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ある日の『上葛城商店街』  作者: いなばー
自分では光れない月だけれど(菜ノ花)
15/60

3.

 まだ日は出ていたので近くにある史跡公園まで行ってみた。芝生の上を二人でぶらぶら歩く。


「こぉしてると、ホンマの恋人同士(どおし)みたいや」


 繋いでいる手をぶんぶん振り回しながら縁が声を出す。


「まぁ、ホントは親友同士なんだけどね」


 ちゃんと強調しておかないと今日のこいつは特に危なっかしい。


「ん~、つれへんなぁ、恋人でえぇやん」

「はぁ、時々縁を見失いそうになるよ」


 私がなんとなく言った言葉に縁が立ち止まる。その顔には暗い影が差していた。


「うちはここにおんで?」

「分かってるよ。でも、あんま暴走すんな」

「うちのこと、ちゃんと見てや?」

「うん、縁のことはちゃんと見てるよ。当たり前じゃない」

「そっか、よかった」

「あのさ、縁」

「ん? 何?」


 私は踏み入れてはいけいな領域に踏み出そうとしていた。

 単に話の流れなんかでそうしたんじゃなくて、ずっと聞いてみたくて堪えきれなかったのだ。


「私は縁を見てる。でもさ、それで縁は満足なの?」

「え……」


 縁の顔に戸惑いが浮かんだ。まだ、引き返せる。


「縁って私のことが本気で好きだ。でも、私達はただの親友同士。縁はそれで満足なの?」

「そんなん……わんとってぇや……」


 縁が笑って誤魔化そうとして失敗し、泣き顔になる。


「縁ってさ、ホントは私とどうなりたいの?」


 もう私は引き返せない。


「それは……うたらあかんねん……。うちは我慢するって決めたから……」

「言って。言わないとダメだ。私は縁の希望を何も叶えられないかもしれない。でも、何も言わないで、自分だけで我慢してたらダメだよ」

「うん……」


 縁がうつむいた。彼女の葛藤が、つないだ手の震えから伝わる。


「あんななのちゃん……」

「うん……」


 縁が顔を上げる。もう覚悟を決めたらしい縁は視線を外さない。


「うちは……なのちゃんと結婚したい。ずっと前からそう思ってた。絶対幸せにするし、うちと結婚しよ?」


 真剣な表情を崩さない。

 私はこれに応えて本当の胸の内を語らないといけなかった。


「ありがとう、縁……でもさ、私はさ……」

「うん、なのちゃんは人を愛せへん人や。一番の親友のうちですら、ホンマは愛してへん」

「やっぱ、分かってたか……」

「そんでええし。なのちゃんに愛してもらわんでも、うちはええ。そやし、結婚しよ?」

「そう言ってくれるのはうれしい。ホントにうれしい。でもいいのかな? 愛してないのに結婚だなんて。そんなことをすれば、結局私達は遠くなってしまう……」


 私はうなだれてしまう。


「そっか……そうやんな……」

「ゴメンね、縁。私こんなんで……」

「ゴメンて何?」


 縁が低い声で言ってくる。これは言ってはいけない言葉だった。


「ゴメンて何? うちはなのちゃんが人を愛せへんって知ってる。そんでもうちは愛してんねん。そやのに、そやのに! うちの気持ちを台無しにせんとってっ!」

「縁……」


 縁が私の手を振り解いてきた。表情を歪めて私を睨み付けてくる。


「なのちゃんは分かってるて思てた! うちの気持ちをちゃんと分かってるて思てた! 分かってへんやんっ! うちのなのちゃんを否定せんとってっ!」

「悪かった、悪かったよ、縁……」

「ちゃんと自分を受け止めて……。なのちゃん自身をちゃんと受け止めたって……」


 縁はこぼれ始めた自分の涙をぬぐい続ける。


「そうするよ……そうするから……」

「なのちゃんにはうちがいるから。そやし、安心して今のなのちゃんでいて?」

「うん、分かったよ……」


 本当のところ、誰も愛せない私は縁の気持ちが完全には分からない。感じ取れない。それでも、心で直に触れられなくても、縁の気持ちの大きさ、温かさを目の当たりし、私は大いに安心することができた。


「なのちゃんはホンマ、あかん奴や。結婚せぇへんにしても、なのちゃんはうちがおらへんと、どぉにもならへんねん」


 縁が無理に笑顔を作る。


「確かにそうだよ、私はダメな奴だ。縁がいないとどうにもならない」


 この親友に私は頼りきりだ。


「でも、結婚したいなぁ……。料理はうちよりなのちゃんの方が上手やから、朝ごはんはなのちゃんが作んねん。それ食べて、うちはアパレルのお店に出勤。なのちゃんはお花屋さんに行く。お花屋さんに住んでもええけど、出来でけたら二人っきりで住みたいねん」


