表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

2.ドロール -0歳児誘拐投げ捨て事件-

 妖怪師・黒川京輔はまた、探偵でもあるらしい。彼の口からそれを聞いたとき、不覚にも笑ってしまった。


「だって、そんな莫迦な話があるのかい」


「君が莫迦だと思う事象が、本来は正しい物の有り様だと気付くべきだ。どちらかと言うと、今の君は探偵という職業にまことしやかな幻想を抱いていて、私がその幻想から遠く離れていると考えているから莫迦だと思ってしまうのだろう。探偵とは正義と誠実と真実を見抜く直感の持ち主で、胆知に優れ、行く先々で殺人事件を解決し、麻酔針を刺す。君の考えうる幻想はそんなところだろう。

 一方、私のことは胡乱な信用のおけない妄言師で、口ばかり達者な妖怪マニアだとでも思っている。そちらは反論の余地のない認識だが、問題は探偵に持つ幻想の方だ。そもそも探偵が自分から動くことはないと思っていい。それは趣味ではなく職業であるのだから、依頼がなければ動きはしない。依頼に善悪はない。浮気調査なんてその最たるところだろう。その行動を調べられる身になれば、探偵が正義だなんて決して口にできない。金銭収入を得ることが目的であり、けして困った人を助ける職業ではないのだ。

 もちろん、幻想の発端は君が特殊である、というからではない。人間は自分が経験していないものを、知識として知り得る能力を持っている。

 譬えば地理。北海道に行ったことがなくとも、それが実在することを知っている。同じように現実の探偵と昵懇する者は多くない。そうであるのに、皆が探偵というものをよくよく知ったつもりになっているのは、探偵をモチーフとした作品の知識を多く有しているからだ。その知識を与える『探偵もの』と呼ばれる知識の源泉自体が、幻想の探偵像を描いているのだ。間違いを間違ったまま己の知識にしてしまう――愚が愚を呼ぶとは、このことだ」


「青山○昌が駄目なの? 結構好きなんだけどな」


「もとより仮想現実の世界の探偵を描くことに制限はないだろうさ。仮想現実の探偵を、現世界の探偵のイメージに当て嵌めて愚こそが忌避されるべきだ。目の前に私がいる。ならば、それを持って探偵を知るべきだろうに」


「結局、自分が本当に探偵だっていいたいんだ」


「それは違う。私は妖怪師だ。名刺に『妖怪師 及び 探偵 黒川京輔』と記述されているからこそ、探偵でもあると言ったのだ」


「……だから、そんな莫迦な話があるのかと聞いたつもりだったんだけどね」


「では、偽造の可能性を疑っていると」


「どちらかといえば、疑うべきは名刺の偽造についてじゃなくて、『妖怪師 及び 探偵』なんていう名刺を刷る君の感性の方だよ。じゃさ、最近解決した事件なんかもあるのかな。話を聞けばきっと信じられると思うんだ」


「確かに国道沿い全裸焼殺事件は、事件ではない事件だった。なら話そう、事件たる事件を。君の記憶にもあろうか。0歳児誘拐投げ捨て事件については」


「知ってる……お父さんが車から目を離した数十分の間に、車に残っていた0歳児の赤ちゃんが連れ去られて、海で溺死体になって発見されたあの事件だよね……。そんなのって、ホントに酷いよ」


「生まれて間もない命を奪うことは、命とその全ての可能性をも奪う行為だ。二十年を生きた者はそれが何であれ、二十年分の実績を遺している。自分の可能性を試している。而して赤子が殺されるということは、そのどんな可能性も試すことができなかったということだ。赤子殺しは捕まっても刑罰が軽いが、本来はけして軽減される罪ではないのだ」


「そうだよ! そんなの絶対許せない! 知ってるの? その犯人。なら聞かせて、何があったのか。誰が犯人なのか」


「これは本来知らない方が良いことだ。少なくとも君が望む回答は得られない。それでも聞きたいのなら教えよう」


「……聞かせて。知りたいんだ、ボクの知らない全てを」


「ならば話そう。昔より子供を攫うのはドロールと決まっている。犯人はドウケだ。もちろんジェスターではなく、フールの方であると付け加えて置こう」


「ナニをいってるんだキミは」


判然わからないのも無理はない。普通ドロールとは『茶番劇』という単なる名詞として訳される。だが、これは日本の妖怪『枕返し』『垢舐め』と同じく、言葉自体の意味が別にある妖怪の名なんだ。更に判然り難くさせているのが、言語の多様性だろう。ドロールの始祖は、ドロール・ド・アレッキーノというイタリアの妖怪だ。このアレッキーノがフランスではアルルカンと呼ばれた。海を渡ったアルルカンは、イギリスではハーレクィーンと言う名で呼ばれるようになった。ドロールはドロールであるのに、国によって呼び名が異なるから混乱を産んだりもする。ドロールとは一匹の妖怪を指す個別識別子ではなく、ドロール種ともいうべき種族名なんだ。アレッキーノ、アルルカン、ハーレクィーンという国によって異なる呼び名も、実は人間の中の黄色人種、白人、黒人という人種の分け方のようなものであると思っていい。

