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訪問者は少女趣味。



 どんなに着飾っても

 紅色の血塗れ殺戮者

 瞳は人形といっしょ




「気が向いたらね」


 白瑠さんはそう笑って言った。曖昧な答え。どっちなんだろう。

 なんて考えたって無駄。

 堪能したあと、帰宅した。

 カクテルを一杯と白ワインを一杯飲まされて、ちょっと危うい感じだ。ほろ酔い。

 その気になれば、の◯太を超えて即眠れるだろう。眠い。

 眠いのだが、どうやらまだ寝かせてはくれないようだ。

 リビングのソファで皆で集まる。

 笹野さんに渡された水で、何とか酔いを覚まそうとした。


「それで、椿ちゃん。初仕事で何か思ったことはない?」

「もっと怪盗風に速やかに済ませたいと思いました」


 ソファに寝そべり上半身裸で愉快そうに足を揺らす白瑠さんに淡々と返す。

 酔っているのだろうか。がぶ飲み同然で一瓶飲んでいたが。

「そぉじゃなくってぇーもっとぉ……」と眠そうな目で薄く笑っている。


「こぉゆー武器があるといいとか」

「ああ! 閃光弾やマシンガンが欲しいと思いました」

「軍人かっ!」


 ボケたつもりがないのに、ケラケラと笑う白瑠さんに突っ込みを入れられた。

 酔ってるよこの人。

 それにしてもいい身体をしている……。イケメンは身体もイケている。腹筋は程よく割れているし腕も引き締まっている。際どいV字なんてもう……。

 なんかあたし変態?