 縁が照れ笑いをする。


「うちがお仕事遅なって帰ったら、なのちゃんは夕ごはんを作ってくれてんねん。でも、なのちゃんは薄情やから、先に食べててな。うちが、『なんなん、待ててぇや』とかうたら、なのちゃんは、『肉体労働してお腹空いてたんだよ』とかうねん。うちがむくれたら、なのちゃんは冷蔵庫からシュークリームを出してきてご機嫌取り。うちはまんまと乗せられる。なのちゃんは、結婚してもつれへんねん。一緒にお風呂入ろていうても拒否したり。でも、寝るんは一緒のベッド。なのちゃんはうちが寝るまでずっと髪を撫でてくれんねん」

「そっか……」

「そういうんに憧れる。そういう妄想ばっかりや。でも……それは叶わへんのかも……。二人とも女やからとか、そうゆうんやなしに」

「私が誰も愛せない人間だから、そういう愛のある生活は送れないんだよ」


 うなだれて唇を噛んでしまう。


「もし、なのちゃんが人を愛せたら、うちと結婚してくれるんやろか? ホンマはそうとも思えへん。なのちゃんはうちのこと、あくまで親友って思てくれてるし、恋人とか、結婚相手とか、そうゆうふうには見てくれへん。そうちゃう?」

「……かもね。縁はあくまで親友だ。私はそうとしか思えない」


 私が人を愛せないからそう思うのだろうか? よく分からないが、今の私の気持ちを正直に伝える。


「はぁ、失恋や。なのちゃんの口からは聞きたぁなかってんけどなぁ……」


 縁がため息をついて肩を落とす。


「じゃあ、諦めて……くれる?」

「んーん、ゴメンなのちゃん。どうあってもうちは諦めきれへん。伊奈さんは今を受け入れたらええてうてくれたけど、うちには無理やった。どうあっても無理やった。うちは一生なのちゃんが、なのちゃんだけが、好きなんや」

「でも、それはつらいよ」

「そないなこと、あらへん」


 縁が晴れやかな笑顔を見せる。


「愛する人を追いかけ続ける。これは幸せや。なのちゃんは誰も愛せへんから、他の人に取られる心配もあらへんしな」

「二人とも、一生独身なんだ?」

「うちらで結婚する以外はな。なのちゃん、自分が普通に結婚出来(でけ)る気でおんのん?」

「う、うーん、そうは思えないんだけどね」

「そやろ? 人を愛せへんなのちゃんは、そこら辺の人と結婚したらかえって不幸になる。うちと結婚する以外は独身が最良や。そしてうちはなのちゃん以外の人と結婚する気はあらへん」

「そんなんでいいのかな?」

「そんなんでええんや。二人結婚せぇへんでも、寄り添おて生きてこ? 出来でけたら同居もしたいなぁ……」

「それって、結婚するのとどう違うの?」

「ん? いやそれは……」


 急に縁は顔を赤らめる。


「え? 下ネタ系?」

「む、下ネタちゃうで? あくまで愛やで?」


 頬を膨らませて抗議してくる。


「そういうことにしとくよ。じゃあ、私達はこれからも変わらず親友同士か」

「んーん、ちゃうで。高校の時、うちから好きって伝えた時は元に戻れた。二人ともそう望んだし。でも今回は違う。望みを全部()うたうちは、ただの親友でいるんはもうイヤや。うちらは戻れへん」

「イヤだよ、そんなの……」


 それは私にとってあまりにつらすぎる宣告だった。


「うち、これからはなのちゃんにメチャアピールする。今までみたいな冗談やなく、結構マジにプロポーズしまくる。そやのに、なのちゃんは拒否すんねん。うちのことが一番大事なくせに、プロポーズだけは拒否すんねん。うちがなのちゃんと結婚したいよおに、なのちゃんはうちと親友でいたいから」

「そうだよ、縁とは親友でいたい」

「うちは結婚希望。なのちゃんは親友希望。そして二人は誰も横入り出来でけへんくらいの仲よし。それがうちらの新しい関係。すごいすっきりする思わへん?」


 そう言って、縁がまぶしい笑顔を向けてくる。


「そうかな?」

「なのちゃんはうちのプロポーズを拒否する。誰も愛せへん人やから。それをお互い知ってる。うちはただの親友でいたいなのちゃんの希望を拒否する。なのちゃんと結婚したいから。それをお互い知ってる。お互い一番の理解者やから、何の手加減もなしに自分の望みを主張しつづけんねん」

