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6 リンVSマリーナ

 二人の相性は初めから最悪だった。


 大好きな兄を目の前で誘拐されたマリーナは、ただ自分を責めて大泣きする。リンはそんなマリーナを持て余し、声を張り上げる。


「マリーナのせいでお兄様は捕まっちゃったの、マリーナを庇って…うぇっ…」


「その話はもう聞いたっつーの。泣いたって兄ちゃんは帰ってこねぇの。いちいち泣くな!!」


「リンのバカぁぁぁ!!!」


 一時間、これの繰り返しである。相棒に「繊細さ、思いやり、気遣い」というものがまるで無いことは知っていたが、子ども相手に大人げないことこの上ない。


 ガイはため息をつきながら、肩掛けカバンを漁った。


「リンー、大人げないよ。マリーナも泣き止んで。良いものあげるから」


 おいで、と手招きするとぐずぐずと鼻を鳴らしながらも、フラフラと寄ってくる。大声を出さないので、ガイには素直である。


 チッと、舌打ちをするリンを横目にガイが取り出したのは、ふわふわのリボンの付いたピンクの『光の魔道ペン』であった。


「てめぇ、なに持ってきてんだよ!!」


「えぇー。リンのペンが壊れたときの予備にしようと思ってさ」


 以前、黒竜との死闘で活躍したファンシーペンである。書き心地のよさに持ち帰ったものの、羞恥心に負けてお蔵入りさせたはずなのだが、ちゃっかりガイが持ち出していたようだ。


 一方、マリーナは興味津々である。


「なぁに、これ?」


 手渡されたペンをカチカチと光らせ、クルクルとリボンを踊らせる。


「これはね、『魔法少女るるなる』の魔法のペンだよ。悪いやつをやっつけられるんだ。マリーナも良い子にしてたら、きっと使えるようになるよ」


 ガイが紙芝居まで取り出して説明してやると、目を輝かせてペンを握る。


「お前、その紙芝居はどこで手に入れたんだよ」


岩の根の町(ロック・ボトム)のおばちゃん達からもらった」


「…あ、そう」


 何でそんなものまでカバンに突っ込んでいるのか、聞く気にもなれずリンはそっぽを向いた。


 すっかり機嫌の直ったマリーナは「トキメクきらめき~」と呪詛のような呪文を吐きながら、リボンを回して遊んでいる。


 脱力したリンと、良かったねーと笑うガイがそれを見守った。


「…レオンは例の連中を締め上げるって言ってたけど、何か分かったかな?」


「分かってたら、とっくに動いてんだろ。まだ、ここにいるってことは、そういうことだ」


 レオンも加減を知らない男だ。うっかり殺さないと良いが。物騒な心配をしてるとマリーナがヒョイと覗き込んできた。


「ねぇ、町にいこうよ!」


「…てめぇ、本当に立場が分かってねぇな」


 無邪気に外へ出たがるマリーナに、リンが隠しきれない苛立ちをぶつける。


 マリーナの瞳に、再び大粒の涙が浮かんだ。


「ストップ、ストップ! お父様に聞いてみるから、ちょっと待っててね」


「ガイ、甘やかすな。護衛対象がウロウロしたがるのを許す護衛なんて、三流以下だぞ」


「まだ幼いんだよ。状況が理解できないのは無理もないじゃん? 多少の気分転換は必要だと思うよ」


 ガイがマリーナの頭を撫でると、彼女はガイの背後に隠れ、リンに向かって「べーっ」と小さな舌を出した。


 苦虫を噛み潰したような顔で、リンは盛大に舌打ちをする。


「……好きにしろ。ただし、何かあっても知らねぇからな」


 ガイとマリーナが「やった!」と手を合わせる中、リンは嫌な予感を振り払うように窓の外へと視線を逸らした。


 暫くして、町は無理だが庭までなら、と許可が下りた。


「どいつも、こいつも…」


 盛大に悪態をつくリンに、ガイが苦笑する。


「ねぇ! お庭に秘密の場所があるの。教えてあげるから来て!!」


 はしゃぐマリーナがガイの手を引く。断崖上に立つ子爵邸の庭は、そのまま海を広く見渡せる絶景だ。


 その険しい地形は外部の侵入を簡単には許さない。だというのにチリと首筋に違和感を感じ、リンは訝しげに辺りを見回した。


「魔力の流れが、おかしいな…」


 その疑問はマリーナが自慢げに指し示した「秘密の場所」を見て、直ぐに解消される事になる。


「綺麗でしょ? いつのまにか、誰かが置いていったみたいなの!」


 草むらに隠されるように置かれていたのは、鈍い光を放つ幾何学模様の石盤。二人の魔導士が凍りつく。


「空間転移魔法装置だ……! まずい、こいつが侵入口だ!」


 リンの叫びと、石盤が眩い光を放つのはほぼ同時だった。


 リンは咄嗟にマリーナの手から『るるなるペン』を奪い取ると、空中に鋭い軌跡を描く。


「ガイ、合わせろ!!」


 瞬時にガイの魔力がリンの描いた数式を具現化する。構築されたのは、攻守を兼ね備えた光の円環。


 ぐるりと回転した円環が、転移してきた賊の不意打ちを弾き返した。さらに円環を取り巻くように出現した光の剣が、標的に向かって容赦なく降り注ぐ。


「ぎゃあああっ!?」


 どさりと重たい音を立て、賊が膝をつく。その一瞬の隙に、リンは腕を伸ばしてマリーナを抱え込んだ。


 だが、激しい魔力の衝突が引き起こした爆風が、二人を崖際まで吹き飛ばす。


「あ、リボンが……!!」


 風に煽られ、ペンに付いていたピンクのリボンが、断崖の向こうへ舞う。


「バカ! 動くな!!」


 リボンを掴もうと身を乗り出したマリーナを、リンが必死に引き止める。


 だが、爆風で脆くなっていた足元が、無情にも崩れ去った。


「しまっ……!」


「リン!!!」


 落下する刹那、ガイが反射的に手元の『甲殻機(カニ)』を投げつけた。


「バシッ」と空中でそれを受け取り、器用に片手で耳に装着しながら、リンが叫ぶ。


「ガイ、こっちは何とかする! レオンに報告しろ!!」


 マリーナをその胸にしっかり抱き締め、リンの体は吸い込まれるように海へと落ちていった。


 大きな水飛沫を上げた海は、やがて何事もなかったかのように静かな波を打つ。


「くそ、リン!!!」


 ガイの悲痛な叫びだけが、潮騒の中に虚しく消えていった。


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