垢抜け少女
垢抜け少女
「垢抜けたね」と言われるたび、私は少し遅れて笑った。
鏡の前で覚えた笑い方は、誰かの視線を前提にしている。
それでも悪くはなかった。褒め言葉は、たいてい静かな力をくれる。
机の引き出しに、古いメモ帳がある。
表紙は角が丸くなって、ペンの跡がうっすら残っている。
中身は、昔書いた詞だ。人に見せるつもりはなかった。
——人見知りだけど、やる時はやる戦士。
——予測不可能なミッション、告白の練習。
読み返すと、少し恥ずかしい。
でも、あの頃の私は本気だった。
「好きです」じゃ届かない気がして、
言葉を一段、遠くへ投げようとしていた。
垢抜けたのは、髪や服だけじゃない。
一番変わったのは、言葉の距離だった。
短く、無難に、角を取る。
そうやって私は、失敗しない自分になった。
放課後、駅までの道で彼に会った。
挨拶は自然にできた。
褒められた髪も、選んだ色も、悪くない。
でも、胸の奥にしまった言葉は、
安全な場所から一歩も動かなかった。
家に帰って、メモ帳を閉じる。
あの詞は、成功の記録じゃない。
結果より先に、勇気を書いていた。
赤い顔で言う私を、ちゃんと想像していた。
垢抜けるって、強くなることだと思っていた。
でもたぶん違う。
強く見える自分を一度疑って、
それでも大切にしたい気持ちを選び直すことだ。
翌日、私は彼に短いメッセージを送った。
派手な言葉は使わなかった。
ただ、正確に、私の温度で。
返事はすぐには来なかった。
でも、スマートフォンを伏せても、
胸の奥は不思議と静かだった。
引き出しを開けて、あのメモ帳をもう一度見る。
あの頃の私は、言葉を信じていた。
届くかどうかより、
言おうとすること自体を。
鏡の中の私は、少し笑っていた。
垢抜けたかどうかは分からない。
それでも、
大切にしたい気持ちだけは、
ちゃんと私のままだった。
この物語が、
どこかの誰かの引き出しにも、
静かに残ってくれたら嬉しいです。




