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探偵の黒猫

久々更新です。

蓮真君と椿ちゃんを仲良く遊ばせたかったのですが、ちょっと物足りなかったかなぁ。




探偵ごっこ。追い駆けっこ。

足跡を追うのは趣味じゃない。





「ぐふふー!つーのお嬢のエプロン!」

「んひゃひゃあ可愛いー!」


 二人の視線を受けつつあたしは料理を作った。幸樹さんは例の助っ人を迎えにいっていて今夜は帰ってこれないらしい。電話で今の状況を報告して、それからレシピを教えてもらい夕食作り。

隠し事の罪悪感から、やむを得ず白瑠さんと藍さんに差し出されたこの前のメイド服基エプロンドレスを着て作った。

 藍さんの分も作るのでちょっと緊張したが、なんとか上手くできて好評を受けた。

良かった。あたしはエプロンドレスのままで一緒に食事を摂る。なんか二度目だと慣れたぞエプロンドレス。違和感ないよ。


「んーふ、ツボだね!料理ができる椿お嬢!エプロンドレスたまんないぐふふっ」

「毒盛ればよかった…」

「エプロン、つーちゃん、かっわいいー」

「お触りはだめですってば!!」


藍さんには失敗作を食べさせればよかったと呟いていれば隣に座る白瑠さんがスカートを摘まんだので叩く。

油断も隙もあったもんじゃない。


「明日からあたし一人で喫茶に入りますから。白瑠さん来なくて結構ですよ」

「え?今ので怒った?俺のこと嫌いになった?」

「いや…セクハラとこれとは別です」

「女の子はみーんな俺を足に使うんだね!」

「そんなに女の子に足に使われた経験があるんですか…」

「いやないよ」


キッパリと首を振られた。冗談に付き合ってしまったじゃないか。いるわけないだろう頭蓋破壊屋を足に使うような女子。

そういえば学校の先輩を含む女子は足と金のある男がいれば交際するとか言っていたな。足とは車とかバイク。男は知らないが女は経済力と足がないと交際してやらないらしい。あたしの周りの女子の話。

あたしは別にあってもなくても…。付き合いません。


「ラトアが来るから俺不要かぁー。ラトアは多分明日の夜に来るんじゃないかなぁ」

「ラトア?」

「幸樹が迎えにいった鼻のいいやつ」


藍さんが答えてくれた。

白瑠さんより鼻のいい、幸樹さんが迎えにいった人物が、ラトア。外国人…かな。裏現実者は世界中にいるよね、まぁ。

「多分夜だけどねぇ」と白瑠さんは平らげた。





くすぐったくって目を覚ます。

しまった。

一夜を明かしてしまった。

夕食後に三人で容疑者絞りをしていたのだ。そのまま疲れて眠ってしまったらしい。あたしは藍さんの膝の上に頭を置いて、白瑠さんはあたしの足の間に。ソファの下で座って寝てやがる。

太ももの間に白瑠さんの頭。

際どい。

頭に乗せられている藍さんの手をゆっくり退けて起き上がる。


「ひゃっ」


起き上がったら白瑠さんが動き、思わず声が漏れた。

なんだ。ひゃっ、って。こらこらこらあたししっかり。

いくらミニスカで露出した肌に白瑠さんがすりよってるからって。感じた声を出すんじゃない。全身性感帯か。

どきどきどきどきと乱れた心臓を落ち着かせながらも白瑠さんの頭を押さえる。

この人まさか寝ている間に触っていないだろうな。首をへし折ろうか。

そう思いつつ白瑠さんから脱出。

しかし。本当になにもされていないだろうな、と身体中を探る。エプロンドレスは乱れていない。

昨日は警戒して入れなかったのでお風呂へ。

着替え中に見ちゃった、的なアクシデントなんかで裸を見られたくはない。どこの同居ラブコメディだ。

 服を脱いで浴室へ。

シャワーの水を出して髪身体を洗う。

昨日は多度倉さんが調べた容疑者を洗いかなりの数まで絞り出せた。

それから蓮真君の言っていた凶器を調べてもらった。少なくともカッターではない刃物で殺されたらしい。刃渡り約10センチ以上。ナイフか包丁と推定されているそうだ。

カッターではなくナイフか包丁。包丁?と首を傾げてしまう。裏現実者が包丁。微妙だ。

 当然と言えば当然か。

あたしがカッターで殺した事実を知るのは白瑠さん達ぐらいだ。

警察もナイフだと推定して発表したのだから、カッターで殺ってはいないだろう。

先ずは犯行直後に来店した客を探しだし、その中から裏現実者を見つけ、ナイフを持っているかを知り、犯行する理由があるかを調べ、犯人と確定してからケジメをつけさせる。

 シャアアアと水を被りつつ考えていたのだが、冷静になったのか、かなりかなりかなり面倒くさい。

“先ずは犯行直後に来店した客を探しだす”のがそもそも面倒なのだ。多度倉さんはその日の夜にいた客を覚えている限り教えてくれただけだ。そこから聞き込みをする。その聞き込みが嫌なのだ。刑事じゃあるまいし。そう。あれだよあれ。

