表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある日の『上葛城商店街』  作者: いなばー
はじめての店番(恵)
10/60

1.

 私、桜宮恵は高校二年生。絶賛ぼっち中です。つらい……。

 それはそれとして、中学時代の友達の家がやっているお店を手伝うことになった。私は人見知りだけど、精一杯頑張るのだ!


 「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」に出てきた恵の話です。

 読んでいなくとも、話は通じるかと思います。



●登場人物

・桜宮恵 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」

・野宮みこ : 主演作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘、ちょい役「ふくれっ面の跡取り娘」

・高瀬 : 登場作「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」

・新庄 : 初登場

 こんにちは、桜宮恵です。

 みなさんお元気ですか? 私はぼっちです。

 はぁぁぁ……。

 どうしてこんなことになっちゃったんだろ?

 今の私は高校二年生。元々酷い人見知りの私なので、高校に進学してうまくやっていけるかは非常に不安だった。それでも一年生の時には中学が同じだった子がクラスにいたこともあって、どうにかぼっちにならずにすんだ。

 でも二年生になったら一年生の時に仲よくなった子とは軒並みクラスが別れてしまった。

 そしてゴールデンウィークが明けた今に至るまで、クラスメイトの中に友達を作れずにいる。

 おかしいなぁ、部活が一緒の子もいるのになぁ。……まぁ、私は部活でも孤立しがちなのだけれど。

 さらに悲惨なのが今の席の位置だ。校庭に面した窓際の列の最後尾。その列だけ机がひとつ多くて、私の隣には誰もいなかった。

 唯一のクラスメイトとの接点たる前の席には……。


 ヤンキーがいた。


 きついパーマを当てた明るい色の髪。血が滴っているみたいな口紅を塗った唇。胸元は大きく開けてあって下着が見えてしまっている。ちなみにかなりの巨乳だ。うらやましい。

 さらに目付きは厳しいし、だみ声だし、足は開き気味だし、そもそも常に殺気を放っていた。同じ女子とはとても思えない。

 つらい……。

 クラスにこういう子がいるというだけできついものがあるのに、すぐ前の席なのだ。

 つらい……。

 不意にその人が後ろを向く。こ、心を読まれた?

 違った。前から配られたプリントを回してくれたのだ。

 しっかし、すっごい目付きだぁ……。私は雨に打たれた小鳥のように震えてしまう。


「あ、ありがとう」


 どうにか私は言葉を発することができたが、ヤンキーさんは何も言わずにまた前へ向き直った。そしてここまで聞こえる舌打ち。

 え? 舌打ち? 何かお気に召さなかった?

 しかし声をかけて聞いてみるなんて、できるわけがない。彼女はヤンキーなのだし、私は人見知りなのだ。

 はぁ、つらい……。




 そんなこんなの悲惨な学生生活はそれとして、日曜日に中学時代の友達の家でバイトをすることになった。

 私の住む住宅街から駅を越えた先にある商店街。そこをずっと行った終わり近くに目的の和菓子屋があった。


「来たよ、みこ」

「ありがとう! ホント助かるわ、メグ。今日は頼むわね」


 親友の明るい笑顔が凍えた私の心を温める。

 彼女、野宮みこはこの和菓子屋『野乃屋』の看板娘。私とは違う高校に通っているのだけど、部活もしないでお店のお手伝いばかりしていた。実家の商売が大好きなのだ。

 でも、今日はそう言ってられない。


「で、水野君の方は大丈夫なの?」

「まぁ、寝てたら大丈夫みたい。これからしっかり看病して、週明けには学校行けるようにするわ」

「やっぱり、馬鹿は風邪引かないって迷信なんだね」

「メグ、相変わらず天然で酷いこと言うわよね」


 自分の恋人をけなされて、みこが顔をしかめる。う、つい口が滑ってしまった。


「あ、いや、馬鹿じゃないから風邪を引いたのかも」

「変なフォローよね。まぁ、ようやくハンドボール部ができたからって張り切りすぎたのよ、由起彦の奴は。ホント、世話が焼ける」


 などとみこは大げさにため息をつくが、ただのノロケにしか聞こえない。まぁ、長い間幼馴染みをやっていて、中学を卒業した時にようやく恋人同士になれたのだ。多少のデレデレは許しましょう。


