表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
物語は語られない  作者: 雲之下狐
第二章-神は何も隠さない-
10/13

第四部

 俺は、この光景を何度見たことだろう。

 切り口から血が飛散し、それにも構わず襲いかかるシャドウ。

 それらは数十、数百単位で群れを成し、1人の指揮のもとで行動する。

 これを見慣れ過ぎて、何も感じなくなっていた。

 「これはこれは、随分な殺人鬼っぷりで」

 「殺人鬼じゃねえよ。こいつらはもう、死んでいるじゃないか」

 「それでも、人間を斬っていることには変わらないと思いますよ?」

 確かに、俺は人間を斬っている。だが、こいつらを人間と思う気はない。

 人間が人間であるとされる由縁は、高度に発達した自我とされる。それなら、こいつらはもう……

 「死んで自分の意思すら持っていない奴は、もうただの物体でしかない」

 「可哀そうに。そんな残念な考え方しか出来ないのですねぇ……」

 「可哀そうなのはどちらだよ。偽りの人間関係を得て何が楽しいんだ?」

 「楽しくなんかないさ。それでも、僕は確かめなければならない。君には本物の覚悟があるのかを……」

 『楽しくない』だと? それなら、なぜこいつは満面の笑みを浮かべていられるんだ。

 それに、こいつは今『君には』と言った。ならば、自分には覚悟があると言っているということになる。

 「本物の覚悟? そんな物、あるに決まっている」

 俺はあいつに誓ったんだ。『この世界を壊す』と。

 権兵衛は、信用できないようで、白い眼でこちらを見ている。

 それもそうだ。自分で『覚悟がある』なんて言うことは簡単だが、本当の所は誰も確認できないからだ。

 「なら、見せてみろよ。その『覚悟』ってやつを」

 「川上、お前は自分を守ることだけ考えろ。こいつらは俺が片づける」

 川上は、呆れたと言わんばかりに大きく嘆息する。

 「……分かったよ。死ぬんじゃないぞ」

 俺の邪魔をしないためか、彼は俺達から距離を取った。

 かろうじて見ることが出来る距離でシャドウに応戦している。

 「そんなの、当たり前だろうが」

 俺は死ぬために戦うんじゃない。

 紅葉のために、そして、自分が生きるために戦うのだから。

 「一瞬しか無効化できない能力者ごときが、一万の軍勢相手にどうやって勝てるっていうんだ?」

 確かに1人でそれだけを相手にするには無理があるかもしれない。

 「いや、勝てるかじゃない。勝つんだよ」

 そうはいっても、この能力で勝てる気はしない。いうよりも負ける事が目に見えている。なんとか勝つ方法を発見しなければ……

 地形を利用するか。

 建物の影に隠れて移動したり、剣を地面に突き立ててフェイントをかけたりをする。

 だが、数に圧倒されてしまい、次第に先回りされる事が多くなった。

 それなら、相手の能力を解明して弱点を突くしか勝機はない。

 「セアアァァァ!」

 シャドウの突進を掻い潜りながら、突進してきたシャドウの右腕を切り取った。

 やはり、それらは痛がる様子もなく動いている。

 生き返らせるというのなら、個人の意思が反映される。だが、あいつらには意思がない。

 ということは、あいつの能力は『生き返らせる』よりも『操る』ことに近いはずだ。

 それなら、能力を断ち切ってしまえば問題はないはずだ。