 あたしがどうにかなりそうな為、白瑠さんにシャツを着させた。

 にまにま。嬉しそうな、どちらかと言えば幸せそうな笑顔だった。


「大勢を相手に短剣はキツいです」

「56人を三センチのカッターで殺ったのに?」


 白瑠さんに真面目に指摘され、笹野さんに失笑された。

 笑いを堪えながら、笹野さんはあたしの隣に座る。


「銃を持っている56人にカルドは無理です」

「それは椿ちゃんの腕次第だよぉ」

「それはつまり、カルドで銃を使う大勢を倒せと?」

「そうなりますね」


 無茶苦茶だ。


「白瑠は素手ですよ」

「頭蓋破壊屋と比べられたらおしまいですよ」


 気付くと、白瑠さんが眠っていた。一人で寝やがった。


「変ですね、今日はペースを崩して飲んで……」


 笹野さんが不思議そうに呟いて、毛布を掛けてやる。


「ペース崩して潰れちゃったんですか?」


 酒はペース配分すれば呑まれないらしい。誰かから訊いた気がする。

 笹野さんも白瑠さんと同じくらい飲んでいたが、ペース配分が違うのか笹野さんは酔っていないみたいだ。

 あたしは呂律まで変になりそうなのに。カクテルとワイン一杯で。


「みたいです。椿さんもお疲れでしょう、寝てください」

「はぁい」


 おやすみなさい、と一言言ってから部屋へとよろめきながら向かった。

 カルドを確認しつつ、ベッドに潜り込んで一息つく。

 初めて。

 この生活を始めて、初めて覚えている夢を見た。

 暴れるかのように早送りされた映像。夢なんて、たった一瞬に見るものだから可笑しくはない。

 曖昧な知人の顔。

 知人よりは親しい人間達の顔は、ボヤけててはっきりしない。

 起きたあたしの脳内で当てはまる人間に仕上がる。

 彼女彼らはただあたしを見るだけだった。

 まるで一歩下がられているような位置に立ち、あたしを見ている。

 あたしが一歩下がっていたんじゃなくて、相手が皆が一歩下がっていた。

 夢を見ている間も思い出した時もそう思った。

 壁なんてものは、なかったんだ。

 無意識の自分がそう告げるような、不愉快極まりない夢だった。

 不快だ不快。

 起き上がって髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き乱す。苛々する。殺したい。

 友人、家族、知人全てを────なんてバカな考えは直ぐに一蹴する。めんどくさいと言う理由で。

 起き上がり顔を洗ってから、ソファにダイブした。確認しなくてもテーブルには朝食がある。

 あたしが殺しに行ったとしよう。どんな顔をするだろう? それはそれは愉快な気分になって笑えるだろう。

 それも頭蓋破壊屋のように。

 それだけで満足してもうその思考をやめてテレビを付けた。

 緊急生放送と言う字幕が一番に目にはいる。ニュースだ。

 場所は埼玉の警察署だった。誰かが現場の状況を緊迫した口調で説明している。

「篠塚さん……」朝の第一声でその名前は中々良いが、声は掠れていた。

 テレビの画面。カメラマンが揺れながらもアップする。そこに映ったのは、懐かしい篠塚さんの姿だった。

 眉間にシワを寄せて声をあげるようだが彼の声はあたしには届かない。ガヤガヤと雑音を出す虫けら達によって聞こえない。

 またもや不快だ。

 篠塚さんが、他の刑事や警察官が相手にしているのは不良達だった。

 あたしが見覚えのある不良もいるし、知らない不良もいる。不良だけならまだしも暴走族までいる。格好はやはりそうだとわかりやすい格好だった。


「なんじゃこりゃ」


 洩らした声は限りなく、冷たく聴こえた。

 雑音の訴えを聞く。「サツはなにやってる」「犯人は誰だ」「情報を提供しろ」「殺したのは誰だ」とかなんとか言っている。警察を罵声するのも聞こえた。

 なるほど。弔いがしたいらしい。全く笑えることをしてくれる。篠塚さんの手を煩わせるな。煩わしているのはあたしか。

 つまりは57人目以降の不良の仲間達が警察署に押し掛けて、情報提供を求め、警察に八つ当たりし、仕事の妨害をしている。

 不良なのに暴走族なのに警察署に押し掛けているのが滑稽。まさに失笑だ。

 単細胞の連中はそのうち警察に手を出して捕まるだろう。アホらしい。

 どうでもいいが篠塚さんに怪我をさせるなよ。させるならこちらも考えがある。

 皆殺し。

 テレビがあろうと関係ない。乗り込んでカルドを振り上げ、一人残らず身内と同じようにしてやる。

 縄張り心で集まった不良達に、仲間と同じ末路を歩ませてやろうか。ガクガクと震えさせ情けない悲鳴を上げさせる。

 なんて、ちょっと現実離れした妄想をした。

 警察の前で、あの大勢はやはりマシンガンや爆弾でなければ無理があるだろう。

 ざっとみで50人だが中には金属棒やバッドを持った不良がいる。ちょっと骨が折れるだろう。

 ふと、一人の男に目が入った。

 篠塚さんではない。大声を上げる不良達と違い、ただ突っ立って、冷めた目で見ている少年。

 秀介だ。

 なんで。なんで秀介があの場にいるんだ。

 その疑問は吹き飛ぶ。

 背後にいる気配のせいで。


「んひゃひゃひゃっ」


 酷くあたしは怯えて震え上がる。白瑠さんはその反応を気にもしなかった。

 あたしの肩に顎を乗せて、テレビ画面を眺めながら愉快そうに笑う。


「面白いことになってるねぇ? 被害者の家族達がやることを、ヤンキーがやるなんてねぇーうひゃっひゃっ」


 確かにそう。何の進展のない事件に不満を持ち、被害者の家族達が詰め寄るだろう。

 詰め寄ったところで何もならない。テレビに訴えた方が効果的。

 おかげで情報提供に懸賞金が出ている。たんまり。

 犯人がわかれば指名手配。

 しかし、警察は目星にしている頭蓋破壊屋のことは公表していない。

 ただでさえこんがらがった事件なのに、不良達の妨害が来たのだ。

 犯人側はさぞ、愉快だろう。

 あたしはそうでもない。

 だってあたしは警察を錯乱したいわけではない。寧ろ篠塚さんに負担をかけたくはないのだ。

 それに単細胞の雑音は不快だ。あたしはテレビを消した。


「そうですね。なんとも滑稽ですね」


 あたしは淡々とリモコンをソファの隅に投げ捨てる。

 リモコンとは逆のあたしの左側に、白瑠さんは滑り込むように座った。真っ逆さまに。

「んひゃー」とあたしをにまにまと見上げる。

 読心術を使おうとした。今、白瑠さんが考えていることはなんだろう。

 秀介のことか?

 違った。


「昨日のことは覚えてるかにゃあ? 覚えてなかったら押し倒すからね」


 何だか語尾にハートをつけているような、声だった。

 昨日。昨日?