「ハンドボール部、高校にはなかったのに、みこが作ったんだよね?」

「そうそう、バレー部を分裂させてでっち上げたの。咲乃さんにアドバイスもらいつつ」

「ああ……咲乃さんが一枚噛んでたんだ……」


 森田咲乃さんはこの商店街で一、ニを争う美人なのだが、同時に商店街に棲まう一匹の悪魔の異名を持つらしい。中学の時に川へ遊びに連れていってくれたけど、基本優しいお姉さんながら時々タチの悪さが顔を覗かせていた。あの人なら何だってやらかしそうだ。


「とにかくようやくできたハンドボール部の部長として頑張りすぎたの。ここのバイトもしてたしね」

「じゃあ、早く看病に行ったげなよ。後は私が引き受けたし」


 自分の胸をポンとたたく私。ここは相変わらず成長の気配を見せません。


「そうね、やることは昨日説明した通りよ。ていうか、ホントにウチの商品全部覚えたの?」

「昨日見て全部覚えたよ。そういうのは得意だから」


 みこからお店を手伝って欲しいと連絡があったのが昨日の夜。その日のうちに私は商店街まで行って、閉店直後のお店に入れてもらってひと通りの仕事の中味を聞いていた。その時に商品の名前と特徴、値段を覚えたのだ。


「さすがねぇ。安心してお任せできるわ」

「他に注意事項はない? 私、こういうバイトは始めてだから、ちょっとドキドキしてるんだ」

「そうねぇ……。あ、そうだ、メグって相変わらずかわいいよね」

「え? そうかな、そんなことないと思うけど」


 友達が唐突に変なことを言い出した。

 さらに私の当たり前のリアクションに、大きく首を横に振ってくる。


「ダメ、それダメだから」

「え? 何が?」

「そういう謙遜はこの商店街では禁止だから」

「え? そうなの?」

「そうなの。褒められたら、にっこり笑って『ありがとう』。素直にお礼を言わないといけないの」

「そうなんだ……。なんか抵抗あるなぁ」


 一応、そこは謙遜するところじゃないだろうか?

 確かに私はかわいいとよく言われるが、にっこり笑って『ありがとう』なんてしたことがない。それって、自分のことをかわいいと思っている人がすることなのでは?

 私は自分のことをかわいいとは思わないことにしている。そうやってうぬぼれるのはよくないと思うのだ。

 しかし私の戸惑いをよそに、親友は追撃を加えてくる。


「実際メグはかわいいんだから。ホントのこと言われたのに否定するっておかしいでしょ?」

「じゃあ、みこもかわいいって言われたら、にっこり笑って『ありがとう』なの?」

「そうよ。まぁ、私の場合はただのあいさつでそう言われるだけなんだけど。でもメグはホントにかわいいんだから否定しちゃダメ」


 と、開いた手を突きだしてくる。

 みここそかわいいんだから、ただのあいさつってわけじゃないと思うんだけど。自分を棚に上げて、私を追い詰めないでほしい。

 でも、今日の私はお店のお手伝いを全力で頑張るって決めているのだ。恥ずかしがってばかりいられない。


「うん、分かった、やってみるよ!」


 胸の前で握りこぶしを作って気合いを見せる。ちょっとへっぴり腰。


「あーもー、そういうのがいちいちかわいいんだから。反則だよ」

「ふふ、ありがと」


 にっこり笑って小首を傾げたり。




 そしてみこは愛する彼氏の下へ。

 残された私はエプロンと頭巾を装備しての臨戦態勢。手書きで「桜宮」と書かれた名札も付ける。

 と、みこのお母さんが厨房からお店の中に入ってきた。そしてしげしげと私を見る。ちょっと恥ずかしい。


「はぁ、なんだかみこと同じ格好をしてるとは思えないわねぇ」

「え? そうですか?」


 今日の私は七分袖のTシャツに生成りの綿パン。こんなラフな格好は滅多にしないのだが、動きやすい格好をすべしとみこから指令を受けていた。

 そして髪は後ろでひとまとめにしている。折りたたんでくくっているので垂れている部分も仕事の邪魔にはならないはずだ。

 私としては和菓子屋さんの店員になりきれたつもりでいるのだけど、やっぱりどこかおかしいのかな?


