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物語は語られない  作者: 雲之下狐
第一章 -リアル・サバイバルゲーム-
3/13

第二部

「ここが…異世界だって? これじゃあ、まるで……」

 数軒の食品店や理髪店、暗闇と静寂に包まれた街並み、その中に差し込む淡い月明り、俺の行く手を遮っていた白い張り紙――――それらは全て、直前に見ていた光景だ。気付くと、あまりの意外さに、『異空間』の間違いだよな、と呟いていた。

「俺の興奮を返してくれ!」

「……プフ」

 彼女はからかうように軽い笑い方をしながら、空を指差す。

「ここは確かに異世界だよ。その証拠に、『神隠し』って現象のせいでここにいるじゃないか」

「な……名前くらいよな、この世界は」

「まあ、確かにあった気がするな。確か、『ノア』だったか」

「…………」

「な……なんだ、そこまで不満そうにしなくてもいいじゃないか、まったく。それに、これをみても同じことが言えるかい、少年君」

「……もう、異空間ってことで勘弁してくれないか?」

 そこに広がっていたのは、深夜にも関わらず、夕焼けのように赤く染まった空だった。

「ここは間違いなく異世界。よくゲームとかに出てくる魔物が徘徊している。死にたくなければ今すぐ……」

「おいおい。なんだよ、もうトラブル発生か?」

 彼女が急に辺りを見回すのを見て、それに習う。やはり見慣れている光景しかなかったが、大きく異なっていることが一つ。魚屋の代わりに、地面から生えるようにそびえ立つ水晶。その中心には、バレーボール大程の黒色物体が埋まっている。

「…………」

『魚屋さん、ご愁傷様です』

 合掌し、とりあえず心の中で呟いておいた。

目の前の少女が迷う原因とすれば、思い当たるのはこれしかない。かといって、聞いたら何か出来事が起きると思っていいだろう。そんな事を考えながら、祈るように聞き返す。

「あの水晶がどうかしたのか。確かにあれは異常だが、異世界なんだから普通だと思うぞ」

 一応、ここも異世界だ。少しくらい不思議な事があっても不思議じゃない。そう納得していると、彼女は額に手を当て、嘆息する。

「ふざけないで。あの位置に水晶があること自体異質なのよ。あそこには本来……」

「また、だんまりかよ。いい加減教えてくれないか。あの水晶は何だ。それになぜ、あんたはこの世界のことをなぜ知っている」

「……変態」

 気が付くと、彼女のパジャマの胸元を掴んでいた。タオル地のパジャマが一点に寄せられ、雪のような白い肌が露わになる。

「うわっ。ご、ごめん。これはわざとじゃなくてだな、えっと……」

「自分から災難に飛び込んでいく変態少年君」

 うまくいいわけができずにいると、とどめを刺すように告げられてしまった。彼女は、生ごみでも見るようにこちらを見る。こうなったら、どんなに弁解しようとも信頼を勝ち取るのは不可能だろう。

「すいませんでした。もうしませんのでせめて名前で呼んでもらえないでしょうか」

 彼女は何か思い出すようにして考え込み、一つの重大な結論に至る。

「……そもそも名前を聞いてないよ、変態少年君」

「隆春。葉桜隆春ですよ。『少年君』なんてもう呼ばないで下さい」

「隆春、ハル……バカ春」

 しばらく考え抜いた末決まったのは、人を小馬鹿にしたような呼び名だった。

「隆春ですよ。わざわざ考え込んでまで言わないでください」

黒猫くろねこ、人間よ。よろしく、バカ春」

 それは本名なのか、本名じゃないとしたらなぜ偽名を使うのか。彼女がそんな記号のような名前を言ったことに対して、そんな疑問が脳裏をよぎる。

「いや、華麗にスルーしないでくださいよ。というよりもまず、それって本名じゃないでしょう」

「……もし元の世界に戻れたら、詐欺や恐喝の原因になるでしょう?」

 現在、名前や電話番号さえ分かれば、住所の検索など容易になっている。だが、異世界にまで来て犯罪に手を染める人間などそこまで多くないだろう。そこまで警戒する必要などあるのだろうか。

「そこまで警戒するということは、一度その被害に会っているからか、もしくは仲の良い知り合いが被害に会ったのを見ていたからだよな。だから、お前はそこまで恐怖している。違うか」

