秘密、壱。
「椿さん、料理できますか?」
「できません」
家に戻った直後に、微笑みで迎えてきた笹野さんにキッパリと即答した。
長い距離を歩いた為、へとへとだ。
「ですよね」
え? ちょっと待て。
何そのやっぱりって顔は。
「何がですよね、なんですか?」
「椿さん、O型だから」
「だから!?」
「材料全てを適量にいれて失敗するタイプ」
「ぐぅ!」図星をつかれてあたしは押し黙る。畜生。医者が血液の性格言うのは卑怯だ。
「先生は……A型みたいですね」
「はい、そうですよ」
「俺、B型ぁー! つばちゃんと相性ばっちり!」
「嬉しくありません」
「がぁーんっ」
ソファに座って会話に入ってきた白瑠さんに、半場八つ当たり。
相性? うまくやっていけるってことか?
嘘っぱちにショックを受ける白瑠さんを見て、クスクスと笹野さんは笑う。
「今日はハヤシライスにしましょうか」
「……それもあたしの母からの情報ですか」
あたしの好物は知られているようだ。肩を落としつつ、ポケットの金を出す。
「何人、殺したんですか?」
「四人と一人ぃ」
「それにしては少ないお金ですね」
「不良が札束いっぱい持ってるわけないじゃないですか……」
さらりと酷い事を言う笹野さん。あたしはテーブルに金を置き、ベルトを外した。
「笹野先生と白瑠さんは、相性悪いのによく一緒に暮らしてますね」
「それは幸樹の器のでかさが秘訣だねぇ」
「あぁなるほど納得」
「納得しちゃうの!?」
笹野さんの器がでかくなくっちゃこんな異常者と一緒に住めないでしょう。納得できるとも。
自分で言っておいて傷付いている白瑠さんを笹野さんは笑う。
あたしは無視して帽子を取った。髪を指でとかしていれば、べとりとしたモノに引っ掛かった。
「早く洗わないと傷みますよ」
帽子からはみ出た髪に、先程の返り血を浴びたようだ。
「お風呂に入っていいですよ。着替えは外に置きますから」
「あ……はい、ありがとうございます」
「じゃあ! 髪切ろうか!」
「せめてハサミにしてください」
ベルトのホルダーからカルドを手にとった白瑠さんにあたしは素早くつっこんだ。髪を切るのは別にいいがせめてハサミにしてもらおう。
笹野さんに言われた通り、浴室に向かった。また白瑠さんの服かな。
シャワーから水を流して髪をゴシゴシと洗う。紅が透明の液体とまざり足元を流れていく。
首の傷は塞がっているから、痛くはない。傷の部分は膨れていてわかる。ちょっとだけ、それに触れてボォとした。
ザァアアアと降り注ぐ雨に打たれながら、何も考えずボォとした。
濡れた髪が視界を塞ぐ。
髪を掻き上げて、天井を見上げた。
白に閉じ込められてるみたいだった。
「……女の子物」
外に出れば、着替えが置いてあった。予想外に女の子の下着に、女の子のワンピース。
買ったのかな? それにしては洗剤の匂いがする。
疑問に思いつつも、あたしはそれに着替えた。
「ありがとうございました、あのっ……この服は?」
リビングに行けば、真っ先に「幸樹ー見てみて似合ってるよぉ」と白瑠さんが指差す。あたしはすぐに笹野さんに訊いてみた。
「良かった、似合うようですね。それは妹の服です」
「妹……さん?」
首を傾ける。
笹野さんはハサミを取り出して笑った。
「死んだので使ってください」
そう、簡単に言い退けた。
……死んだ妹。
あたしは自分の着たワンピースを見た。
「幸樹くんは妹が死んだのをきっかけに、裏現実に来たんだよー」
いつもの調子で白瑠さんは、笹野さんからハサミを受け取ってあたしをソファに連れていこうとする。
「あ、妹さんの服を、いいんですか?あたしなんかが着て」
「いいんですよ、妹はもう着ませんから」
笹野さんは微笑みで何もないように言う。あたしは白瑠さんに手を引かれて、ソファへ。
テーブルの上には磨かれた短剣が置かれていた。白瑠さんが磨いたようだ。
ジョキジョキと音がする。
容赦なく髪を切っているようだ。
あたし的には妹さんの死因が知りたいのに。あたしはついていないテレビを通して笹野さんを盗み見した。
大した様子はない。
妹の死因はなんだろう。見たところ若そうな服だ。
事故か病死か。その死をきっかけに裏現実に入ったと言うなら、笹野さん自身が殺した?