 昨日なんかあったかな。

 え。覚えているよねあたし。


「カルドで大勢を倒せと、の話ですよね」


 どぎまぎしつつあたしは一番最後に白瑠さんとした話題を口にする。

 途端、白瑠さんが唇を尖らせた。

 どうやら胸を撫で下ろしていいらしい。


「ちぇー。そうそう。それのちょっと前だね。覚えてる?」

「武器の話でしたよね」

「うん。武器の話をしよう」

「武器講座?」

「ニュー武器講座だね」


 ニュー。新しい。新武器講座。

 新しい意味はなんだろうと少し考えた。


「新しい武器を……つくる?」

「そぉーゆーことぉ」


 良かった。当たっていた。でも作るって、なんだ?


「例えば、腕を切り落として代わりにナイフをつけるナイフ船長!」

「フック船長とは気が合わないと思うので他の例えを、どうぞ」

「ナイフをチェーンソーに改造!」

「もう一声」

「ナイフに銃弾を装着! 銃剣!」

「それは魅力的。もう一声」

「…………つばちゃんはどんな武器が欲しいの?」


 おお。白瑠さんが折れた。

 折れたぞ。ひねくれた策略家にも負けないぞ! ……なんつって。

 そうだな、とあたしは改造武器を考えてみた。思い付かない。


「改造じゃなくても、あるんじゃないですか? より、殺しやすい……じゃなくて狙ったところを切りやすい武器とか。あたしの場合首ですね。そこをより切りやすい武器が欲しいです。どんな工夫がいるのかはあたしじゃなくて白瑠さんの意見が欲しいです」


 ペラペラと言ってみれば、最後のが気に入ったのか笑顔を取り戻した白瑠さん。


「じゃあ、先ずは挙げていこうか。どんな風に殺したいのか」


 朝から殺しについて語ることになった。


「相手と気分によると思います」


 朝食を食べながら。


「白瑠さんがトドメに頭を破壊するように、あたしも首の頸動脈を切るのが好きみたいですが。貴方を頭蓋破壊屋だと知っているなら頭を守るでしょ、ターゲットは。その時はやっぱり腕をもぎ取ったり切り落としたりするんでしょう?」

「うんー。その通りだよ」

「首を狙えば狙いが首だとバレて避けられ守られる、あたしの場合は。邪魔な部品は排除。それからトドメ。あたしもその手ですね。避ける足を止める武器。首を守る腕を退ける武器。まぁ色々。喉以外と言われれば頭に弾丸一発や心臓一突き……相手や気分、臨機応変ですね。そこは。相手が一般人でないのならチキンなあたし的にはより優れた武器を使いたい」

「優れた武器ねぇ。武器は持ち主次第さ。キャノン砲だって子供に持たせて、当たる確率は?それとおんなじ。使いこなせば相手より優れる」

「つまりは何事も使いこなせ、てことですか。使いこなせば優れるのは相手も同じ。あたしは素人ですから、持たされたナイフを使いこなすつもりですよ。でもナイフだけで挑むのは、素人すぎます」


 なんだかとってもとっても真面目な話をしていると自分でも驚く。

 何よりあたしは今日よく喋っている。ペラペラと。


「よく喋るねぇー今日は。ナイフや短剣だけじゃあ不服だったわけか」


 白瑠さんが、うんうんわざとらしく頷く。

 それもあるが、原因は朝眠っている間から白瑠さんと顔をあわせるまでに在る。


「そぉだね、椿ちゃんは返り血を浴びるのが大好きだ。じゃあ血飛沫のでる急所を教えてあげよう」

「それは笹野さんに訊きます」

「そうだね、血飛沫ドクターに任せよう。俺は武器だね」


 そうゆうことだ。

 何故だろう。

 セクハラを受けている時より、食欲があるぞ。


「じゃあ、先ずは場数を踏もうか? それから君のスタイルを整えていく。君は喉裂き魔だからナイフ系は必須。銃はお薦めしないな、あれは一対一じゃあ不利になる。素人じゃないなら尚更」