 人が怯えるには、形はどうであれ何らかの理由がある。だから、彼女がどこか人知れぬ闇を抱えているように思えた。

「そんなことは、元の世界に戻るまで関係のないことでしょう」

「元の世界、ね。そういえばどうやって帰るんだよ」

「…………」

 彼女は何も答えなかった。ただ、目の前の水晶を見つめている。これまでの言動から、一つの結論に至った。黒白はこの世界を知ってはいたが、なぜかこの世界に異常が起こり、何も答えないのではなく答えることができないのだ……と。

「あの水晶の中の小さく黒い球体、それがこの世界から出る唯一の手段よ」

「なあ、あんたはどうして帰る手段を知っている。実は、人間に戻るためというのは目的の一部じゃないのか? 人間でなくとも、生活しようとすればできるはず。こんな世界に来てまで果たしたい願いってのが、あるんだろ」

「…………」

 その瞬間、頭の中の重要な何かがはじけ飛んだ気がした。思考が妙に鮮明になり、視界の左端に赤い点が何個も浮かぶ。これは事象に対する思考の結果であり、触る動作だけで簡単に表示できる。とはいえ、そんな便利機能も万能じゃない。高い集中力を必要としたり、その間は機動力が失われたり、簡単に感情に左右されたりする。

「なあ、黒猫。真夜中の商店街に居た事と、この世界に閉じ込められた事は無関係じゃないよな?」

 ナイフの刃先を白黒の首に突きつける。だが黒猫は、ナイフの当たっている場所から血が流れているにも関わらず、平然と眺めている。

「あなたの頭のネジが飛んで狂暴化しようが、どれだけ強力な武器を持とうが、今のあなたは絶対に私には勝てない。なぜなら……」

 彼女はそう言うと、左手でナイフをつかみ、強引に首から引き離す。刃物を素手で触ったにも関わらず、手からは一滴の血も出ていない。逆に刃物にヒビが入り、破片が手に付いて光を反射している。

 彼女の手を見ると、破片のほかにも何かが手に付いていた、というよりも一瞬だけ白い光のようなものが手から出ているように見える。『手から光が出る』なんて、そんなのは異常だ。なら、なぜこいつはそんな物を使えるんだ? なんて疑問に思ったこの現象を、黒猫は一言で片づける。

「なぜなら、この世界のほとんどは私が作ったのだから」

「世界を……作るだって? 普通の人間がそんなことをできるわけがない。そんなの、馬鹿げている」

 信じたくはなかったが、今まで起きた出来事がこれを真実だと認めさせた。それに、その言葉には、昔どこかで聞いたような懐かしさがあったからである。

「……まったく。最高だぜ、あんた」

 震える手で砕けかけのナイフをしまい、代わりにカメラを構える。

 自分でもなぜ興奮しているのか分からないが、世界を作るという偉業を成した人間を写真にでも撮るつもりなのだろうか、それとも異世界という珍しい場所を写真に収めるつもりなのか、とにかく一心不乱に写真を撮り続けていた。

「え、あの……ちょっと」

 本人にとっては深刻な話をしていたはずの彼女をよそに写真を撮っていたためか、彼女はどうすればいいか悩み、肩に手を伸ばして止めさせようとした。「仕方がない。ここら辺で我慢してやるか」と呟いた後、しぶしぶカメラをしまう。

「世界を作るなんて、神様みたいじゃないか。その力がどんなものかは知らないけどさ、そんな人と知り合えるなんて幸運……」

 黒猫が何かを取り出そうとした瞬間、目の前が突然銀白色に染まった。断続的に続くそれは、元の風景と銀白色の風景を繰り返す。

「……誰が、幸運だって?」

 白く発光する物体と、それを持つ人間のような形の黒色の物体――相反する二つの色は混ざり合い、ときには火花を散らしながら反発し合って空へと昇ってゆく。

「あれ? これって……」

 この光景に不思議と既視感を覚えた。日常ではありうることのない非現実的な現象だが、確かに日常でそれを見た、と断言できる確信があった。ゆえに、確信犯として行動する。

「幽霊……」

 呟いた言葉に目の前の物体は震え、硬直する。だが、それは目の前の標的を発見したからではなく、単に恐怖によるものだった。ここで、さらに追い打ちをかけるように耳元で囁く。

