってみようか、伊奈」

「B級オブB級だ。この、落差よ」


 咲乃は前半のクライムシーケンスから意気上がりっぱなしだった。

 そして後半のホラーシーケンス。


「キターッ! セック●・マシーン!」

「自分ちだからって、女子がでかい声で●ックスとか言うな」

「げらげら、人がボロ雑巾みたいに死んでくぜぇぇぇ」

「咲乃、私は未だにあんたの将来が心配だよ」

「え? どういう意味?」


 次の『モールス』は落ち着いて観賞。


「あのさ、伊奈」

「ん?」

「クロエ・モレッツって、もう一八歳なんだよ」

「へぇ、そうなんだ」

「この前最近の画像見たんだけどさ……」

「あ、もしかして……」

「そう、そのとおり。例によって貧乳でした……」

「なんでだろうねぇ、子役出身の人が軒並み幼児体型っていうのは」

「伊奈も人のこと言えないけどね」

「くそっ! 自分がグラビアアイドルクラスだからって調子に乗んな!」

「モデル体型って言ってよ。グラビアアイドルとか言われたら、なんか中高生男子をハァハァ言わせてるみたいじゃない」

「いや、実際のモデルさんて胸は小ぶりでほっそりしてるじゃん? 咲乃はしっかりボリュームもあるんだから、モデル体型ではないんだよ。中高生男子をハァハァさせてるのも事実だし」

「いやいや、ハァハァとかそういうのは響さんのポジションだから」

「ここにいない人を貶めるな」

「おっ! なんかバイオレンスな展開だぞ!」


 咲乃が画面に釘付けになる。

 『インタビュー・ウィズ・バンパイア』は耽美的でいいんだけど、さっきから飲んでるワインのせいか、だんだん眠くなってきた。でも、ブラッド・ピットは見ていたい……。

 ふと横を見ると、咲乃はくったりうつ伏せてしまっている。


「咲乃、寝た?」


 返事がない。どうやら眠ってしまったようだ。

 とりあえず映画を停めて起き上がる。咲乃の部屋にあったタオルケットを持ってきて、彼女にかけてやった。

 そして部屋から一緒に持ってきた私のマンガを、咲乃の寝息を聴きながら一人で読む。

 こいつと出会ったのは高校二年。向こうから親友になろうと迫ってきたのだ。仲よくなる前から親友宣言をしてくるとかどうにもやり方がおかしかったが、ともかく私たちは親友に。

 その頃の私は黒髪おさげで化粧もしない、人見知りも今以上に酷いという地味少女。それはそれで平和に暮らしていたのに、こいつは強引に私を日の光の下に引っ張り上げやがった。

 散々な目に遭わせてくれたと当時は思ったものだが、今となっては感謝している。今の私があるのはこいつのおかげだ。本人にはそんなこと、滅多に言わないけど。

 こいつがいなかったら私はどうなっていたのだろうか? 一時はよく考えたが、そんなの考えるまでもなかった。私と咲乃が出会わなかった世界なんてどこにも存在しえない。私はそう、確信している。

 私はマンガを置き、美しい顔面を床に押し付けて寝こけている親友の、艶やかな癖のない黒髪をそっと撫でた。

 頭を撫でられて咲乃が起きてしまったようだ。顔を上げてこちらを見る。


「あー、伊奈、マンガ読むとかやめてよ~」


 頬を膨らませて抗議。前髪が跳ね上がってしまっていた。


「あんたが寝たからじゃん。ちゃんと部屋で寝る?」

「んー、今何時?」

「五時くらい」

「ちょっと外歩こうよ。酔いを覚ましたい」

「よし、行こう」


 ふらふらと咲乃が起き上がる。こいつは飲み慣れていないので、お酒は強くないのだ。




 外は明るみ始めていた。もう夜明けだ。

 朝の空気が心地良い中、咲乃が家の前で大きく伸びをする。


「んー! 目が覚めたっ!」

「じゃあ、とりあえず歩こうか」


 駅とは反対方向に歩くことに。ウォーキングをしているらしい人の姿が、年代を問わずぽつりぽつりと見える。朝はがっつり寝ていたい私には信じがたい光景だ。咲乃はそういう人たちに愛想よくあいさつをしていく。


「ここの酒屋さんはね、店長の長男さんに、次男さんがすごい反発してた頃があったんだって。跡を継げない次男さんが荒れてたの」

「へぇ、昨日は仲よさそうだったけど」


 酒類を買った時にそれらしい二人を見かけていた。

 咲乃が隣にある古ぼけたビルを見上げる。


「このビルの二階にある猫喫茶は、店長が離婚でテンション上がった勢いで脱サラして開いたんだって。優しげな店長なんだけどね」

「猫は好きだし、今度来てみたいな」


 ぴょんぴょんと私の前を跳ねていって、道の反対側に。


「このおもちゃ屋さんは商店街ができた時から続いてるの。昔は品薄の人気テレビゲームもなぜか仕入れてる穴場として知られてたんだって。あ、それとここの店員さんは、響さんと付き合ってるんだよ」