もし違ったら笹野さんに失礼なので黙っておこう。
「椿ちゃん、髪が整ってないねぇー。美容室いかないヒトー?」
「あ、はい……めんどくさくっていつもは自分で適当に。なんか一人に髪洗われるのが嫌なんです……無防備だし」
「あぁーわかるわかるぅーあの首を無防備に出した感じ? スパッて切られそうでやだよねぇー」
何の話だ。恐らく共感しているらしいがちょっと違う。
あたしの髪はいつも結んでいるから揃ってなくても気にしないんだ。朝起きたら悲惨なほどに爆発しているのはちょっと傷付くが。
「だいたい、相手が凶器持ってんのに手がでないのはいただけないよねぇ」
「そうですね、正直あたしは今、美容室以上に怖いですよ」
だって頭蓋破壊屋さんが真後ろでハサミを使ってるんだもん。
ハサミがなくとも恐ろしいと言うのに……。
「あ、そうだ」
「ん?」
「どうやら一緒に仕事して仕事を教えてくれるようなので、予めお礼を」
「ん。いいよいいよ、そぉんなの」
「ありがとうございます。住む場所までいただけるみたいで」
「いいってば」
「一つ我が侭な願いを言わせてください」
「なぁに?」
ワガママなお願い。
「もしも、あたしが要らなくなったら、貴方が殺してください」
ただ、それだけ。
「不要だと思ったら、気付かない内に、殺してください」
それだけ。二人がこうやって親切にしてくれるのはきっと、利用価値があるから。
手伝いにしろ、何にしろ。
要らないと思ったら白瑠さんの手で殺してほしい。
こんな頭、吹き飛んでほしい。
少しの沈黙のあと、またしゃきしゃきと髪を切る音がした。
「わかった」
ただ一言だけ。白瑠さんは答えた。これで死は、決まった。あとは、いつ、なのかだけ。
ちょっとした嫌な沈黙。
そのあとにキッチンから物音が聴こえた。振り返れば、笹野さんがキッチンに立っていた。そういえば夕食の時間だ。
「あの、お手伝いします。笹野さん!」
「いいですよ、お疲れでしょう」
「野菜切るだけならできますよ!」
「あーもうっ、動くと耳切っちゃうよ?」
思わず悲鳴を上げそうになった。ガキッとあたしは首を固定する。
多分軽い冗談のはずだが、ハサミを持っているのが白瑠さんだけにビビる。
暫くじっとしていれば「はい、終わり」と肩を叩かれた。
髪を確認してから直ぐ様にあたしはソファから逃げ出し、笹野さんの元に向かう。軽くなった髪が揺れる。
おお、白瑠さん才能あるね。
「すっきりしましたね」
「はい。上手いですね、白瑠さん。短い時間ですいちゃうなんて」
「えへへっ」
キッチン越しか、らあたしは白瑠さんに言った。白瑠さんは気を良くしたのか嬉しそうに、にんやり笑う。
「人参切りますね」
あたしは皮を剥いた人参を手にして、包丁を持った。笹野さんの指示を聞きながらやれば、きっといつものように失敗しないだろう。
いつもの失敗とは、適当に勘で作った料理の事だ。
「今日はおやすみなんですか? 笹野先生」
「はい。明日から仕事なのでご飯は自分達で。白瑠もいい加減なので、極力料理しない方がいいですよ」
絶対に散らかさないでください。と言われた。大丈夫、爆発だけはありませんって。
「あの、事件の捜査状況とか……聞いてます?」
「何が知りたいんですか? 細かい質問をしてくださればお答えできますよ」
それはそうだ。
遠回しより直接的に訊かないと、怒らせてしまいそう。
あたしは少し考えてから、また口を開いた。
「佐藤刑事……白瑠さんが頭を吹き飛ばした刑事がサイレンサーを持っていた矛盾ですよ」
「それに関しては、刑事は口にしないでしょうね」
「…ですよね。きっと混乱中でしょうね、刑事達は」
「貴女が犯人だと知った方が混乱するでしょう」
軽い皮肉を笹野さんは言った。
あたしは肩を竦める。
「その内、バレるでしょうね」
「どうかな、君みたいな小柄の少女が56人も殺せるとは思ってもいないでしょう。平凡な日本だからこそ、そんな発想はでない」
あたしに笑みを向けて、そう笹野さんは言う。それが少し意地悪に見えた。