「ほら、お前の後ろに……」

 黒い物体は後ろを振り向こうとする。

「イ……イ、ア…ヤ……」

 だが、それは叶わなかった。後ろを振り向く動作の途中、黒い物体は輝きを失い、見知った人間が姿を表す。

「やあ、お目覚めかい?」

ピンクのパジャマを着た銀髪の少女。それは確かに、この世界に来る前に見た人物だった。

「あれ、なんで今戻って……」

 彼女は、自分でも何が起こったのか分からないというような意外そうな顔で呆けている。

「やっぱり故意にしてたのかよ、まったく。さあ、ひと暴れしたところで教えてもらおうか。さっきの現象はいったい何だ。どうやって使った」

「…………」

 困惑している彼女に、問い詰める。わからないことをそのままにしておくと、命に関わると思ったからだ。

 緊迫した雰囲気の中、彼女は徐ろに口を開く。

「事象の上書き(オーバー・ライド)。これが私の持つ性質であり、この世界の性質。『ノア』は似た思念体が凝縮する世界だから。ただそれだけのこと……」

「……ったく。つまり、この『ノア』って世界は、欲望が作る世界であって、さっきの現象もそれに付随するものだ、ってことでいいよな?」

 これ以上言いたくないのか、彼女は急に口を閉じた。おそらく、彼女がノアに来たことも、このことが原因とみて間違いないだろう。彼女はしばらく考え込み、話を切り替えるべく次の言葉を切り出した。

「隆春。あなた、私の奴隷になりなさい」

 ほんの少し頬を赤く染めた黒白は、照れ隠しだったのか強めの口調で迫ってくる。

「なんで俺が、あんたの奴隷にならなきゃならんのだ……」

「そんなの、決まっているじゃない。この世界から帰る方法を見つけるには、私の力が必要不可欠なのだから」

確かに元の世界に戻るのには必要かもしれない。それに、自分の存在がどんな形であれ求められていることに喜びを感じた。だが、それだけでは満足するわけがない。今までの抑圧された感情を解放するかのように、貪欲だからだ。

「…………断る」

 この従うしかない状況での拒絶。予想外の現実に彼女は驚く。必ず自分の思い通りになることなんて、ありえない。もしあったとしても、ごく少数だけだ。

「何で? あなたが元の世界に戻るには私に従うしかないのよ」

「ああ、そうだ。だがな、俺は人を避ける事と人に避けられる事だけは上級者でも、この世界じゃ初心者だ。足手まといになるくらいなら、別行動した方がいいだろ?」

 願望が現実になる世界。もしこの世界がそれだとすると、元いた世界で弱ければ弱いだけ、この世界では強いという事になる。それなら、この世界での自分の立場は……

「この世界は、感情が具現化する。それなら、感情は色になって出現しても問題ないはず。だが、それだけの感情があるとは思えないんだよな」

 『想像し、創造する』。それがこの世界の性質だ。体に纏っていたのは黒。一方、手元に纏っていたのは白色の光である。黒色で思い当たるのは嫉妬や憎悪。となると白色は、幸せや楽しさといった感情になるはずだ。

だが、それが分かっても簡単に済むとは思えない。現実に無い物を創造するのだから、それなりの構成と知識が必要になる。思い当たるのは嫉妬や悲しみばかりで、幸せなど全くない。それなら、黒い光でカバーするしかない……が、黒い光など知るわけもないのだ。

「……うおおあぁぁ!」

 光のイメージを基礎に、感情で肉付けしていく。元の世界での立場を思い出し、幻が現実に変わる程、強く想像する。すべてを拒絶するほど深く、黒い闇を。

 しばらくしておそるおそる目を開くと、何の反応もない。どうやら失敗したようだ。

「諦めるのはまだ早い。感情は十分にあったんだ。それなら、足りないのは目に見えているじゃないか。後は、光に変わるものさえ思いつけば……」

 重油が燃えた時、黒煙が多く出ると聞いたことがある。もし、炎の中からそれが出てきたら、黒い炎に見えなくもない。この事に気付くと、「なんだ。簡単じゃないか」と呟いていた。