「何故です?」

「銃なんてスナイパーじゃなきゃ効果的とは言えない。いっぺんに大量に殺したい時にマシンガンは最適でもね、一対一は避けられちゃう。ほら君が病院でやったでしょう?」


 最後のを訊いて頷く。喉裂き魔は聞き流しておいた。

 そう言えば一対一で相手した。名前は……忘れたがイカれた刑事とメスと銃でちょっと相手した。

 確かに銃口さえ向いていなければ、凶器ではない。


「銃を奪われたら終わりだぁ、弾丸も当たんないしね」

「じゃあ素人相手には最適。サイレンサーついているのならあたしは使いたいです。暗殺向きですし」

「あっ! 暗殺でいいもん思い出したっ!」


 あたしの話を聞いているだろうか。


「喉裂き魔にぴったり! バグ・ナウ!」

「バグ、ナウ?」

「喉を引っ掻けば確実に致命的に抉れる武器だよ、こう……爪みたいにね、俺が持ってるのはフックみたいになってんだ。この手に縛り付けるタイプでね」


 白瑠さんが説明して、手で表現した。三つの指を丸く曲げ、くいくいと猫の手招きのような仕草をする。

 実物があるなら持ってくればいいのに。


「ああ、虎の爪ってやつですか?」

「…………んにゃ? 椿ちゃんってなんか……妙に武器を知ってるよね?」

「映画の見すぎだと思ってください」

「ふぅーん? そう、バグ・ナウは虎の爪って言う意味だよ」


 朝食を食べ終えた白瑠さんは皿を放置して、自分の部屋へと入っていた。

 開けっ放しの扉を見る限り、中に入っていいのだろう。

 あたしも遅れて食べ終え、白瑠さんの皿も一緒に片付けた。それから部屋を覗く。


「入って入ってぇ」


 前回同様に、足場に困るほど様々の武器が並んでいた。

 白瑠さんは鉤状の武器を片手にベッドに腰を下ろして、あたしに隣に座るよう手招きする。


「これだよこれ、バグ・ナウ!」


 手に縛り付けているバグ・ナウを振り回す白瑠さん。危ないのでちょっと離れて座る。


「それを持ち歩くんですか? なんか嫌だ」

「そうだねぇ、一々装着する暇ないだろうし。これは隠せるように工夫しないとね。それを除けば、いい感じの武器だろ?」


 白瑠さんはバグ・ナウを自分の腕から外してあたしにつけた。

 三つ引っ掻き爪が指の間から伸びるよう腕に装着。


「うん、これはこれは……いい感じです」


 納得してしまう。ナイフを持たなくていい。本当にただ手を振り上げればいい。

 三つの爪はより大口の傷をより深く抉れそうだ。

 持つとなんとも言えない好奇心が膨らむ。

 これは凶器を手にした人間の心理だろうか。

 チラリと白瑠さんを見てみると。


「俺の首をやってみる?」

「…………」

「冗談だよ、んひゃ。試しに使おうか簡単な仕事で」

「仕事で試させるんですか?」

「あの様子じゃあ道端にいる人を殺したら火に油じゃん、つーちゃんは望んでないだろ」


 疑問形ではない。

 あたしの心を丸わかりなのか、それとも客観的に見てもあたしの立場をそう思えるのだろうか。

 白瑠さんは平然だ。

「そうですね。簡単な仕事で」とあたしも平然を装い頷く。

 実践で試すしかない。


「……本当に簡単な仕事ですよね?」

「この前のも簡単な仕事だったじゃん」

「…………そーですね」


 一応、次の仕事でバグ・ナウを試すことになった。

 それからまた武器講座。昼飯抜き夜まで剣や槍相手にカルドで対決する。

 白瑠さんは(多分)手加減をして相手してくれた。

 家の中でやるのはやはり変な気分だが、室内で殺るのが多いならばこれでいいかもしれない。

 白瑠さん相手だとこちらも手加減(寧ろできない)しなくていいので思う存分カルドを振れた。

 夜は笹野さんが帰ってきて、夕御飯を作る手伝いをしながら今日のことを話す。

 簡単な仕事ならば、笹野さんが探してくれると言った。


「いいね。じゃあ三人でやる大仕事は俺が見付けるから、それまでの経験値を増やす簡単な仕事は幸樹に見付けてもらおう」

「白瑠に舞い込む仕事は大仕事ですからね」


 食卓についても会話は続いた。

 白瑠さんは賛成。

 だからか。あのヤクザの仕事が……。


「そう言えば……笹野さんの仕事は? 済んだの?」

「ええ、君が刀相手に苦戦していた時にね」


 同じ日に仕事をしたわけか。


「あっさり、終わったんですね?本当、簡単な仕事みたいですね」


 即座に仕事を決め、殺って解決なんて、本当に簡単なようだ。