「私も驚いたのですよ、白瑠の話を聞いて、貴女を見た時。ただぐっすり眠っている君は……穏やかでしたね。とても56人を殺したようには見えませんでした」
「……寝顔は忘れてください。てか、殺したように見えたら刑事さんだってわかっちゃいますよ」
「白瑠は人殺しに見えるでしょう?」
「見えなくもない、です」
きょとんと、話題の本人がこちらを向いたが、あたしも笹野さんも気付かないフリをした。
「そうじゃなくて……無垢な感じ。汚れていない。純白。とにかく、可愛らしい寝顔でした」
「やめてくださいよ! そゆうこと言うの!」
「照れているのですか? ふふっ、人間は見掛けだけではわからないものです。特に表にいる人間は。裏現実の人間は、そこが裏だから裏と言う素顔をさらけ出す。私が医者をやっているのが表で、殺しをやっているのが裏のように。表だけじゃあわからない」
それはつまり、なんだ?
あたしにも裏表があると言うことか。まぁ当然か。否定は出来ない。
「あたしもそうですね、見た目はただの少女、中身は……60人を殺した殺戮者」
「ただの少女ではなくて……まぁ止めておきましょう。包丁を持っているし」
言いかけた笹野さんは止めた。また無垢や純白だとか言おうとしたのだろう。あたしが包丁を持っているから止めた。また言ったら振り回すはずだ。
「ただ、裏現実とはそういうところだと理解してください。白瑠は言っていないでしょう?」
確か、イマイチ解らないことを言っていた気がする。
「あたし達みたいな人間が裏現実者。と言ってました」
「ほう……。なるほど。そうですか」
笹野さんは一人納得したように頷いた。手元は肉を食べやすいように切っている。
「なんですか? やっぱりまぁ、わかりやすいですよね。殺人しなきゃ生きれないのが裏現実者、て」
「白瑠が言ったのはそうじゃないです」
白瑠さんと言えば、構ってもらえないとわかったのかソファから消えていた。
「裏のままであるってことです。つまり、貴女は、白瑠と同じで常に裏だけ」
「裏だけ?」
「ただの少女であり殺人鬼、それが貴女の素。つまり表はない。白瑠もまた表がない。だから、貴女と自分を合わせて達と言ったのでしょう」
あたしも白瑠さんも、表がない。だから裏現実者。
表がない。
殺人鬼があたしの素。
なんとも言えない。
「え、ちょ、つまり……表がないってことは、表現実では生きれないってことですか? あたし」
笹野さんのように表現実で医者として働くように、そうゆうことが出来ないと言うのか。
笹野さんは清々しいほどの笑みで頷いた。ひ、ひどい。
あたしはもう完璧な裏現実者と言うわけか。
「……よく、両立できますね」
やれることがなくなり、笹野さん一人がハヤシライスを作っていく。
「医者ですから。殺したい衝動は最初だけでした。今ではちゃんと患者を救ってますよ。でも、たまに殺してますけどね。ああ、患者をってわけではないですよ」
誤解しないように笹野さんはそう答えた。
表では医者、裏では殺し屋。片や命を救い、片や命を奪う。
笹野さんはすごい。
「最初の殺しって?」
「……。妹を殺した人間ですね」
あたしは息を止めた。
「貴方ほどではありませんが、何人か殺しました」
「……つまりは……笹野さんは……あたしと違い……復讐で殺した?」
途切れ途切れにあたしは訊いた。
「そうなります」と短く彼は頷いた。
あたしとの大きな違いだ。あたしは自分の為。笹野さんは妹の復讐の為。
否、それも自分の為でもあるのか。
それ以上問うにはあまりにも図々しいと思い、あたしは話題を変えた。
「よく病院で働けますね。あたし病院のあの空間が嫌いです」
「おや、何故?」
「白い病室が、重々しく感じるんです。牢獄みたい。見舞いに来ただけなのにこっちまで病みそう、みたいな」
「病院が好きで毎日来られてはたまらないのでそんな空間なんですよ」
拗ねた子供を宥めるように笹野さんは軽く笑う。
「白色は嫌いですか?」
「嫌いではないですよ、でも真っ白の部屋はごめんです」
「ニューヨークにある白瑠の部屋は真っ白ですよ」
真っ白の部屋だと?