「これで、終わりだ」

 瞬間、ぱちぱちと木の爆ぜるような音とともに、左腕が黒く染まった。だが、それは光のせいではなく、炎によるものだ。不規則に揺らめくそれは、感情を燃料にして、燃え続ける。

「さて。これで、俺にも力があるってことでいいよな」

 ひとまず、この世界での立場が出来たところで、胸を撫で下ろした。

「嘘……何で力の使い方も知らない君なんかがその力を……」

 目の前の人間が、これほど落ちぶれてはいないと思っていたのか、彼女はこの現実を受け止めきれていなかった。

「さて、これで友達――というか戦友になったわけだけどさ。それでいいよな?」

 彼女は呆けた顔をしばらくした後、なぜか赤面し、両手で顔を隠した。

「こ、こんな私でもいいの?」

「ああ、もちろん」

 どこか恥ずかしげの彼女を見ながら、ふと思った。やはり、『類は友を呼ぶ』という言葉は本当にあるんだな、と。

「俺がお前の影になってやるよ。あんたは自分の望むとおりに生きてくれ。それが、この世界なんだから」

 彼女はまるで愛の告白でも受けたように頬を真っ赤に染め、上目使いで隆春を見る。

「……ここ、これからも末永くよろしくお願いします」

 なぜ早口なのか気になったが、特に気にする必要はないだろう。それは彼女の問題であって、こっちの問題じゃないのだから。そう納得し、返事を返す。

「当たり前だ」

 すでに言ってしまった後だが、どこか話が噛み合ってないような気がしてきた。こっちは友達として接したが、もしかすると、向こうは他の立場を想像したのではないのか。その考えが頭をよぎる。

 突如、周囲の草むらが小刻みに揺れ始める。何が来るのかは分からないが、とりあえず、ナイフを構えておいた。

「痛ってーな、なんなんだよあいつら」

 その隣の建物の影から出てきたのは、黒いジャージにバンダナをした体育教師のような男。何から逃げていたのかは知らないが、顔にいくつも切り傷を作り、肩で息をしている。

「なあ、あんたらも…巻き込まれたクチか。起きたらいきなり狼の集団に囲まれていてさ。やっとの思いで逃げたんだが、ここはいったいどこだ。知っていたら教えて……」

 周囲に鳴り響く金属音は次第に大きくなり、金属同士を擦りあわせた時のような音が混ざる。

「十中八九、アレでしょうね」

「……だな」

「お…おい、アレってなんだよ。俺は常識人なんだ。俺にも分かるように説明してくれよ」

 ジャージの男は、無理に常識人であろうとしているらしい。自ら『常識人』と言った。

とりあえず、呆れたので短く嘆息し、死んだ魚の様な目をして彼を見ておいた。

「そこの体育教師、あんたは戦えるのか」

「戦う? 何と」

 何と戦うかなど決まっている。彼を狙っていた生物、つまり、

「もちろん今から来る災厄とだよ」

建物の影から、それらが顔を出す。それは息を吐くように火を吹き、その光によって体が仄かに赤く照らされている。加えて、体が金属のような物体で形成されているのだろうか、金属特有の光沢がある。金色の狼のようなその物体は、一歩歩くごとに金属音を響かせていた。

「おいおい、災厄どころじゃねえって。フェンリルだぞ、北欧神話上の獣じゃないか。勝てっこないって。逃げようぜ、なあ……」

「神話、ねぇ。珍しいこと知っているじゃないか」

 これが神話に登場していたかは気にしなくていいとして、とりあえず、逃げ切るのは無理だと判断できる。犬の嗅覚、猫の聴覚などは人間の何倍もあるというように、これに当てはまったとしても、おかしくないと思えたからだ。

「事象の上書き(オーバー・ライド)」

 今にも逃げ出そうとしている男を前に、俺達は武器を手にした。

 黒い炎を手に宿し、魔物に向かう。炎を纏った牙で襲いかかる攻撃を弾き、頸部にナイフを刺していく。対抗しようとする魔物は、鋭い牙で腕を噛み千切ろうとするが、素早く後ろに下がったため、肩を掠めるだけで済んだ。とりあえず、距離を取っておく。

