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ある日の『上葛城商店街』  作者: いなばー
夕暮れから夜明けまで(伊奈)
16/60

1.

 今日は伊奈と咲乃のお泊まり会。二人仲よくぐだぐだと過ごす……。



 「隣人はかぐや姫と呼ばれる」の後日譚です。読んでいなくともなんとなく話は通じるかと思います。


*注 : 作中で登場人物が口走っているのは、あくまで登場人物の見解であり、作者のそれとは一切関係がありません! ご理解ください……。



●登場人物

・乗倉伊奈 : 登場作「隣人はかぐや姫と呼ばれる」

・森田咲乃 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」「隣人はかぐや姫と呼ばれる」「ふくれっ面の跡取り娘」

・野宮みこ : 主人公「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」、登場作「ふくれっ面の跡取り娘」


 私、乗倉伊奈は『上葛城商店街』にいた。今日は親友たる森田咲乃の家でお泊まりなのだ。

 奴はまだ大学から帰ってきていないので、私は喫茶店で帰宅を待つ。

 商店街の中にあるこの喫茶店は落ち着いた雰囲気で、他にお客がいないこともあってBGMだけが聞こえる静かな空間となっていた。とても居心地がいい。

 あれ? またジャズだ。さっきからずっとジャズだぞ? 今気付いた。

 よくよくカウンターの方を見ると、そこに置いてあるスピーカーは木目調のやたら馬鹿でかいものだった。それに、CDとかではなくてレコードを鳴らしている。あんなにいっぱいあるレコードなんて初めて見た。

 そうか、ここってジャズ喫茶なのか……。でも、この庶民的な商店街では、店長のこだわりなんてものは理解されていないに違いなかった。前に来た時も、咲乃はクリームソーダーが美味しい喫茶店としか認識していなかったし。


「伊奈~、帰ったよ~!」


 静寂は我が友によって打ち砕かれた。咲乃がばたばたと音を立てながら私の方へ近付いてくる。


「うるさいよ、咲乃。店内ではもっと静かにしろ」

「ゴメンゴメン。あっ! 何それっ!」

「何って、何?」

「マンガそんなに持ち込んで! え? 今からお泊まりなんだよ? 二人で仲よくお話しして過ごさないといけないのに、また一人だけでマンガを読みふける気?」

「咲乃の分もあるよ? ホラー漫画」

「そういう意味じゃない!」

「いや、新刊が出てるの思い出してさ。目の前に本屋があるし、買ったんだよ。あそこの店員さん、相変わらずとんでもない美人だね」

「そうだよ、響さんはこの商店街で一、二を争う美人だよ。って、そうでなく。マンガは勘弁してよ、本当に」


 がっくりと肩を落とす。


「大丈夫だって、二人の時は読まないから。今日は」

「いや、いつもそうしてくれないと困るんだけどね」


 そして喫茶店を出る。お勘定の時、いい音楽を聞かせてくれてありがとうとか言おうとも思ったが、私は人見知りなので何も言えなかった。




 外に出るなり咲乃はしげしげと私を見つめてきた。


「チェッカーズ?」


 そう言って首を傾げてくる。


「ブリティッシュパンクスタイルだよ」

「それでチェック柄のスカートか。タータンっていうんだっけ? スコットランドふう?」

「ゴメン、あんま詳しくないの」

「カッコだけかよ」


 そのとおり、カッコだけである。彼氏がパンクバンドのベースなので、それに合わせたファッションをしているのだ。半袖とはいえ黒いシャツは正直暑い。ウォータープルーフの化粧品の性能を、私は信じている。