「おえっ」と思わず洩らす。想像すると気持ち悪くなる。
真っ白の壁、真っ白の家具。数秒そんなところにいたら気分が悪くなる。
「そう言えば、秀介君ですが」
「あ、はい?」
「どんな関係ですか?」
あれ、それはもう言ったはずだろう。
手が空いて、笹野さんは意地悪い笑みで訊いた。
「ただの友達ですけど……」
「少なくとも、友達を“俺の物”だと言うような子ではありませんよ。入院仲間を守るだなんて……興味深い」
笹野さんは腰を曲げて、あたしの顔を覗き込んだ。あたしは一歩後退りする。
秀介とあたしの関係? 友達以上恋人未満。否、恋人以下友達未満。
そう答えれば、説明しなくてはならなくなる。
秀介に告られたなどからかわれるネタになるだけだ。
「本当に、入院友達です。会ったのだって入院一週間目ですよ」
「それから毎日、病室に来ている仲の良い友達ですか?」
疑り深く問いかける笹野さんの目は、気に入る答えを待っている。
「そんなに秀介君は、可笑しな事を言っていたんですか?」
「彼の執着は凄いのです。白瑠の事だって倒したいがために追っているのですよ、しつこい程に」
「……だから?」
「君に、ふふっ、執着していると言ってるのです。彼に何したのですか?」
執着? 秀介は何を言ったんだ。
何をしたのか、なんて失礼な。
「彼女にフラれたのを目撃したので、慰めたんですよ。それだけ」
「癒すフリして心を盗んだ? 傑作ですね! 数多くの裏現実者に恐れられる鬼が?」
すごく可笑しそうに笹野さんは笑い声を上げた。先ずは誤解を解こう。
「あたし、心を盗んでません。慰めるフリをして暇つぶしをしただけです」
「さりげなく酷いことを威張って言いましたね」
「裏現実者も恐れられる鬼ってなんですか?」
「名の高い裏現実者を潰す鬼ですよ。ナマハゲみたいな感じですね、裏現実ではヒーローみたいな感じ」
「さりげなく酷いことを言いましたね、笹野さんも」
ナマハゲから、ヒーローにイメージを変えるのが難しかった。つまりは、あれだ。
正義のヒーロー。
「え? あ? 裏現実って……裏社会的なドロドロの闇の世界ですよね、その中にヒーロー?」
「裏現実者は何も全員が殺し屋ではないです。秀介君は殺し屋狩って生活しているようなものなんですよ。裏現実の秘密は聞いてないみたいですね」
秘密、で思い出す。
そう言えば裏現実者が知る秘密を訊いていなかった。
「聞く直前に笹野さんが帰ってきたので、白瑠さんから聞きそびれたんです」
「そうですか。脱線しましたね、それで頭蓋破壊屋を躍起になって追う秀介君が優先した貴女は一体、彼とどういう仲なんですか?」
秘密を教えてもらえない上に話を戻されてしまった。
もう観念した方が早いようだ。
「あたしは友達だと思っていて、彼はあたしと付き合いたいそうです」
あたしは降参と両手を上げて見せた。真面目に言ったが、なんか可笑しくてあたしは吹いてしまう。
それを見て笹野さんも首を傾げて笑った。
「何故笑うんですか?」
「いや……なんか妙で……。彼、比較的顔がいいのにあたしなんかと付き合いたいなんてバカな話だと思いません?」
「そうですか?笑うと比較的可愛いですよ」
自分のことを嘲笑っていれば、調子を合わせながら笑い頭を撫でられた。突然の不意打ち。
あたしは目を丸めてから背を向けた。
どいつもこいつも不意打ちをするな、綺麗な顔で。
「おや、照れてますか?」
「この話は終わりにしましょう! 白瑠さんは何処に行ったんです?」
あたしはキッチンから逃げ出して、白瑠さんを探す。笹野さんは自室にいると教えてくれた。
あたしは白瑠さんの部屋へと向かい、ノックしようとしたが先程の真っ白の部屋を思い出して躊躇う。
真っ白は嫌だ。
そう思っていれば部屋の扉が開いた。
「どーぞ」