 それは笹野さんが優れているからかもしれないが。


「あたしが選んでも?」

「ええ、いいですよ」


 夕食を終えてから笹野さんがパソコンを出し、例のサイトを開いた。

 やっぱりオカルト風。

 悪くはないが作っているのがハッカーと思うと、変なイメージが出来上がる。

 笹野さんはパスワードを入力して、説明をしてくれた。ランク付けをしてある仕事内容は明細に説明が並んでいる。

 ハッカーが依頼人に頼まれここに載せ、ハッカーが信用のある殺し屋に薦める。そんなサイトらしい。

 そうなると、ハッカーはなかなか頭が回るやつことになる。


「仕事は近場がいいですね。白瑠がバイクで……なんなら私が車で送れる場所にしましょう」

「送るのは俺! 白瑠お兄ちゃんがやる! それに一緒に手伝わなきゃ」

「はいはい、お兄ちゃん。ヘルメットをちゃんと購入してね」


 まだお兄ちゃんごっこが続いていたのか。別に構わないが、ヘルメットは被ってほしい。パトカーに追い回されたくない。

 笹野さんの言う通り近場で簡単でややこしくないシンプルな仕事を選んだ。

 ノートパソコンの画面上に付いているカメラの横に赤いランプがついていることに気付いて見たがそれはすぐに消えた。大したことではないと思い、笹野さんには言わなかった。

 仕事は二日後決行。

 本当にハッカーは優秀で、ターゲットのスケジュールまで調べたものを寄越してくれたのだ。ターゲットは休暇でホテルに泊まっているらしい。

 白瑠さんにヘルメット装着でバイクで送られ、ホテルへ。それ相応の服装(お兄ちゃんに選んでもらった服)でターゲットの部屋に行き、バグ・ナウをつけて、速やかに殺した。ターゲットは男。声も出さず死んだ。

 一人で殺ったようなものだったが、白瑠さんがいなければ侵入出来なかっただろう。一人で殺るのはまだ早いだろうと思った。

 仕事を片付けたあとは、依頼人に金を貰いに行った。

 依頼人は裏現実に片足を突っ込んだ企業会社の人間だ。

 一人で会いに行ったら、なんとも奇妙な目で見られた。女だと丸わかりの上に若いとバレバレ。驚かれたが殺しの証拠の写真を見せれば金を貰えた。


「また仕事を頼むよ」

「……機会があれば」

「では、仲介役の彼に次は君を指名するよ」


 仲介役はハッカーのことだろう。

 話し掛けられたが、女だとバレているなら口を開いてもいいか。あたしは小さく言い頭を下げた。

 気に入ってくれたらしい。

 こうやってお得意様が増えるようだ。



 帰ってすぐに爆睡。

 翌日、起きたのは昼だった。


「寝坊助ちゃん、おはよー」

「……こんにちは。お昼ご飯つくりますね」


 白瑠さんに寝坊助と笑われたが、スルーしてお昼ご飯にした。


「どうよ、バグ・ナウの味は」

「凄い抉れました。いい感じです」

「だっしょー」


 お昼ご飯を食べながらする会話ではない。

 でもやはり装着したり外したりは面倒くさいと言えば、工夫を考えようと言われた。

 言われたのだが、本人は部屋で寝てしまった。

 何故だ。

 起こす勇気のないあたしは白瑠さんの部屋の前で立ち尽くす。

 ベッドに俯せでくーかーとイビキをかいた白瑠さんを眺めていたら、呼び鈴が鳴り響いた。それでも白瑠さんはピクリともしない。

 誰だろうと廊下を二歩歩いて思い出す。

 笹野さんが訪問者を無視しろ。と言っていた。気がする。


「……」


 無視する事にして、部屋に入るとまた呼び鈴が鳴らされた。

 それも無視したら、また鳴らされた。

 出てくるまで押すのか。

 あたしは仕方なく、カルドを。では隠せないのでもっと小さな短剣をワンピースの下に忍ばせた。

 玄関に向かって、扉を開けば。


「こーんにちは、お嬢さん」


 一番に爽やかな笑顔が出てきた。

 とってもとっても。あたし好みのイケメンだった。

 ちょっと眺めの黒い髪にパッチリした黒い目の男の人。

 秀介より、好きな顔だ。

 だが、黒縁眼鏡。それはまぁ、眼鏡をかけた男の人の色気が出ているのでオッケー。

 しかしその身を包んでいるスーツ姿が全て台無しにしている。

 いくらイケメンでも、セールスマンならば台無しだ。一気に冷めて冷静に対処する。


「親はいません。何も買いません。じゃあ」

「わっ! 超ドライ! ツボ! 待って、お嬢さん! ちょっとだけでも聞いてください!」


 さっさと閉めようとしたが止められる。なんか前半奇妙なことを言わなかっただろうか?

