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ある日の『上葛城商店街』  作者: いなばー
はじめての店番(恵)
11/60

2.

 おやつ時が近付くにつれ、お客さんの数はさらに増えていった。大丈夫、落ち着いて対応していけば大丈夫。

 あ、あのお客さん、何か聞きたそうにしてる。でもこっちのお勘定を先に済ませないと。

 よし、終わった。


「すみません、お待たせしました。何かお探しでしょうか?」

「ええ、日持ちするのが欲しいんだけど、五日くらい」

「五日ですか。最中、羊羹やどら焼きなら賞味期限は五日ですね。もう少し余裕を見たいのでしたら寒天でしょうか。一ヶ月保ちます」

「まぁ、五日ギリギリってことはないし、どら焼きにしょうかな。十二個ちょうだい」

「はい、ありがとうございます。どら焼き十二個で千八〇〇円です」

「じゃあ、ちょうどね。ありがとう」


 どうにか切り抜ける。お客さんも笑顔で帰ってくれた。

 でもすぐに次のお客さんが声をかけてくる。頑張れ頑張れ、私!


「二千円買ったらキミの写真撮っていいってホント?」

「へ?」


 注文の品を箱詰めしていると、違うお客さんから声をかけられた。二十代の男の人だ。


「近所のおばさんから聞いたんだけど。和菓子屋にすごい美少女がいて、写真撮らせてくれるって」

「はぁ……へぇ……」


 変な生返事をしてしまう。とにかく今の作業を優先だ。


「あ、あの、ご注文の草餅です」


 できた商品を注文してくれたお客さんに渡す。


「ありがとう。その、あなたの写真の話、私も聞いたわよ。二千円っていうのが微妙にいいとこ突いてるわよね、野宮さんも」


 そう余計なことを言い残して、そのお客さんは帰っていった。


「やっぱりホントなんだ?」


 男の人がカウンターに身を乗り出してくる。私は思わず後退る。

 ヤバい、どうしよう。あれはおばさんが勝手に言い出したことなんだし、別に拒絶してもいいような気はする。

 でも、今日の私は『野乃屋』の店員。お店の利益がなにより優先だ。写真は恥ずかしいけど、二千円の売り上げは大きい。

 むむむ……。


「まぁ……確かにそういうキャンペーンが実施されてるようですけど……」

「よし! じゃあさ、この大福と草餅を十個ずつちょうだい」

「え! 本気ですか?」

「いや、だってキミみたいな美少女の画像が手に入るなら、二千円は安いって」


 え? そうなの? 私はそこら辺にいる高校生なんですけど。男の人の金銭感覚が分からない。


「美少女はありがとうございます。でもですね、そんなに買って食べきれるんですか? 無駄にしたらここの先代が許しませんけど」

「大丈夫、俺んち家族多いし。彼女も甘い物好きだし」

「え! 彼女さんがいるのに私なんかの写真なんですか?」

「桜宮さん、キミに伝えたい言葉がある……」


 そこで言葉を切った男性客が、突如クワッと目を見開いた。


「美少女は別腹!」


 気迫の込められた一言をまともに喰らってしまう。


「び、美少女は……別腹……?」

「そう、そのとおり。キミはもっと自分の価値を知るべきだね」

「はぁ……」

「じゃあ、全部で二十個よろしく」

「は、はい、ありがとうございます」


 頭の中はまだ混乱を続けていたが、とにもかくにも箱詰め作業を進めていく。

 そして商品を渡し、お勘定を終える。そのまま帰って欲しいが、向こうはニコニコ顔でこっちを見ている。


「じゃあ、スマ~イル」

「こ、こうですか?」


 首を傾げてにっこり微笑んでみる。ここで顔面が強ばってはいけない。すでにお金を払っているお客さんが満足するサービスを提供しないといけないのだ。それが商売人としてのあるべき姿に違いなかった。

 お客さんが構えるスマホからシャッター音。


「おおっ! すげぇかわいい!」


 スマホの画像を見てお客さんは大興奮だ。


「あ、ありがとうございます」


 あ、気が緩んで涙がにじんできた。


「いや~、いいものが撮れたよ」

「でもそんなのどうするんですか?」


 どう考えても二千円つぎ込むのはおかしい。


「いや、大丈夫だから。ヘンなことには使わないから」

「ヘン? と言いますと?」

「いや、分からないならいいよ。そのまま清らかなキミでいてくれ」


 よく分からない。清らかって何なんだ?

