クリスマス:邪の『ゲームオーバー』
「うわ…」
前線にての戦闘の参加に指定された俺が、「ユー」「空音さん」と共に移動した先は
二人の隊長と悪魔たちによって、既に血塗の戦場と化していた。所々には、頭の無い悪魔、胴体の焼けただれた悪魔、また、半身しか無い悪魔など、様々な死に様の悪魔の死体が転がっている。
「のんびり眺めてないで早く戦闘にっ!」
唖然と眺めていると、『死神』から声がかかる。闘えと言われても…
俺はある程度なら魔法は使える。剣術も多少は身に付けている。だが、だからと言って俺に戦闘技術がある訳じゃない。
取り敢えずは、戦場から少し離れた所で、ユーと身を伏せる事にするか。
「ユー、取り敢えず離れるぞ。」
死体をみて顔色がすっかり悪くなり、少々怯え、無言で頷いたユーの手をつかみ、10メートル程離れた所の木の後ろに隠れ、戦況を伺う。
『死神』『マシン』『悪魔』入り交じった戦場は、なんていうか、とてもカオスだ。
そういえば、空音さんの姿が見えないが…
ふと周りを見渡し、すぐ隣の木の影に見つけた空音さんは
…悪魔の女性とキスをしていた。
「えっ…?」
思わず出る声、早鳴りを始める心臓。俺が思う事は一つ
『こんな時にGL?』
唖然。普段に見る光景なら、普通に興奮して鼻息を荒らげていた所だっただろう。だがここは戦場だ。
「んッ…」
悪魔の女性と空音さんの口から声が漏れる。
次の瞬間
ぶわっ!と音を立てて、悪魔の女性の穴という穴から、火が吹き出る。
目を閉じてキスをしていた空音さんの目がニヤリと妖しく笑う。
ぐったりと腕をうなだれ、目を見開いたままの悪魔の女性の腰から手を離し、口を離すと、悪魔の女性は崩れ落ち、口から煙を吐く。
ぐったりと倒れた女性はもうぴくりとも動かない。
「ふぅ~… あ…シュウ、見てた?」
こちらに気付いた空音さんが口を袖で拭い、バツが悪そうに口を開く。
「はぁ…見てましたよ。口から炎注いだんですか?見れば見るほど邪道ですね。エグイですよ。」
いやはや…ゴメンゴメン と空音さん。
「それはともかくなんだけど、今から私さ… あいつ殺りにいこうと思うんだよね。」
目を細めた空音さんの親指の先には、紫のローブを着た、男性が見える。だが、あれは友軍ではないのか?
「え、空音さん? あれって友軍の人じゃないですか。」
そう言うと、あちゃぁ…と空音さん。
「シュウ、ちょっと我慢してね… 汝にふりかかる呪いの糸をほどきたまえ、カラクリム。」
キュイィィとガラスを釘で引っ掻いたような音が頭の中に響く。
「くぁぁッ…!!」
声が漏れる。足に力が入らない…ガクリと膝をつく。
頭に響く、嫌な音が消え、立ち上がった先に見えたローブの男は、俺の目には、悪魔の指揮官として命令を下す、悪魔としての姿が映った。
「どう?まだあいつが仲間に見える?」
ちょっと心配したようすの空音さんから声をかけられる。
「…いいえ。でも…なんで…?」
うんうん と空音さんは目を閉じて頷き
「きっと森全体に呪文がかかってたんだね~。 まぁ簡単な例を上げると『普通、ゴーストが人間には見えない』って感じかな。」
成る程、悪魔が殺されても指揮官が殺されないならなんとかなるって訳か。
「ところで空音さんはなんで敵だって解ったんですか?」
「いや~、空音はさっき鳴葉からカラクリム食らったからね~」
成る程、あのときに竜化の呪と一緒に解けた訳か。
「でも、あんなのどーやって殺すんですか? 凄く強そうですけど…」
実際肉弾戦においては空音さんのほうが圧倒的に強いだろう。だが、あきらかに魔法において相手は熟練している様子だ。
「それはね~… ゴニョゴニョ…ごにょり…」
成る程、この作戦ならいけそうだ。
俺の命は保証されては居ないが、空音さんが上手くやれば死なずにすむ。今回は空音さんを信じることにする。
一人にしないで…と半泣きのユーを「絶対だいじょうぶだから」となだめて、戦場にでる。
小型ナイフをとりだし、刃先を『ローブの男』に向け、小声で唱える
「氷柱の映える氷原よ、一度我に力を移し、矢先の花を貫きたまえ。カウル!」
ナイフの先から氷柱が数本発生し、『ローブの男』に向かって垂直に跳ぶ。
木の前で戦場を眺めている『ローブの男』はこちらを見ていない。
このまま飛べば男に氷柱が刺さり、貫通するだろう。
だが、氷柱は男の30センチほど前で止まり、空中で砕ける。
「やっぱりな…」
予想通りだ。やはり相手の周りには防護結界が張られている(これで仕留められればラッキーと思っていたのは秘密だ)。
「お前か。」
体がふわりと浮く。まぁ浮くといっても、首を締め上げられるような感じなのだが。
冷静に主観話をしている今も…実は相当苦しい。
「なぜ解った」
感情のこもっていない声で男が言う。首が絞まっているので声は勿論でない。
「くぁッ…!!」
声が漏れる
「何故かは解らぬが、取り合えず殺す。」
大丈夫だ大丈夫だ大丈夫だ大丈夫だ大丈夫だ…
自分に言い聞かせるも…意識は薄れる一方…
失敗か…? 空音さんを信じたのが間違いだったか…
薄れゆく意識のなかで、そんなことを考えていると
ドスッ…男の方から音がして、浮いていた体が不意に地面に落ちる。
「空音さん!」
殺ったか! 顔をあげると、そこには想像とは全く違う姿の空音さんがいた。
俺の目には『男の背中を貫通した剣を持つ空音さん』が写る予定だった。
少なくとも、そういう予定だった。
だが、実際俺の目に写った空音さんは『木にもたれ掛かり、地面に座り込み、首元に杖を当てられている、苦しそうな顔の空音さん』だった。
「空音さっ…ぐぁっ!!」
俺が言うや否や、体が浮く。
「両方殺す。まずはお前からだ。」
『お前』とはどうやら俺のことらしい。
大気圧が首だけにかかったかのように、首がしまる。
苦しい。俺はまだ死にたくない。でも、思いだけで死ななくていいなら、皆やってる。
嗚呼、死んだ。
『ジ・エンド』
『ゲームオーバー』
『人生終了のお知らせ』
地面に体が落ち、力泣く崩れ落ちる。
「『ジ・エンド』
『ゲームオーバー』
『人生終了のお知らせ』 …くくくッ
『おお勇者よ、死んでしまうとは情けない』」
俺が最後に聞いた言葉はこれだった。
「『アジ・ダハーカ』お前、女を泣かせるのが趣味なのか?良い趣味してるじゃねぇか(笑)」
…え? どうやら俺はまだ生きているらしい。
『ローブの男』の方から聞こえる声。だが、その声はどこかで聞いたことのある… 少々幼い『男児』の声だった。