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落ちる堕ちる。



「なんだ?」


 あたしの台詞だ。

 藍乃介さんは、目をぱちくり瞬きしてパソコンを覗いた。何事かとあたしも恐る恐る近づいて覗く。

 パソコンには、この建物の限界が映し出されていた。

 そこに映るのは女性。


「彼女さんですか?」

「まっさか。僕のタイプは、少女だもん」


 女性は美人の分類に入るというのに、それよりも少女だと言う。

 少女趣味。ロリコン。

 こんな顔の良いロリコン、初めてみた。

 あたしはドン引きした。だが笹野さん達の知り合いのようだから殺せない。畜生。

 するといきなり警報が鳴り響いた。煩いほどの警報。


「げ! 敵だっ! やっべえ!」


 画面には女性の指示で、男達が扉を蹴り破り侵入している姿が映っていた。


「敵? そうですかあたし帰っていいですか」

「それ冗談キツすぎだよ! 僕頭脳労働派だから戦えないんだよ!」


 真剣に言ったのに、大慌ての藍乃介さんは右手をブンブンと振った。

 その様子だと本当にまずいらしい。


「じゃあ裏口から逃げましょう。白瑠さんのところへ」

「無理だ! 奴らの狙いはこのパソコンに入った大事なデータだ!」

「じゃあ破壊したらどうなんですか……データ隠滅。バックアップしているなら」

「時間がない! あと……五分でここにくるよ!」


 あたしにどうしろと言うんだ。

 カチャカチャと隠滅にかかったのか、キーボードを物凄い速さで押していく。


「もしかしてハッカーですか?」

「ん? そうだよ、依頼の仲介役のハッカーさ」


 笹野さんの友人のハッカー。あのサイトの仲介役のハッカー。ハッカーが変態ロリコン。

 変態ロリコンだが、自分だけ逃げるのはだめだ。仕事の仲介をしてくれた相手だ。仕方ない。


「武器はあります? あたしの短剣は?」

「え、君の短剣なら……そこに。武器は、護身用の銃だけ……」

「むぅ……相手は裏の人ですよね」

「うん……」

「……キツいな。とにかく藍乃介さんは銃を。あたしが食い止めますから、作業が終わったら逃げてください」


 短剣一つは、流石にきついが仕方ない。

 藍乃介さんに短剣を受け取り、ホルダーを脚につけた。

 裏現実者の武装した男三人を相手か。女も銃の一つや二つ所持しているだろう。


「え!? 戦うの!? お嬢ちゃん!」

「お嬢ちゃんって呼ばないでください。あたしの名前は椿です。一応殺し屋ですから」


 そう言えば殺し屋という自覚がなかったのによく今言えたな。

 なんて思いつつ、階段に向かった。


「待って! 椿お嬢! 無謀だ!」


 次はお嬢かよ。


「いいから隠滅を……」

「建物のあっちこっちにカメラがある! 僕がエスコートするよ。気を付けて!」


 投げ渡されたのはイヤホン。いや、小型通信機というやつだろうか。これで相手の場所がわかるし自分の場所もわかる。


「わかりました。ハサミ借りますね」


 あたしは足元のハサミを拾ってから、今度こそ階段を降りた。

 あ。着替えてない……。

 こんな格好で戦うのか。

 あたしは落ち込みつつ、小型通信機を耳につけた。


「いやぁ、意外だな。椿お嬢がそんな勇者なんて。うん、いいねクーデレ。そそるよぉ、ゴスロリ美少女が戦うのを見るなんて」

「それ以上言ったら見捨てます」


 耳元で早速、変態発言。

 いつあたしがデレた。畜生。変態ロリコンめ。


「椿か。いいね。いい名前だ。ツボだよ。ところで君は幸樹と白瑠、どっちの恋人なんだい?」

「…………二人の妹になりました」

「ぶふっ! 妹プレイ!? ズルい! 二人だけ楽しんで!」

「ねぇ、帰っていいですか」


 ていうか帰らせてください。

 耳元で吹くな。くそう。見捨てたい。

 心の中で涙目で嘆きつつ、次の階段を探す。

 どうやらこの建物は迷路のようになっていて階段があちらこちらと散らばっているそうだ。

 人が住んでいるようには感じれない。暗い建物中。

 六階建てと言うことはあと五階降りなくてはならない。

 早足で耳元の指示に従い次の階段に向う。


「四階に一人来た。気を付けて。拳銃だ」


 それはまた嫌だな。

 四階に降りて警戒を強める。ハサミは袖の中に潜め、もう片方は短剣がすぐに取れるようにした。

 この階にいるであろう男を探す。息を潜め、足音を立てないように歩む。


「だめだ後ろだ!」


 藍乃介さんが叫んだ。

 気配に気付き振り返ろうとしたが「動くな」と言われた。

 恐らく銃口が向けられているだろう。


「手をあげろ」

「……なんですか?」

「女に用はない。男は何処だ?」

「し、知りませんっあたし初めてきたので……」


 撃たれないようにゆっくりと振り返った。防弾チョッキを着ている。そこにナイフを見付けた。他にもありそうだ。

 ガチャ。

 銃口がこめかみに押し付けられた。耳元で藍乃介さんが息を飲む音が聞こえたが、あたしはニヤリと笑う。

 左手でその手首を掴む。

 身体の向きを合わせ、右手のハサミを出して喉に突き刺した。


「うぐ、がっ……」


 思いっきり突き刺した為、深い。気管も貫通しただろうか。

 ハサミを抜けば血が吹き出し、口からも血が出た。

 そして、膝から倒れていった。

 蹴って仰向きにする。

 それから、チョッキからナイフを抜き取る。うむ。いいダガーがあった。


「もしかして二人の弟子?」


 恐る恐ると藍乃介さんが訊く。


「どちらかと言うと白瑠さんが師匠ですね」


 そう言えば納得した。

 納得されるなんて納得いかない。

 あたしはカメラを探したが、暗くて見付けられない為、やめた。