藍さんと白瑠さんと同じで。飽きた。飽きたのだ。

篠塚さんを尊敬します。

 あたしも探偵には向いていないかもしれない。かといって怪盗のように手の込んだ予告を作るような頭脳もない。あたしが向いているのは殺人鬼だ。

 そうだ。そうそう。あたしは刑事でも探偵でもないのだ。殺人鬼が模倣犯を探している。それだけだ。

なら真似事はやめようか。

追ってきたのはあっちだ。

憧れからか人気や名前を奪いたくてやったかはわからないが。あたしがまた、本物の紅色の黒猫が大きなことを仕出かせばまたきっと便乗してくるはずだ。

 こっちが追い掛けてどうする。足跡を追っているのはあっち。こっちが追ってどうするんだ。

追わせて追わせて、あぶり出してやる。

その為には何が効果的か─────。


「つーばちゃん?生きてるー?」


白瑠さんの声にビクリと震え上がり振り返る。素早くドアのノブを掴む。同時にノブが動いて開こうとしたのでそれを阻止する。


「な、なんですかっ!」

「いや、長いなぁと思って。生きてる?」

「話してるじゃないですか生きてますよ!」

「お腹空いたぁ」

「…朝飯作りますから出てってください」


 苛立ちを押さえつつも白瑠さんが出ていくのを待った。溜め息を溢して浴室から出て着替える。


「…………いっちょ、やってみるか」


ぼそりと呟いた。

 短パンにあのベルトを巻き、カルドを隠すようにシャツを着る。ジャケットに腕を通せば完璧に隠れた。問題は抜きにくいという点だが、ジャケットの裏にナイフを四本入れたのでそこで補おう。腕にも短剣を入れた。

白と黒のニーソにブーツをナイフを仕込み、準備完了。


「椿お嬢…?なんか…なんか企んでるの?」

「え。何が?」


自分の部屋で準備していたらいつの間にかいた藍さんに言われた。ギクリ。


「いや……今日はやけに気合い入ってると思って。最初から気合い入ってたけどー、なんか準備万端で」

「……ううん。一人でいくから万が一の為に入れてるだけですよ」


ベッドに散乱した短剣の一つを藍さんが手にする。あたしがそう答えると「あっそうか」と納得してくれた。


「コートでも大量のナイフ仕込んでたけどすごい数だね」

「白瑠さんからナイフをなるべく多く持った方がいいと教わったので。ナイフは投げつけることができますから。あたしは素手で相手をどうこうできる力がないので」


武器でなんとかしなくちゃいけない。逆に言えば武器がなければ非力で何もできやしない。非力は怖いものだ。


「そうかな。椿お嬢はライフル相手に素手だったじゃん」

「いや、素手じゃありませんよ。ライフルを蹴っただけですよ。本当に丸腰ならじたばたぐらいしかできません」


ナイフを片付けていく。

素手だけでも何とかできるように教わろうか。

肘を打ち込んだり蹴り飛ばしたりはあたしのできる素手の暴力だ。合気道習いたいな。

 白瑠さんのバイクで送ってもらい、喫茶に入った。入った直後に。


「あ、昨日のヒーローさん!」


キラキラした目で猫山さんが駆け寄った。ヒーロー?てかこの人は毎日働いているのか。


「昨日はありがとうございました!」

「え?いえ……別に」

「かなみさん来てますよ!こちらです!」


騒ぎを起こしたこと忘れてた。あのギャルは容疑者から外れてるから話したくないのになぁ。

あたしに話しかけようとして停止している多度倉さんに待つよう合図する。すると多度倉さんは掌を向けてきた。なんだ?

掌…?五本?容疑者五人?

新たな容疑者五人がいるのか!

