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ある日の『上葛城商店街』  作者: いなばー
自分では光れない月だけれど(菜ノ花)
14/60

2.

 そして水曜日、店が休みの日。

 私は普段着にしているのとは違う、シルエットがずっと格好いいジーンズを穿いた。例によって縁が見繕ってくれたものだ。私の持ち物のうち、気の利いたものは全て縁が絡んでいる。

 上にはTシャツとジップアップのベストを着た。ジレって奴が未だに私にはよく分からない。

 化粧はやめておいて、最近練習しはじめた髪のセットだけする。

 私は中学の頃からショートボブとかいう要するに短い髪なのだが、実は私の成長に合わせて少しずつ変化しているらしい。美容師の華崎さんが勝手にそうしているのだ。咲乃先輩に最近指摘されて初めて知ったのだが、確かに高校時代より今の方がウェーブも強くかかっている。

 ちなみにこのことに縁はとっくに気付いていたが、私に真実を告げるよりその変化を密かな楽しみとすることを選んだらしい。そんな大げさな話でもないんだけど。

 昼過ぎになってから最寄り駅たる上葛城駅の改札前で待っていると、約束の時間から一八分を過ぎて縁が現れた。まぁ、いつもどおりだ。


「おまたせ~、なのちゃ~ん」

「待たせてると思うなら、走るなりしろ」

「え~、走って汗かいたらイヤやん」


 まぁ、そうか。

 今日の縁は濃紺のミニスカートに白いノースリーブのサマーセーターを合わせていた。いつ見ても、こいつはかわいい。

 縁なりにファッションのこだわりどころがあるようなのだが、私にはさっぱり分からない。昔はいちいち説明してきたが、高校になるくらいにはすっかり諦めたらしく無駄なことはしなくなった。


「今日のどお?」


 私の前でくるりとひと回転し、いつもどおりざっくりした感想を求めてくる。


「かわいいよ、縁」

「ふふ、ありがと」


 さっそく私の腕にしがみついてくる。


「なのちゃんも、かわいで?」

「そうかな? 母さんにはまた男みたいな格好だって言われたよ?」

「んーん、かわい」

「じゃあ、そういうことにしとこうか」


 どうせ逆らっても意外に強情なこいつの意見は覆らない。とにかく改札をくぐってホームへ。縁の奴が遅刻したせいで、乗るはずの電車はとっくに出ている。

 改札をくぐった時にいったん離れたが、それからまた腕に絡みついて離れなくなった。


「縁、暑いんだけど」

「なのちゃん、汗もええ匂いやわ。ハァハァ……」

「マジで勘弁して下さい。ていうか、大学でもそういう芸風なの?」

「芸風?」

「ガチ百合的な」


 縁を見ると、向こうは不思議そうに首を傾げている。


「そんなわけあらへん。好きでもない相手にハァハァはせぇへんで?」

「私ならしていいってわけじゃないけどね。うーん、あんたってさ、まさか大学ではぼっちじゃないでしょうね?」

「実は……」


 と、うなだれる。


「え? マジで?」

「まさか、みんな仲よぉしてくれんで? バイトの男子とかも」

「男子は下心だから気をつけろ」

「ん? うちがモテたら気分悪い?」


 縁がきらきらと目を輝かせてこっちを見てくる。


「まぁ、あんたは意外にしっかりしてるし、何の心配もしてないけどね」

「さすがなのちゃん、ちゃんとうちのこと分かってるぅ~」


 首にしがみついてくる。暑いっての。

 進路が別れて二人の間に距離ができるのが怖かったけど、相変わらず縁の奴は私にべったりで、私達は今までどおり何も変わらなかった。この居心地のいい関係をずっと維持したい。

 しばらくして電車が来たので、二人で乗り込む。目的地は私達が通っていた高校と同じ方向で、そこからさらに少し行った先になる。


「なつかしわ、こうして二人で電車乗って」

「まだ半年も経ってないのにね」

「うちは大学でもこの路線やん? でも、隣になのちゃんはおらへんねん。時たま泣きそになるわ……」


 そう言って、私の腕を掴む手にぎゅっと力を入れる。私は残りの手で縁の頭を撫でてやった。


「でも、こうして私達はまた出かけたりできるんだよ。今はそれでいいじゃん」

「うん……。あ、出かけるっていうか、これデートやで? 分かってる?」

「分かってるよ」

「んふふふ……」


 縁が頭を私の胸になすり付けてくる。そうすると、いつもとは違うコンディショナーの香りが縁の髪からした。こういうのって、ちゃんと褒めてやった方がいいのかな?




 ケーキ屋は壁にピンクのペンキを塗りたくった乙女チックな店だった。縁とでなければ決して来ないであろう。


「ほな、入ろか」


 デートの際は常にイニシアチブを握る縁に引っ張られて店内に。中は甘ったるい匂いが立ち込めた、乙女の世界だった。いや、私だって一応乙女だけども。

 二人掛けのテーブルにつき、注文を聞かれる。ここでカップル半額セットなるものを頼むつもりで縁はいるのだが、果たして女二人でうまくいくのだろうか?