 とにかく写真を撮って満足したらしいお客さんは、二十個の和菓子をぶら下げて出ていった。

 最後に、


「俺が最後の撮影客とは思えない。これからも、第二、第三の俺が現れるだろう。気を確かにね」


 などと深刻顔で言い残す。不安をかき立てるなぁ……。




 もうすぐおやつ時。今がおそらく来客のピークだろう。

 それでもなんとか一人でこなしていけている。


「じゃあ次、メグちゃん、こっち~」

「はい~」


 にっこり笑顔の直後にシャッター音。

 私の写真を撮りたがる人は男性客以外にも多くいた。主婦のおばさんたちが私の写真を欲しがる理由が分からない。


「メグちゃん、ピース」

「ピース!」


 忙しいさなかにピースサインな私。

 というか、私は下の名前を一度しか口にしていない。なのに、絶え間なく訪れるお客さんがうまい具合に伝え合って、私の名前は誰でも知ってる状態になっていた。まぁ、桜宮は言いにくいし別にいいけども。


「今日はえらく売れてるな。恵さん、疲れてないか?」


 先代こと、みこのお祖父さんが商品の補充がてら私に声をかけてくれる。


「いいえ、大丈夫です。なんかこう、盛り上がってきました」


 もう顔面に貼り付いて離れない笑顔を向ける。


「手が足りなかったらいつでも厨房に声をかけてくれ」

「でも、こんなに売れてたら、作る方も大変じゃないんですか?」

「まぁ、そうだが」

「だったら大丈夫です。一人でなんとかしますから」


 力こぶを作って先代に見せる。


「うん、頼もしいが無理はするな」


 目を細めて私の肩を軽く叩いた先代が厨房に消える。よし、頑張るぞ!

 それにしてもお客さんは途切れない。箱詰めをしている時に違うお客さんが注文の声をかけてきた。それに受け答えして内容を記憶する。別のお客さんも何か聞きたそうだ。あ……帰ってしまった。どうしよう……。悩んでいる暇はない、お勘定を済ませないと。そしてまた次の箱詰め……。

 今、嫌なことを思いだした。私って奴は同時にひとつのことしかできない人間なのだ。ひとつのことに集中できるのは私の強みだと思っていたけど、それで他のことが手に付かなくなるのは時として問題となると最近気付いた。

 例えば学校で今日出た宿題をしていると、それに集中しすぎて友達に声をかけられても気付かない。同じようなことが部活でテナー・サックスの練習をしている時にもある。

 中学の頃は私がそういう奴だと知っている友達二人といつも一緒にいたから、自分の問題に気付けなかった。

 高校生になったら今までとは人間関係が変わる。新しく知り合った人とうまくやっていかないといけないのに、時に無視してるみたいな態度を取ってしまうのだ。これではうまくいかない。

 それでも優しい人は仲よくなってくれるけど、数は多くない。その挙げ句、クラスでぼっちなのだ。

 今も多くのお客さんの相手を同時にしなくてはいけない。あっちにもこっちにも気を配るなんて、私には無理だ。

 なんでだろ? なんでこんなバイトなんてしようと思ったんだろ? 私にできるわけないのに……。

 助けて……助けて、みこ……。


「……みや。おい、桜宮。しっかりしろ、桜宮!」

「え?」


 気付いたら誰かに肩を揺すられていた。


「高瀬……君?」


 中学時代の同級生だ。どうしてここに?