さっさと聞き込みをしなきゃいけないのに…。ギャルと話してる場合じゃねぇし。

と思ったがギャルと一緒に蓮真君がいた。


「あっ」

「よぉっ、ヒーロー」


手を上げて蓮真君が挨拶してきた。…よぉ。何やってんだ君。女の子嫌いじゃないのか。


「昨日はマジありがとう!てかちょーかっこよかった!マジ尊敬!」

「いえ…尊敬しなくていいです」


迷惑です。

深々と頭を下げられたが全然嬉しくない。


「尊敬にあたいしますって!あっドリンクこの私が奢らせていただきますのでささっ!寛ぎください!」


ギャルに続いて猫山さんまで大きな声であたしの背中を押して椅子に座らせた。

この二人マナーを知らないのだろうか。他の客が迷惑そうに見ていることに気付かないのだろうか。

中には昨日のヒーローだ、とか言ってるけど知らない人が殆どだろう。

正当防衛しただけなのにな。

猫山さんが席を離れてギャルがあたしの隣に座る。その反対側は蓮真君。


「それで、何か習ってるわけ?柔道とか」


ギャルは声量を下げずに話し続けた。こうゆう客って本当に迷惑だな。

「いや、違うよ…」迷惑だと思いつつもあたしは便乗することにした。


「お兄ちゃんにある程度の護身術を教えてもらってるの。ほら、最近物騒でしょ?レッドトレイン」


反応は、感じ取れた。

多分、恐怖かな。通勤や通学の人間達はビクビクしているだろう。だが、近所が現場であっても電車を回避しない人間は少なくない。

所詮は他人事なのだ。


「あれマジイカれてるよなぁ」


悪かったなケバギャル。


「大量殺人とかマジありえねぇって」

「確かに。日本じゃあかなり珍しい最悪な事件だよな」


ギャルに蓮真君が相槌を打った。視線はあたしだ。何を考えているのか読み取ろうとしているみたいに見てくる。

追うより。

追い掛けられる派。

なんだよねあたし。


「知ってる?最初のレッドトレインって、たった三センチのカッターで全員の首を切ったんだって」


変わらぬ声量であたしは告げた。

「えっ!?なにそれまじでぇ?」とギャルが大袈裟なくらいの反応をする。いやそれくらいが普通なのだろうか。

周りの反応に気を配りながら「うん、まじで」とあたしは頷く。


「殺人をすごいとか言うのもあれだけどカッターで56人も……すごいよねぇ」

「てかこわっ!人間じゃねぇよそいつ!」


目の前にいるわい。


「二回目は何故か知らないけど、ナイフでめったざしだって。どうしてだろうね」

「どうしてって?」


ドリンクを持ってきた猫山さんが聞き返す。


「56人。満員電車の乗客に比べたら少ないけど、それでもあり得ない数だよね。そのあとに不良が駅で殺されて警察を挑発したみたいなのに……終電で十数人しか殺さなかったのはなんでかなって」


その発言こそ挑発。

あたしは続ける。


「もしかしたら犯人、そのうち自首するかもね」

「え、なんでそう思うんですか?」

「殺人するのに疲れたんじゃないかと思うんだあたしは。カッターからナイフに、50から10だよ?突発的に、しちゃった犯人は、殺戮しながらも、ビビってきたのかもって」


そう思えない?

あたしは帽子を深く被ったまま笑いかける。感じ取れる耳をすます気配。五人の裏現実者の反応。


「あー、確かに。そう感じるな。まじで自首するかもな」


蓮真君が話に合わせて頷いた。あたしがしたいことに気付いたのかな。否、ただ合わせているだけだろう。


「普通の人間なら、突発的に殺ったんなら、罪悪感に押し潰されて自首してもおかしくない」

「でしょー?」

「じゃあ安心して電車乗れるじゃん」

「うん。そうだね。これもあくまであたしの意見だけど、もしも突発的じゃなくて殺りたくて殺った快楽犯なら、犯人は人間じゃないね。貴女の言った通り。人間以下のカスだよ」