「そうなんだ……」

「容赦なくうちのプロポーズ拒否してええからな。なのちゃんが拒否する理由を、うちはよぉ分かってるし。その上で、うちはしつこくプロポーズし続けるけど」

「断られるって分かってるのにプロポーズしてくるんだ?」

「うん、それがうちの愛やから。うちの幸せやから」

「縁の愛は強大だ」

「絶大無比やで。そやし、なのちゃんは今のまま、誰も愛せへん人でいたらええねん。うちは全部分かってるから、なのちゃんはそのままでええねん」

「ありがとう、縁……」

「愛の成せるわざですわぁ~」


 いきなり縁が抱き付いてくる。


「なのちゃん、好っきゃで」

「うん、私も縁が大事だよ」

「はぁ、なのちゃんええ匂いやわぁ」


 何を言い出すんだ。変にタガが外れてしまっている。


「そろそろ離れろ」

「ん~、イヤ」

「残念、私の方が力は強いんだ」


 縁の平らな胸を押して引き剥がす。


「つれへんなぁ。そやけど、うちもなのちゃんに嫌われたないから、この辺で勘弁したるわ」


 軽く芝生を蹴る真似をする。


「じゃあ、そろそろ帰ろか。日も傾いてきたよ」

「そうしよか。あ、ほら見てみ、なのちゃん」


 縁が両手を開いて西と東を指さした。


「お日さんとお月さんが両方見えてる。きれぇやわぁ」

「ホントだ」


 輝く太陽が月を照らしてる。両方、一つの空にあった。

 私は人を愛せない。縁はそれも含めて真正面から私を愛してくれている。そして私達はこれからもずっと一緒。関係は少し変わった。これからも変わるかもしれない。それでも縁が照らしてくれている限り、私は、私達は大丈夫だ。


「なぁ、腕組んでええ?」

「いいよ。親友同士でも腕は組むからね」


 そうしていつも通り、べったりくっつきながら地元まで帰った。




 次の日、花屋で働いていると縁が遊びにきた。


「なのちゃ~ん、結婚しよ~!」

「いきなりかよ、店先でヘンなこと言うな」


 抱き付いてきた縁を手で食い止める。結構マジにプロポーズするとか言ってたくせに、こいつはいつもと同じ調子だ。


「そら、もう我慢せんでええもん。昨日も一睡も出来でけへんかった」

「断られるの分かってるのに? 幸せな奴だよね」

「幸せやで。なのちゃんは?」

「私も縁が側にいてくれて幸せだよ」

「よかった!」


 惹き込まれるような笑顔を見せてくる。


「あ、結婚はしないんだ? 別にしてもいいんだよ?」


 母が声をかけてくる。随分気楽に言ってくれる、この母親は。


「そやけど、してくれへんのですわ」


 縁が口を尖らす。


「しゃあないか、こういう奴だし」

「こおいう人やから、しゃあないんですわ。うちはひたすらプロポーズだす」

「まぁ、一度や二度のアヤマチは全然オッケーだよ?」

「しっ! そんなんうたら警戒されますやん。うちの計画が……」


 何企んでるんだよ。油断も隙もない……。

 そこへ咲乃先輩が現れる。


「相変わらずベッタリだ」


 両手を腰に当てて、私の腕にしがみついている縁を冷たい目で見る。


「まぁ、私達はこれからもこんなんですよ」

「キミさぁ、私が言ったこと理解してくれてんの?」

「ワレが何言おうが、うちの愛は変われへんっ! そしてゆくゆくは結婚や!」


 咲乃先輩を嫌う縁は最初から喧嘩腰。


「いや、結婚はしないけどね」


 ちゃんと否定しておく。


「え? それを本人目の前で言っちゃうの? 我慢はどうしたの?」

「我慢はやめたっ!」

「でも、そんなの菜ノ花は困っちゃうでしょ?」

「別にいいですよ。私はひたすら拒否しますから」

「え? 橘君的にはそんなんでいいの?」

「ええで。うちはひたすらプロポーズすんねん」

「それでも縁は幸せだそうです」

「へぇ……」


 咲乃先輩が目を丸くする。まぁ、そりゃそうか。


「私達なりに真剣に考えてますから、安心してください、咲乃先輩」

「いや、これっぽっちも安心できないけどね。よ~し、分かった!」


 咲乃先輩が高々と右手で天を指す。そしてその手を縁に向ける。


「私はキミの愛を認めない。実らないって分かってる恋心なんて絶対に間違ってる! いつか必ず二人を引き剥がし、それぞれにふさわしい幸せをあてがってやるっ!」

「いや、私達は今で幸せですから」

「余計なことすんなっ!」

「さーて、策を練るかぁ~」


 人の話を聞かず、咲乃先輩はさっさと帰ってしまった。

 まぁ、ああやって私達の心配をしてくれているんだからありがたい話ではある。迷惑だけど。


「あんな奴は放っとこ。なのちゃんもうすぐお仕事終わりやんな? お部屋で待っててもええ?」

「いいけど私の部屋はなんもないし、退屈しない?」

大丈夫だいじょぶなのちゃんの枕、くんかくんかしとくから」

「そんなんしたらえん叩っ切ってやる」

「え~!」


 この世の終わりみたいな顔。当たり前だろ、バーカ。


「あ、それだったら夕飯作ってよ、縁ちゃん」

「今日って母さんの当番じゃん、サボんなよ」

「ええで、お姑さんのご機嫌取りする。ほな夕ごはん、楽しみにしててな!」


 にこやかに手を振りながら家の中に入っていった。

 母が私の肩に手を乗せてくる。


「かわいいねぇ」

「でしょ? あれ、私んだから」


 でも、その日の夕飯は失敗しやがった。やっばり結婚はしない方がよさそうだ。


「そんなん、わんとってぇなぁ!」


 焦げた魚を箸でぶら下げつつ涙目の縁。


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