「肌が白くてうなじなんかすごい色っぽいし、みこと同い年とはとても思えないわ。ていうか、あの子が子供っぽすぎるんだけど」

「は、はい、ありがとうございます」


 どうにか笑顔。かなり恥ずかしい。

 九時になってお店が開いた。すぐにはお客さんも来ないので、その間に商品のことをいろいろとおばさんに聞いておく。ちゃんとお客さんにお勧めできるようになりたいのだ。


「そんな気を張らなくても大丈夫よ。厨房には誰かいるし、その時に適当に聞いてくれたら」


 なんか、ユルいなぁ。

 私的にはそういうのでは納得できない。何ごともやるからにはきっちりやり遂げたいのだ。

 学校でしている吹奏楽部でも、やる気なしにダラダラしている子がいると見ていられない。普段こそ話かけたりは苦手だけど、注意する時にはしっかりと言う。

 どうもそれで疎まれがられてもいるようだけど、演奏の完成度を上げるためには必要な措置なのだ。私は断固とした態度を崩さない!

 あ、そうか。普段話をしないくせに、注意する時だけ話しかけるのか、私って奴は。確かに今のクラスの吹奏楽部員にはそういう態度だったかも。だから彼女らは私に近寄ってこなくて、私は絶賛ぼっち中……。

 こんな時に変なことに気付いてしまった。

 いいや、それでも私は自分の信念のままに生きるのだ!

 って、こういう言い方をすると私は常にぼっちみたいだ。そんなことは決してなく、部活にも仲のいい子はいますから。まぁ、その子らにしても、向こうから話しかけてくれたんだけど。私は自分から友達を作ることができません。

 今は和菓子屋さんに集中しよう。とにかくおばさんの態度は許しがたいものの、彼女は私の上司なのであまりこちらから強く言うことはできない。

 仕方なしに質問責めはやめておく。本当は昨日、全商品をひとつずつ買って帰って味見をしておくつもりだったのだけど、それはみこに止められていた。悔やまれるなぁ。

 と、お店のガラス戸が開く。今日初めてのお客さんだ。


「い、いらっしゃいませ」


 緊張で一気に胸が高鳴る。

 お店に入ってきた中年のおばさんは、私の顔をマジマジと見てきた。初めて会った人にそう見つめられるとどうしていいのか分からない。せめて笑顔だけは絶やさないように頑張る。


「今日の店員さんはすごいベッピンさんね」


 お客さんがにっこり笑顔でそう言ってくれる。

 褒められた。ここでこちらも笑顔で「ありがとう」だ。


「は、はい、ありがとうございます。今日はいつものみこの代打なんです」


 よし、どうにか言えた。うーん、やっぱりこれは抵抗あるよ、みこ。

 でも今の反応でお客さんが機嫌を損ねるようなことはなく、かえってうれしそうに話しかけてきた。


「ハキハキしたいい子じゃない。『野乃屋』さんは店員さんにも妥協がないわね」

「でしょ? みこもいい子を連れてきましたよ。今日は何にしましょうか?」

「そうねぇ。じゃあお姉さん、わらび餅を二箱もらえるかしら」

「はいっ、わらび餅ですね。二箱で八百円です」


 注文を受けた私は箱詰めのわらび餅を取り出す。これはお客さんに出す時にきな粉を振りかけることになっている。ちゃんと練習したので大丈夫。

 でも、目の前にお客さんがいて、じっと見られているという状況は予想以上に緊張する。できるだけ視線は気にしないように、こぼさないように、きな粉を振りかけていく。

 ようやくできたものを袋に詰めてお客さんに渡す。


「ごくろうさま。じゃあ、千円ね」

「は、はい、ありがとうございます」


 ホッとしたのが顔に出てバレてしまった。ちょっとバツが悪くなりながらもレジを操作していく。


「では、お釣りの二百円です」

「はいはい。……って、すごい指きれいね!」

「え? あ、はい、ありがとうございます」

「野宮さん、こんな箱入り娘をこき使ってもいいの?」


 お客さんが呆れたようにみこのおばさんに言う。


「何ごとも社会勉強ですよ。ね?」

「はい、頑張ります!」


 拳を小さく振り上げてやる気を見せる。


「ホントかわいいわね。じゃあ、頑張って。ここに来る人はみんないい人ばっかりだから気楽にね」

「はい! ありがとうございます!」


 そして扉を潜っていったお客さんの後についていき、深く頭を下げて店先から後ろ姿を見送る。

 あれ? どれくらい頭を下げていればいいんだろ? う、うーん。もういいかな?