「何ぼさっとしてるんだよ。お客さん、待ってるぜ」

「え? あ、うん。すみませんでした、もう一度ご注文をお願いします」


 どうしよう、頭の中がぐちゃぐちゃになって、訳が分からなくなっていた。


「落ち着いてやれって。レジは俺がやってやるよ」


 そう言って、高瀬君がカウンターの中に回り込んできた。


「で、でも、そんな……」

「いいから。バイトやってたし、レジくらいできるから。ほら、今の全部でいくらだよ」

「うん、五百二十円。五百二十円です、お客さん」

「はいはい、ていうか、顔を洗ってきたら? せっかくの美人が台無しよ」


 優しく微笑んでいるお客さんに言われる。


「はい、ありがとうございます。え? 顔を洗う?」

「お前、泣いてたんだよ、桜宮。びっくりしたぞ、いきなりぼたぼた涙こぼし始めたんだからな。早く他の人に店番替わってもらえよ」

「でも、みんな忙しいの」

「こっちが一番忙しいよ。すみませーん」


 高瀬君が勝手に厨房の中に顔を突っ込んだ。すぐにみこのお祖母さんが飛んできて、店番を変わってもらう。

 そしてみこの家で顔を洗わせてもらった。鏡を見たら目が真っ赤で酷いことになっている。


「落ち着いたか、桜宮?」


 洗面所の扉の外にいる高瀬君が声をかけてくれる。


「うん、もう大丈夫。ありがとう、高瀬君」


 洗面所の外に出ると、高瀬君にじっと見られてしまう。


「あの、そんなに見ないで……。今酷い顔だし」

「おお、悪い悪い」


 うつむいたら向こうも顔を背けてくれた。


「ホントにありがとう。助かった」

「ああ、たまたま通りかかってよかったよ」

「たまたま通りかかったんだ?」

「そう、たまたま通りかかったんだよ」


 顔を上げても高瀬君は横を向いたままで、今の言葉のどこまでが本当か分からなかった。

 でも、私見たさにお店まで来たなんて、そんなのうぬぼれもいいとこだ。


「じゃあ、何か用事があったんじゃないの? ゴメンね」

「いや、用事は終わった。全然平気だから」

「そっか。あの、じゃあ私はお店に戻るね」

「え? もっと休んだ方がいいんじゃないのか?」


 ようやく高瀬君が私を見る。


「ううん、みんな忙しいんだし、私も最後まで頑張らないと」


 胸の前にやった両拳を握りしめてやる気の程を見せる。


「ぷっ!」


 いきなり高瀬君が吹き出した。


「え? 何? なんかおかしかった」

「いやいや、そうじゃないって」

「じゃあ、なんで?」

「あーその……」

「その?」


 また顔を背ける高瀬君。


「いや、すげぇかわいかったから」

「あ……う……」


 思わず顔が赤く染まってしまう。


「じゃあ、俺もう行くよ。無理すんなよ」


 そのまま家の出入り口に向かった。


「高瀬君!」

「ん?」


 振り返った高瀬君にとびっきりの笑顔を向ける。


「かわいいって言ってくれてありがとう!」

「なんだそりゃ」


 照れ笑いする高瀬君。


「みこに言われてるの。褒められたら『ありがとう』って返せって」

「変なの」

「私もそう思う」


 二人で笑い合う。




 そんな大失敗をやらかしながら、どうにか閉店を迎えた。


「ゴメンね、恵ちゃん。ずっと一人で任せちゃって」


 戻ってきたおばさんにすまなそうに言われる。


「いいえ、私ももっと早くに助けを求めないといけなかったんです。その辺、不器用で」


 気を抜くと一人の世界に入り込んでしまう私なので、できるだけ周囲のことに意識を向けるようにしている。それでかえって気を使いすぎてしまうのだ。中学時代、みこに何度も注意されていた。

 しばらくしてみこが帰ってきた。


「ゴメンね、大変だったみたいじゃない」

「なんで知ってるの?」

「高瀬君に偵察を頼んだのよ。様子を見るしか役に立たない奴だけどね」


 なるほど、そういうことか。


「そんなことないよ。すごく助けてもらったんだ」

「へぇ、あいつも時々役に立つのね」


 思い出すと胸が温かくなる。中学時代はそんなに仲よくしていた訳でもないのに、こうして助けてくれたのだ。ホントにありがたい。


「あ、ミチも部活の試合終わったって、さっきメッセージあったよ」

「由起彦も後は寝るだけだし、もう大丈夫よ。これから私の部屋に来ない? 三人でお話しようよ」

「久し振りだね、三人揃うのも」


 そうして私達、中学時代の仲よし三人組で夜遅くまで話し込んだ。


「それで高瀬が好きになったと」


 ミチがポテチを口に放り込んでから言う。


「ええ? なんでそうなるの?」

「だって、親切にされたらメグの好きになる回路が発動するじゃない」


 みこまでそんなことを言ってきた。


「ええ~、どうだろ? でも高瀬君だよ? あの人って、馬鹿でしょ?」

「まぁ、そうだけど。でもそんなの関係なさそうだけど、特にメグの場合」

「ええ~、どうだろ? 中学時代の馬鹿のイメージが強いからなぁ~」


 思わず頭を抱えてしまう。


「なんか、好きにはなってなさそうね」

「そうだと思うよ? あ、感謝はすごくしてるから。今度、クッキーを焼いてあげようと思うの」

「そんなんしたら高瀬君の方で好きになっちゃわない?」

「え? なんで?」

「だって、あいつモテないじゃん。そこへメグの手作りクッキーだよ。破壊力抜群」

「そうかな~、そんなことにはならないと思うけどな~」


 頭を大きく振って否定する。


「ああ、新しい恋の始まりか……」

「ちゃんと報告しろよな、メグ」

「だから、そんなんじゃないってば」


 しかし、親友二人は話を聞いてくれなかった。




 週が明けて、学校へ。今日も私はぼっちです。

 いやいや、そんなのダメだ。

 昨日は大失敗を含めていい経験をしたと思う。その経験を生かそうと思うのだ。よし!

 それでも覚悟を固めるのには昼までかかった。よ、よしっ!


