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物語は語られない  作者: 雲之下狐
第二章-神は何も隠さない-
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第二部

 「おいおい、冗談だろ」

 ビル街を抜けて商店街に来たはいいが、ここもフェンリルの鎧を纏ったゾンビに埋め尽くされている。

 おまけに、魔物となるには結構な体力が必要らしく、魔物化が徐々に解除され、速度も落ちてきている。このままでは、追いつかれるのも時間の問題だろう。

 俺は走るのを止めた。少しでも体力を温存するためだ。

 「随分と熱烈な歓迎なんだな。正直、ここまでとは思っていなかったぞ」

 剣をとり、魔物化を解除する。

 体力を温存するためとはいえ、この状況での解除はまずかったかもしれない。

 身体能力が著しく低下し、回避することすらままならなくなってしまった。

 「さすがにまずいな、これは……」

 交互に襲いかかるそれらは、高速で爪を降り下ろしている。

 人間である俺に対処できる訳もなく、剣で受け続けるしかなかった。

 体力も徐々に底をつき、完全に受け止め切れず腕や足、背中などが切り裂かれる。

 「周囲を囲まれているこの状況じゃ、相手を減速させて逃げ切ることも出来やしない」

 ダメージ覚悟で突っ込むか?

 いや、魔物化を解除した以上、力押しで弾き飛ばすことは出来ない。逆にこっちが弾き飛ばされてしまう。

 それなら、建物を利用して囲まれた状況から脱出しようか。

 いや、これも不可能だ。それをするには、魔物と魔物の間を潜り抜けるほどの隙間があるか、2人以上で行動する必要がある。

 「さて、と。人生終了のお知らせだな。畜生」

 こうなったら、初めて会った時の紅葉みたいに潔く諦めるか。

 俺は両手を広げ、殺されるのを待った。

 「witch kiln」

 頭を切り裂かれる寸前、それは狼と共にやってくる。

 そいつは、俺の頭を切り裂こうとしている魔物を飲み込んで、さも当たり前のように言った。

 「ヒーローってのは遅れてやってくるモンなんだぜ」

 確かにタイミングとしてはヒーローなのだろうが、自分で言ってしまっては台無しな気がする。

 そもそも、自分で「自分がヒーローだ」と言うやつは、『中途半端なヒーロー』か『悪』だと相場が決まっているのだ。こいつがどれだけ良い性格を持っていたとしても、ダメな気がする。