冷たく、淡々と、躊躇なく吐き出した。これは一般論のはずなのに、空気は凍り付いたように感じた。

裏現実者が反応しているのは間違いないだろう。

沈黙。

人間以下のカスはあまりにも冷酷すぎただろうか。

まぁ、この挑発に乗ってくれるのならばそれでいいのだが。

どう出るか。


「こーら」

「おにゃわさっ!!?」


凄い悲鳴にギョッとあたし達三人は顔を向けた。悲鳴の主は猫山さん。


「なーにサボってやがんだ、猫山」

「て、て店長!いや…えっと、違うんですよ、ちゃんと店長に言われた通りにヒーロー様をおもてなししてるんですよ!」


肩を叩いた店長に、猫山はビクビクと震えて後退り。店長の男は多度倉さんと同じくらいの長身の細い目をしている。

その目があたしに向けられた。


「あ、君が昨日のヒーロー?」

「いえ。そんな風に呼ばれるようなことしていませんよ」

「周りは大袈裟な反応してないさ、見たまま感じたままを述べてるからね。結局は周りが評価を決めるんだ」


細目店長はズイッと顔を近付けてそう言った。なんかムカつくな。人の評価は所詮、他人が決めるのか。

うわっ。迷惑に煙を上げる噂を思い出すぜ。畜生。


「それから、昨日のことは感謝しますが……店内はお静かに、ね?」

「……………………はい」


あたしは静かに頷く。

なんだ。この男。

わざと。否。なんだか威圧感をかけられている感じがする。

この男も、まさか…。

ならば白瑠さんが言っていたあれも理解できる。

この店自体、血の匂いがする。

店長が、裏現実者。

俯いて後悔する。白瑠さんに同行してもらうべきだった。

白瑠さんがいるとき、一度もこの店長を見掛けていない。

こいつは挑発に乗ったかもしれない。

呼ぶか?否、まだこいつが犯人と決まったわけではない。落ち着け。

「よし。漫画よもぉと」なるべく自然にあたしはドリンクを片手に本棚に向かった。その途中で多度倉さんに捕まり個室席に引っ張りこまれる。

「お前なにやってんだ!」なるべく潜めた声で多度倉さんは問い詰める。

「なんのことですか」とあたしはとぼけた。


「紅色の黒猫に喧嘩を売ってるのか!?」

「…まさか。おこがましい」


この反応。多度倉さんは外れだな。本当にびびった様子だ。

たかが紅色の黒猫で青ざめることないだろう。

あ。紅色の黒猫はあたしか。

複雑だ。

てかその紅色の黒猫(ほんもの)の頭を鷲掴みにするんじゃない。

あたしは多度倉さんの手を振り払った。不快だ。


「それより……あの店長はご存知ですか?」

「は…?いや、知らんが」


多度倉さんは知らない。藍さんに調べてもらおう。

先ずは今ここにいる容疑者の聞き込みだ。待てよ。不審に思われたらまずい。

ここは多度倉さんに頼もう。接触してアリバイを。と言ったらあからさまに嫌な顔をされた。


「……頼みますよ」

「なんでオレがそこまでやらな」


多度倉さんの台詞は途切れた。途切れざえるおえなかったのだ。

あたしがナイフを心臓を狙い突き立てたのだから。

ナイフを突き立てた手に、多度倉さんの鼓動を感じる。多度倉さんは凍り付いて、息を止めた。


「頼みますよ……多度倉さん」


あたしは、小さく聴こえるように囁く。

最早頼んではいない。

彼に選択肢を与えてはいない。

弱者は強者に喰われるのだ。

多度倉さんの鼓動が速くなる。あたしはにっこり、と笑いかけた。白瑠さんに似た上っ面の笑み。裏現実に入る前から上辺の笑みは作り慣れている。


「じゃあ、頼みました」


もう一度笑いかけてその個室から出ようとした。


「ま、待て」

「…はい?」

「お前……何者だよ?」


呼び止められて、振り返る。


「……ここにいる紅色の黒猫を見付けたら…教えてあげますよ」


冷たく、ほぼ無感情にあたしは告げて、個室席を出た。


「なーたーく、くん」


漫画を探していたら蓮真君を見付けて、肩を叩く。


「行動するときは予め言ってくれよ」

「そうする。一度出ない?」

「え?」


蓮真君の了解を得ずにあたしは、彼の手を引いて出口に向かった。


「あれ?もうお帰りですか、ヒーローさん」

「あ、いえ。ちょっとデート。多分また来ます。ドリンクありがとうございました」


出る直前に店長に話し掛けられた。然り気無く、名札を見る。田村。偽名もあり得るか。

気さくに交わして軽い会釈のあとに店を出た。


「んだよ、デートって。ぼく荷物が放置なんだけど」

「貴重品持ってるならいいじゃん」

「刀を放置なんだけど」


まぁ平気っしょ、とあたしは手を引いていく。蓮真君は振り払わないままついてきてくれた。


「で。どこいくんだ?」

「駅。仲間にね、駅に向かう道に在る監視カメラを調べてくれって頼まれたの」

「ふぅん。で、なんでぼくまで?」

「え?だめ?」

「……………お前って、気分屋?今日はやけに機嫌いいな」


怪訝に蓮真君は首を傾げた。機嫌がいい?そうかな。

普通だと思うけど。


「あ、いや。違う。お前、機嫌が悪い。わざと明るく笑ってる」

「ふーう。多分そうだな」


あたしは頷いてコンビニの前のゴミ箱に持っていたドリンクを放り投げた。

「おい」と蓮真君。「人に貰ったものを捨てるのが趣味なのか?お前」少し怒ったように聞いた。礼儀正しい子らしい。


「感謝するけど。あの店長、怪しいんだよ。多分裏だ。威圧感に気付かなかった?そんな人間から貰った物を飲めないわ。蓮真君も戻ったら飲まない方がいいよ、いない間に盛られてるかもね」


それを聞いて蓮真君は苦い顔をした。


「それはお前が挑発発言をしたからだろうが」

「便乗したくせにぃ」

「乗り掛かった船だから…。何考えてんだよ?あんなこと言って」

「……追い掛けるのに、疲れちゃったんだよねぇ」


独り言のように呟く。

聞き取れなかったのか、蓮真君はまた首を傾げた。


「あ。待てよ」

「ん?」


繋いでいた手を振りほどいて、蓮真君は通り過ぎたコンビニに引き返していった。

あたしは立ち尽くして待つ。暇潰しに監視カメラを探す。

コンビニにはチェック済みとか言ってたな藍さん。

「ほら」と言う声とともに、頬に冷たい物が触れて思わず悲鳴を上げて震えた。


「また猫語かよ、黒猫。疲れた時には、甘いもの」


あたしの反応を見て蓮真君は笑い、コーラとチョコをくれた。


「…せめてカロリー0のコーラにしてよね」

「うわぁ生意気。返せよ」

「買うよ。いくらだった?」

「0円でしたのでお構い無く」

「いや、真面目な話いくらだったの?」


チョコをポケットにしまいかわりに財布を取り出すが、蓮真君は茶化して自分用に買ったコーラを飲んだ。

「え、ちょっと。いくらですか」と蓮真君の袖を摘まむ。

「これぐらい喜んで貰うだろ?女子は」と蓮真君はうっとうしそうに振り返った。


「いやいや、君学生じゃん。年下にこんなこと望みませんって」

「あーそーかい、殺し屋は金がたんまりあるってか」

「うん。アタッシュケース2つ分の万札の山があるぜ」


蓮真君が沈黙してしまった。


「万札なくても年下に…ううん、年下じゃなくてもね、奢られるの苦手なんだよ…」


蓮真君だけじゃない。白瑠さんや幸樹さん、秀介にも奢られたり買ってもらったりするとなんか悪い気がする。迷惑かけていて、気遣ってしまう。

嫌なんだよな。


「じゃあ今回だけにする」


説明しても蓮真君は受け取ってはくれなかった。畜生。覚えてろよ。今度この二点を買って返してやるからな!


「で、何の話だっけ?」

「椿の赤裸々恋愛武勇伝」

「あーそうそう……て、違うだろ」


絶対違うだろ。あれ?違うよね?