 ナイフは二つ。あとは弾倉と銃だけだった。しけてる。

 藍乃介さん曰く反撃はないと思われたから軽い武装だと言う。自分で言って悲しくないのだろうか。

 ハッカーだから力でねじ伏せられると甘く見られているのだぞ。…事実だからか。


「この調子なら大丈夫そうだな。良かった椿お嬢がいて」

「まだですよ。今のはこの人が油断してたから。あとは三階? 一人ずつなら大丈夫かと……全員殺して構わない?」

「まだ二階にいる。あ、女は生け捕りにできるかな」

「了解」


 あたしは頷き、三階に向かった。


「三階に一人来た。二階に女が二人で行動してる」

「ラジャー。どっちです?」


 今度は方向を聞いて近付いた。ライフルを持った男を見付け、柱に身を隠す。

 ライフルか。

 どう相手しようか。

 軍人のような歩き方で警戒しつつ歩む男。


「……あ、あの」

「誰だ!?」


 声をかければ、ライフルを向けられた。


「う、撃たないで! あたし……武器を持ってません」


 両手を上げて訴える。大嘘だ。


「パソコンは何処だ」

「あ、案内します……」

「前を歩け」


 ライフルで指示され、前を歩く。

 距離を取られて後ろを。だからゆっくり歩いて距離を近付ける。

 チラリと見る。いい距離だ。

 カウントをして、動く。あんまりカウントは関係ない。ただの緊張をほぐすためだ。

 がっ。ガシャン。

 回し蹴りが決まってライフルが飛ぶ。つかさずダガーを首に向けて振り上げた。

 しかし男は反応してあたしの手を掴み止める。舌打ち。

 掴む手首を掴み、左膝を振り上げたが止められる。

 それは狙い通り。

 手首を掴んだのも膝を上げたのもフェイク。

 右腕の肘を顔に打ち込んだ。もろくらい、男は反動で後退りあたしの手を離した。

 自由になったダガーを持つ手を、首に向けて振り下ろす。

 首が切れ、血を出した男は何も言わないまま背中を向け、倒れた。

 また俯せで倒れた為、蹴り起こす。


「お嬢こっわいねぇーツボー。女優の道も夢じゃいよ」

「こんな格好だからって、殺し屋だと思わないこいつらがバカなだけですよ。残りの二人は?」

「今階段上がってる。二人とも拳銃を構えてる」


「了解」と返事してナイフを抜き取る。ナイフが四つ。ライフルは扱えないので止めよう。

 階段付近に身を潜めた。

 耳から二人の様子。そして向いている方を聞いて不意打ちを食らわせるタイミングを待った。

 今だ。

 飛び出して女の銃を持つ腕に、ナイフを投げ付ける。命中。

 男にも投げて、短剣を抜く。

 男は銃でナイフを防いだが、突き刺さり使い物にならなくなった為、捨てる。

 その隙に距離を詰めたあたしは振り上げるが、腕を掴まれ止められる。

 避けるか止めるかの2つしかないのだから別に驚かない。

 ただ、あたしの腕は二つあることを忘れて、彼は両手で止めてしまった。致命的なミス。

 もう片方に持つダガーを喉めがけて振り上げた。

 が。

 止められた。

 男にじゃない。

 女があたしの腕にしがみつき、止めた。油断した。

 次の瞬間、腹に鈍い痛みが走る。

 男に蹴られた。カラカランとナイフや短剣と一緒にコンクリートの床を転がる。


「げほっ……」


 痛い。にゃろうめ。


「小娘が……! 藍乃介は何処!?」


 ナイフを抜き、銃を拾った女の人があたしに問う。よく見たら外国人だ。アジア人。中国か韓国辺り。


「ううっ……」


 あたしは演技でお腹を抱えながら、起き上がる。


「剣を捨てなさい。撃つわよ」


 銃口が頭に突き付けられる。バカだな。そんなに近付いて。

 あたしは素早く女の手を掴みそれを引きながら立ち上がり腹部に蹴りを入れた。


「ぐはっ!」

「っ!」


 銃は奪い遠くに投げ捨てる。

 男がダガーナイフを取り出し構えたが、短剣の方がリーチがある。短剣でダガーを叩き落とす。

 今度こそ喉を裂こうとしたが、また腕を掴まれた。また女だ。しつこい。

 あたしはまた蹴り飛ばし、男の首を切った。


「終わった。今連れていきますね」


 あたしは短剣を女の人に向けて、藍乃介さんに報告した。


「ヒヤヒヤしたぁー大丈夫? 怪我は?」

「平気です」


 一息ついてあたしは女の人を連れて、藍乃介さんの元に向かう。一応武器を持っていないかを確認したがなかった。

 短剣を彼女の首に当てて、尋問開始。


「良かったぁ、椿お嬢がいなきゃデータ消す羽目になってたよーありがとう」

「いいから、すませてください」

「オッケーオッケー。よし、じゃあ李さん。君の仲間を潰すから話してよ」


 藍乃介さんは椅子に座り、得意気に女の人に笑いかけた。

 女の人は名前を呼ばれたことが、酷く信じられなかったのか目を丸める。


「君の素性は調べたよ。李さん。僕のデータを盗って何をする気なのかな?」


 ニコニコ。縁眼鏡の奥の瞳が李さんを射抜く。それでも李さんは口を開かなかった。

 面倒くさいな。

 あたしが肩を落とすと、あたしを見て藍乃介さんが何かを思い付いた顔をした。


「君の仲間を一瞬で殺ったそこの可愛い可愛い美少女はね、頭蓋破壊屋の弟子なんだ」


 その名前を口にした途端、李さんは震え上がりあたしを怯えた目で見た。

 おいおい。あたしはまだ殺しの仕事を二回しかしてない小娘だぞ。

 白瑠さん。恐るべし。


「口を割れば逃してあげてもいいよ。どうするかい? 彼女の拷問を受けて死ぬのは嫌だろう」


 意地悪に藍乃介さんが問い掛ける。頭蓋破壊屋の名前の効果は抜群だ。李さんは揺らいでいる。口を開こうとしている。

 もう少し。待てば。

 ────しかし。


「後ろっ椿お嬢!」


 藍乃介さんが言い終わる前にあたしは振り返った。