ニコッと白瑠さんが、顔を出して中に招いた。ただ呼びにきただけなのだが。
どうやら真っ白ではない、あたしは部屋へと足を踏み入れた。
「わぉ……すごい…」
部屋はベッドと棚しかなく、あとは数多くの武器に埋め尽くされていた。銃やナイフは勿論、剣から槍、ハンマー、ボウガンになんだかすごそうな武器までズラリと並んでる。
足の踏み場に困るくらいだ。
白瑠さんは軽い足取りでベッドに行き飛び込む。ベッドに置かれたナイフがその弾みで落ちた。
「暇だから手入れしてたんだぁ」
「そのようですね。……全部使えるんですか?」
「使えるさ! なんだってね」
あたしは興味津々で武器を眺めた。こんな武器の山などお目にかかるのは初めてだ。
まじまじと見つめてからあたしは後ろにいる白瑠さんに訊いてみた。
「白瑠さんの初めての殺しってどうだったんですか?」
「んー? 俺の初めての殺し?」
ギシ、と軋む音に振り返る。
「つーちゃんの“レッドトレイン”には敵わないけどぉ」
にまにま笑って、軽く嫌味を言いながら白瑠さんは答えてくれた。
「バーで、44人殺したぁ」
罪悪感なんて微塵もない、寧ろ無邪気な笑顔でそう答えた。
アメリカに留学してたって……。アメリカのバーの殺戮現場を愉快そうに笑って立っている白瑠さんが、想像できて寒気を感じる。
「因みに……きっかけは?」
「きっかけ? ああーなんとなく! 殺っちゃおうか! って感じで!」
首を傾けてから、キャハッと笑う白瑠さん。軽い。かなり軽いぞこの人。気が向いたら殺し、そんな人だ。恐ろしい。
「一体……どんな風に……殺し」
「一人残らず頭かち割った」
質問する前に答えられた。
あたしは沈黙。
「あーでも、割った瓶でザクザクやったっけ? 椅子の足でグサリもやったしぃ、腕や足をむぎとったりぃ、目玉をくりぬいたりぃ」
「あの、やめてください、もう十分です」
だめだこの人。根本的に可笑しい。殺しを楽しんでいるのだから、正常と言う方が変か。
あたしには到底真似できない。
「あの、つかぬこと訊きますが……家族は?」
「ん? 帰ってきた時に殺した」
訊くんじゃなかった。
本当に怖い人だと、思った。
あたしは白瑠さんに背を向けて、また武器を眺める。
「嫌いだったんですか?」
「嫌いだったよ」
刀を手にして、抜いてみる。鋭利な刃があたしを映す。その表情は、あたしにもわからない。
「どんな家族でした?」
「うわべだけ幸せな家族だった」
白瑠さんの手が、あたしの髪に触れた。軽くなった髪の毛の間に指を入れて、流れていくのを楽しんでいる。
しん、と静寂が流れた。
あたしはただ動かず黙って触らせる。
人間の人格は家庭を表すと言う。家庭が悪ければ悪い、良ければ良い。
あたしも白瑠さんも、家庭が悪かったから情けない人格になってしまったのかもしれない。
そんなことを嘆いたって、何も変わらないのが、苦しかったりする。
「夕飯、できたから食べましょうって笹野さんが」
いつまでもこうしていられない為、切り出して言う。
ていうかこれ以上髪を触ってほしくない。軽く性感帯だもん。
「んー!」
そう返事して、白瑠さんは立ち上がった。
三人で食卓を囲んだ。イタリアンのサラダとハヤシライス。何だか変な感じだが手をあわせて「いただきます」。
むしゃむしゃと無言でサラダを食べる。
「はい、あーん」
「…………」
隣の白瑠さんが牛肉をスプーンですくって、あたしに食べさせようとしたから冷たい目を向けた。やはり効かない。
「あーん」
「食べてあげてください」
ふふふ、と笑って向かい側に座る笹野さんが言った。まじか。
あたしはしぶしぶそれを食べた。白瑠さんは楽しそうに笑う。
白瑠さんは病んでいる上に精神年齢が低すぎる。
「あの、白瑠さん。明日は何やるんですか?」
「明日ぁ? んー、とぉー」
え、考えてない?