「あ、この辺詳しい?蓮真君」

「まー…フラフラするから詳しいっちゃー詳しい」

「ここ真っ直ぐ右にいってまた真っ直ぐの、でいく道での監視カメラは確認済みなんだ。他の道教えてくれる?」


それならと、信号の少ない裏道を知っていると蓮真君は右に折れて歩き出した。

人気のない一方通行の道を真っ直ぐいき、左に曲がってまた右に曲がっていく。


「監視カメラは期待できないな…この道を犯人が使ったなら見つからない」


監視カメラが全く持って見当たらない。早々あるものでもないか。希望は薄い。


「駅は?田舎はともかく駅ならあるだろう」

「だったら警察が発表してるよ。偽者も線路を歩いたんだろうね」


白瑠さんも線路から出ていったと言っていた。探すだけ無駄かもしれない。

暫くして「あれ、本当?」思い出したように蓮真君が問う。


「三センチのカッター」

「あ、まじまじ。デザインカッターっていって100均に売ってるカッターとは違うやつ。表だったんだから刃渡り10センチのナイフを持ってるわけないっしょ」

「ナイフでも、56人はびっくりだろ。お前細身じゃん」

「止せよぉ細身とかお世辞は。あれだよ、火事場の馬鹿力。あ、いや…単にいきなり殺戮が始まったことに驚いて抵抗すらできなかったんだよきっと」


覚えてないから曖昧な言葉になって、蓮真君が首を傾げたが追及はしてこなかった。


「あれで挑発してあぶり出そうって魂胆か?」


にや、とあの笑みを浮かべて顔を近付ける。これは蓮真君の癖だろうか。女の子にこんなことをしているからウザいほどモテるのだぞ。

いやぁ、あたしは幸せだ。イケメンな知り合いばかりできる。裏なのはまあ、気にしない方向で。アイドンケア。


「見事乗ってくれたよ」


あたしは笑みを返して頷く。

ある一つの気配が視線が、あたし達についてきてることに気付いた。

安い挑発に乗って、殺しにきたのだろう。


「おい…ぼくが手ぶらなのに一人で決着つけるつもりか?」

「悪い?」


怪訝に眉間を寄せる蓮真君はあたしの手を取ってまた一緒に歩く。

ちょっと緊張した様子。


「大丈夫だよ、あたしが相手する。君は案内してくれればいい、相手が動くような人気ない道にね」

「ぼくはガイドかよ…」


さて。一体誰だ?

あの店長か。五人の裏現実者の誰かか。

振り返られないので誰かはわからないが、ついてきてるのは間違いない。

蓮真君の案内で人気のない道へといく。手を握ったまま、どんどんと人混みを離れて入り組んだ道へと入った。

そろそろ向かって来てもおかしくないと言うのに、何故後ろの気配は一定の距離を保ったままだ。

なんだ?

殺しに来たのではないのか?

