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ある日の『上葛城商店街』  作者: いなばー
自分では光れない月だけれど(菜ノ花)
13/60

1.

 私、佐伯菜ノ花は高校卒業後すぐに実家の花屋で働き始めた。それでも学生時代の親友たる橘縁とは変わらず仲が良い。

 縁は私のことが本気で好きだけど、私はそれを受け入れられない。

 私は、自分自身の中に大きな問題を抱えているのだ……。



 「ふくれっ面の跡取り娘」と、「ある日の『上葛城商店街』」の一話「後輩救出作戦!」を踏まえた話になります。

 説明はしているので、これ単体でもお楽しみいたたげるはずです。


 なお、百合描写があるのでご注意ください……。

 


●登場人物

・佐伯菜ノ花 : 登場作「ふくれっ面の跡取り娘」

・橘縁 : 登場作「ふくれっ面の跡取り娘」

・森田咲乃 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」「隣人はかぐや姫と呼ばれる」「ふくれっ面の跡取り娘」

・佐伯文香 : 登場作「ふくれっ面の跡取り娘」


 私、佐伯菜ノ花は高校を卒業してからすぐに実家の花屋で働き始めた。

 それからもうすぐ四ヶ月になるか。

 学生時代から家の手伝いはしていたので、市場への仕入れだとか仕事の内容は少し増えたものの、それも含めてすぐに慣れた。

 学生時代のことを時々思い出す。呑気にテストだとかに頭を抱えていたあの頃。友達といつも一緒にいて、わいわいと騒ぐ日常。

 あれがずっと続くと錯覚していたけれど、時期が来て卒業してしまうと本当にあっけなく終わってしまった。

 でも、あの頃の親友は今も変わらず親友だ。

 ああ、今日も来た。

 なぜか入り口の前で立ち止まる。


「ごめんください! どなたですか? 私、佐伯菜ノ花さんの恋人の橘縁と申します! それはようこそいらっしゃいました、どうぞお入り下さい! ありがとう!」


 一人であいさつしてから店の中に上がり込んできた。


「ぐぬぬぬぅ……。いきなり吉本新喜劇かよ……」


 しかもどさくさ紛れに私の恋人だとか。


「最近、昔のにハマってんねん」


 橘縁は今日も朗らかな笑顔。最近は少し大人びたファッションをするようになった。大学で服飾の勉強を本格的に始めたのが、いろいろと本人を変化させているのだろう。


「あんたって、根っからの関西ローカルだよね。そのきつ過ぎる方言とか」

「うちの母方は生粋の大阪人やからなぁ。うちも大阪生まれで、お祖母ちゃん子やし」

「田舎生まれで悪かったな。見た目白人のくせに、大阪弁丸出しは違和感すごいんだよ」


 輝く金髪に琥珀色の目。さらにはきれいに整った彫りの深い顔をしているので、ヨーロッパ映画辺りに普通に出てきそうなのだ。


「この見た目は父方の先祖還りやしなぁ。ていうか、なんでそんな絡むん? 仕事でイヤなことでもあった?」


 そう言って、私の顔を覗き込んでくる。こうやって、何よりもまず私のことを考えてくれる。それが縁。


「そういうわけじゃないけどね。なんか、呑気なあんた見てると腹立つ。人が労働に勤しんでるのに」

「ええ~、うちかてショップでバイトしてんで? 学業も大変やし」

「まぁ分かってるけど。今日も遅いけど、大学でなんかしてたの?」

「うん、自主的に服作ってんねん。いつか、なのちゃんのも作ったるわ」

「楽しみにしてるよ」


 そう言って笑いかけてやると、本当にうれしそうな笑顔を見せてくれる。


「そんでな、次のなのちゃんのお休みの日、デートせぇへん?」

「デート? 普通に遊びに行くんじゃなくて?」

「デート。カップルで半額にしてくれるケーキ屋さん、見つけてん」

「女子同士じゃ、カップルにはならないでしょ?」

「なのちゃん、もうそういう時代や、おまへん(違います)でっ!」


 私の両肩をがしっと掴んでくる。


「うーん……」

「うちら、キスも交わした仲やん」


 今度はすり寄ってきた。私が着ているエプロン、汚れてるんだけど。