 頭を上げたらお客さんの姿は見えなくなっていた。長く下げすぎたかもしれないけど、足りないよりいいだろう。

 カウンターまで戻ったところで深く息を吐いてしまった。それをおばさんに見られる。


「おつかれさま。まぁ、もっと適当でいいわよ。気楽に気楽に」

「い、いえ、ちゃんと頑張っていきます」


 自分に言い聞かすように深くうなずく私。


「ああ、確かにみこが言ってたみたいにこだわり屋さんだ」


 おばさんが口の片端を上げた。

 お昼が近付くにつれ、お客さんが少しずつ増えてきた。

 回数をこなしていくと私も調子が掴めてきた。昨晩から続けていたイメージトレーニングを思い出しながらテキパキ愛想よく接客をしていく。


「ホントにきれいね。お人形さんみたい」

「はい、ありがとうございます」


 にっこり笑顔で小首を傾げる。ようやくこの対応にも慣れてきた。


「『野乃屋』さんもこんな美人をお店に立たせるなら、もっと宣伝しとけばよかったのに。いつもならしてそうだけど」

「美人だなんてありがとうございます。でもさすがに宣伝はやりすぎですよ」

「みこちゃんならその辺容赦なくしてるわよ。そうねぇ、今からでも私達でしとくわ。みんなかわいい子は大好きだしね」

「か、かわいい子はありがとうございます。でも宣伝は……」

「あ、そうしてもらえると助かりますよ。じゃんじゃん呼んじゃってください。住宅街には美人に飢えた男どもも多いでしょうし」

「え? ちょっと、おばさん?」

「そうねぇ、私の旦那にも声かけとくわ。もう随分美人に縁がないし、喜ぶわよ、きっと」

「あ、あの美人はありがとうございます。でもハードルを上げすぎるのはどうかと……」

「今思い付いた! 二千円お買い上げにつき一枚、彼女を写メしていいキャンペーンを実施しますんで。みんなに宣伝しといてください」

「え? ちょっと、おばさん?」


 ああああ……なんかとんでもないことになってきた……。

 あのみこの母親だけあって、このおばさんも商売の鬼だ。というか、本人の意向無視で恥ずかしい企画を立てないで欲しい。私みたいな平凡な高校生の写真なんて撮ってどうするの?

 うう……それでも私は真面目に店員を続けます。一度やると決めたからには、やり遂げないと気が済まないのだ。

 接客自体には大分慣れてきた。お客さんに褒められたら笑顔でありがとうを言い、ついでにさりげなく商品を勧めたり。

 聞き間違えずに注文を聞き、商品をショウケースから取りだして箱詰めをし、レジを叩いて勘定をする。

 ひとつひとつを丁寧にしていけば、接客もそんなに難しいものではない。

 気持ちよさそうに笑顔でお店を後にするお客さんを見ると、そのつどやり遂げたって気持ちになってうれしくなってくる。

 そしてお昼時。おばさんと交代交代で昼食を済ませる。みこのお祖母さんが作ってくれたお蕎麦だ。本場信州のお蕎麦だそうで、とても美味しかった。これで午後も戦える!

 食事を終えてお店に戻るとみこのおばさんが待っていた。


「大分うまくいってるわよね。じゃあ、昼からはちょっと一人で店番してもらってていいかな? ちょっと用があるのよ」

「あ、大丈夫ですよ。お任せください」


 もうすっかり自信が付いたし、ひと休憩もしたし、ひとりだけでもやっていけるはずだ。


「何かあったら厨房に誰かいるし、声かけてくれたらいいから」

「はい、分かりました」


 そしておばさんはエプロンを脱いでお店を出ていった。

 よし、ひとりでも頑張るぞ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