「あ、あの、新庄さん?」


 なけなし勇気を振り絞った私は、前の席のヤンキー……もとい新庄さんの席まで行って、彼女に声をかけた。


「ああ?」


 はい、いきなり喧嘩腰です。私はさっそく涙目です。いや、ここでヘコたれるな。


「あ、あの、一緒に、お昼とか、どうかな? む、無理強いはしないけど」

「ああ? 聞こえない」

「そ、そのぉ……」


 頭がくらくら、吐き気までしてきた。


「ゴメンゴメン、イヤホンしてたよ」


 新庄さんがイヤホンを外すと、そこから爆音が聞こえた。


「で、何?」

「あ、あの、お昼一緒に、どうかな? って……。新庄さんもいつも一人みたいだし?」

「ええ?」

「ゴメンなさいゴメンなさい!」


 すっごい睨まれた。胃が痛い。


「いいの? 一緒にメシ」

「え? あ、うん……よかったら……だけど」

「よっしゃ、食おうぜ! いや~、恵から声かけてくれるとは思わなかったぜ」

「め、恵?」

「恵だろ?」

「はい、恵です」


 いきなり名前呼びしてくるとは思わなかった。

 新庄さんはがたがたと自分の机を後ろに向けてくる。


「いや、あたしも前から声かけようかって思ってたんだよ」

「え? そうなの?」


 私はお弁当を広げ、新庄さんは惣菜パンにかぶりつく。


「こんなけかわいい子と仲よくなれたらサイコーじゃん」

「そうかな、ありがとう」

「え? 謙遜しないんだ? 意外に自信家?」

「いや、違うんだよ、これは友達にそう仕込まれたからで……」

「意外に神経太いんだなぁ。なんか、思ってたのと違うわ」


 ジトーッとした視線を向けてくる。そんな目で見ないで。


「神経はか細いよ? でもどういうイメージだったの、私って?」

「深窓の令嬢。実際すごい美少女だしな。私だけでなく、みんな声かけたくても気が引けてたんじゃないの?」

「そうなんだ、ありがとう」


 深窓の令嬢? みんなが声をかけてくれなかったのは、私に対する変なイメージがあったからなの? 単にぼっちで暗くなってたのが物憂げに見えてただけではなかろうか。


「別に褒めてないけどな。それにあたしこんなんじゃん。絶対ビビらせてるって思ってたんだよ」

「へぇ、自覚はあったんだ」

「ああ?」


 ギロリと睨んできた。ひぃぃぃ……。


「いえいえいえ、なんでもありません」

「なんてな。あたしは確かにがさつだし、こんなカッコだし、ここみたいな進学校じゃ浮きまくりだって分かってるよ」

「じゃあ、なんでそんな酷い格好なの?」

「ああ?」

「いえいえいえ」


 しまった、言いすぎ注意だ。


「なんてな。単にがさつなのは生まれつき。そしてこういうカッコが好きなだけ。あたしは自分のやりたいようにやるって決めてるんだ」


 と、胸を張る。そうされると前ボタンをいくつも開けたシャツの中の下着が見えてしまうんだけど。ムカつくくらい巨乳なのがよく分かる。


「ぎゃははははっ!」

「え? なに?」

「いやいや、すっごい物欲しそうな顔であたしの胸見るんだもん」

「そ、そういうわけじゃ……」


 ぐっ、そうなのか? そうだったのか?


「貧乳でもいいじゃん、そんなけかわいいんだから」

「そうかな、ありがとう。でも、正直言いますと、胸はすごいコンプレックスです」

「ぎゃははははっ! いやいや、これはこれで重くて邪魔で大変なんだぜ?」


 などと自分のふくらみ二つを持ち上げる。くそっ、私にはどう足掻いても無理な行為だ。


「自慢は結構ですから……」

「あたしの取り得はこれくらいだもん。自慢くらいさせてよ」

「そうかな? 新庄さんのいいところは他にもあるんじゃないかな?」

「例えば?」

「さぁ?」


 眉間に皺を寄せて首を傾げてしまう。だって、ほんの十五分前まではただのヤンキーだと思っていたのだ。


「ぎゃははははっ! 恵、面白いよな。なんか、あたしたちって、仲よくなれそう」

「え? そんなことないと思うけど」


 もうただのヤンキーだとは思ってないけど、この人と私とでは性格から何から違いすぎてる。


「ぎゃははははっ! そこは否定なんだ? あたし、すっごい気に入った。いい友達ができたよ」

「えっ! 友達なの!」

「もう友達だし。逃がさないよ」


 実際、がしっと肩を掴まれてしまう。早まったか?

 まぁいいや、新しい友達の誕生を喜びましょう。これで私もぼっち脱却だ。


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