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物語は語られない  作者: 雲之下狐
第三章 -重なる現実-
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第二部

 「さて、と。こりゃあ、確定だよな」

 いくら慣れ親しんだ町とはいえ、目隠しをした状態で森の中に放り出されたら、誰だって迷うだろう。これは、仕方のないことなんだ。そうに違いない。……決して、俺が方向音痴ってわけじゃない、と思う。

 「とにかく、先に場所を把握しておかないと、だよな」

 目印になる物を見つけたって、大まかな距離や場所が把握出来ていないなら、現状は変わらない。その時だけ分かっても、意味がないんだ。もしかすると、ここは俺の知らない地形かもしれないのだから。

「ここって確か、記憶の中だったよな」

 子猫の言動から察するに、おそらくここは、紅葉の記憶の中だ。見た目では変わっていなくても、彼女なりの補正がかかっているだろう。

 高所から見渡したいが、俺を敵視する人間がいた場合、逆に見つけられる可能性も大きくなるはず。おまけに、剣やナイフはないし、能力だって使えそうにないんだ。いくら警戒しても、足りないかもしれない。

 「……いや、案外考える必要はないんじゃないか」

 ここは、紅葉の記憶の中だ。それも、能力の基となった強い感情を抜き出しているのだから、当然、ここは元の世界の過去ということになる。といっても、木登りは得意じゃないからな。傾いている樹を上らせてもらうか。

 「いやあ、絶景かな絶景かな。町がゴミ溜まりのようだ」

 「…………」

 目の前にいるのは、俺の探していた人物かもしれない。しかし、擦り切れて穴の開いたTシャツとズボンを、着ていて、その格好に違和感すら感じていないのだ。正直、これを紅葉と思えそうにない。子供扱いしても、服の事に関しても、今は触れない方がよさそうだ。だから、ここでは俺らしく話させてもらおうか。

 「なあ、紅葉。できれば、俺にもその景色ってやつを拝ませてくれよ」

 そうそう、どんな人間に対してでも堂々と、だ。

 「止まれ」

 彼女は右手にナイフを持ち、鋭い眼光を向けている。これは、初めて凶器を持った人間の面構えじゃない。今までに何度もその場面を潜り抜けてきたような、迷いのない眼だ。

 「……っ」

 なんてことだ。思わず尻込みしちまったじゃないか。

 ただ勝つだけなら簡単だ。だが、殺してはいけないってのと、武器がないというのが、かなり難易度を上げている。なんとか戦意を削げれば、勝機は見えてくるが……

 「貴様、なぜ私の名前を知っている」

 「いや、何でっていってもな……」

 一度会っているから、なんてのは通じないだろうな。彼女にとっては、俺との会話は初めてなんだから。

 考えろ、便利能力を使わずに勝つ方法を。

 彼女の武器はサバイバルナイフ、機動力は不明、あと地の利を生かせるってところか。対して俺は、武器も機動力もなく、地の利も生かせない。そんな俺に勝機がまわってくるとして、おそらく一度のみだ。出し惜しみする余裕なんかない。鋭い一撃をかわした上で、最大威力の物を叩き込む。

 「……っと。知っている理由なんて、あんたでもわかってるんじゃないのか」

 彼女は、迷いなく切りかかってくる。ただ、俺の言葉の影響か、攻撃自体にそれほど鋭さはなかった。これなら、俺でも楽に躱せる。

 さて、長引いたらこっちが不利になっちまうからな。さっさと決めさせてもらうぜ。

 「それが、わ――」

 「分からないから、聞いてるんだよな。それくらい知ってるさ」

 そう、この矛盾が俺の切り札だ。片方を曖昧にすることで、俺と紅葉のどちらが正しいのかなんて分からなくさせる。そして、思考することに意識を向けるから、当然、機動力は低下するのだ。

