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血に名を与えたこの世界で  作者: 錦 美和
入学式と境界線

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第3話 データ収集の再開

 虎汰と雨宮はしばらく道なりに歩いていると、雨は止み、大きな町へたどり着いた。


 町の中には、古い木造の店と、無機質なビルが混ざり合っていた。

 人の気配はなく、町の大きさには似合わない静寂が流れていた。


「うわぁああ!おっきぃねーー!」


 先程まで虎汰の隣を歩いていた雨宮は駆け出し、町の中へ入っていく。


「色々見たかったのに、今日は誰もいないからお店も閉まってるんだぁ…つまんないの~」


 雨宮はお店の入口にかかっている「閉店」や「close」の文字を見てがっかりしている。


「お前、小学校も中学校も行ってないって言ってたけど、もしかして町にも来たことねぇのか?」


 虎汰はバサバサと番傘に着いた雨粒を払い、傘を閉じている。


「ないよ!本で読んだり、お話で聞いたことがあるだけ!だから今日は町に出るの楽しみにしてたんだぁ~」


 雨宮はメソメソとしながら落ち込んでいる。


「悠久学舎の校舎内には、この町よりも大きくて、もっといろんな店があるって聞いてる。今日は行けねぇかもしんねぇけど。」


 虎汰は閉じた傘から視線を前に移動させると、目の前にはキラキラと目を輝かした雨宮が立っていた。


「本当?!わーー!楽しみー!教えてくれてありがとう虎汰君!」


 先程まで落ち込んでいたのがウソのように、雨宮はびしゃびしゃに濡れた体をくるくると回転させながら喜んでいる。


 虎汰と雨宮は町の中心部へ向かうと、道中から街に溶け込んでいない異質な大きな鉄でできた塀が見えてくる。

 虎汰は「ふぅ…」と息を小さく吐き、番傘を握る手に少しばかり力が入る。


「うわぁあああ!おっきぃぃいい!!」


 元気が有り余っているのか、雨宮は町に入ってきた時と同様

 塀に向かって走り出していった。


 虎汰も雨宮の後ろに続いて塀へ近づく。


 近づけば近づくほど、鉄の塀の大きさや異質感が増す。


 塀の中央には大きな鉄でできた扉が1つあり、真ん中には掌より1周り大きい程のサイズで円状の印が刻まれている。


「これ何?」


 雨宮が印を指差し、虎汰に質問をした。


「校章だ。入学通知書の手紙にも同じものが記載されてただろ。」


「入学通知書は直接見てないんだよねぇ~

 というかこの葉っぱが校章なの?」


 指さす先には、生い茂る葉っぱのようなものが刻まれている。


「それはただの葉っぱじゃなくて万年青オモトだ。

 永遠の繁栄や崇高な精神という花言葉がある。」


 虎汰が説明をすると、雨宮は振り向かずに「ふーん」と言いながら校章を指でなぞっている。


 虎汰は左腕に着けた腕時計をちらっと確認する。

 時計の針は、7時を少し過ぎたくらいをさしていた。


「そろそろいい時間だし、中に入るか。」


 ぱっと顔を上げ、雨宮を見ると

 雨宮は詰襟制服を脱いで絞っていた。


 雨で濡れたワイシャツが肌に張り付き、虎汰は思わず視線をそらした。


「何してんだおめぇは!!」

「これから入学式なのにびしょ濡れは良くないかなって思って!

 せめて絞ろうかなって!

 スカートは諦めてるけど!」


 雨宮はローファーを脱ぎ、ひっくり返すとドバドバ水が出てくる。


「うぎゃあぁ…気持ち悪いぃ…」


 絞った詰襟制服を、びちゃびちゃに濡れたワイシャツの上から羽織り、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。


「よし!お待たせ!それじゃあ行こう!」


 虎汰と雨宮は扉に近づいた。


「お前印血(いんけつ)って使ったことあるか?」

「何それ?」

「印血っつーのは…」


 虎汰は右腕をまくり上げ、左手で右腕を掴む。


「印血」


 術を唱えると、掌からじわりじわりと血液が滲み出てくる。


「これが印血。自身の血液を使って、契約をしたりするのが主だった役割だが、最近は指紋認証代わりに印血で施錠されたドアを開いたりすることもできるようになってきてるらしい。俺も詳しくは知らんが。」


 ぽたぽたと血液がしたたり落ちる右手に力を込めると、するすると掌に着いた血液が手の中に納まっていった。


「なるほどぉ…」


 雨宮は自分の右手を見つめながらくるくるとひっくり返している。


「入学通知書に書かれてたが、この扉を開けるのには印血が必要なんだと。

 お前先行けよ。印血使ったことねぇって言ってたし、俺が先に行ってお前が入れなかったら面倒だろ」


 虎汰は一歩下がり、雨宮に先を譲った。


「いいの?!ありがとう!」


 天高くそびえる鉄の扉はとても人力では動かせなさそうないでたちをしている。

 雨宮はごくりと唾を飲み込み、校章に手を当てた。


「印血!」


 今まで経験をしたことがない血の流れと、掌からじわりじわりと血液が出ていくのを感じる。

 校章は雨宮の血を吸い取っていく。


 校章全体が血を吸う速度と同じ速度で徐々に白い光でおおわれていき、校章すべてが白く光りだしたとき、扉から大きな音が響き始めた。


 ゴゴゴゴゴゴゴ


 扉は大きな音を立て、人1人がやっと通れるかくらいに開いた。


 扉の中は良く見えない。


「開いたー!!」


 雨宮は校章から手を外し、万歳をしている。


「雨宮!朱式術止めろ!血が出まくってんぞ!!」


 虎汰は雨宮の右手から血が出続けているのを伝えると、雨宮はハッとし、術を終了しスルスルと血液を体内に戻していった。


「虎汰君!一緒に行こう!」

「いや、一度扉を閉めた後、俺は俺で印血を使わないと入れない。先行ってろ。」

「そうなの?!そっかー…私扉のすぐそばで待ってるから、早く来てね!」


 雨宮はそう言い残し、手を振りながら扉の中へ消えていった。


 雨宮が扉を抜けた後、再度扉は大きな音を立てて閉まった。


「よし…」


 虎汰は閉じた扉の前に立ち、校章に手をかざす。


「印血」


 先程の雨宮と同様、校章が白く光り扉が開き始める。

 やはり扉は全開にはならなかったが、隙間から奥で誰かが話している姿が見える。


 ふと、シンと静まり返る町を振り返り、家族とここへ来たことを思い出した。


「母さん待って!おいてかないでー!」

「置いてかないわよ~、ほらおいで!虎汰君!あけび!」


 あの日も、この扉は大きかった。

 思い出した記憶を消すように、顔を左右に振り、扉の中へ一歩踏み出した。


 虎汰が扉を通り過ぎた後、再度大きな音を立てて閉まった。


 ゴゴゴゴゴゴゴ…ゴウン…


『ーー雨宮 霖、刀刃 虎汰ーー』

『ーーデータ収集を再開しますーー』


 ピピッ


 冷たい音声だけが、雨上がりの空気に残った。


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