第9話 裁判官は暇じゃない
虎汰は白髪の青年の腕を掴み、グイっと引っ張った。
「なんだぁっ!?!」
その勢いで相手は体勢を崩し、尻もちをついた。
虎汰の目の前には頭頂部だけが白く、そこから毛先にかけて黒く染まったショートヘアの女性が尻もちをついていた。
「んにすんだおめぇ!暴行罪でブタ箱つっこまれてぇのか!!」
女性は尻もちをついたまま、大きな声で虎汰に怒鳴っている。
「あっ…えっ…あ…す、すみません!間違えました!!!」
虎汰は顔面が蒼白し、慌て女性に手を差し出す。
女性は虎汰の手を掴みながら起き上がった。
「間違えただぁ?ったく、しゃーねーなークソガキぃ」
女性はパンパンとスカートをはたいている。
「おめぇ名前は?」
「刀刃です…」
「フルネームだボケ」
「と、刀刃虎汰です…」
「刀刃虎汰な、覚えといてやる」
女性はペンを握るような形を右手で取ると、朱式術で生成された赤紫色のペンが指の間に現れた。
現れたペンで左手に虎汰の名前を書いている。
書き終えると、右手からはペンが消え、女性が虎汰の方を見る。
「おめぇ、どこ見てんだ。えっち。」
「どこも見てません!!」
詰襟制服のボタンはすべて外され、ワイシャツの胸元が無遠慮に開いており、胸には紐で出来たネックレスが揺れている。
「まぁいい。1年のクソガキがなんで私の手首掴んで引っ張り倒してんだ。」
「あ…えっと、俺と同じくらいの身長をした白髪の男を探してて…すみません!見て勘違いしました!!」
「ふぅーん、白髪ねぇ…そんな奴この学校内では見たことねぇなぁ。
ってかおめぇ1人でウロチョロしてていいのかよ。」
女性は腕を組みながら虎汰をジロリと睨み、虎汰はハッとした。
「まずい!寮行きの電車…!!」
虎汰は慌てて振り返り3番線の方を向いたが、女性が肩をグイっと引き寄せた。
「まぁ、待てクソガキ。寮行きの電車は28秒前に発車してる。今更行ったって間に合わねぇよ。」
女性はニヤァッと笑い、虎汰を駅舎から引っ張り出していった。
「あ、あの…俺早く寮に向かわないと…」
虎汰と女性は駅舎近くの学食で向かい合って座っている。
「こんな真昼間の時間に寮行きの電車なんてバンバン走ってねぇよ。
良くて30分に1本だなぁ。んでこっから駅舎まで10分。じゃああと20分はおしゃべりできるな」
女性はスマホをポチポチしながらコーヒーを飲んでいる。
「うっし、鳴地先生には連絡入れといてやったから安心しろ。そして私がお前を寮に送り届けてやる。喜べクソガキ。」
女性はニヒッと笑った。
「す…すみません…」
虎汰はうつむきながら謝っている。
「そーいや私の名前言ってなかったな裁時判!よろしくな!」
裁時は虎汰の手を掴みブンブンと振っている。
「血液型は法型、家系血は裁判官だ。よろしくなぁ」
べぇーっと舌を見せながら笑った。
「裁判官っっ…」
虎汰は一気に血の気が引いた。
「あっはっは!そんな分かりやすく血の気引いてんなよ!
私1人でお前を裁いたりするとかそんな単純なもんじゃねぇからよ!