 「よう、残念ヒーロー」

 「お…お前、助けに来た人間にその言い草はないだろ」

 「いや、あるね。まったく、最初に自己犠牲で助けてくれた時の格好良さはどこに消えたんだよ」

 そいつは手に黒い釜を持ち、それをリモコンのようにして狼を操っている。

 いや、そもそもあれを狼として扱っていいのだろうか。

 大体の形は合っているが、黒い体毛に覆われており、黒い甲冑に身を包んでいる。

 尾の先端から出ていて釜に繋がっている黒いコードを見る限り、狼というよりもロボットに近いだろう。

 「そもそも、ヒーローってのは、あんなことを言わない」

 「で…でも、ゲームじゃいつもヒーローってそういう登場の仕方をしてたぞ?」

 やっぱり、受け売りだったんだな。

 このまま放っておいてもいいが、いつまでも言っているようなら面倒だ。

 ここは、そんなお前にぴったりのセリフでもくれてやろう。

 「ゲームと現実の区別くらいつけろ」

 「そ…そんくらい分かってらぁ……」

 すっかり意味消沈してはいるが、狼と思われる物体を操っている手だけは動きを止めていない。そこだけは感心に値するだろう。

 「ここまで引っ張ったんだから、さすがにお前が誰かなんてわかるな、川上」

 「おい、一体何を言って……」

そう、俺があえて川上の名前を伏せていたのには理由がある。

 もし、黒猫と同じ霊能力の類いを持ち、物質の操作能力を得ていたとしたら、この状況を作ることが可能だからだ。

 かといって、遠くを見る能力でも持っていなければ、その能力は無駄になる。

 その場合、状況把握のために本人がその近くにいることが多い。

 「そこで見ているんだろう。出てこいよ、格好悪い犯人さん」

 「おいおい、本当にいるのかよ。ってか、いるのが分かってるならわざわざ刺激するなよ。かわいそうじゃねえか」

 商店街に入った今、隠れることができる場所は格段に少なくなっている。

他の場所は入り組んでいるため、俺の前の建物の中にしか隠れる場所はない。

 俺達は2人で、指を指して笑う。

 こうしているとこちらが悪者のような気がするが、まあ、それはそれで構わない。

 今の俺達は、一個人を蔑んでいる人間でしかないのだから。

 「ふざけないで頂きたい。物体変形能力者と無効化能力者風情が敵うわけないでしょう」

 物陰から面倒くさそうに出てくる男を、俺は知っている。

 金色の髪に、学生服。

 そいつは、俺が黒猫の知り合いだということを知っていた。このことから、黒猫が犯人扱いされたその時点で人狩の中に紛れ込んでいたことが確定する。

 物体変形能力者というのはおそらく川上のことだろう。だが、もう一つの方はいったい……

 「無効化能力? そんな奴、どこにいるんだよ」

 「お前、まだ聞いてないのかよ。まったく信用されてねえんだなぁ」

 どういうことだ。なぜ俺の能力が何か知っているような口ぶりだったんだ。俺自身でも知らないのに。

 それに、俺が無能力者と言うのならわかるが、なぜ、無効化能力者と言ったのだろう。まさか、俺に本当に能力があるというのか。

 「まあ、それはやってみてのお楽しみってことだな」

 いつまで考えていたって分からないものは分からないんだ。なら、楽しまなきゃ損だな。

 「おいおい、ここは平和的に行こうぜ」

 そう言ってはいるが、川上も武器を構え、警戒態勢に入っている。

 圧倒的な手数の差によるものか、俺の未知数の能力によるものかは分からない。 だが、目の前の黒い窯を持っている青年が恐怖し、今にも武器を取り落しそうとしているということだけは分かる。

 「ああ、そうだな。ここは平和的に殺し合いでもしようじゃないか」

 そう、分からないことが多すぎて、分かっていることすらもその中に飲み込まれてしまうのだ。

 まるで、空洞で空白で空虚な空間を持っている壺のように、恐怖は強欲に豪快に彼を喰らう。

 「そんな状態で僕に敵うとでも思っているのですか。まったく、夢を見るのもいい加減にしてくれませんかね」

 男は右手を挙げ、数秒待った後で振り下ろす。その指先には、青白い光が妖しく灯っていた。

 「おとなしく死んでもらえませんかね。そうすれば多少丁寧に扱ってあげますよ」

 物陰から続々と魔物化したゾンビによって商店街が埋め尽くされ、それでも増え続けている。

 一瞬の間に、地面すら見えなくなっていた。 

 「紅葉、あいつらを扉から離れた場所で……殺せ」

 「嘘、だろ。おい、何とか言ってくれよ、紅葉!」

 「……ごめんなさい」

 その言葉を最後に彼女は完全に魔物と化し、目の前の男の奴隷となった。今はもう、手に持った剣を俺に向けている。

 なぜ、あいつを殺さなくちゃならないんだ。誰かに殺され、元の世界での命を犠牲にしてまで生き返ったあいつを、どうして……

 「あ、あれ。どうし……」

 体が動かない。まるで屍にでもなった気分だ。

 魔物化する瞬間、体に纏っていた光が四散した。そしてその後、体が動かなくなったんだ。

 力を使いすぎたのか? 

 確かにゾンビから逃げることに体力を大幅に削ったが、やはり、それだけじゃない。

 体力が無くなっただけならまだ、少しぐらいは俺の意思を反映するはずだ。だが、首から下の感覚がないのは異常と言ってもいいだろう。

 「川上……」

 「……ああ、分かってる」

 川上は俺を担ぎ上げ、ビル街の方へと走り出す。

 一人なら問題はなかったかもしれない。だが、俺を担いでいる以上、追いつかれるのは目に見えていた。

 「それでは、高みの見物といきましょうか。生き残りたければ、扉の前まで追いかけてくることです」

 男は、高笑いをしながら歩いていく。その姿はシャドウによって、すぐに隠された。

 「『背水の陣』ってやつじゃねえのか、これって」

 「いやいや。『八方ふさがり』だろ、この場合」

 速度が半減している時点で、相手の方が有利なんだ。ここで追いつめないわけがない。

 「40秒間耐えてくれ、川上。その間に打開策を見つける」

 「まあ、無理だと思うけどな。最後のワガママくらいは乗ってやるよ」

 目の前には、シャドウの集団が広がっている。そして、背後にもシャドウの軍勢が広がっている。あながち、『背水の陣』ってのも間違いではなかったかもしれないな。

 だが、これくらいは脱出できないこともない。

 人を避け続けるってことは、人を見続けていなければ不可能なことだ。誰の視界にも入らず、誰からも話しかけられないということは、案外難しいのだから。

 俺は、自分の脳内メモリに検索をかける。

 18年間人を避け続けてきた経験と目の前のシャドウを照らし合わせ、次の行動を予測するのだ。

 これは相手が意識のある人間だからこそ通用する手段であり、シャドウ単体では不可能な技である。意識のある人間が何かを操っているというこの状況を、感謝するべきかもしれない。