「いや、あれは友達同士が遊びでやるキスでしょ?」

「うちはその都度、愛を感じとります」

「そりゃあんたの錯覚だよ」

「ヒドッ! なのちゃん、酷いわ……。うちとはただの遊びやってんな……」


 よよよ……とわざとらしい泣き真似。


「縁が一方的に私のこと好きだって言ってるだけじゃん。私の方に愛はありませんから。あくまで友情です」

「ぶ~、なのちゃんの愛が欲しい……」

「私の方に愛はありませんから」


 大事なことなので、二回言う。

 怨みがましくこっちを見つめる縁。その目には、深い悲しみが込められていたが、私はそれに気付かないふりを決めこむ。


「まぁええわ。でもデートはしよ? つかの間の恋人気分を味合わせてぇな」

「いいよ、別に。私もケーキは食べたいし」

「ホンマ! ありがとぉ!」


 いきなり首筋に抱き付いて、頬にキスをしてくる。


「あーもー、店の中でそういうことすんな」


 平らな胸を押して引き剥がす。

 縁がぴょんぴょんと店の外まで跳び下がった。


「ほな、デートな! また電話するし!」

「はーい、気を付けて帰りなよ」


 手を振りながら遠ざかる縁に、こちらからも手を振ってやる。

 デートか、久し振りだな。




 しばらくして、今度は咲乃先輩が現れる。この人は同じ商店街に住んでいて、以前は同じ高校で先輩後輩をしていた。


「こんばんは、先輩。大学帰りですか?」

「うん、そう。橘君とすれ違ったから顔出してみたの。相変わらずあの子と会ってるんだ?」


 そう言って、首を少し傾げる。相変わらずの美貌だ。


「そりゃあ、会いますよ、親友同士なんだから」

「親友ねぇ……。いつまでもそれもどうかな?」

「え? いやいやいや、いつまでも親友でなんの問題もないでしょ?」

「普通はね。でも、キミらは普通じゃないもの」

「いや、普通の親友同士ですから」


 ここで咲乃先輩がため息をつく。ちょっと憂い顔なのが、いっそう美しさを際立たせる。


「キミらはフツーの親友同士じゃないでしょ? だって、橘君はキミのことを本気で好きなんだから」

「まぁそうですけど……でも、それでも私達は変わらず親友ですから」

「うーん……」

「先輩、そうやって私達の邪魔するのやめてもらえますか? どうやっても私達の仲は引き裂けませんよ?」

「うーん……。ていうかさ、私がキミらの仲に反対するのは橘君がガチ百合だからだけど、それだけじゃないんだよね」

「え? そうなんですか?」

「まぁ、私も気付いたのは最近なんだけど。キミらの仲を引き裂くのが無理として、じゃあ、そこからどうなるの? って考えたらねぇ……」


 またため息。


「普通に親友としてやってくだけですけど」

「菜ノ花って、結婚する気はあんの?」


 なんか、話がずれた。


「結婚ですか? まぁ、花屋を継ぐとして、一人で店をやるのは大変ですから、誰か引っ張ってこないといけないとは思ってますけど」

「ああ……あくまで労働力なんだ……」

「まずはそうですね」

「結婚て、どういう人同士がするのかって分かってる?」

「ん? 愛し合う男女?」

「私もそう思う。そして、菜ノ花がそういう相手を見付けられるとはとても思えない」


 随分な言いようだ。でも……。


「自分でもそう思いますねぇ」

「橘君はどうなんだろう? 一生菜ノ花に片思いし続けて終わるの? 結婚もせずに」

「え? どうなんでしょ? 考えたことないですけど」


 というよりも、考えたくないことだ。考えないようにしていた。


「伊奈曰く、橘君の恋愛感情は友情に昇華できるらしいんだよ。前に、そうやって橘君を説得してたし」


 咲乃先輩の親友たる伊奈先輩にもそんな心配をかけていたのか……。


「そうなればいいですよね。縁も他に両想いな人を見付けて幸せになれる。あんまし想像つかないけど……」

「私も想像つかない。あの子の愛はやたら大きすぎるんだよ。キミが今みたいに何も考えてないのも問題だし。もうちょっとちゃんと考えた方がいいよ? いいかげん大人なんだし」