耐えきれず振り返った。

見えたのは、一人の男。見たことがない。店長でも店にいたどの人間でもなかった。

誰だ?疑問が浮かんだと同時に前方に似たような気配を感じて、止まる。

蓮真君を引き留めた。

それを合図に、気配を、視線をぶつけてきた男達が、得物を取り出す。銃だ。サイレンサー付き。


「ちっ!」


逃げ道を探す。

蓮真君も状況を理解して逃げ道を探した。「こっちだ!」と蓮真君が手を引っ張り、道を走り出す。

男達は走って追い掛けてきた。


「なんだよあいつら!」

「刺客かな!知らん!本人に訊くよ!」

「ならなんで逃げんだよ!?三人じゃんっ」

「バカ!三人じゃないから厄介なんだよ!」


逃げていく前方から、また二人。


「それにあたし若い殺し屋だから?裏現実者相手に五人はなぁ」


ザッと靴の底でブレーキをかけて止まり軽口を叩く。この展開は予想外だった。


「バカなのはお前じゃんか!どうしてくれんだよ怪我したら」

「あははっ乗りかかった船じゃない」


少しならず罪悪感。だが浸っている場合ではない。

笑えない状況だ。

挟まれた。畜生。

銃相手に挟まれないようこの入り組んだ道から脱出しようと思ったのだが先回りされた。

蓮真君がいる手前、捨て身で殺戮できない。バグ・ナウもないし、弾丸を避けるなんて芸当は無理だ。

蜂の巣にされないためには。


「椿!」

「屋上まで死ぬ気で走れ!」


横にあった建物の裏口のドアノブを切り落として蹴り破る。階段を駆け上るように指示。

同時に弾丸が飛び交ってきた。

建物に入り階段を見付けて駆け上がる。当然、殺すのが目的の刺客も追ってきた。

弾丸を避けるべく走る。駆け上がる。


「ぶはっ、疲れた!」

「殺されるって言うのに酷い台詞だな」


屋上に出てやっと休むことが出来て一時の休息。階段を駆け上がってもうへとへとだ。

地べたに座り込んだあたしに蓮真君が「で。どうすんだよ?」息を整えながら問う。


「君は隠れて。そうだなぁ…殺戮を見せてあげるよ」

「息切れでよく言うよ」


深く深呼吸。乱れた息がだいたい整った。

「あたしの特技だからね」とあたしはカルドとナイフを構える。「君は引っ込んでなさい」促せば丸腰の蓮真君はなるべく離れた。

 扉が蹴り破られる。

視界に入った銃口にナイフを投げつければ破壊成功。もう一丁も破壊。弾丸が腕を掠めてきた。

そう言えば明るいところで銃を相手にするのは初めてか。

銃はあと三丁。

どうやら刺客達は銃しか持っていなかったらしい。

素手で立ち向かってきた。

振り上げられる拳を右に身体を動かして避けて無防備な脇の下を切り裂く。そして晒した背中を叩き付けるように蹴る。

一人、と。

もう一人が怯まず向かってきた。カルドを構えて気付く。

銃口が向けられている。

屈んで避けた。

弾丸の嵐。面倒くさいな。

弾倉の傷は地味に痛いんだよ。当たらないように銃口を確認。銃を潰さなきゃ。

秀介の前で相手した裏現実者よりは腕がいいのは確かだ。

カルドを逆手に持ち変え、的が定まらないようにジグザグに移動しながら銃を持つ三人に向かう。三丁だけあって際どい。

思えばあたしは障害物があるフィールドが得意のでは?屋上に変えず狭い道の方が有利だったかもしれない。

蓮真君を巻き込んだあたしの自業自得なのだがな。

二丁の銃を切り裂く事に成功した。最後の銃があたしの頭に狙いをつける。

それを避けるため後退。


「そいつは任せた!蓮真君!」

「はあぁあ!?」


茅の外だった蓮真君にふればギョッとされた。銃を持った男が息を殺していた蓮真君に気付き、銃を向ける。あたしはつかさず腕から出した短剣を投げ付ける。銃は短剣とともに壁に突き刺さった。


「冗談だよ」


軽い調子で言えば焦っていた蓮真君にムッと睨まれたが今は構ってられない。


「丸腰でまだやります?」


立ち上がって逃げる素振りを見せない男四人を見る。


「まぁ、逃がしませんが。…貴方方が紅色の黒猫でしょうか?」


確認で訊いたがその反応はバカにした様子だった。つまりは違う。つまりはそうではない。


「殺し屋、かな?依頼されて殺しに来た、そうですか?」

「答えるつもりは」


ない。と一人が言い飛び掛かる。下がってそれをあたしは避けた。

依頼されて、が妥当。

どちらにせよ、偽者ではないなら殺しても構わないだろう。一人だけを残してあとは殺戮。

 そうしようとしたが。

横からもう一人がカルドを蹴り飛ばされ、武器が取られた。予想しなかった展開に隙だらけなあたしの腹に拳が打ち込まれる。


「ぐはっ!!」


鳩尾。なんとか最小限までダメージを減らそうと身構えたが、痛い。

あたしは倒れた。

「椿!」とあたしを呼んだ蓮真君にも刺客の手が伸びる。

まずい。巻き込んで誰かが犠牲になるなんて御免だ。

ブーツからナイフを取り出し、振り下ろされた足を避けるために転がって起き上がる。

膝をついたまま、ナイフを左手に構えた。

どちらから殺そう。刹那迷って鳩尾しやがった男に決めて踏み込む。

人殺しの医者直伝の人間の急所を突き刺し、戦闘不能にする。あと三人。

今度は自分から向かっていく。

顔面に向かってくる拳を避け、その腕を切りつけ、頸動脈に突き立てる。

あと二人。

蓮真君は一人と揉み合っていた。流石は鍛えられているだけあって戦い合っている。

腹痛い。目の前のコイツを殺して、蓮真君が相手しているヤツに聞けばいいか。

右手に持ち変え、頸動脈を狙って振ったが、掴まれ止められた。

またナイフを取られるのは勘弁だ。顔面目掛けて足をあげたが止められる。

右手と左足を掴まれた。相手を土台に右足で蹴り飛ばそうとしたが足が届く前に、ブンッと回転させられ床に叩き付けられる。

「ったあ」とすぐに手をついて起き上がろうとするフリして相手の足を蹴り飛ばす。

相手は手をついて床に叩きつけられるのを免れた。つかさずその足をあたしは背中に振り落としたが、呻いた男は直ぐ様、あたしの足を掴みへし折ろうと肘を上げる。冗談じゃない、折られてたまるかとその手から逃れて後ずさる。

相手は立ち上がり、飛びかかってきた。

ナイフを握る手を掴まれ押し倒される。もう片方の手で首を絞められた。


「うぐっ」


あれ。前にもこんな風に首を絞められなかったっけ。嗚呼、藍さんの敵の時だ。

あの時まじピンチだったよね。今もピンチじゃん。死ぬ気ないっつーの。

右手にナイフを握っているがしっかり押さえ付けられて動かない。首を握り潰されるように締め付ける手を何とか外そうとしたがそこは男女の力の差。無理だ。

だから長い爪を立てた。

そうすれば、ガツンッ。

床に頭を叩き付けられた。

衝撃でグラリと脳内が揺らぐ。

力が緩む。否、力が入らなくなった。

ずるりと首を掴んだまま引きずられる。視界に蓮真君が見えた。蓮真君も押し倒されて同じ状況だがまだ取っ組み合っている。

不意に風を感じた。不自然な風。下から吹いてきた。

ガクリと浮遊感。首を絞めて男があたしを突き落とそうとした。

そうはいくか。

あたしは首を締める手を握り締める。右手にも力を込めてナイフを突き刺そうとするが押さえ付けられて無理だ。

落とされないように踏ん張りつつ状態を起こす。まだ腰は建物の上だ。これからどう逆転すればいいんだ。

また白瑠さんがヒーローよろしく登場するわけない。あの人はヒーローかっ!