 一度発動出来た時の能力のイメージを、剣に集中させる。

 剣は存在を失い始め、ナイフが現れてくる。

 だが、微かに残った輪郭が消える寸前、銀色の光と共に、激しい爆風が起こる。

 それによって、後方に吹き飛ばされた。

 着地する瞬間を狙っているのか、シャドウは武器である爪を構えている。

 「馬鹿に、するな!」

 体を回転させ、微かに届いた右足の爪先に体重を乗せる。体勢を整えると、その勢いを利用して切り裂く。

 これは予想外だったらしく、シャドウは逃げ切る事が出来なかった。 

 「こりゃあ、絶体絶命ってやつだよな」

 やはり能力を発動できていなかったらしい。魔物はすぐに再生を開始している。

 どうする。俺の能力が攻略のカギになっていることは明らかなんだ。いったいどうすれば発動出来るんだ……

 『この世界は人の思念をもとに作られ、同じような思念体が凝縮し魔物となる世界』

 能力というのは、願望が形になったものなんだ。それならば、俺は能力を形成する元となった願望を持っているということになる。

 そこまでは分かっている。以前だって、拒絶を望んでいたから拒絶できたんだ。

 だが、それだけじゃ足りない。同じままじゃ、また失敗するはずだ。

 「さっきは、能力を剣で切り裂くイメージだけを乗せた。それなら……」

 能力を望んでいる自分もまた、自分自身なんだ。受け入れろ。

 俺は、他人に避けられているという現実が嫌で、この能力を手に入れた。

 現実を拒絶してこの世界に来たはずが、心の奥底では、元の世界に帰りたいと思ってもいるんだ。

 「能力を望んでいる自分すらも、イメージすればいい。他人ならまだしも、イメージするのは自分自身なんだ。出来ないはずがない」

 かといって、イメージの再構成には時間がかかる。それに、イメージ通りに実行するには、タイミングも重要になってくる。

 襲いかかるシャドウを、左右へのステップでかわし、時折、剣で受け流す。

 「どうした。かわすだけしゃ勝てないぞ」

 それは分かっている。だが、現時点で反撃に転じることは、死を意味する。

 「かわすんじゃねぇ。戦略的撤退だ」

 足を魔物化し、後方に跳ぶ。その後、即座に魔物化を解いた。

 今から使おうとしている力と魔物化の両方とも、能力の発現にはイメージを要するからだ。

 『二兎を追う者は一兎も得ず』ということわざがあるのだから、この選択は間違いないと思う。

 当然ながら、シャドウが追いかけてくるが、そんな事は気にしないでいいだろう。

 なぜなら、

 「ピンチとは、同時にチャンスでもあるのだから」

 構成したイメージが開始できるポイントまで、反撃を待つ。

 「15メートル……10……7……」

 左足をほんの少し前に出し、剣の切っ先を右足の前に持っていく。

 成功するかどうかは分からないが、もし失敗しても死ぬだけだ。恐れる必要はない。

 「……0」

 構成したイメージ通りに体を運び、シャドウとの距離を縮める。途中でガラスの割れたような音が聞こえた気がしたが、イメージの中にはない。無視してもいいだろう。

 予想通り、5体ものシャドウに囲まれた。

 シャドウは腕を降り下ろし、俺は回避するために左へ跳ぶ。

 そうすると当然、左にいたシャドウが俺の体を引き裂くだろう。だが、残念ながらそれはない。俺はそこにいないからだ。剣を進行方向の地面に刺して完全に勢いを殺し、剣に重心を移して元の位置に戻る。