 あれ。待てよ。

 なんか笹野さんの言った通りになっていないだろうか。

 しつこく呼び鈴を鳴らされ、耐えきれず扉を開いたらセールスマン。

 閉めてチェーンをかけるべきなのでは?


「お願いします、可愛いお嬢さん」


 お世辞なんて一蹴できるのだが、そのセールスマンの表情は、断れないほど笑顔。

 ただの笑顔ではない。

 興奮したような無邪気なきらっきらした笑顔だ。

 眼鏡の奥の瞳が爛々している。

 例えるのなら。病室で見た秀介の何とも言えない表情にプラス白瑠さんの無邪気すぎる笑顔のよう。


「少しだけなら……」

「ありがとう! お嬢さんは超可愛い上に優しいんだね! うんもう……ツボだよ」


 笑顔のまま嬉しそうに頷いたあと、何故かじろじろと上から下まで見られた。

 やっぱり可笑しいなこの人。

 歳は白瑠さんと同じくらいだろうか。

 セールスマンはしゃがみ、鞄の中から紺色のノートパソコンを取り出した。

 その間にあたしは短剣を握る。

 パソコンをカチャカチャいじる目付きは真剣でかっこいいが、セールスマンはいただけない。


「さぁ! 画面を見てみて!」


 しゃがんだまま言われた。

 仕方なくあたしは一歩近付き、彼の膝の上に乗せてあるパソコンを覗く。

 必然的にセールスマンと顔が近付いたが、そんなこと気にとめることができなかった。

 画面を見た瞬間。

 意識はブツリと。

 まるでパソコンの電源が落ちたかのように、途切れた。






 意識が戻った。

 自分は座っているようだ。暗い天上はコンクリートに見える。笹野さんの家ではない。笹野さんの家ではないのなら別の建物だ。何処だ?それよりも誰が?畜生。やられた。あのセールスマンめ。