「はい、分かりました。ケーキを選んでください」


 店員さんは何の抵抗もなくにっこり微笑んだ。あ、そうなんだ。


「ちょっと待って! なのちゃん!」

「でかい声出すなよ。何?」

「キスでケーキ、も一個半額やて」

「そうです、キスで愛の証を見せてもらえれば、ケーキもう一個半額です」


 にこやかに店員のお姉さんが言う。おいおい……。


「なのちゃん、キスしよ?」

「うーん、なんかすごい乗り気だけどさ、それってケーキが目的? それともキス?」


 縁がパチクリと目を瞬かせる。


「そんなん、キスに決もてるやん」

「ヒュ~ッ!」


 なぜか口笛な店員さん。


「分かった。でも、私はケーキ目的だからね」


 一応そう言っておかないと、こいつはどこまでも調子に乗る。


「まぁ、ええわ、キスはキスや」


 縁が腰を浮かせてこちらに顔を近付けてくる。


「あ、そうだ。キスしてるとこの写真をお店に貼っていいなら、キスの分のケーキ半額は無料になりますよ?」


 店員さんが余計なことを言った。


「なのちゃん!」

「そんなの恥さらしじゃん」

「ええ記念やん」

「うーん」


 記念かはともかく、無料は魅力的だった。


「分かった、ケーキ無料を取ろう」

「じゃあ、撮りますねぇ~」


 そうして、店員さんがカメラを構える真ん前でキス。相変わらず縁の唇は柔らかい。でも、顔を離した時に潤んだ瞳をするのはマジで勘弁してくれ。


「いや~、いいもん見せてもらいましたよ~。美少女同士のキスとか最高ッスね!」


 店員のお姉さん、なぜか大興奮。ていうか、縁はともかく私は美少女なんかじゃないんだけど。


「じゃあ、ケーキ一つ半額で、もう一つ無料ですね?」

「はいはい。お好きなの選んでください」


 そうして私達のテーブルの上にはケーキが四つ並んだ。

 まず、モンブランを口に運んだ縁がため息。


「はぁ……、キスとか久し振りやったなぁ……」

「そうだっけ? ゴールデンウィークにしたじゃん。あんたが寝込みを襲ったんだ」


 こいつの家に泊まったら、寝てる時にしてきやがった。


「そぉゆう言い方せんとってぇや」


 口を尖らせる。


「あん時は胸まで揉んできやがったからなぁ」

「え? ちゃうて! あれは事故やて! そううたやんっ!」


 まぁ、言ってたけど。

 暗闇だから分からなかった、どうのこうの。一方で、闇に紛れてするキスの言い訳はなかったりする。


「縁さぁ、ちゃんと自重してよ? ガチで襲ってきたら友達のえん切るからね?」

「ええ……そんなんせぇへんもん……えん切るとかわんとってぇや……」


 などと目を潤ませる。


「いや、寝込みを襲うとか、かなり際どいよ? 泣きたいのは私の方だっての」

「そやけど、我慢でけへんかってんもん……」

「マジで自重してください」

「うう……」


 すっかりヘコんでうなだれてしまった。でも、時々こうやって毅然とした態度を取らないといけないのだ。


「ここのケーキは美味しいね」


 話題を変えて助けてやる。


「そやな。やっぱしデートは最高やわ」


 もうにこにことしている。こいつはこうしている方がいい。


「縁、かわいいよ」

「え? なんなん、それ?」


 縁が顔を真っ赤にする。


「リップサービス、デートだし」

「はぁ~、やっぱなのちゃんは最高やわ」


 身体をくねらせて喜んでいる。


「えらい大げさだね」

「大学に行くようになって、バイトも毎週するようになって、新しい友達はいっぱい増えたで? そんでもうちの一番は変わらずなのちゃんやねん」

「そっか、ありがとう」


 そう言ってくれるのをうれしく思う。私だっていつまでも縁が一番の親友だ。そう思う。


「やっぱ、運命のヒトやねんなぁ。中学で初めておうた時に、もうビビってきたもん」

「私は最初ドン引きだったけどね、いきなり自分の好みだとか好きだとか言ってくるんだから」

「うわ、ヒド……」


 かわいらしい口元を歪める縁。


「でも、すぐに縁のことは好きになったけど。それで今日までずっと親友だ。これからもね」

「うーん、これからも親友かぁ……」


 なんだか眉間に皺を寄せて難しい顔をする。


「え? なんか不満?」

「そやね、親友は不満かもね」

「ほぅ、じゃあどんなのがいいの?」

「恋人っ!」


 などと投げキッス。まぁ、予想通りだ。


「はいはい。ガチ百合はよそを当たってください」

「うちはガチ百合ちゃうって。大学でも女子に口説かれたけど毅然として断ったもん」


 びしっと私の前に手のひらを突き出してくる。 


「へぇ、そんな話があったんだ」

「まぁ、それはそれとして友達になってんけどな。男も女もいける人やて。話面白(おもろ)いで」

「そっか……なんか、私だけ取り残されてるなぁ」

「え? そないなことあらへんやろ?」

「でも、私はもうこれからずっと実家だからね。人間関係は商店街と仕事の取引先で固定。お客も大抵変わらないし」

「ええやん、別に。なのちゃんには、うちがおったらええんや」

「でも、縁の世界はどんどん広がってくんだよ。はぁ……」


 大学、バイト、この先もどこかへ就職したり。縁の未来は拓けていた。


「うちかて、なのちゃんが一番やもん。それはどうあっても変わらんもん」

「そう言ってくれるのはうれしいけど、私だけにこだわりすぎて新しい出会いを取り逃したりはしないでよ? そんなのかえって私はイヤだから」

「そんな寂しいことわんとってぇや……。ヘンな気の使い方せんとって……」


 そう言う縁の目は潤んでいた。


「分かったよ、悪かった。じゃあ、これからも無二の親友で」


 縁に手を差し出すと、向こうはにこやかな笑みでもってその手を握ってきた。


「恋人でも構へんねんで?」

「うるさい黙れ」


 そのままもうしばらく無駄話を続け、いい頃合いで店を出ることに。

 レジ脇の壁に私達がキスをしている写真がもう貼り出されてあって呆れてしまう。縁はそれを指で撫で、幸せそうに微笑んだ。


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