落ちて回り、そして落ちる世界。
走っていた。
只々走っていた。
俺――ランシア-エル-ドレクは港から逃げた海賊を追っている。
海賊船が密かに停泊されているとの情報で聞きつけた俺ら"第5番都市常駐騎士団"は港から少し離れた場所に停泊されていた海賊船を発見し、取り押さえた。
しかし、恐らくは荷物の搬出中だったのだろう船員が数名逃げ出し、逃走中である。
今、その一人であろう船員を発見し追跡している。
「いい加減へばりやがれ!」
と、悪態を付きながら海賊を追廻し、やっとのところで追いついた。目の前には河口が広がっている。
「逃げるのは無理みてぇだな・・・どうだ、あんちゃん。取引しねぇか?」
腕を組みながらゆったりと提言する海賊、だがしかし・・・。
「な、はぁはぁ、取引、だと、そんな・・・げほげほ」
「おいおい、あんちゃん、体力ねぇなぁ。これだから貴族はダメなんだよ。」
「違う!鎧が重いんだ!」
盗賊が呆れた視線を向けている。
くっそー!こんなハズじゃねぇのに!
「そ、そんな哀れみの視線を向けるんじゃねぇ!」
「いや、そんなこと言われてもなぁ・・・。まさか泳げないなんてオチも付いて無いよな?」
と、海賊は言うのだが・・・。
「うぐ・・・。」
ランシアはカナヅチだ。しかも溺れて他人を巻き込むタイプでもある。
「・・・。取引は無しだな、がんばって付いて来れるなら付いて来いよ?」
笑いながら河口に飛び込む海賊を歯を食いしばって睨みつけることしかできなかった。
「で、取り逃がした、と。」
「その通りで・・・。」
5番騎士団の詰め所の隊長室での現状報告でぐったりとしながらランシアは答えた。
「この騎士団60人のうち、カナヅチが15名。港町なのにこれでは駄目すぎる。来年からは水泳の試験をいれなければいけないな・・・。」
と、上司の団長――レンリ-アル-ベネディクトはブツブツ文句を言う。
「そ、それは私にも適用されるのでしょうか!?」
冗談じゃない、そんな試験を入れられたら見習い騎士の自分が落第するのは火を見るより明らかだ。
挙句に"カナヅチだから騎士になれなかった男"と、不名誉極まりないレッテルが貼られることになる。
じろり、と睨んでからレンリは溜息を吐き
「・・・。来年の入団試験からだ。」
「・・・1年早く生まれててよかった・・・。」
「しかし、訓練くらいはしてもいいと思うが?」
「じょ、冗談じゃありません!死人が出ます!」
「・・・。剣とカルドだけは一人前なのにな・・・。」
はぁ、とレンリはまた溜息をつく。
「失礼しました。」
俺は隊長室から出て、詰め所を出て行き、夕飯を食べるために街の中央へ向かっていく。
この街――ウーベの港街は商業の街でもあり、旅の通過点でもある。
王都から近いこともあって商品の流通もよく、魚は美味いし文化も高い。旅人がもたらす異文化も混ざりあい、さながら混成国とも言える状況である。
ランシアは行き着けの食堂に向かうために"黒猫通り"をぶらぶらと歩きながらぼんやりしていた。
(あー。いい天気だなぁ、風も吹いてて涼しいし。今日の日替わり定食はなんだろう。)
などと考えながら歩いていると、唐突に物音がした。
『ドガン!』
ランシアははっとして周りを見渡した、が。
(誰か椅子でも蹴っ飛ばしたか・・・?)
周りには特に異常はない。
怪しいとは思いつつも食堂に向かうために再度歩き出そうとしたが、途端に周りが暗くなった。
(・・・?)
自分の影が大きくなってくると同時に何かが風を切る音がし、ランシアは咄嗟に思いついた音の原因と謎の現象の真実を推理し、上を見上げた。
(強盗の類か!?)
と、思って剣に手を伸ばしたが、上から落っこちてきた『女』に驚き呆けたまま下敷きになった。