行き当たりばったりなんてやめてください。
「幸樹君の病院に行ってみよう!」
「それに何の意味が!?」
「捕まりますよ? 椿さんが」
「あたしだけ!?」
「大丈夫、私の料理には口を割らない薬が入ってますので、貴女が捕まっても私達の事はバレません」
「嘘をさらりと言わないでください」
「え!? 嘘なの!?」
「信じたの!? 白瑠さん!」
初めての夜の食卓は奇怪な組み合わせで、くだらないことを話して騒いだ。
朝は、車の音に目を覚ました。ちょっとだけ唸って、枕に顔を埋める。少しだけ二度寝してから起き上がってベッドから降りた。
窓から外を確認すると笹野さんのクラウンがなくなっていた。出勤したらしい。
顔を洗ってリビングに入る。朝食がテーブルに並べられていた。
なんだか新しい家族が出来たようだ。家族と言う言葉なんて嫌いだから、優しい兄が出来たみたいだと訂正しよう。
笹野さんにしたら迷惑だろう。
朝食をつまみ食いしてからソファに座って、テレビを見た。ニュースに昨日のアレが報道されていた。
駅で若者五人が惨殺。連続殺人事件として捜査中。
そのあと、あたしのニュースが再び流れた。一体何回このニュースを流すんだろう。進展がないなら無駄だ。変化は何もない。
「おぉーはよっう、つばぁちゃんっ」
背後から声をかけられて、ビクッと震え上がった。振り返れば、寝癖のすごい白瑠さんが大欠伸して背凭れに寝そべっていた。
「おはようございます……。あの今日のご予定は?」
「昨日話したじゃん」
「病院はだめだって言われたじゃないですか……」
「病院じゃなくて……あ、話したのは幸樹か! 今日は椿ちゃんの買い物にいくんだよぉ」
「へ?」
買い物? とあたしが聞き返せば、もう一度言って白瑠さんは頷いた。
にやんり。
狂った殺人者は理解も、何をするか予測もできない。
白瑠さんの服を着て昨日のベルトをつけられて、彼と家を出た。電車は嫌だと予め断ったら歩いて行けると笑われる。
歩いて一時間でデパートについた。どうやら必要な生活用品を買えとのことだ。
急かされながら、あたしは購入した。因みに金は白瑠さん曰く血に濡れた金だそうだ。
殺しで稼いだ金をポンポン出すからちょっと引いたが、あたしも稼いで返そう。レシートはさっとポケットに。
「お昼ご飯にしません? 白瑠さん」
「それより椿ちゃん、化粧品とかは?」
「え、あたし化粧しませ……」
一階に降りて昼飯を食べようとしたが、白瑠さんに手を引かれてドラッグストアに。
化粧なんてしないのに、と呆れながら白瑠さんについていくと女のあたしより化粧品に詳しかった。
どうやら変装に使うらしい。
次々と化粧道具が入れられた。白瑠さんは先程購入した服の袋をいくつも持っているのに重くなさそう。
この人の身体は一体どんな作りをしているんだろうか。
あたしは歯みがき粉やシャンプーもかごに入れた。それからヘアースプレー。髪染めも買おうかと思ったが白瑠さんに「髪が痛むからやめなよ」と止められた。
それから、やっと昼飯を食べた。一緒にピザを堪能。
「他に何が要る?」
「別にもう要りませんよ」
「そう? もっとさぁーんー」
他に何が要るんだ。
下着も服も買ったしアクセサリーも買った。アクセサリーは白瑠さんが決めて、あたしの反対を押しきって購入した物。(あたし好みでかっこよかったが高かった…)枕のカバー等や財布、ブーツ、タオルまで買ったのにまだあるのか。
「あっ! バイクなんてどう?」
「免許ありません」
「免許なんて関係なぁいよ」
免許が要らない、となるとコレクションか。なんて生ぬるいこと微塵も浮かんではこなかった。
免許がなくていい、と言うことは無免許で乗れという意味だ。
犯罪ですよと言葉が喉から出かけたが飲み込む。
裏現実者=犯罪者。