 座っている背凭れに置いた頭を上げれば、玄関の扉を開いた時と同じ。


「やぁ! 目が覚めた? 可愛い可愛いお嬢ちゃん!」


 無駄に爽やかな笑顔のセールスマンが目の前にいた。驚き身を引くが椅子に座ったあたしはこれ以上は距離が取れない。

 こいつ! と睨むが彼の後ろに光るものが見えてそれに目を移す。

 テレビ。いや、パソコンの画面だろうか。長い黒っぽい机の上に幾つもの画面があるパソコンが在った。

 その画面に、あたしが映っていた。

 真っ直ぐカメラ目線のあたし。パソコンと向き合いあっている時に撮られたものだろう。背景が笹野さんの家だ。

 つまりはあたしを最初から狙ってきた。


「……何が目的ですか……?」


 あたしは目の前のセールスマンを睨み付けた。彼はスーツではなく、青いYシャツとズボン一枚の格好だ。

 にんやり、笑みを浮かべている彼はあたしを見下ろした。


「えぇ? そんな睨まないでよー可愛い可愛いお嬢ちゃん。僕はね、君と仲良くなりたいだけなんだよ」

「はぁ……?」

「ぐふふ……やっぱりいいねぇゴスロリは」


 堪えきれず笑う彼の最後の言葉に眉間にシワを寄せる。

 ゴスロリ? ゴスロリとは。やっぱりゴシックロリータのことだろう。


「似合う似合う!」


 すっごい笑顔で言われて、自分の手を見る。

 ぴきりと固まる。

 手は。ていうか見えない。

 長い袖がヒラヒラしている。

 あたしの着ていたワンピースと明らかに違う。

 バッと自分の格好を見た。

 ゴスロリのドレスを着ている。白と黒。スカートも袖と一緒、白のヒラヒラ。そしてそのヒラヒラには黒いリボンが垂れている。

 嫌いではない。

 しかしあたしが自ら着るようなものではない。

 自分では着てない。

 つまりは。つまりはつまりはつまりは。


「なっ、ななっなに着させてんだアンタっ!!!」

「超可愛い可愛いー。似合うーツボーグフフー」


 声を上げても、彼は何の反応もしなかった。なんだかデレェーとした顔であたしを眺める。

 よく見たらパソコンと逆側には、多くの服が在った。

 ゴスロリのドレスやチャイナ服やメイド服等、色々数多くある。それだけじゃない猫耳カチューシャや尻尾やらそんな感じのアクセまであった。

 調節したのか、切れた布とハサミが床に置かれている。

 真っ先に浮かんだ言葉はそう。

 変態。

 こいつに脱がされ、着せられた。屈辱だ。


「あっ、あんたな……! なんであたしにこんなことを!」

「それはお嬢ちゃんが超可愛いから☆」

「理由になってねぇえっ!!」

「理由になっている! 超正当な理由だ!」


 きゃぴきゃぴとはしゃぎ笑う変態がいきなり真剣な顔付きになりあたしの右手を両手で握った。

 あたしを浚い、こんな格好にした超正当な理由はなんだ!?


「ぴっちぴちの可愛い可愛い女の子に可愛い服を着させるのが、僕の趣味だから」


 両手を握ったまま、真面目に答えられた。

 何を言っているか理解できず、あたしは数秒停止。

 その間にも彼はあたしの身体を見る。


「いいね、いいね。未成年は肌がぴちぴち。うん。お嬢ちゃんはほっぺが柔らかいし髪サラサラだしニーソの足はそそるしゴスロリ似合うしチャイナ服もいいかもしれないなぁ」


 限界だ。


「うにゃあっっっっ!!!」


 奇声を上げて、彼の胸を蹴り飛ばす。

 そのあたしの足はニーソでした……。

 倒れた彼は、ひょいっと起き上がって。


「ああ! 猫コスもいいね! うん! お嬢さんがにゃあって言うのは……グフフ、ゾクゾクするねぇツボだよ」


 効いていなかった。

 寧ろ奇声を上げて火をつけてしまった。怖い。怖いです。変態が怖いです。

 白瑠さんのセクハラより怖いですこの人。

 椅子にすがりつきながらも、この状況を切り抜く方法を考えた。

 着替えさせられたのなら、短剣は奪われただろう。武器になるもの。ハサミがある。

 ハサミを掴んで滅多刺し。うんそうしよう。出来るならもう触れたくないが。


「全く、幸樹もズルいよね! こんな可愛い可愛い美少女と同居しているのを僕に黙ってたなんて!」


 美少女じゃねぇ。睨み付けたが、彼は幸樹、笹野さんの名前を出したことに気付く。


「…………貴方……笹野さんの知り合いですか?」

「へ?えー!? 幸樹、俺のこと話してないわけ!? うっわぁー幸樹つめてぇー」


 どうやら知り合いのようだ。

 なんだかショックを受けたというより、拗ねた顔をした。


「僕の名前は穀田藍乃介(こくたあいのすけ)だ」

「……アイ……?」

「白瑠には藍って呼ばれてる」

「あ……ならちょっとだけ話題に出ました。猫耳の話で。笹野さんは貴方の趣味にあたしを巻き込むなって……」


 言っていた。

 白瑠さんは藍くん、と言っていた。藍くんなら猫耳などたくさん持っていると。確かに持っている。仰山。笹野さんはあたしをその藍くんの趣味に巻き込むなと言っていた。

 ……こんな趣味に、巻き込まれたのかあたしは。


「猫耳? お嬢ちゃんが猫耳? やっぱり似合うよねぇ! 白に黒に……んー豹でもいいね、全部着てみよっか!」


 後半の台詞をまるで聞いていないのか、猫耳の話をしやがった。

 今助けに来てほしいのは笹野さんだ。白瑠さんじゃあ悪ノリして事態は悪化するに決まっている。


「着ない!! 服返せ! 家に返せ!」

「えー! 来たばっかじゃん! もっと僕と楽しもうよ!」

「楽しんでるのはてめえだけだろっ!! 近付かないで!」


 精一杯威嚇。

 白瑠さんと同じ種類の変態。

 そして白瑠さんよりランク上の変態野郎だ。

 勝、て、な、い。

 ジリリリリ。

 不意にそんな音が響いた。



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