 「『卑怯者』、『操り人形』で検索。攻撃方法、性格を(もと)に、逃走経路を作成」

 街の道路を基に逃走経路を張り巡らせ、性格から判断して逃走経路を削っていく。

 時間はかかるが、この方が逃走経路を多く稼げるはずだ。

 「性格は蛇。つまり、しつこく追いかけてくるはずだ。その場合、入り組んだ地形では攻撃せず、そこを抜けたところで正確な攻撃を……痛ってぇ」

 指先の鋭い痛みで、俺は強制的に現実に戻された。切り傷だけではなく摩擦によるものもあることから、川上が仕掛けたということは考えにくい。

 だとすると、金属のように硬く鋭い皮膚を利用して、シャドウが攻撃してきたということだ。

 痛みを感じれるということは、少しは回復したのかもしれないが、思考が停止させられたことは正直、つらい。

 だが、言ったことで、多少なりとも影響を受けるはずだ。それは、自然に思いついたと思わせることができるほど、相手の無意識に影響する。

 「川上、降ろしてもらっていいか。ここからは俺が誘導する」

 「やれやれ、やっと戻ったのか」

 彼は笑いながら、俺を空に放り投げる。

 「まったく、乱暴すぎるぜ」

 地面に着地する寸前、黒剣を抜き体制を立て直す。

 すぐさま、シャドウは俺にターゲットを切り替え、襲い掛かる。危機的状況にある俺が余裕を持って出てきたことへの焦りや不安によるものだろう。

 これは、人間の指揮による特有の反応だ。

 やはり、人間の思考を読むことは簡単だな。特に、集団戦では意思の伝達速度が遅いため、役に立つ。

 「なあ、川上。その窯って大きくできるのか」

 「ああ、確か半径2メートルまでは出来たぞ」

 2メートル、か。それだけあれば十分だな。

 「ここから12時の方角に、スーパーマーケットがある。そこでミネラルウォーターを調達し、合図をしたら、入り口で窯の中に入れるんだ」

 俺の考えている脱出方法は、入り組んだ道を警戒するのではなく、入り組んだ道から脱出した後を警戒するわけでもない。

 俺はどこも警戒せず、安全に脱出する。

 「了解」

 さっきまで恐怖に震えていた彼はもういない。俺の企みが分かったのか、今はただ、笑って俺の指示に従うだけだ。

 「さあ、ショータイムだ」

 魔物が一斉に襲い掛かるが、特に恐怖などは感じない。速度こそ劣っているが、道を曲がる際には必ず多くの魔物が数秒遅れて追いかけてくる。

 それもそのはずだ。通常、曲がる際には少しなりとも体をその方向に向ける。だが、俺の場合は、直進するときの姿勢のままで指先の筋肉を重点的に使い、その瞬間だけ魔物化をしているから瞬間移動という現象と似たような状況に陥っているはずだ。

 「やっと、追いついた」

 「殺すとか言っている割には、随分と遅いんだな。まあ、一人でも来れただけマシか」

 「心配いりませんよ。すぐに到着しますから」

 操られているかどうかは関係なく、紅葉は怒っているようだった。

 頬を膨らませ、地団駄を踏んでいる。

 「それは残念だな。見届ける時間もなさそうだ」

 確かに続々と集結しつつあるが、俺にそんな時間はない。人を一人、待たせているのだから。

 「やれ、川上」

 「おうよ」

 水は沸騰し、水蒸気となり、さらに温められることによって。それが俺達を隠すのだ。

 幸い、ここはビル街を抜けてすぐの場所だから、隠れる場所には困らない。

 シャドウの隣を通っても、やはり反応はない。

 今、こんなことを言うべきではないのかもしれないが、誰にも相手にされないというのは少し、寂しいものだ。

 「今回は、俺の勝ちだな」

 紅葉の耳元で呟き、ビル街に向かって走る。

 彼女は声に反応して振り向くが、その時にはもう、俺はいない。

 「さっきのアレ、どうやって思いついたんだ?」

 「子供の遊び以上、手品未満なんだ。別に珍しくもないさ」

 「……そんなもんかねぇ」

 そんな話をしているうちに、ビル街と商店街の境目に到着する。

 「さあ、行こうか」

 そして、俺達はまた見知らぬ土地に踏み込んでいった。

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