「よっしゃあ! じゃあ買いにいこう! 何がいい? 原付? 中型? それともっ」
「いりませんいりませんいりません!!」
立ち上がった白瑠さんの腕を掴んで止めた。残念がって白瑠さんは腰をおろす。
「もう十分ですから。あと足りないと思ったら自分で買いにいきます」
「俺もいくーぅ!」
にぱーっと人懐こい笑顔を向けられては、断れない。
「白瑠さん……暇なんですか?」
「うん、仕事待ちなんだぁ。つばちゃんと殺れる仕事をね」
「あたしと……二人?」
「うん、かるーいヤツにね。一般相手なら平気だろうから」
仕事の話になって、あたしは身を乗り出す。確かに一般人相手ならば武器を手にしている限り殺せる。
捕食者なのだから。
問題は一般人ではない者。
白瑠さんは気を遣って簡単な仕事を探して、いや、待っているらしい。仕事から舞い込んでくるのだろうか。
「はぁ……。仕事は、白瑠さんに任せますが……笹野さんは一緒じゃないんですか?」
「幸樹君は大きい仕事だけ。あとは自分で見付けてちまちま殺ってるよ」
ふーん、と相槌を打つ。
一緒に住んでるが、別行動をするのか。家に戻ったら仕事の探し方を教えてもらおう。
帰りは絶叫ものだった。
結局、白瑠さんがバイクを購入。自分の物らしい。正直札束が何処から現れたのかが知りたい。
ノーヘルでスピードは違反ですっ飛ばされた時は、荷物が飛ぶかと思った。怖かった。パトカーと会わなかったのは幸運。
「こうちゃんの家は仮住いみたいなもんだからあんまりこうゆうの買わないんだけど、交通手段はあった方がいいね!」
「はぁ……そうですね……」
家に着いてそんなこと言われても困る。ん?仮住い?
「仮住いって?」
バイクから降りる白瑠さんを見た。様になっている……。
「基本、フラフラするから。日本ならほぼ、幸ちゃんの家に泊めてもらうんだぁ」
「じゃあ他の国では?」
「お友達の家とか借りっぱの部屋とかだよ!」
何だか世界中をプラプラしている白瑠さんが想像できた。自由な猫みたい。
「え、じゃあ……外国で仕事があったら、笹野さんとはお別れですか?」
「日本に戻れば会えるよ」
あたし的には笹野さんが居てくれなきゃ困る。白瑠さんとずっと居るなんて、精神的に無理だ。
肩を落としながらも、笹野さんの家へと入った。ならこの生活用品は要らなかったのではないのか?
パーカーを脱いで、ソファで買った物の整理をした。先ずは小さい物から。アクセサリー等。
暇な白瑠さんはそのアクセを全部自分につけて遊ぶ。
あたしは気にせず、服の値札をナイフで取った。
家を出る時はベルトをつけろと、貰った。
「今日はミッションはないんですか?」
「うん、毎日は流石に無理があるからね。……あれ? 今殺したかったりする?」
「いいえ」
毎日殺しては足がつくからか。
目を丸めて顔を覗くから、あたしは首を振った。では今日はゆっくりできるのか。
服を畳み、一息つく。あとは部屋に飾ったりすればいい。
「夕御飯はどうします? 笹野さんは?」
「こーくんは遅くに帰ってくるはずだよぉ。俺ステーキが食べたぁい!」
「じゃあ食べにいきましょうか」
外食ばかりになりそうだ。
「そうだ、白瑠さん」
「んーん?」
「裏現実者の知る秘密を教えてください」
聞きそびれた秘密を今訊こう。
目を丸めた白瑠さんは、何のことかわからなかったのかきょとんとした。だけど直ぐに楽しそうに白い歯を見せて笑う。
「んひゃひゃっ! 知りたい? 知りたい?」
「知らなきゃ裏現実者にならないんじゃあないんですか……?」
んふふ。そうもったいぶる彼の後ろに、猫の尻尾が見えそうだ。チェシャ猫の笑み、と言うには無邪気過ぎる笑顔。
にまにま、首を揺らす白瑠さんはやっと口を開いた。
「吸血鬼が実在するんだ」
その言葉が頭の中に入るまで時間がかかった。