 さっきの男だ。しまった。確認していなかった。傷が浅かったようだ。

 手元の短剣が蹴り飛ばされ、首を掴まれ押し倒された。


「ぐっ……!」

「椿お嬢っ! うわっ!」


 ガウン。発砲。

 藍乃介さんが机の上に置いた護身用の銃を掴んだが、李さんが形勢逆転のチャンスに飛び付いた。揉み合い、天上に弾丸が飛ぶ。


「っ……ぅぐぅ」


 男に首を締め付けられてあたしは何気ピンチ。いや、超ピンチだ。

 こんな死に方まっぴら御免だが、武器がない。

 短剣には手が届きそうにもない。

 いや。手が届くのがある。この男のチョッキにナイフが一つあるはずだ。

 直ぐに見付けた。

 ナイフを抜き腕に突き刺す。

 解放されて、息を吸い込む。

 あたしもミスをしていた。

 首がから手を離したいが為に腕に刺したが、奴の喉に刺し仕留めるべきだった。

 ナイフを持たせる事になってしまう。

 男は今度あたしをナイフで殺そうと振り上げる。あたしは足で男の胸を蹴った。

 次はどうする。銃だ。藍乃介さんから銃をもらって、頭を撃ち抜く。そう考えたが。


 バシャアアン。


 顔にもろ飛び散った。

 男の頭が爆発。

 血はおろか粉砕した頭蓋骨や脳味噌まで頭からかぶった。目も開けられない。袖で顔を拭く。口に入らないよう吹いて文句を言う準備が整えた。


「白瑠さんっ!!! なんてことしてくれるんだっ!!!」

「えぇー、つばちゃんを助けたのにぃ」

「気持ち悪いわっ!!」


 頭のない男の後ろに予想通り、白瑠さんが立っていた。


「あー白瑠! 助かったよぉ」


 白瑠さんを呼んだ藍乃介さんは安堵の息を吐く。その藍乃介さんの上に頭蓋骨破壊を目撃した李さんは青ざめている。

 あたしは呻いて、脳みそを髪から払い除けた。ああもう最悪だ。


「わぁ! つばちゃん可愛い格好してるね! ゴスロリ!」

「脳みそかぶってなければね、師匠」


 毒づいていれば「師匠?」と白瑠さんは首を傾けた。李さんはもう希望をなくし、床に座り込む。


「ああ、台無しだな。タオルだよ、はい」

「ありがとうございます……」


 藍乃介さんが、タオルを投げ渡してくれた。それで顔を拭いていれば、白瑠さんがタオルを取って頭を拭いてくれる。


「ごめんごめん。怪我は?」


 優しく笑いかけて、白瑠さんは首を覗く。優しいのが。なんか違和感。


「大丈夫です……」


 あたしは唖然としながらも答える。白瑠さんはあたしの首に手をかけて眺めた。それからあの時の傷を親指で撫でる。

 その時の顔は無表情。と言うよりよくわからない表情。

 あたしに目を戻せば、にっこり笑う。いつもの笑みだ。無意味な笑み。貼られただけの笑み。


「あーあー。あーあー、あーあー。折角のゴスロリが台無しだよぉ白瑠ー」

「えー? よくない? ゴスロリに血は似合うでしょ」

「頭から被ったのは頭の残骸だろ。このドレスは白と黒でいいんだ」

「椿ちゃんは血をかぶってなんぼだよ!」


 なんぼの意味ちゃうわ。

 なんだよ。血をかぶってなんぼって。いくらだよ。

 なんだか二人でゴスロリ(正式名はたしかゴシックアンドロリータ)について熱く語りそうなので引き裂く。


「藍乃介さん、あっちを片付けるべきですよ」


 あたしは顎で李さんを指差した。

 頭蓋破壊屋本人登場のおかげで李さんは全てを話した。あたしには関係ないし、聞いてもわからない話だった為、あたしは聞かず着替えをする。


「なるほど、なるほど。なーる」


 着替えが終われば話も終わったらしい。

 すると「白瑠」と藍乃介さんが、李さんの後ろに立つ白瑠さんを呼んだ。

 ビクッと李さんが震えがったが、何も頭を粉砕する訳ではなかった。首に白瑠さんの手が落とされ、李さんは気を失い倒れる。


「本当に命は助けてあげるんですか?」

「んー? まーね。本体を潰せばこっちのもんだから。彼女は怖くないし」


「うわっ」と情けない悲鳴を上げたのはどこの誰だろうか。女性との揉み合いに苦戦していたのはそこのお前だ。


「あーれ、椿お嬢。咲ちゃんのワンピ? 二人して純白タイプ? なら甘ロリにする? それともセーラー服とか。椿お嬢なら白のセーターに赤いミニスカだなグフフーツボー」

「あーいいねいーねぇ。それでニーソにローファーだったらピッタリだぁ可愛いねぇ」

「可愛いよねぇーグフフ」

「可愛い可愛い、ひゃひゃつ」


 変態二人は両手で四角をつくり、その間からあたしを視る。二人のヴィジョンではもう制服を着たあたしが見えているに違いない。

 怖い。怖いです。二人揃ってかなり怖いです。


「全く……何をやっているのですか藍乃介」


 そこで笹野さんの声が聴こえた。見れば階段の方からこちらに歩んでくる呆れ顔の笹野さんを見付けた。

 あたしは迷わず笹野さんに駆け寄りその胸に飛び込んで抱き付く。


「おや……」


 あたしの行動に笹野さんの声はすごく驚いていたが今日だけは許してほしい。今だけは。

「変態が怖いです」ボソリと訴えた。


「いーなぁーつーちゃんのハグー」

「つーお嬢のハグー、ツボー」

「黙りなさい二人とも」


 あたしはビクリと震え、笹野さんの背中に隠れた。笹野さんは二人にきつく言う。


「椿さんが怯えてます。藍乃介、君の趣味に彼女を巻き込まないでください」

「えーぇ! まだゴスロリしか着させてないのに!」

「着させ……貴方まさか着させたのですか?服を脱がせて」


 ああ。そうだよそれ。恥ずかしい屈辱的だ。その辺だけは忘れたい。

 ギュウッと笹野さんの身体に回す力を込める。


「藍乃介……少女に猥褻行為をしたと警察に突き出しますよ」


 ワォ! 言ったよ! 裏現実者が警察に突き出すって言っちゃったよ!