 「それよりさ、そんな小さいナイフだけで勝てるって――思ってるのか!」

 細い枝を折り、砂に混ぜて投げつける。

 当然、砂のかからない横へ逃げるよな。だが、ここは森の中でも傾斜のある場所だ。着地後は、必ず硬直する。それが、お前の敗因だ。

 「負けると思ってるなら――きゃっ!」

 「そうそう、無理に動こうとすれば、止まらざるを得ない」

 手に覆われていない部分のナイフの柄を蹴り上げ、真上に弾き飛ばした。硬直が解けた彼女は、間合いを取るためか、後方へ跳ぼうとする。

 「ちょっと待てよ。お楽しみはこれからだぜ」

 そう、真上に蹴り上げたのだから落下は必定。そして、その時そこにいるのは……俺達だ。

 「……私は、まだ死にたくない!」

 俺の思考を読み取ったらしく、彼女は拘束を振りほどいた。そして、腹を蹴って後方へ跳ぶ。

 「ぐうぅ……うああぁぁ」

 逃がしてたまるかよ。俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ。

 「ちょっと、離してよ」

 「……知っているか。人を殺していいのは、殺される覚悟のある奴だけだ、って」

 俺は、より一層腕に力を込めた。逃げれないと分かったのか、彼女の顔は一気に絶望に染まる。

 「嫌ああぁぁ……!」

 もう少しこの顔を見ていたい気がしなくもないが、そろそろネタばらしをしておかないと良心が痛みそうだ。

 「まったく、本当にすると思ったのか」

 「……ふぇ?」

 掴んでいる手をほんの少しずらした。落下しているナイフは空を切り、地面に突き刺さる。

 「だから言ったろ、景色を拝みたいだけなんだって」

 まあ、本当は場所が分かればそれでいいんだが。

 「み……道に迷ってるなら、案内しますよ」

 どれだけこの場所に執着してるんだよ。さすがにここまで来ると、尊敬の念すら覚えるぞ。まあ、下手に反感を買うべきじゃないな。ここは彼女が中心の世界なんだから。

 「分かったよ。ここは、あんたの場所だ」

 「何してるんですか。ほら、早く行きますよ」

 「いや、でもこれは……」

 彼女は、強引に俺を引っ張っていく。それも、周囲の人から好奇の目で見られても気にせずに、だ。そりゃあ、ぼろ布みたいな服を着てるんだからしょうがない。唯一の救いは、彼女がこの事に気付いていないことだ。