 一方の咲乃は白いデニム地のパンツに黄色いTシャツ。こいつは素材がやたらいいのでこういうシンプルな方が映えるのだ。化粧も私とは違って大分薄い。


「いいから今晩の準備を進めようよ。もう夕暮れ時だ」

「部活が忙しいんだから仕方ないよ。怒ってる?」

「まさか」


 まずは咲乃の部屋へ行って、荷物を下ろす。


「咲乃、お菓子は買っておいたから。駅向こうのスーパーで」

「ありがとー。きのこの山は?」

「二個買った」

「なんかさ、二人ともきのこ派って面白くないよね?」

「そう?」

「私は伊奈と血で血を洗う戦争をしてみたいんだよ」

「くだらない。でも、こんなのあったから買ってみたよ」

「こんがり焼けたたけのこの里?」

「限定品かな? よく分かんないけど」

「ぐへへへ、ついに連中を焼き討ちにしてやったぜ! 燃えろ、燃えちまえ!」

「咲乃なら喜んでくれると思ったよ」




 それから商店街で買い出し。映画をレンタルするのだ。

 咲乃の家は八百屋をやっているが、今日は臨時休業をしていた。法事らしい。


「両親はいないから、人見知りの伊奈でもくつろげるはずだよ」

「まぁ、ご両親には何度も会ってるんだけど」

「毎回、痛々しいくらい緊張してるけどねぇ」

「そういう人間なんだからしゃあないじゃん」


 家を出て早々、隣の肉屋から声をかけられた。


「よっ! サキちゃん! 今日もきれいだよ!」

「ありがと~。また後で来るね。今日はトリカラなの」

「おう、待ってるよ!」


 相変わらず気さくな商店街だ。私はこのテンションがちょっと苦手。


「今の人は響さんの親衛隊員だよ」

「ああ、時たま話に出てくる親衛隊ね。ただの商店街の住民相手に親衛隊を結成するとか、この商店街の若い衆とやらも暇だよね」

「まぁ、愉快な連中だよ」


 肉屋の隣は魚屋だった。中の店員は声をかけてこない。

 しかし、すごいこっちを見ている。


「三治さん、こんにちは~。ゴメンね、今日はトリカラなんだ~」

「そっか、残念だ。また買ってね!」


 咲乃が話しかけるとすごいうれしそうに返事を寄こした。

 さらに、次の酒屋でも……。


「二郎さん、また後で~。美味しいワイン、教えてね」


 などと咲乃がウィンク。途端にいかつい見た目の店員がデレデレになる。


「お、おう、ワインでもなんでもいくらでも持っていってよ! お代は結構だ!」

「んなわけねぇだろ!」


 お年寄りの店員にゲンコツを落とされた。

 さらに小言を食らっているが、私たちは放置して先を行く。


「今の人は美人の奥さんがいるんだよ」

「え? 結婚してるのに親衛隊してるの?」

「そうだよ。そういう人は多いよ」

「ヘンな商店街。ていうか、あの人ら自分からは話しかけてこないんだね。本屋さんの親衛隊員は話しかけてきたのに」

「そうだよ。厳格な隊則によって、抜け駆けは禁じられてるからね」


 びしっと敬礼する咲乃。


「何そのストイックさ」


 こんな小娘相手にそこまでする理由が分からない。




 商店街の奥の方にレンタルショップはあった。新盤も置いていたが、今回は関係ない。


「今日は何縛りにする、伊奈?」

「ゾンビにしよう」

「え~、ゾンビ? ゾンビは前にゲームでしたじゃない。すごい残酷な奴」

「咲乃、大喜びだったよね。それを踏まえて、古典たるジョージ・A・ロメロのゾンビ初期三部作を観るんだよ」

「そんな映画ヒョーロン家みたいな観方、反吐が出るぜっ!」

「毒を吐くな」

「吸血鬼にしようよ。ほら、『スペースバンパイア』があるよ」

「それ、エロい奴じゃん」

「なんでさ、宇宙人に吸血鬼にNATO軍だよ! これにしようよ」

「NATO軍ってなんだよ。吸血鬼は別にいいけど、『スペースバンパイア』は却下」

「じゃあ、『フロム・ダスク・ティル・ドーン』。『俺の名はセッ●ス・マシーン! よろしく!』」

「でかい声でセ●クスとか言うな。なんで『フロム・ダスク・ティル・ドーン』で真っ先に出てくるのがそれなんだよ」

「あの人愉快じゃない。強いし」

「まぁ、私も好きだけど。じゃあ、まずはそれね。あ、そうだ、『ビザンチウム』を借りよう」

「聞いたことないな?」

「もの悲しいらしいよ。ヴァンパイアの運命の悲劇を描いてるんだって」

「辛気くさそうだね、却下。それだったら『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』にしようよ。美男子がいっぱい出てくるよ。クリスチャン・スレーターとか」