 ……ジョークかな。


「勘弁してよ! 僕手なんか出してないよ? 下着も脱がしてません! このPCに誓います! ただゴスロリを着させてそのあとほっぺと髪をいじっただけだよ!」


 藍乃介さんは両手を上げ、降参のポーズ。眠らされている間に何されたんだあたし。


「全く。椿さんに会いに押し掛けると予測してましたが……まさか浚っていくなんて。それも本人の断りもなく着替えさせるなんて」

「いや、うん、でもズルいじゃん。二人で僕に椿お嬢のことを黙ってるなんてさ、お互い様だ」

「それは貴方がロリコンだからですよ、お互い様ではありません」


 おお。キッパリ切り捨てた。


「白瑠がゴスロリを真っ赤にしたんだ、お互い様でもう一回椿お嬢の着せ替えを」

「何がもう一回ですか。他の階に転がっている死体を見ると、椿さんが殺ったようですが……守ってもらったのでしょう? 報酬をあげるべきです。貴方の趣味なんか報酬になりませんよ」

「……はい」


 ごもっともな笹野さんの言葉に、藍乃介さんは落ち込んだ。首を垂らして俯いた。


「えーだめぇー?」

「だめですよ。椿さんが嫌がってます。だいたい、白瑠。何故貴方がいながら、椿さんが浚われてしまったのですか」

「う……それは昼寝してて……」

「もしも藍乃介ではなかったら大変な事態ですよ、反省しなさい」


 白瑠さんも落ち込んだ。

 笹野さん、すげぇ。

 保護者だ。保護者。

 チラリと笹野さんがあたしを見た。お。次はあたしか。


「あ、ごめんなさい……注意されてたのに……すみません」

「いいえ。貴方は悪くありません」


 注意されていたのに扉を開けてしまったあたしがそもそもの原因なのに笹野さんは微笑んで頭を撫でてくれた。

 甘やかしてはだめだそ。お兄ちゃん。

 照れくさいため、何も言えない。


「あっ。やっべぇ! 本体を潰さないと」


 藍乃介さんが我に返り顔を上げたかと思えば、パソコンと向き合った。


「本体って、死体達の親玉ですか?」

「ん、僕のデータ狙ってきたの」

「サイバー企業かその辺ですか」

「まぁ、そんな感じだよ」


 笹野さんと会話しながら、またもや藍乃介さんはキーボードを全ての指を使って叩いていく。まるで別の生き物のように指は動いている。無数の画面が瞬く間に動く動く。


「何してるんですか?」

「ハッキング」


 藍乃介さんは集中しているようだから笹野さんに訊いたが、藍乃介さん本人が答えた。

 親玉であるサイバー企業にハッキング。


「ハッキングして……?」


 何をするのだろう。あたしはPCに強くない。ハッキングの知識だってないのだからよくわからない。

 ドラマや映画で観たってやり方はわからない。

 カチャカチャと藍乃介さんはキーボードを叩き続ける。誰もが黙ってそれを見た。

 そして。

 藍乃介さんの右手が高く上げられた。

 それが振り下ろされ、1つのキーがカチッと押される。

 藍乃介さんの「ぶあぁあん」と言う一声と共に。

 クルッと藍乃介さんはあたしを向いた。


「親玉のところの全てのPCにアクセスしたんだ。んで、全てのデータを削除した。ついでに全てのPCが焼き焦げるように仕掛けをしてそのついでに建物の電気も止めてやった」


 得意気に藍乃介さんは「ぐふふ」と笑う。ついでについでに、と簡単そうに言うがきっとただのヒトでは難題なのだろう。


「今頃真っ暗ん中で火事になってパニックじゃん?ぐふふーツボー」


 愉快そうに笑った。

 今、夜か。と気付く。笹野さんがいるし電気が落ちて真っ暗と言うなら、外は夜。長い間眠らされていたらしい。

「よし、じゃあ」と藍乃介さんはまたパソコンに向き合った。まだ何かあるのだろうか。


「引越し手伝って」


 てへっと言いそうな笑顔であたし達三人に言った。

 この男は! どれだけ煩わせるんだ! 浚って着せ替えして殺させて……最後に引越しの手伝いだとぉ?

 住みかを知られているのにこのままこの建物に居られない。

 優しいあたし達は、引越しの手伝いもしてあげた。

 藍乃介さんの荷物は六階に全てにあり、ほとんどが服だった。(四分の三は女物……)

 机は放置。PCは解体されダンボールにしまわれた。


「あっ! やっべぇ!」


 また藍乃介さんが思い出したように顔を上げた。


「なんですかっ!? まだあるんですか!?」


 ギロリとあたしは睨み付ける。重い物は持つなと気を遣われ、軽いダンボールを抱えたが猫耳カチューシャ等が沢山入っているのが丸見えで、目をつけた白瑠さんがさっきっからあたしの頭につけてくる。笹野さんがいない上、両手は塞がっているのでされるがまま、故に不機嫌。


「うわっ、可愛い! ツッボー! いいねいいね、メイド服だったらまた超ツッボー!」

「殺してやろうか」


 またもや変態トークが始まりそうだったので、自然と殺意が出る。声も低い。

 白瑠さんや笹野さんには言えないが、殺し屋ではない藍乃介さんになら言える。

 殺してやろうか。

 効いたのか、藍乃介さんが身を縮めて青ざめた。

 白瑠さんも目をぱちくりして身を引く。効果抜群。

 直接、白瑠さんに使う勇気はないが。


「えっとあの……すみません……」


 とりあえず、椅子の陰から藍乃介さんは謝罪。


「椿お嬢様に伝言があるんでありんす」


 何故、遊女口調?