「すごいな、あんな美人と」

「本人は全然冴えない、おたくふうなんだけどね」

「ますますすごい」


 咲乃が身をひねってくるりとひと回転しながら道路の端から端へ。通りすがりのおじさんが見とれてしまう。


「ここの空き店舗はずっと埋まってないんだぁ……。昔、ブームの頃はゲーセンだったらしいよ」

「ゲーセンは商店街の外にもあったね」

「うん、そうそう。あそこも大概古いよね。昔はそこらじゅうにゲーセンがあったって」


 咲乃が美容室を指さして、にやりと笑う。


「伊奈が美容室デビューしたお店だね」

「そうだよ、咲乃が強引に連れ込んだんだ」


 さすがに家から遠いので、ここには通ってないけど。


「私もお世話になってるんだよ」

「あれ? そうなの? 咲乃はどっか都会の美容室まで行ってるんだと思ってた、なんとなく」

「ここの華崎さんは、そこらの都会の美容師よりよほどうまいんだから」


 咲乃はセミロングの黒髪ストレートとシンプルな髪型だが、いつ見てもバランスが絶妙なのだ。


「そしてあれが、にっくきライバル店ですよ~」


 そう指さした先にあるのはこの商店街に二軒ある八百屋のひとつだ。つまりはもう一軒の八百屋たる咲乃の実家の商売敵?


「でも仲悪いわけじゃないんでしょ?」

「うん、微妙に置いてるのも違うらしいしね、よく分かんないけど」


 実家の家業に関わっていない咲乃らしい回答か。

 軽く駆けていった咲乃が、ケーキ屋の店先にぶら下がる鈴に触れる。中ではもう仕事が始まっているようだ。


「ここのケーキ屋さんのお爺さんは、クリスマスになると甦ったみたいに大活躍するの」

「前にトランペット吹いてたよね」


 この商店街には変わった人が多いのだ。

 小道を渡っても商店街は続く。


「そしてこの花屋。菜ノ花の家だね」


 高校時代の後輩の家だ。


「店長のお母さんとずっと仲が悪くって、仲裁する私はすごい大変だった……」

「今ではここで働いてるんだから、終わりよければなんとやら、だよ」

「まぁ、そうか」


 と、後ろから声をかけられる。


「おはようございます、咲乃さん」

「おはよう、みこちゃん」


 斜交いの和菓子屋の前に立っているのはそこの看板娘だ。確か高校生だったか。この和菓子屋には何回か咲乃に連れられて来たことがある。


「おはようございます、伊奈さん」


 ぺこりと頭を下げてきた。私は名前を憶えていないが、向こうは憶えていたようだ。やばい、さっき咲乃はなんて呼んでたっけ?

 私が焦っていると、咲乃が看板娘さんの方へ手を差し出した。


「この子が商店街の未来を背負って立つ、野宮みこさんで~す!」

「いや、それは大げさですし」


 照れたようで、野宮さんが顔を赤らめた。


「でも、この子ほど商店街を愛してる人はいないからね。お店の手伝いも熱心だし」

「ふーん、咲乃と正反対だ」


 なんとなく私が口にする。咲乃は店の手伝いをしないのだ。


「まぁ、そうか。んー、前から聞いてみたかったんだけどさ、みこちゃん」

「ん? なんですか?」

「みこちゃん的に、私ってどう見えてるの? 商店街に住んでるくせに、全然関わってない奴だよね」

「でも咲乃さん、この商店街が好きじゃないですか」

「まぁ、そうかな」


 咲乃が首を傾げる。


「じゃあ、立派な商店街の一員ですし、それで十分じゃないですか」


 と、明るい笑顔を見せてくる。

 すると咲乃も笑みを浮かべた。本当にうれしそうに表情を緩めている。


「よかったね、咲乃」


 私が声をかけると、咲乃は顔を赤く染めて上を向いた。こいつ、涙ぐんでやがる。


「あ、仕込みが始まる。じゃあ咲乃さん、今日はジョギングなしにしますか?」

「うん、今から寝るよ」


 咲乃はもう平気な顔をして野宮さんの方を向く。


「はぁ、いいですねぇ、大学生。好き放題じゃないですか」

「いやいや、これで部活とか忙しいんだから」

「まぁ、そういうことにしときますよ。それじゃあ、伊奈さんも。またウチに買いにきてくださいね」

「うん」


 手を振りながら店の中に入った野宮さんに手を振り返す。最後に店の宣伝かよ。

 ふと見上げると、向こうの山際から朝日が顔を覗かせていた。


「朝だね」

「じゃあ、帰ろっか」


 咲乃が私の腕にしがみついてくる。


「そうだね、眠いや」


 あくびが出てしまう。結局私は完徹だ。


「私のベッドで一緒に寝ようね」

「いや、布団出してよ」

「ダメ、一緒に寝るの」


 そう言って、上機嫌な咲乃が身体をぶつけてきた。


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