「格好良いけど、美男子か? それに、あの人はヴァンパイヤじゃないよ」

「そうだっけ? ホンモノのヴァンパイアが出てるし、観ようよ」

「トム・クルーズのこと? 確かに今とどんだけ変わりがないかを見るのは面白いかも。採用」

「あ、『モールス』も借りよう」

「『ぼくのエリ』の方じゃなくて?」

「クロエ・モレッツが見たい」

「咲乃って、美少女好きだよね。両方いけるクチじゃないかって、私が疑う由縁だよ」

「とにかくこれね。ん? この『ヴァンパイア』ってなんだろう? お、岩井俊二だって」

「ダメだ。岩井俊二は『リリイ・シュシュのすべて』で私の中では終わった……」

「ああ、前に二人で観たね。あれはキツかった」

「キツかった。ふたりともメンドくさい人間関係が大嫌いだから、ああいう現代の子供社会が抱える歪な関係性みたいなのは受け付けないんだね」

「歪な関係性だとか映画ヒョーロン家の言い回しだな。反吐が出るぜっ!」

「うるさいなぁ、これはやめとこう。フランシス・フォード・コッポラの『ドラキュラ』か。これはウィノナ・ライダーが出てるんだよね」

「ウィノナ・ライダー好きだよね、伊奈。根暗なところにシンパシーを感じるんだ? でも却下。ドラキュラがゲイリー・オールドマンみたいだし、なんかくどそう」

「うーん、他には?」

「あ、『アンダーワールド・覚醒』だって。これは観た?」

「『アンダーワールド』は一作目しか認めねぇぇぇっ!」

「頑なだね、伊奈」

「クリストファー・リーを一作くらい押さえとこうよ。古典も大事だ」

「だから、そういう映画ヒョーロン家みたいな視点は、反吐が出るんだよっ!」

「そんなに反吐ばっか出してたら胃が荒れるよ? じゃあ、最近の、『ドラキュラZERO』で終わりにしようか」

「うん。あ、『トワイライト』を忘れてた」

「あれって何作もあるんでしょ? 今回はやめとこう。あ、『吸血鬼ゴケミドロ』だって。忘れてたよ」

「東宝の怪奇映画縛りは一人でしてくれ」

「違うね、『ゴケミドロ』は松竹みたいだ」


 そんなふうにして、借りる映画を決めていった。




 CDショップを出るとすっかり外は暗くなっていた。


「あ、化粧品店は閉まっちゃった」

「残念だ。前に咲乃が使ってたの、私も欲しかったのに」

「今度買っといたげるよ」

「ここにしかないのが多いらしいから、一回お店の中を見てみたかったんだよね」


 田舎の商店街にある化粧品店なのに、海外から輸入した化粧品やら日本の小さいメーカーの製品やらを多く取り扱っているらしい。

 通販でも買えるといえば買えるのだが、その場で試せるという利点がある。そうやって工夫をして、田舎の個人商店なりに生き残っていくのだ。

 仕方なしに化粧品店の前は素通り。今度は写真屋の前で私の足が止まった。


「どした、伊奈?」

「え? これって咲乃?」


 ショウウィンドウの中にあるのは、確かに咲乃の写真だった。成人式の時の着物姿だ。


「そうだよ。きれいに撮ってくれてるでしょ?」

「うーん……」


 カメラマンの腕のよしあしなんて私には分からないが、モデルがいいのだけはよく分かる。ここに写っている咲乃は完璧と言っていいくらいきれいなのだ。

 ふと横を見ると、外灯に照らされた咲乃の顔がそこにある。こんなショボい光の下でも、こいつの美貌は少しも曇らない。

 そっか、あまりにも身近なので忘れてしまいがちだが、この咲乃は超絶美人なのだ。こんな田舎をほっつき歩いている方がおかしいくらいの。

 

「あんたって、美人だよね」

「そうだよ、知らなかった?」


 そう言って微笑む。いいや、こいつは自分の美の価値を分かっていない。こんな田舎でのうのうとしていていい奴ではないのだ。


「咲乃って、なんでこんなとこにいるの?」

「なんでって、そりゃあ、ここで生まれたんだもの」

「そうか」

「そうだよ」


 首を傾げる咲乃の瞳に危うく惹き込まれそうになる。こいつが今の境遇に満足しているなら、私がとやかく言うことではないのかな?


「ま、いっか」

「よく分かんない伊奈だ。酒屋さんとお肉屋さんが閉まる前に買い物しよ?」

「うん」


 そして、お酒と鶏肉を買って帰った。


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