 「グルアァァッ」

 襲い掛かってくるシャドウを、横凪ぎに切り裂く。シャドウは崩壊を開始し、まるで初めから存在していなかったかのように消滅する。

 剣を勢いよく降り下ろすと、滴り落ちていた血液が、地面を赤く染めた。

 どうやら、俺は本当に殺人鬼になってしまったらしい。

 「俺も、『人狩』のことは言えないな」

 彼らは、目的のためなら人殺しすら平気でする連中だ。その点だけを見たら、俺も奴らと同じだと言える。

 「ああ、そうだ。それなら、楽しまなきゃ損じゃないか」

 どうせ、この世界のほとんどから敵視されているんだ。その報復として殺されても、文句は言えないだろう。

 「フフ……フフフ。アハハハハ」

 俺の中の何かが、静かに崩れていく気がした。

 ふと、ガラスの割れたような音が聞こえたのを思い出し、音の発生源であろう右手を見た。そこには、見慣れない物体が握られている。

 拒絶の黒色でもなく、許容の白色でもない灰色の剣。一見普通の銀色の剣に見えるが、その刀身は光を吸収するばかりで、あまり反射をしない。

「……それにしても、やっぱり中途半端なんだよな。これは」

 だが、そんな色になったのには意味があると思う。

 現実を拒絶せず、また、許容もしなかったわけじゃない。目の前に広がっている現実を拒絶し、それでも、これが現実だと受け入れようとしたからだ。

 俺は、ゆっくりと歩み始めた。

 「ほぅ。やっと俺の能力を理解したのか」

 襲い掛かるシャドウ達を斬り伏せ、権兵衛のもとに続く道を作る。守りを厳重に固めているのか、近付くにつれてシャドウの出現頻度が上がっていく。

 全ての物質は有限なんだから、これが敗因になるとは考えないのだろうか。

 手駒を減らすほど、危険になるというのに。

 「それにしても、随分と血生臭いレッドカーペットだな。これは」

 それも当然だろう。生きている人間を斬り殺しているのだから。

 途中から、俺はシャドウをあえて殺さずに壁として利用する。

 大まかな位置は把握しているんだ。互いに相手が見えなくても問題はないだろう。

 「それに、人の血液を見ていると妙に落ち着くんだよな」

 赤い物なら何でもいいというわけではない。流れ出るその瞬間まで人間を動かしていたそれは、どこか生命の息吹のようなものを感じさせるからだ。

 生きるためという理由はあるが、次第に他の感情が大きくなる。

 もっと血を見たい、もっと人の命を感じたい。

 だから俺は楽しんでシャドウ達を、いや、人間を殺す。

 シャドウは二度と生き返らないと紅葉が言っていたが、そんなのは関係ない。

 我慢しようにも、自分ではもう止められなくなっていたからだ。

 「なあ。お前は、なぜこんなことをする。命を弄ぶほどの理由があるのか」

 人を斬った今だからこそ、わかった。

 彼らには目指している夢がある、生きたいという願望がある。だからこそ殺し合い、疲弊し、生きたまま操られるまでに至ったのだ、と。

 死んで意思のない人間を扱うのなら何も言うまい。だが、人の夢を奪ってまでなぜ操る必要がある。

 俺みたいに楽しむためなのか? それとも、明確な目的でもあるのか……

 「俺の師匠が信じるに値する人間なのか、知りたいと思っている」

 彼は相変わらず姿を隠していたが、声にはどこか強い覚悟を感じた。

 だが、そのために……そんなことのためだけに紅葉を利用したっていうのかよ。

 他人のことなど関係ないはずだった。だが、俺と深く関わった人間が利用されるのだけは我慢できない。

 「お前は……お前だけは許さないぞ、権兵衛!」

 彼は信じられないというような顔をする。

 「お前はなぜ、世界を壊すことを望む。そうして元の世界に帰ったとしても、待つのは孤独だけなんだぞ」

 「あいつは、紅葉は自分の命を懸けて俺を助けようとしたんだ。だったら、俺が生きることを諦めるわけにはいかないだろうが」

 確かに、待つのは孤独だけかもしれない。それでも、俺には前を向いて生きていかなければならない理由がある。

 能力を剣に集中する。今度はもっと巨大で、鋭いイメージを乗せた。

 「切り……裂けええぇぇぇ!」

 剣を構え、右方向に回転する。

 シャドウは胴の部分で両断されて、消滅を開始している。

 彼は、シャドウへの注意を甘くして、自分の身を守ることに集中したのだろう。杖のようなものでガードしていた。

 シャドウを切り裂くほどの切れ味を耐えたんだ。あの杖にも俺と同じように能力が付与されているのかもしれない。

 それでも俺は、向かっていくしかない。自分のために、紅葉のために、そして、操られているこいつらのためにも……

 鋭く尖った杖の先端で突いてくるのを受け流し、反撃する。そしてまた、相手もこれを受け流す。

 それが幾度となく繰り返され、互いに疲弊しながらも手を止めない。

 だが、唐突にその均衡は崩れる。

 権兵衛の動きがおぼつかなくなり、何もないところでつまづいた。

 その瞬間を逃さず、俺は剣の柄で殴り、そのまま地面に押し付ける。

 「忘れるな。俺は、お前が瞬きする間に皆殺しにできる」

 こいつだけは、普通に殺すだけじゃ足りない。圧倒的な力による恐怖を脳裏に植え付けてから殺すんだ。

 『本当に、いいの?』

 どこからか紅葉の声が聞こえた気がする。彼女はもう、どこにもいないはずなのだが……

 とにかく、こんな迷いがある状態じゃ、恐怖を植え付けることなんてできやしない。

 俺は、構えていたナイフをしまった。

 「どうした。殺さないのか?」

 本当にいいのかとはどういうことだ。

 人を殺すことに、ためらいはなくなった。それでも言うということは、それ以外について言っているはずだ。

 「俺だって……俺だって殺したいさ。けどな、あいつはこんなことを望んじゃいない。傷つけることはあっても、殺すことまでは望んじゃいないんだ。だから、俺はお前を殺さない」