なんて刹那の現実逃避。

蓮真君も追い込まれててまずそうだ。嗚呼、なるようになれ。

ナイフを持ち変え握られる手を裂く。男は手を放した。右手が解放されあたしは、腕を振り上げて蓮真君を押さえ込む刺客に投げ飛ばす。

素早く左手で右腕の短剣を出して、首を押さえ付ける隙ができた男の首を裂いた。

血が顔面にかかる。

ぐらっ。


「わ、あっにょわっ」


喉を裂かれた男は自分が落ちないように踏みとどまる力をなくして倒れようとした。なんとか押し退けようとする。

短剣を壁にさし、力のない重いだけの男を片手で押し退け、腹筋で起き上がる。

なんとか落下を免れた。


「何が殺戮だ!」


蓮真君の声のあと、上に乗っかる男が退かされた。不機嫌でいっぱいの蓮真君があたしに手を貸してくれる。


「ただの殺し合いじゃねぇか!」

「ははっ、こいつらレベルで五人はきついのよ」


なんとか軽口で笑うが乾いた声しかでない。蓮真君の手を借りて起き上がったあたしはゆっくりと息のある倒れた男の元に歩む。

どっかりと腹の上に腰を下ろして蓮真君が拾ってくれたカルドを受け取り、心臓に突き付けた。左足を顎にそえてから、尋問開始。


「さて。どうやら頼まれて殺しに来たみたいですが、誰の差し金です?」

「ぐっ…」

「ぐっ…、じゃねぇよ。吐けよ」


あたしの隣に立つ蓮真君が苛ついた口調で急かす。


「尋問の仕方は教わってないんですけどね……まぁ、先ずは右手を切り落としましょうか」


カルドを男の右手に移す。


「わ、わかった!話す!話すからやめてくれっ!」

「はいはい、右手を切り落とすのはやめます。で。依頼人は誰です?あわよくばそいつについて情報をくださいよ、あたし達を狙いにきた」


と一旦止めて、男の腕に刺さるナイフを抜き投げた。ゴミ箱の中にゴミを投げ込んだように、ナイフはまだ死んでいない男の心臓に落ちる。頸動脈を切っただけでは人間、簡単に死なないと誰かが言ってたっけ。

「理由を」と目の前の生存者に目を戻す。


「たっ、タヌキだ!!タヌキに雇われてるんだ!」


………………タヌキ?

狸?貍?タヌキ?