ジェスターとフールはまた、明確に異なる。一言で言えば、属性が違う。性格が違うといってもいい。人間は己が主であり、その下に性格や人格の属性がある。君がこれから先旅にでるのも、仕事をするのも、永久就職するのだって君の自由だ。これは君という主があって、その上で何を考え、何を行うのも――つまりどんな属性を持つことも君次第ということだ。君が何を行っても君が人間であることに変わりはない。

 対して、妖怪は属性が先にくる。火だるま男は、燃えることが属性だ。雪女なら凍らせる属性を持つ。ではその属性がなくなってしまったらどうなるか、判然るかい?」


「……燃えない火だるま男はもう、火だるま男ではない、ただの男だと?」


「その通り。だから妖怪はいつだって、その属性通りに行動する。逆に言えば、属性のない妖怪は妖怪とは呼ばない。いや、妖怪ではいられなくなると言った方が正しい。だから妖怪にとっての死とは、退治されて殺されることではなく、己の属性を失うことなんだよ」


「じゃなくて! 話がすり替わってる! ボクが知りたいのは――!」


「そうだった。ジェスターとフールの話だったね。ドロールは『子供を攫う』属性を持っている。だから、人が攫われれば、それはドロールの仕業だ、そこまではいいね。その中でもジェスターは『攫ったものを返す』妖怪で、フールは『攫って消える』妖怪なんだ。道化ピエロの顔を思い浮かべてごらん。底抜けに陽気で元気なイメージを持つもの、神秘的で悲しみのイメージを持つもの、どちらの顔が浮かんだだろうか。或いは、両方が重なり合うイメージだったんじゃないだろうか。それこそがドロールだ。陽気なものはジェスター、悲しみを持つものがフール、その両方の顔を持つ者として作られたのが道化ドロールの面なんだからね。ジェスターは戯けた仕草とコミカルな芝居で一瞬の内に人の心を攫ってゆき、そしてさっと返すんだ。攫われた方は、自分が攫われていたことにも気付かない。一方のフールは本当に攫ってゆくからね。有名なところでは『ハーメルンの笛吹き男』なんて化け物じみたのもいる。少年十字軍を攫ったのもフールの仕業だ」


「判然らないよ! 君の説明じゃ、全ての事件は妖怪のせいじゃないか。妖怪が犯人だから捕まらない、妖怪が犯人だから裁けない! それじゃ、全然解決じゃないし、誰も救われないよ!」


「誰のどんな行為だって、人が人を裁くことはできない。人を裁くのは法であって、人じゃない。そう覚えておくことだ」


「でも!」


「君は、ピエロが嫌いかい」


「……嫌いじゃないけど、面白いし……でも今の話で少し恐くなったよ」


「君は間違っていない。


 君の感じた通り、ドロールは悪い妖怪じゃないのだ。


 人の心を攫うジェスターがその手段として、人の笑いを集めて、そして笑っている間だけ心を攫う。


 他のどんな手段でもなく、笑いで攫うんだ。


 ハーメルンの笛吹きはこう謳ったんだ『さぁ、行こう夢の国に』。


 そう言って、村のために働いた笛吹きを追い出した村の子供たちを攫っていく。


 それは復讐のためではなく、心ない親たちから子供を救う行為だった。


 少年十字軍がそのまま戦場に着いたとしたら、その先には確実な死しかなかったはずだ。


 それをフールは攫った。


 それは本当に不幸なことだろうか?


 ドロールは他の妖怪より人に関わる分、人の、子供の心に敏感なのだ。


 そして、その悲しみの深さを知っている。


 ジェスターは自分の笑顔を分け与えることで、子供の悲しみを癒す。


 フールは悲しみを自ら引き受けることで、子供を悲しみから解放するんだ。


 だから、ジェスターの顔は笑っていて、フールの顔は悲しんでいるんだ。


 その根底にあるものは、悪意ではない。


 ドロールは、子供が好きなだけなんだ。


 攫われた子供がその後どうなったか知る術がないため、遺されたものはただ、恐ろしさのみを感じる。


 だが、攫われた子供は、案外幸せに暮らしているかも知れない。


 今回の事件、親はどうしていたのだろうね。


 まだ歩けもしない、会話もできない赤子を真夏の車内に一人残して、自分は玉遊びに興じていた。


 これが誘拐事件でなければ、毎年恒例の熱死事件になっていただろうさ。


 フール(愚者)はね、幸せな子供の元には現れないんだ。


 フールを呼ぶのは、子供の不幸。


 ほとんどの子供にとって、親が全てだから、それは愚かな親の元に現れると言ってもいい。


 そう、愚が愚を呼ぶのだ」


「…………」


「だが、今回0歳児は死んで見つかった。ドロールは子供が好きだが、その愛し方は妖怪故の属性に縛られる。子供を救う選択肢がいくつかあったとしても、ドロールは子供を攫う方法しかとらない。愚者はその愚かしさ故に愚かな行為を犯してしまうんだ」


「……それが、事件の真相だと……?」


 妖怪師の言葉はやはり呪文なのだろう、その呪文を聞く内、激しい怒りはいつしか空虚な悲しみへと変わってしまっていた。


「それが、全てだ」


 後で思ったことだが、黒川京輔が探偵であると話は、結局うやむやの内にはぐらかされてしまっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