「正直、これはキツいな」

 掠っただけでこれなら、噛まれたらひとたまりもないだろう。

 魔物はそれでも足りないと言うように、口を開閉する。その度に、金属が噛み合った時のような音を立てていた。それでもまだ襲い掛かる魔物を、壊れているナイフで受け流していく。数匹だけならそれでも少しは凌げただろう。だが、次々と群がってくる魔物に対しては攻撃をかわすしかなかった。

「なあ、おじさん。剣とか刀って持ってないのか。このままじゃ押し切られる」

「いや、ないのかって言われてもだな。見てわかるだろ。そんなものないって……」

 数匹の魔物が二人の間をすり抜け、男の元へと向かう。

「これでも、くらえ」

 彼はなぜかズボンに入っていたアイスピックに気付き、魔物に向かって投げる。

 本来なら、それを投げれば体に突き刺さっていただろう。だが、実際は、アイスピックの先端が魔物の毛皮に弾かれ、火花を散らし、粉砕された。

「……そりゃあ、ないぜ」

 粉々になったそれを見て男は恐怖する。誰も助けない状況下で、この男はどう出るのだろうか。

「うああぁぁっ!」

 彼は自暴自棄になり、逃げるのを止めて勢いよく拳を突き出す。本来なら、簡単にへし折られ、胴体は鋭く尖った歯で食いちぎられていたはずだ。だが、いつになってもその痛みは襲ってこない。

 彼は閉じていた目をゆっくりと開く。そこにあったのは、深い黒色の篭手をはめている右腕と、傷口から黒い光を出しながら消滅しつつある魔物だった。

「俺は、いったい何を……」

 さっきまではこちらに集中していた魔物も、今では徐々に彼の方に集まって来ている。とはいえこちらも、持っていた武器を破壊され、切り傷での流血量が多い。おそらく、このまま攻撃を受け続けていたら、確実に死ぬだろう。

 男の能力は、俺達と違い不確定なものだが、それに賭けるしか方法はなかった。だから、彼は一つの方法を選ぶ。

「ここは、川上(かわかみ)鉄郎(てつろう)が引き受けた。だから、お前らは俺の分まで生き続けろ!」

 川上は俺達に向かって叫ぶ。自分の代わりに生きろ、と。

 自己犠牲。それは、目的達成のために自己の利益や時に生命までも捨てて挑んだり行動したりすることである。だが、裏を返せば生き延びることを諦めるということだ。

「分かっているのか? 俺達はこの世界に来たばかりだ。いくら強力な能力があっても、こんなやつら相手じゃ、あんたは……」

 二人でも数に圧倒されていたのだから、どう転んでも多勢に無勢だ。もし逃がせたとしても、彼は……

 その先は、深く考えないことにした。想像した事が現実に起こるのを避けたかったからである。

「なぜ、命を懸けてまで守れる。ここから逃げられたとして、俺達が何もしない可能性だってあるんだぞ」

「何でそこまで人間を信用できるの? みんなで戦えばいいじゃない。」

「……こんなふざけた世界なんだ。俺みたいな二〇代後半は、お前らに未来を託すのが常識ってもんだろ」

 黒白は、あくまで皆で戦おうとする。だが、川上の確固たる決意を見て、俺は初めて人を信頼し、頼った。

「本当に大丈夫か?」

「……当たり前だ。泥船に乗った気持ちで任せろ」

彼は踵を返し、俺達の前に立つ。

「ここから先は、一匹たりとも通さねえ!」

「川上、少しの時間稼ぎだけでいいんだ。生きてまた会おうぜ」

『生きてまた会う』なんてことは困難かもしれない。だが、その言葉を信じるしかなかった。だからこそ、当たり前のセリフを贈ろう。

「『泥船』じゃなくて、『大船』な」

「でも……」

「『でも』じゃない! 今、俺達にできる事は何だ!」

 黒白はしぶしぶ納得し、武器をしまう。そして、背を向けて走り去る。

「さて、ああは言ったものの、こいつらどうすっかな……」

 振り返ると、彼は目の前の魔物から意識を外し、夕暮れ時のような赤い空を見る。その瞳からはうっすらと涙があふれていた。

「俺も、久々に青春でも謳歌するかな」

 自分のために。そして、川上を信じた俺達のために彼は闘う。もちろん、これ以上戦うと死ぬかもしれないということは分かっている。だが、彼には引くことができなかった。

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