「タヌキがアンタらを始末しろって!」

「タヌキって誰です?どこのどいつなんですか?」


今のとこタヌキという名がつく人間は容疑者にいない。タヌキ…ね。

タヌキが猫に、化けたぁ?それは傑作だ。


「裏現実での名前しか知らない!本当だ!顔ならわかる!細目の男だ!」


それを聞いて浮かんできたのはあの店長。いや、しかし、あの喫茶に細目の男なんて他にもいただろう。

彼らはそのホシであるタヌキによく依頼を受けて仕事をしているそうだ。今回の依頼はあたしと蓮真君を始末すること。間違いなく裏現実者。

タヌキの特徴を聞くと、やはり細目の店長が連想された。

とりあえずグサリと刺す。


「うがああっ!」

「嘘じゃないですよね?」

「嘘じゃないっ!」

「それではさようなら」


それを聞いて首を掻き切った。

やれやれ疲れた、と床に寝転がる。蓮真君に目を向ければ、怪訝な顔をしていた。


「…吐いたから、見逃さないのか」

「そんな約束してないもの。しなかった彼が悪いのよ」


あたしはそう返す。藍さんみたいにそりゃあ約束すれば見逃さなくもないだろう。でも先程は『命を助けて』とも言われなかった、だから殺した。

タヌキ。裏現実の名前がタヌキ。

表にもいる裏現実者。

表の仮面を被った裏現実者。

猫の皮を被った狸。

それが────偽者。


「いや、それはまだわからないだろう」


蓮真君がそう言う。


「まだタヌキが偽者だっていう確証なんてない。紅色の黒猫のファンで貶されたから殺しの依頼をしてきただけじゃねえの?」

「ファンがいてたまるか。まぁ…でも、タヌキ、ね。目星がついた、先ずはコイツを取っ捕まえることにする」


ファンかどうかはともかく、あれで怒りを買ったのは間違いない。

蓮真君もあたしの隣に寝転ぶ。お疲れのようで重い溜め息を溢した。


「で?どうするの?椿」

「ん?喫茶に戻ってタヌキの反応を見る」

「そうじゃなくて、このオッサン達の死体だよ」


屋上で並んで寝転がるのは二人だけじゃない。そうだ。死体を放置しちゃいけないんだっけ。

この前は秀介がいたから始末せずに済んだけど、裏の手で始末しなくてはならない。

ポケットから借りている携帯電話を取り出して、白瑠さんに電話をかけた。


「わーい!つばちゃん!なに?お迎え?バイク飛ばして迎えにいくよ!待っててね!」

「いえ、いりません」

「ひゃあ?じゃあなに?」

「実は襲われちゃいまして、それでその死体の処」

「え!?犯されたの!?そんな!つばちゃんのハジメテを一体誰が奪ったの!?」


ブツリとあたしは電話回線ごと電源を切った。

おっと。いけないいけない、死体の処理を頼むつもりだったのに。

あたしはすぐに携帯電話の電源をつけた。


「…………今、聴こえたんだけど」

「幻聴だよ。もしもし?椿です。藍さん、裏現実者に殺されかけて逆に殺しました。だから処理を頼みたいんです」


今度は簡潔に伝える。「怪我はない!?」と心配されたのでありませんとちゃんと答えた。


「……いえ…。まだ偽者と断定していません」


偽者を殺したの?と問われたから違うと答える。そうすれば偽者関連かと訊かれた。

電話口の向こうから白瑠さんの騒ぎ声が聴こえるが藍さんは携帯電話を譲らないように格闘しているらしい。助かる。白瑠さんは確実に今現在遊びたい気分に違いない。


「さっき、お兄ちゃんに訊きそびれたんですが」


訊かなかったんだけど。


「タヌキっていう、裏現実者。ご存知ですか?」

「タヌキ?タヌキ……?さぁ、僕は聞かない名前だけど。お兄ちゃんって、白瑠のこと?白瑠が知ってるとは思ってるのかい、お嬢」


……………………藍さんが知らないならきっと知らないだろう。正確に言えば、覚えてない。

「わかりました。では処理をお願いします」と場所と数を教えてから電話を切った。

ふぅ、と息を吐いてからうんと背伸びをする。それから起き上がった。休憩終わり。


「さて、戻ろうぜ、少年」

「タヌキの面を拝みにか?それとも無謀な挑戦しにか?」


そう言いつつも蓮真君はついてきてくれた。この子はいつかとんでもないことに巻き込まれてしまいそうだ。素直なのか、流されやすいのか、律儀なのか、お人好しなのか。

まぁ、どれでもいいか。


「さっきの電話。仲間?」

「うん」

「へぇ……最初の電話は前に一緒にいた“お兄ちゃん”?」

「……まぁ、ね」

「へぇ……」

「…………」

「…………」

「……言いたいことがあるなら言いたまえ」


階段を降りつつ振り返って蓮真君を睨み付ける。不機嫌丸出しの八つ当たり。

「いや、別に」と返す蓮真君。


「お互い嫌な兄貴を持ったなー、って思って」

「……………かなり、嫌な兄貴だよ」


変態だし変人だし変態だし。

落胆しつつ階段を降りるが思い出して振り返る。


「そうだ、怪我はない?」

「ないよ」

「首絞められてたじゃん。あーあ…痕ついてる」


手を伸ばして首に触れればうっすら赤い手形が見えた。それにしても綺麗な首筋だ。あたしが吸血鬼なら噛み付きたくなる首。美首。


「それはお前の方だろ。叩き付けられてたし…」


真似をしてなのか蓮真君もあたしの首に手を伸ばす。チリーンと鈴が鳴る。首につけているチョーカーの鈴。


「首輪みたい。なんでつけてんの?煩くない?」

「知らないの?首輪は飼われてる証だよ」


そう答えれば蓮真君は言葉の意味がわからなかったのか首を傾げた。


「チョーカーの下は傷があるんだ。それを隠す為につけてる。普段は鳴らさないように動くわ」


答えてあたしはまた階段を降りる。蓮真君の指から弾いて鈴がチリーンと鳴った。それからは鳴らさないように歩む。


「それで?タヌキを見付けたらどうするプランなんですか?黒猫さん」

「あたし達がひょっこり戻って来たことに驚愕するタヌキを笑顔で捕まえて裏に出る」

「表はまずいよな」

「んで、偽者かどうかを問いただす」

「椿、ぼくがプランを練ってもいい?」


いいプランなのになぁ。


「先ずはタヌキの確認。実態を確認をしてから、動きを決めるべきだ」


だけど、そうするべきだと冷静になる。ちょっと焦っているな。尻尾を出したのだから、ついつい猫パンチしたくなるんだ。

冷静に。落ち着いて。

引っ込むぞ。


「りょーかい」

「その顔を洗ってからな」


血を被った顔を洗った後に、真っ直ぐに漫画喫茶へと戻った。

階段をのぼって自動ドアをくぐれば、一番に顔を合わせたのは、一番疑っている糸目店長。

彼は糸目を見開いて、あたし達を視た。手にしていた本を落とす。それが目の前にいる猫山さんの足に直撃したらしく悲鳴が上がった。


「痛あっ!?」

「あ、すみません、騒がしくて」


悲鳴を上げて抱えていた本の山を落とした店員なんて気にせず客であるあたし達に彼は頭を下げる。騒がしい漫画喫茶だ。なんとも裏で騒々しい。


「アイツがタヌキだ」

「間違いなくアイツだな」


あたしと蓮真君は確信した。

本棚に身を潜めて出口の受付にいるタヌキを見張る。逃げる素振りを見せるならば迷いなく捕まえるつもりだ。

先ずは蓮真君のプランに従おう。

あー、早くあの店長をなぶりたい。そう楽しみに待っていたその矢先だった。

自動ドアが開き、数人の男達が現れる。

先導するように先頭にいる二人には見覚えがあった。

一人は。

ジャケットを着てズボンのポケットに手を突っ込んで、臭いものでも嗅いだような表情の─────秀介。

それから。それから。

それから。

もう一人。


「埼玉県警の篠塚です」


篠塚さんが、そこにいた。



久々に篠原さん登場!

篠原さんも出したいけど全然面白い話を思い付けない…。

そろそろこの件を終わりにしたいと思います。

お暇ならご覧ください。

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