 伝言。誰からだろうか。

 藍乃介さんがあたし宛の伝言を受け取るあたしの知人なんていただろうか。


多無橋たなはし氏が、君宛にメールを送ってきたんだ。PCしまっちゃったから、引越し終わったら幸樹のPCに送るね」


 たなはし。たなはし。たなはし。

 誰だろうと右上に視線を上げて、思い出そうとする。


「わーわー、記憶力も師匠譲りなんて言わないよね? 昨日だっけか、やったじゃん仕事。ホテルで暗殺。依頼人の多無橋氏に会っただろ?」


 ああ。依頼者か。

 思い浮かぶのは、眼鏡をかけた男性。短髪で焦げ茶の髪。人の良さそうな笑顔で次の仕事はあたしを指名すると言っていたあの依頼者。


「ああ、あの人ですか。覚えてますよ」


 何も言わず白瑠さんは、あたしが抱えたダンボールを持ってくれた。手があいたので、カチューシャを取ってダンボールの中に放り込む。ブーイングは蹴散らす。


「その……多無橋さんが、あたしに何か?」

「君の名前が知りたいんだってさ。本名じゃなんだし通り名とかないかい?」

「ないですよ、まだ駆け出しの殺し屋ですよ。椿でいいです」


 通り名。白瑠さんが頭蓋破壊屋と名乗る名前みたいなもんだろう。

 殺し屋の名前のようなもん。

 勿論あたしにはないし、考えるのも面倒くさい。


「だめだめ本名は」

「名前だけならバレないでしょ」

「バレるよ、名前と顔がわかれば誰だって素性わかるよ」


 ハッカーならわかるだろうね。ハッカーならば。


「んじゃあつばちゃんの通り名を考えようかぁ! んーとねんーとねぇ! 猫! 猫ちゃんにしようか! これからバグ・ナウ使って殺りまくるから! ピッタリ!」


 どこが。


「バグ・ナウって虎の爪だろー。虎もいんじゃない? いや、豹がいいよ、セクシーだよ、ぐふふ、ツボー」


 虎から何故豹になる。

 またもや変態レンズ越しから見てくる藍乃介さん。

 アンタの眼球は何が視えてんだ。知りたくもありもせん。

 嗚呼、秀介が恋しいです。


「つーちゃん紅が好きだからね! 返り血を浴びるのが趣味だからぁ」

「趣味じゃない」

「べに? いーねぇぐふふー。コスチュームはどんな感じ?」

「何コスチュームって」

「少女はコスチュームを着て仕事をする鉄の決まりがあるんだ!」

「少女限定じゃねぇか!」


 耐えきれず、あたしは藍乃介さんの頭を叩いた。ナイフじゃないだけましだと思え。


「コスチュームと言うか、仕事で動きやすい格好の方がいいのは確かですよ」


 笹野さんが戻ってきた。

 ほっと胸を撫で下ろす。


「じゃあ先ずはコスチュームから行こうか! 藍くん、明日幸樹の家に集合ね! コスチューム作り! イエイ!」

「はい!? あたしの!? 要りませんよ!」

「ぐふふーオッケイだよ白くん!」

「ちょっ、やだ! 笹野さん!」

「必要なものですよ。白瑠の服や私服では持つ武器が限られますから」


 二人が揃ってコスチューム作りなんて無理だ。あたし耐えられません。

 すぐに笹野さんに救いを求めたが打ち砕かれた。


「大丈夫ですよ、藍乃介は手が器用なのでお望みのコスチュームを作ってくれますよ」


 問題なのは、変態二人の変態癖だ。


「私もいますから」


 にっこりと笹野さんは微笑んだ。


「ほんとっ? お休み? なら安心!」

「えぇ、お休みです。ほら、白瑠。残りのダンボールを持っていってください」


 あたしに頷いて見せてから笹野さんは白瑠さんにダンボール三つを持たせた。その上にあの軽いダンボールを乗せている。白瑠さんはしぶった顔をしながら笹野さんと最後の荷物を運んだ。