 彼はどこか呆れたような、全て見透かしているような顔をする。

 紅葉の言葉が何を言っていたのかは分からない。だから俺は勝手に、紅葉が望んでいそうな理由を答えた。

 「合格だ」

 彼は笑ってそう答える。

 「だが、残念ながら、俺の力はそんなに弱くはないよ」

 消滅しかけているシャドウが立ち上がり、襲い掛かってくる。

 俺はしかたなく、逃げるために手を離した。

 「僕の力は、操り、乗っ取ることだ。視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚――それら全ての感覚すら乗っ取ることができる」

 どういうことだ。そんな馬鹿げた能力なら、例えデメリットがあったとしても死にかけの人間を利用する必要なんかない。

 馬鹿にされていたとでもいうのか。

 「ああ、そうだ。紅葉という少女だけは無理だったな。あいつは意思が強かったからなぁ」

 「……そうか。それはよかった」

 あいつが操られていたことは否定されたんだ。これで、あの結果は彼女の意思だということがはっきりしたというわけだ。

 「それじゃ、早く会いに行こうよ」

 「……どこにだよ」

 目の前には俺が目指していた茶褐色の扉がある。だが、10メートル程のそれをどうやって開けるというのだろう。

 「おいおい、もう忘れてしまったのかい。君が会いたい人間はあの扉の中にいるんだろう」

 「ああ、そうだったな。紅葉を生き返らせたカラクリを聞くんだった」

 それにしても、あいつはなぜあんな所にいる。待ち合わせは川上の家じゃなかったのか。

 それに、生き返らせることが出来たなら、なぜこの世界に存在を縛ったのだろう。

 まあ、何にせよ扉の向こうには真実が待っているんだ。行かない理由がない。

 「じゃあ、せっかくだ。連れて行ってもらおうか」

 「そう言うと思っていたさ」

 そうして、彼は平然と扉に触れる。だが、壁は開かれるのではなく、逆に、閉じたまま彼を飲み込んでいった。

 「ほら、早く来なよ」

 「わかってるさ」

 扉の中、いや、扉の向こうから彼の声が聞こえる。

 そう、分かってはいる。だが、これは異常だと言うように体が受け付けないのだ。

 「お…おい、ちょっと待ってくれよ」

 「ああ、そうだ。お前もいたのか」

 「俺の扱いだけ酷くないか?」

 そりゃ、そうだ。未だに赤白の服を着て、白い袋を肩から下げているのだから。

 まったく、元の服はどこに消えたのだろうか。

 「そりゃあ、この格好がおかしいってことは分かるけどさ。それくらい別にいいだろ」

 「なんだ、気付いてるんじゃないか」

 「そ……それより、だ。お前は本当にこの先に行くのか?」

 「当たり前だろう。何をいまさら……」

 「この先に進めば、お前はこの世界のほとんどの敵になるんだ。そのことは考えたのか?」

 「そんなのは、関係ない。約束をしてしまった以上、自分の都合よりも優先すべきだ」

 「それなら、いいんだがな」

 川上は、何の抵抗もなく扉の中に入る。

 そして、とうとう俺だけになってしまった。

 こうなったら、腹を括るしかなさそうだ。ずっとここにいても、何も変わらないのだから。

 俺は、目を閉じて扉に体当たりをする。

 本来なら、ここで扉に衝突した痛みがあるはずだ。だが、痛みを感じることはなく、まるで空から落ちているような浮遊感だけに捕えられた。

 「紅葉、お前のことは絶対に忘れねえ。お前の願いは、絶対……」

 ……絶対、叶えてみせる。

 正直、元の世界に戻りたくはない。

 だが、こんな俺に命を賭けた人間がいるんだ。この先がどうなろうと、俺はその想いに答えたい。

 浮遊感に包まれていたからか、次第に意識が遠のいてくる。

 「俺は、世界…を……」

 遠のく意識の中、俺はそう呟いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