 真剣な顔で言ってくれる。


「今のままじゃダメなんですかねぇ」

「私的にはお勧めできないけどさ、キミとあの子が恋人同士になって、一生添い遂げるって方法もあるにはあるんだよ」

「え? そんな可能性を考えてるんですか? 先輩」


 思わず目を剥いてしまう。


「私の方がキミらの将来について真剣に悩んでるんだよ。でもさ、菜ノ花って橘君と恋人同士になれると思う?」

「女同士で恋人って、おかしいですよ?」

「いや、いったんその古い常識を取っ払った上でさ」

「それでも無理ですね。縁もそれを知ってますけど」

「だよね。キミの友情はすごい強固だけど、どうあっても恋愛には発展しえないんだよ」

「友情と恋愛は別でしょ?」

「まぁ、別かもね。でも、菜ノ花の場合は違う理由で恋愛にはなり得ないんじゃない?」


 私は黙り込んでしまう。その辺りのことは、あまり考えたくないのだ。


「今みたいな先の見えない状態でホントにいいのかな? ちゃんと考えといた方がいいって、手遅れになる前に」

「……うん、そうですね……」

「深刻にならない程度に、真剣に悩みな」


 咲乃先輩が私の肩を温かく叩く。

 そして、手をひらひらと振りながら自分の家へと帰っていった。




 夕飯の後。食器の洗い物を片付けて振り向くと、食卓では母が一人で帳簿を付けていた。

 そのまま母を見ていたら、しばらくして向こうが顔を上げる。


「どうした?」


 作業を中断して母が言ってきた。


「ちょっと聞きたいんだけどさ」

「ん?」


 一度唾を飲んでから口を開く。


「私って、どっかおかしいかな?」

「おかしいよ」


 母は真面目な顔をしてそう言った。


「やっぱそうだよね……」

「ちょっと座りなよ」

「うん」


 母の前の席に座ると、母は使っていたノートパソコンを脇に避ける。


「あんたは人を愛せないんだよ」

「うん、私は人を愛せないんだ」


 二人、お互いから目を離さない。


「私のことは好きだよね?」

「うん、母さんのことは好きだよ。父さんも」

「縁ちゃんや、サキちゃんも」

「うん、縁も咲乃先輩も大好きだよ」

「でも、それは愛とは違うんだ」

「違うね、違う。愛って奴がどういうものか分からないけど、でも、私は誰も愛していない。それは分かる」


 そう言って、首を横に振る。


「うん、そうなんだよ。母親としてすごく残念だけど、あんたから愛されてるって感じたことは一度もないんだ」

「まぁ、好きになったのも最近だけど」

「そう、好きになってくれたのは分かる。よく話しかけてくれるし、私の前でもリラックスしてくれてる。でも、それだけ。それ以上の、あるはずの親子の情ってのがないんだよ、あんたの場合」


 テーブルを軽く、指で叩く。


「母さんにしたって、お祖母さんとは仲が悪いよね?」

「仲が悪いなりに愛情はあるんだよ。いざという時、頼りにできるのはあの人だしね。もう亡くなった父のこともずっと愛していたし、久秀君も愛してる。正直、あんたの時はヤバかったけど」