「変だな。幸樹、明日も仕事だったはずなのに」


 そう藍乃介さんは呟いた。


「それにしても、どうして幸樹だけ笹野さんって他人行儀なんだい?一番なついてそうだけど」


 あたしが不思議そうに見ていれば、ニコッと藍乃介さんは笑いかけた。


「え? それは……笹野さんと会ったのは病院で、初めから笹野先生と呼んでたのでそのまま」

「ふぅーん。そっかそっか。でもこれからは幸樹さんって呼んであげなよ」


 何度も頷いて藍乃介さんはあたしに言った。


「はぁ……」

「喜ぶよ。あ、僕のことは藍くんって呼んでね!」

「藍さん」


 うん。絶対藍くんって呼んだら喜ぶだろうねアンタ。

 ツボー、とか言ってぐふふー、とか笑いそうだ。




 翌日。


「やぁ! 椿お嬢! 昨日ぶり! 可愛いねぇ! ちょっとハグっていい?」

「おはようございます。入りますか? 死にますか?」

「入りさせていただきます」


 カルドを見せれば、頭を下げて藍乃介さんは家にあがった。

 スーツ姿だったが上着を脱げば、昨日と同じ紺色のシャツ。

 リビングにつくなり、パソコンを開き、荷物を広げた。

 布だの細胞セットだのミシンだの。本格的だな。


「カルドにバグ・ナウにナイフばっかり……そうだねぇ。先ずはナイフのポケットをどこにするかを決めて……」

「そうだねぇ。上着の裏とかが妥当だよねぇ……」

「重くなるかな。切りつける動作になるべく支障しないように考え……」

「あとバグ・ナウだ。あれは初めから装着して隠せるようにしたいんだって、つーちゃんは。左手に」

「左手にバグ・ナウ。じゃあそこは武器を改造だな」


 真剣だ。真剣だった。

 意外すぎるほど、真剣に紙に書き入れる白瑠さんと藍さん。

 紙を覗くと人の形をした図があり、そこにバグ・ナウやコートなどが書かれていた。


「じゃあ上着はコートチックで」

「中は? スカート? ズボン?」


 二人が一度顔をあわせてからあたしを見た。それからあたしの下半身を見る。

「スカートだね」と二人は声を合わせて言ってまた紙と向き合う。

 こらこらこら。あたしの意見を訊け。あたしが着るんだぞ。


「タイトかなぁ」

「タイトはいいねぇぐふふツボー」

「ロングは論外だねぇ」

「ロングは論外だ。動きにくいしね」

「動きやすいならプリーツだねぇひゃひゃ。やっぱりつばちゃんの制服姿が見たいなぁ」

「ぐふふー、いいねーいいねー。あータイトならミニスカポリスだよねーいいねーぐふふーツボーだぁ」


 何故だ。何故何故何故何故だ。

 あたしはギギギッと笹野さんを振り返る。何故?

 何故この人達はスカートを知っているんだ、語ってんだ。

 常識なのか? 常識なのですか。怖いよ笹野さん!

 笹野さんはまるで関係ないと言わんばかりにコーヒーを飲んでいる。


「ミニなら動きやすいよなぁ、コートに合わせるならタイトでいい?」

「うんいいんじゃんー」


 動きやすいのかタイト!?

 あたし的にはプリーツが。

 いや、スカートを却下させてください。君達とスカートについて語りたくないから言わないけれど。

 本人の意見を訊け!


「とりま、先ずは測らなきゃだよね、つーちゃん」

「そうだね、つーちゃん」


 クルリと二人があたしを振り返った。その手にはメジャー。


「嫌だ」


 あたしは即答した。


「いいか。絶対にあたしに触れんじゃねぇ」

「うひゃっひゃっひゃっ敬語がどっか飛んでっちゃってる。藍くん何したの?」

「え? 僕? 僕が悪いの? 僕が嫌われてんの?」


 自覚ないのかこの二人。

 落ち着くんだ俺。落ち着けぇえ!


「ゴスロリ超可愛かったのに。ツボだったのに。黒と白のフリルドレス。白ニーソ黒ローファー」

「うんーあれは良かったよぉひゃひゃっ可愛かったなぁニーソいいねぇニーソ。ニーソの何がいいかって? ニーソとスカートの間がそそるんだよねぇ」

「いいよねぇそこぉ。こう……撫で回したくなるよーぐふふふふぅーいやぁあ椿お嬢の太ももと言ったら……あ。そうか、あのドレスピッタリだったんだ。測んなくてもわかるや」


 な。な。ななななな泣きそう。泣きそうだぜ。

 鳥肌が。鳥肌が。震えるよ手足。太ももがぁあ!


「いい加減に作業を始めなさい。追い出しますよ、二人とも」


 やっと。やっと笹野さんが変態トークを止めてくれた。流石の笹野さんも止めてくれる。

 あたしは涙目で振り返り、笹野さんに抱き着いた。


「あ、ありがとうございます! 幸樹さん」


 一瞬詰まったが礼を言う。昨日藍さんに言われたのを思い出して、笹野さんを幸樹さんと呼んだ。

 すると笹野さん、じゃなくて幸樹さんはきょとんと目を丸めた。そりゃそうだ。

 しかし、すぐに微笑んであたしの頭を撫でてくれた。

 視線に気付き向いてみれば、藍さんがあたしを見ている。先程の変態な眼差しではなく、ただあたしを意味深に見ていた。

 それからニカッと笑ってから作業に入る。

 なんだか。何考えているかわからない人だ。尻尾が出てるのに、隠れる。そんな感じ。 作業は続いた。真面目に。

 コートを作ってもらえた。秘密ポケット沢山のコート。サイズはちょこっと大きいくらい。袖にナイフがしまえるようにだ。

 着させてもらった。

 うん。気に入った。動きやすい。

 まるで武器庫のように裏地に沢山ナイフが入れられるから重いが、思っていた程ではなかった。

 ぴょんぴょん跳ねたり、クルリと回ってみたりした。

 深紅のコートは揺れる。

 まるで血が固まった色だ。闇に溶けてしまう色。

 中々いい色だ。


「きゅはー、可愛いねぇ、つーちゃん。回ってぴょんぴょん!」

「うさ耳もいいなー、ぴょんぴょん! 甘ロリでくるくる回るのもいいねぇぐふふ」


 その色に見とれ、変態意見を無視した。軽く現実逃避。

 お前らの視界は、どうなってやがるんだ。


「悪くないですね。返り血を浴びた貴女がみたいです」


 まー悪くない意見の幸樹さん。そう言えば返り血を浴びたあたしが見たいとか前に言ってたっけ。


「あ、そうだぁ。大仕事があるんだよ、藍くん。サポーターやってよ」

「椿お嬢の? 喜んで」


 変態コンビ基白瑠さんと藍さんがバグ・ナウの改造に入った。

 んー何故だろう。またあたしは初耳だぞ。

 次の大仕事。

 大企業の誰かを殺すそうだ。大企業のビルに寝泊まりして外に出てこないターゲットなのでビルに押し掛けて殺すらしい。

 幸樹さんも入るだけあって警備は凄いらしい。だから油断大敵。故に藍さんの手も借りたいそうだ。

 かなり重要な仕事。


「ぐふふ、白瑠の仕事かぁーひっさびさー。腕が鳴るねぇーいいよいいよ。お嬢もやるなら是非っ」

「決まりですね。四人で決行です」


 どうやら、あたしに選択肢は与えられていないらしい。


「その仕事を見て、つーのお嬢の通り名を決めようか」

「そうだねぇーうんうん」

「それで多無橋氏に返事できる」

「あれ。多無橋さんはそれだけ? 名前だけ訊いたんですか?」

「うん。そうそう。その後は大仕事を終えてから話すよ、僕が返事するから」


 例の伝言。

 なんだかわからないがそうしておこうか。あたしは頷く。

 多無橋さん。なんであたしを気に入ったのだろうか。

 白瑠さんは何だかウキウキしたような様子だった。胡座をかいて揺れている。どうしてそんなウキウキしているのかを訊けば「なんだか楽しいじゃん!皆と殺しやるの!」と無邪気な笑顔で答えられる。