「ヴァンパイア?」
あたしは聞き返した。
それがやっとだった。
「そう。吸血鬼、ヴァンパイア、ドラキュラ、ヴァンピーロ……血を吸う架空の人間の姿をした怪物だぁよ」
白瑠さんは笑ったままあたしの首を掴んだ。顔がひきつる。
冗談でも触られたくない、頭蓋破壊屋には。
「闇の中で生きる彼らは裏現実者なぁんだぁ。たまに仕事で一緒にやるんだよ、裏現実者はみぃんな吸血鬼を知ってるんだー」
「吸血鬼って……まじで? 血を啜ってる?」
「うん。彼らの場合、殺りながら血を飲んで生きてるんだよ。首切って、ゴクーって」
クイッと親指があたしの首を曲げた。それから白瑠さんが顔を近付けてぺろっと舌で舐められ、ビクッと震える。
ふふふっ、と濡れた部分に白瑠さんの笑いが吹きかかった。
「やつらは不死身。だけど数は少ない。きょーぞん、してるんだよ、面白いでしょう?」
ケラケラ笑って白瑠さんはあたしを放した。違和感の残る首を擦りながらあたしは質問をする。
吸血鬼には興味がわく。
「神話通り……十字架や日の光に弱かったりするの?」
「十字架には弱くない。日の光には弱いからサングラスかけてるよー?」
「じゃあ……ゾッとするような美しい顔だったりします?」
「うん、白い顔でイケメン揃いだよー?」
「わぉ! あたし吸血鬼好きなんですよね!」
「……」
十字架は効かない。陽には弱い。白い肌でイケメン。映画みたいな吸血鬼。
あたしは好きだ。
そう言ったら白瑠さんの顔から笑顔が消えた。
「…………へぇ……」
冷めたように、そっぽを向いてしまう。なんだいきなり。
「……不死身ってことは、誰にも殺せないんですか?」
「ううん! 簡単には殺せないだけ! 吸血鬼を殺すにはねぇ! 血を全部抜き取って身体を燃やせばいいんだっ!」
訊けば、ぱっと笑顔を向けて白瑠さんは楽しげに言った。うん、グロい。
「不死身的な身体を燃やせば、復活しないってことですか。ほげぇ驚いた、まさかそんな秘密だったとは思いもしませんでした」
何も想像できなかったが。
「不死身なら、なんかしら不死になる薬とかあるの?」
「そんなもんないなぁいっ!」
プハハハハ!と笑い声を上げ転げた白瑠さんは手を振った。
「吸血鬼は人間ではないから吸血鬼なんだ! 人間も吸血鬼ではないから人間! 似た姿をしていても、別の生き物! その細胞を入れるなんて、無理無理! 人間は永久を生きる身体になりゃしない! 大昔にそんな実験やってたらしいけど、当然失敗したらしーよ?」
ケタケタと笑い足をバタバタする白瑠さん。バカですみません。
「なるほど……つまりは、人間が吸血鬼になることも無理、てことですね」
吸血鬼の細胞を人間に取り込むのも無理。つまりは吸血鬼が噛んで人間を吸血鬼にするそんなお伽噺はないということ。
起き上がった白瑠さんはパチパチと拍手した。
「そーゆうこと!」
似ても違う生き物。
吸血鬼は人間ではない。
人間は吸血鬼ではない。
可笑しな話だ。
似ているのに、どうして違うんだろう。そんな疑問を投げ掛けたところで答えは難しく更に理解できないだろうから口を閉じる。
「性格は……どうです? 冷酷だったり?」
「んー、比較的、温厚だと思うよ。人間を食い散らかすような子どもじゃない、大人しい感じかな。俺が知ってる吸血鬼は。あと無愛想だけどからかいのある吸血鬼がぁ、よく仕事するやつ! 今度会わせてあげるよぉー一緒に苛めよ!」
苛めよ、の意味がわからないから曖昧に頷くことにした。
冷酷ではなく比較的温厚。それは人間に比べてか。それとも裏現実者の中ではなのか。
吸血鬼にだって性格はありそう。
是非とも知りたいものだ。
予想以上に裏現実は奥が深いらしい。
なんだか、楽しくなりそう。
頬杖をついて一人の世界に入り、密かに笑みを溢した。