「私がお腹にいる時から生まれてすぐの頃は、私のことを愛してないって疑ってたんだよね?」

「うん、疑ってた。でも違ったんだ、ちゃんと愛してた。後になってそれを確信したんだよ」

「どう確信できたの?」


 母が首を傾げる。


「うーん、言葉にするのは難しいな……。相手を自分と同じかそれ以上の存在に感じられるんだよ、愛してると」

「ああ、私はそれはないわ。みんな私にとって大切な人たちだと理解はしてるけど、それ以上を感じることができないんだ」

「分かり合いたいとは思うのにね。私にもそう言ってたし」

「大切な人とは分かり合いたいよ。でも、どんなにお互いの心が近付いても、最後の最後で私は自分の心に誰も触れさせないの」

「ほとんど無自覚だよね。分かり合ったつもりのこっちも、なんか物足りなく感じるんだ。気のせいで片付けちゃうけど」


 軽くため息をつく。


「やっぱそうだよね。どうにもみんな遠いんだよ」

「そもそも、自分のことも愛してないっぽいけど」

「うん、嫌いではなくなったんだけどね。それでも自分のことを、ダレだコイツって、ときたま思う」

「そっか……。やっぱり私のせいかな?」

「違うよ」

「でも、菜ノ花がお腹にいる時も生まれてからも、私はあんたに愛情をかけてなかった。愛し方がよく分かってなかったんだよ。それがいけなかったんだ」


 母がうなだれてしまう。


「違う、それは違う。私がおかしいのはそういう奴だからだよ。そう運命付けられてるんだ」

「運命か……。でも、乗り越えられないことはないはずだよ」

「そうかな? 私はずっとこのままだと思うよ。いろんな人が私のことを愛してくれる。でも、私は愛を返せない。縁ってさぁ……」


 少し声が上ずる。


「うん」

「縁は私のことを本気で愛してくれてるんだよ。私がその愛に応えられないって分かってるのに、ずっとずっと、愛してくれてるんだ」

「うん、あの子は本物だからね」

「ときたまつらくなる。どうつらくなるかっていうと、縁の気持ちが分からないのがつらいんだ。この子はこんなにも私のことを愛してくれてるのに、この子が今どういう気持ちでいてくれているのかが分からない……。私にとって一番大切な子なのに、そう分かってるのに、どうしてだか愛せない。気持ちを根っこから共有できない。膜越しにしか彼女に触れられないんだ」

「うん、つらいね」

「いっそ、憎んだ方が楽になるって気すらする」

「それはダメ。絶対に、ダメ」

「だよね……。でもどうしよう。今のままじゃ、誰も幸せになれない……」


 私はうなだれてしまう。


「ううん、縁ちゃんは幸せだよ。愛せる人がいるってことは、それだけで幸せなんだ。ただ、向かい合うだけでいいんだよ。あんたはあの子から逃げないで、ただ、向かい合うようにするんだ」

「でも私は幸せになれない。愛を感じられないのに幸せになんてなれるわけがない」

「いいや、愛と向かいあっていれば、幸せになれるよ。自分では光れない月でも、太陽の光があれば明るく光れるんだ。悲観すんな」


 そう言って、母は微笑んでくれる。


「でも、あいつと付き合うのもなぁ……。本当は愛してないのに付き合っちゃダメだよね?」

「別に恋愛だけが愛じゃないよ。友情を突き詰めた親愛も立派な愛だ。こっちの方が分かりやすいかもね、あんたの場合」

「そうなんだ」

「あんたらにはいろんな可能性があるんだからね。これからどうするかは下手に焦ったりせずじっくりと考えな。二人とも幸せにならないと、私は許さないから」


 冗談っぽく睨んできた。


「うん、分かった、よく考えてみるよ」

「よし、じゃあ行け。明日も仕事は忙しいぞ」

「ありがとう母さん、いろいろ教えてくれて」


 そう言って私は立ち上がる。


「うん、私だってあんたを愛してるんだからね」

「ゴメンね、私こんなんで」

「そのゴメンは二度と言うな。縁ちゃんにも言っちゃダメだから」

「うん、分かった」


 母は優しい笑みを、私に向けてくれた。


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