 あたしは薄い笑みで「そうですか」と返した。

 楽しいのだろうか。あたしは全くわからなかった。

 だが、白瑠さんはいつだって笑っている。

 いつだって。

 笑っている。楽しげに。でも感情なく笑っている。冷たそうに。ただ笑みをつり上げて笑う。

 だから。白瑠さんが楽しいかどうかなんて。わかんない。そう見えても、違うかもしれない。狂ったような笑みだから。

 わかんない。

 人間なんてものは仮面をつけてるから、わかんない。

 あたしもまた、仮面をつけた人間だ。




 それから数日。藍さんの詳しい情報を元に作戦が立てられた。

 二十階建てのビル。一階には六人の警備が入り口を固めている。そして五階ごとに三人ずつ警備が徘徊しているそうだ。

 監視カメラ各階に数台あり、それを見ている警備はいないとのこと。ハッキングしてそのカメラを藍さんが見て、あたし達に指示をする。

 残念ながらターゲットの詳しい位置までは特定できず情報がないが、警備員以外がターゲットだと言う。

 侵入する時間帯にはビルの社員はいない。ターゲットだけ。依頼人から写真は受け取っているので、建物に入り警備の目を潜りターゲットを見付け出す。そして殺す、それだけだ。

 先ずは正面から侵入。

 それぞれ分担して階をくまなく探して、ターゲットを殺す。

 計十八人の警備員は武装をしている。注意しろとのことだ。それは武器にということで、裏現実者ではない為敵の内には入らない。

 あと警報を鳴らされてはならない。とも言われた。

 詳しくは聞かなかったが、警報を鳴らされれば殺しは無理だそうだ。

 つまり警備に見付かったのならば、仲間に知らせる前に静かに殺せ。

 警報が鳴ったのならば、仲間を待たずに建物から逃げろ。

 それだけは守れ。

 藍さんはきつく。あたしに言った。

 何故かは聞かなかった。逃げろと言うのならば逃げた方がいいのだろう。それだけだ。


「ターゲットは? 戦闘能力はあるんですか?」

「え?」


 白瑠さんが持ってきた仕事なのに、驚かれた。


「無駄だよ、椿お嬢。白瑠は相手が誰であろうと殺すから頭蓋破壊屋だと恐れられてる。誰であろうと関係なく殺すから、皆恐れるんだ。誰であろうと関係なく殺すから、白瑠は相手を知ろうとしない」