まぁ、あくまで仕事上の話だが。
私がイラついたら、私の裁量でお前にペナルティ科すこともできちゃうんだけどなぁ~」
女性は紙コップをくるくるしながら、中のコーヒーを回している。
「ま!そんなこと勝手やったら怒られるとかいう次元じゃないレベルで偉い目に合うからやらねぇけどな!」
「は、はい…」
「うしっ!そろそろ駅向かうかぁ」
裁時はお代わりしたコーヒーを手に持ち、立ち上がる。
「は、はい!よろしくお願いします!」
虎汰も慌てて立ち上がる。
「ったく、今日は暇だったから良かったものの普段はめちゃくちゃ忙しいんだからなー。感謝しろよな!お!3番線電車止まってんじゃん!ラッキー!」
裁時は電車を見つけるや否や走り出していき、先に電車へ乗り込んで虎汰へ手を振っている。
「これ逃したらめんどくせーぞー!早く乗れー!」
「は、はい!!」
虎汰は裁時に促されるように走って電車に乗り込んだ。
2人はドアから一番近い長椅子の端に座った。
電車の中にはポツポツと人が乗っている。
「寮へ行くときはどこの駅で降りるとか聞いてるか?」
「あ、いえ、聞いてないです。」
「マジかよ?!最寄り駅知らねぇと詰むぞ…仕方ねぇ」
裁時はスマホを起動し、ポチポチと文字を入力し始める。
しばらくすると通知音が鳴った。
「おっ、川駕駅で下車すればいいってよ。
お前の寮いいところにあるなぁ~」
プルルルル
電車の発車ベルが鳴り響き、虎汰達が乗った電車のドアが閉まった。
数秒待つと電車は走り出し、徐々に加速していく。
「川駕駅は悠久学舎駅から8駅先な、これから毎日乗り降りすんだから覚えとけよー」
「は、はい!何から何まですみません…ありがとうございます。」
虎汰は深々と頭を下げる。
「いいっていいってぇ~」
裁時は足を組み、ケタケタと笑っている。
「そういえば私を誰かと間違えて腕を引っ張ったみてぇだけど、人探ししてるのか?」
「あ…はい…、いやここにいる訳がないんですけど、つい最近離れ離れになった奴がいまして…裁時さんの白い髪の毛を見た時、そいつだ!って思いこんじゃいまして…ほんとすみませんでした」
「いやいや、謝れっていってんじゃねぇよ!
もし誰か探してるんだったら、らしき人物見つけた時にお前に連絡ぐらい入れてやれるかと思ってな。
白髪以外特徴はねぇの?」
「他の特徴というと…背丈は俺と同じくらいで…
あっ、目の色が金色です。」
「目の色が金色ぉ?」
裁時は眉間にしわを寄せ、あごに手を当て少し考えている。
「…そんな奴ここにきて6年1度も見たことねぇなぁ…まっ、もしそういう奴見つけたらお前に連絡してやる。
だから連絡先交換しとこーぜ!」
裁時はスマホを虎汰に向けて差し出し、虎汰も自身のスマホを取り出した。
虎汰がスマホの画面を見ると、沢山の通知が来ていたことに気づく。
「お前入学式早々もう友達作ったんか。すげぇじゃねぇか」
裁時がわしゃわしゃと虎汰の頭を撫で繰り回している。
「ちょっ…裁時さん…!やめてくださいっ!」
虎汰は裁時の手を抑止しながら、スマホの画面を開く。
「印血!」
術を唱えると、スマートフォンが起動し、画面の中には沢山のメッセージが並んでいた。
「虎汰君大丈夫?!今どこにいるかな?
もし近くに僕と同じ赤いロングコートを着た人がいたら、その人に声をかけてはぐれたことを伝えるか、僕に電話くれたら嬉しいな…!」
「こたちー、鳴地先生には管理棟ではぐれたって報告しといたよ~」
「寮着いたのに虎汰君いないんだけど?!どこいっちゃったのー?!」
「刀刃。皆お前のことを心配しているぞ。どこへ行った。」
鳴地、療ヶ裂、雨宮、玻璃田の4人からメッセージがいくつも届いており、虎汰は慌てて返信を送った。
「す、すみません…。」
虎汰は返信が終わった後、連絡交換用の画面を開き、裁時と連絡先を交換した。
「うし!まぁ例の探している子に関することでも、全然関係ねぇことでも、何か悩みがあったら気軽に連絡よこしな!
あと、もし何かしら問題が起きて、相手にペナルティを与えてやりたいと思った時も遠慮なく連絡しな、私がきっちり裁いてやる。」
裁時はとても裁判官とは思えないような、汚い笑顔をしている。
「ありがとうございます…」
『次は川駕~川駕~、お降りの方は忘れ物にご注意ください
次は川駕~川駕~。』
「おっ、もう着いたか。よし虎蔵!降りるぞ!」
「と、虎蔵って誰ですか…」
2人は電車から降り、ホームに立った。
ホームは地下になっており、外が見えない。
「ひっさびさに来たな~!川駕!うしっ!地上に出んぞ!」
裁時は迷うことなく地上の出口を目指し、それに虎汰は着いていく。
「っかーーー!気持ちいいー!」
裁時に続いて地下の出口を出た瞬間、虎汰の視界は一気に開けた。
川の流れに沿うように、奥の方では寮棟がいくつも並んで建っているのが見え、さらに寮棟の背後には山が控えている。
虎汰は、ここが学校の敷地内ということは既に頭から抜けていた。