 薄暗い道を通っていくと、商店街の裏手に出た。

 「さっきは、すまなかったな。怪我とかしてないか?」

 「ええ、大丈夫です。私達が好奇の目で見られているだけですから」

 それは大丈夫じゃないな、主に俺の人生設計が。 

 というか、気付いてたのかよ。その上でゆっくりと歩いてたってことは、注意されるのを目論んでやがったな。

 「ここら辺でいいよ。後は分かるから」

 「……そうですか」

 さすがに、家にまで案内させるわけにはいかないだろう。俺としては願ってもないことだが、周囲の人間からすれば、不審者としか見られそうにない。

 彼女はなぜか残念そうな顔をしていたが、重い歩調で帰って行った。

 「さて、俺も動くかな」

 俺にとって、人目につかずに行動することは簡単だ。もちろん、一人の女の子をストーキングすることもな。

 少女は住宅街に向かう。背後に迫る人影に気付くことなく。



 正直、ここまで残酷な運命なんて予想してなかった。

 今俺がいるのは、自宅の玄関だ。正面には、無駄に広い家が1つ。その後ろには森、横には何軒分かの私有地が広がっている。

これなら、気付かれなくても不思議ではないが……

だが、やはり目の前の光景には納得できない。これだけの敷地を持っているのなら、娘へあげる服の分の金銭ぐらい、楽に揃えられそうじゃないか。

 それに、俺の知っている紅葉の父親は、死ぬ寸前まで娘を心配していた。もし、その態度があるのなら、今の光景があるはずがない。

 家を前にして、紅葉はやはり森へ入る。ここまでして隠したい事実とは、一体何なのだろう。人間関係なのか、金銭関係なのか、それとも……

「もし同情されるのが目的だってんなら、許しちゃおかねえ」

たとえこの世界が幻想だとしても、今、確かに俺の前で起きているじゃないか。だったら、このまま終わらせて良いわけがないだろ。

彼女に続き、森の中に入っていく。

「――――っ」

軽い頭痛に見舞われながらも、彼女を見失うことはなかった。おそらく、体格差のせいだろう。

彼女は、背後の人影に気付くことなく扉を開ける。

「……っくそ、何でこんな時に」

頭に走る痛みのせいで、企みは早くも崩れ去った。



『美少女に起こされる』なんてシチュエーションを望む奴は多いし、俺もついさっきまではそうだった。

 だが、今なら声を大にして言える。

「どうせなら、一人で起きたかったんだがな!」

 たとえどれほど美しい容姿を持っていたとしても、災難を運んでくるというのなら、お断りだ。そんなのは、アニメやゲームとかの虚像だからいいのであって、それが実際に起こったとしても迷惑でしかない。

 だから、そんなのは妄想の中だけで十分だ。

「まあ、そう邪険にするでない。『ヒント』とやらを知りたくはないのか?」

「自信ありげな人間に聞くほど、俺は馬鹿じゃねえよ」

わざわざ聞いたって、その態度の発展を助長するだけだ。たとえタイムリミットが迫っていたとしても、そんなのは御免だな。

「まあ、仕組まれたカラクリだけは聞いておけ」

「カラクリ?」

そういえば、こいつは初めから、まるで全て知っているかのような言い回しをしている。記憶の中までは侵入出来ないんじゃなかったのか?

「カラクリといっても、そこまで立派な物じゃない。……そうだな、スタジアムの観客席みたいな感じだったと思うが」

「へ、へぇ……」

 つまり、こう言いたいのか。多人数で人の記憶を勝手に見ていて、かつ、知らないフリをしていた、と。

「ちなみに、それって何人でだ?」

「そんなの、四人に決まっておるじゃろうが」

 彼女は腕を組み、頬を若干膨らませて言う。当人にとっては『既知の事実』ってやつだったからだろうが……

「ちょっと待て。お前ら、そのためだけにサボってたのかよ」

「とはいえ、お前も修行中だったのじゃから、しょうがないだろう?」

彼女は目線を逸らし、腕組みを解く。その瞳には、さっきまでの輝きはない。ようやく口を開いたかと思うと、大きく嘆息をした。

「まあ、後は見せた方が早いのかねえ」

 そして、彼女はなぜか『球体』を出す。それは情報の集合体であり、実際に強度を持った物体でもあるわけで……

「ちょ、おい……」

「|追憶世界《remince world》」

 いつもの緩慢とした態度ではあったが、彼女はどこか凛とした静けさを纏っている気がした。

 彼女の声に呼応するように、球体は次第に輝きを増す。数瞬後、それは急激に肥大し、俺達を飲み込んだ。

「……うぐ、あぁぁ!」

さらに輝きを増し続ける球体は、頭部への痛みと共に、俺の中の黒い感情を引き出していく。それは球体の大きさに比例して肥大し、他の感情を侵食する。

「は……早ク……ニゲロ」

 このままじゃ、俺は……

消滅(vanish)

 彼女はそう呟くだけだったが、その感情は嘘のように引いていった。

「ナ、ナニヲ……した……」

こいつの能力は、記憶のコピー&ペースト――つまり、複製と貼り付けだったはずだぞ。感情を取り除くなんて芸当は、出来ないはずじゃないのか。

「名前とは、個人の定義付けによって生じ、その――っと、まあ、ここまでじゃな」

「……ったく、分かったよ。それくらい自分で考えるさ」

 この世界の性質上、他人からのイメージのこじ付けは悪影響になる。それを分かっての事だろう。

「やっぱり、行かなきゃダメだよな……」

「死にたいのなら止めはせんが?」

 こんな見知らぬ世界で死ぬなんて、それだけは勘弁願いたいな。それこそ、誰の記憶にも残らないじゃないか。

だから、俺達は恒例になりつつある行動をとる。

「……ペルソナ!」

最初よりもいっそう、視界が揺らぐ。加えて、気が遠くなるのも早くなった。

 まったく、慣れってのは恐ろしいな。もう、拒絶しなくなってやがる。

「こりゃあ今回は、あんたの出番はなさそうだぜ」

 仕返しに笑ってやった後、俺はまた潜っていった。

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