 藍さんはパソコンを叩きながらそう言った。

 相手を知ろうとしない。だから殺した相手など、忘れてしまうのか。

 あたしは納得した。

 向かうところ敵なしの頭蓋破壊屋。

 ターゲットを白瑠さんから訊くだけ、無駄だということだ。

 藍さんがいて良かった。

 あたし、白瑠さんと二人で仕事するのやめようかな。


「戦闘能力はないけど、護身用に何か持っているだろうね。裏現実者だ。そして自分が狙われる理由があることも知っているだろうね」


 藍さんがあたしに教えてくれた。

 依頼人がターゲットを殺したい理由。

 それは不都合だから。邪魔だから。ムカつくから。消したいから。

 殺しの依頼の理由は簡単に言えばそのどれかになる。

 その存在を消さねばいけないから。それ以外に、ない。

 なんとなく。そんな理由で金を出して殺させる変わり者はいないだろう。いてもあたしは関わりたくないものだ。

 大企業の核である人物。敵対する依頼人はその人物のターゲットを消したい。

 その詳しい事情は聞かされなかった。あたしも訊きはしなかった。興味はなかったしそこまで知る必要はないと思った。

 興味がないなら知らなくていい。

 頭もよくないし、裏社会はおろか表の社会の仕組みだって知らない。企業の何かを話されたって左から右へと流れるだけ。ちんぷんかんぷん。

 ただ夜の警備員だらけのビルに入り、ターゲットだけを速やかに殺しだけ。それだけわかれば十分だ。




 殺し決行の日。藍さんのワゴン車でビルの近くまで来た。

 深紅のコート。反対を押し切りデニムを履いた。譲らん。ブーツにナイフを仕込み、もう何十個ナイフを持っているのかわからないくらい武装完了。

 左手にはバグ・ナウ。掌のスイッチを押せば爪が出る仕組みになった為、隠せる。スイッチのことで「肉きゅうにしよ」とか言っていたので全力で止めた。

 しゃきしゃき。本当に虎の爪みたいだ。虎の爪がこんな細い鉄で曲がっているわけはないが、出たり引っ込むのが面白い。

 腕に仕組んだ短剣を確認。ベルトのナイフ。腰のカルドも確認オッケーだ。


「つーばちゃん」


 顔を上げれば、白瑠さんが目の前にいた。

 今日はYシャツ。ボタンがしめられていなく、上半身の肌が丸見えだ。この人はまた丸腰でいくのか。そんな白瑠さんの肌から手元に目を移す。

 リンリンリン。

 まるで静寂の闇に転がり落ちそうな鈴の音。

 白瑠さんの手には赤いリボンのような布にぶら下がる鈴があった。

 白瑠さんはいつもの笑みのまま、それをあたしの首につける。


「うん。これでよし」


 チョーカーだ。


「なんです? これ……首輪?」

「チョーカーだよ。傷が隠れるでしょー」


 鈴だしあたしを猫だとか言っているから首輪感覚なのかと思ったが、チョーカーとしてくれたらしい。

傷。

 そう言えば、白瑠さんにつけられた傷。目立つんだよね。

 買い物とか、店員さんにじろじろ見られていたっけ。

 あたしは指先で鈴を鳴らす。そうすればこしょこしょと顎を白瑠さんに撫でられた。


「にゃあって鳴いて」

「……さぁ仕事しましょう」


 やはり首輪感覚だった。


「では、準備はいいですか?」


 幸樹さんの格好は、黒いジャケットと黒のデニム。バイクが似合う格好だ。うんかっこいい。

「んひゃ、オッケー」と白瑠さんも黒いジャケットを羽織る。なんだか映画の強盗犯みたい。

 通信機の確認で「椿お嬢ーミニスカはいて」と藍さんの声が耳元から聞こえたので即座に頭を叩いた。

 藍さんはこのワゴンの中で指示をする。モニターが六つ。もう既にビルの中身が映し出されている。

 階を上がる手段は、2つの階段と四つのエレベーター。手分けして探す為、それぞれ別ルートから行く。

 あたしは東の階段。幸樹さんは南の階段。エレベーターは白瑠さん。エレベーターはあまりにも危険だから白瑠さん。白瑠さんが最上階から探し、幸樹さんが中間から、あたしが二階から探す。


「んじゃーチーム頭蓋破壊屋、決行!」

「いつからチーム頭蓋破壊屋になったんですか……」

「あとで改名しましょう」

「じゃあチーム頭蓋破壊屋、無事生還を誓って、さぁっ!」


 幸樹さん、白瑠さん、藍さん、あたしで右手を重ねてパッと放した。

 裏現実の仕事、開始。

 侵入は正面突破。玄関を守る警備のおじさん二人を幸樹さんとあたしで静かに殺す。

 幸樹さんもナイフ。喉に一刺し。

 ずるり。死体は受付の机の下に隠す。隠し終われば白瑠さんが二人の警備員を引きずって来た。頭はある。


「もう二人は裏口だから気にせず行こうか」

「はい。では、椿さん。何かあれば連絡を、すぐ駆け付けます」

「はい。二人も……ないと思いますが、気を付けて」


 白瑠さんと幸樹さんの心配は要らないだろう。寧ろあたしが心配の種。

 白瑠さんが堂々とエレベーターに乗り込むのを見てから幸樹さんとは別の階段を登った。

 二階につき、ターゲットを探した。二階にはターゲットはおろか、警備員もいない。

「二階は無し」と通信機に報告。ボタンを押せば話せる仕組み。四人の会話は全員聞ける。

「二階無しね」藍さんから返事がきた。

 エレベーターを確認するとまだ六階だ。白瑠さんはまだ最上階についていないらしい。

 次は三階。見たところただの会社みたいだ。「三階も無し」と告げる。

 四階。踊り場に出た瞬間に警備員と鉢合わせした時は驚いた。直ぐ様、後ろに回り首をバグ・ナウで引き裂く。

 心臓が止まるかと思った。

「四階で一人警備殺りました」と報告。「七階は無し」幸樹さんも続いて報告した。七階についたのか。


「藍さん、死体の隠し場所は?」

「ん。前方いって右にトイレがあるよ。幸、エレベーターがそっちに停まった」


 藍さんに訊いてから、死体を引きずって男子トイレに運んだ。どうやら白瑠さんの他にエレベーターを使っている者がいるらしい。警備員か。


「七階八階に二人いる」

「ターゲットの姿は?」

「まだ見付からない」


 藍さんが見ているのは六つのモニターだが建物の全てのカメラの映像をランダムに見ている。全てを把握するのは無理だ。藍さんはあたし達に気を配りながらこれでもターゲットを探している。だからあたし達が早く見つけなくては。


「六階もターゲット無し」


 さっさとあたしの担当の階を確認し終える。白瑠さんもやっと二十階を確認し終えたそうだ。


「じゃあお嬢。好きな階にいって探して、今のとこ……十階と十三階はいない」


 あたしは短く返事して、足音立てずに階段を上がっていった。

 あたしが向かったのは十三階。十三って不吉な数字と言われるがその不吉な数字があたしは好きだったりする。十三階も誰もいなかった。


「十三階無し」

「あ、ねぇ、会社員がいるよ。残業らしいねぇ」

「それ、困りましたね」

「あっちゃー待って、残業してるってことは」


 白瑠さんが残業の会社員を見付けたらしい。藍さんは策があるらしい、カチャカチャとキーボードを押す音が聴こえた。

「電気がついている」ザァ。とノイズがはさみ藍さんの声が聞き取れない。

 主に建物は真っ暗。電気で残業社員を見付けたらしい。

「十」ざああ「八」ザァあ「階に」ああぁあ。

 ノイズが強くなった。


「あの、藍さん聴こえません」


「女が二人、男」ざああ「ターゲットじゃ」ざぁあ「つーちゃ」と白瑠さんの声。どうやらあたしの通信機が故障したらしい。あたしの声だけ聴こえていないようだ。

 耳に付けた通信機を指で叩きながら歩いていたら、鳴らさないように注意した鈴が鳴った。

 チリリリン。

 それは何故か。衝動に襲われたからだ。

 壁に叩き付けられる。

 背中から、まるで身体を貫通したような衝撃。何かが飛んできて当たった。

 リンリンリン。

 違う。比喩なんかじゃなく、身体を貫通した。左腹部に触れると棒状の物が、壁に食い込んでいる。

 壁から離れようとも身体を貫くそれのせいで身動きできない。

 痛みを感じてきた。

 動くと広がった傷から血が溢れ、落ちる。生暖かい血を手で感じた。

 チリン。

 嗚呼、この感覚。

 チョーカーの下の傷と同じ。流れ落ちる血とまるで。


「あれ」


 まるで。落ちるような感覚。眠りに落ちてしまいそうな感覚。足元がないような堕ちる感覚。


「女の子?」


 冷たい壁に頬を重ねたまま声の主を振り返る。暗い廊下に誰かが立っていた。

 チリーン。

 闇を転がるように堕ちてしまいそうな、鈴の音。



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