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殺戮の黒猫





 多無橋さんは────最低だった。

あたしが経験が無さすぎなだけかもしれないがあまりにも酷い。最悪だ。


「時間だ。では行こうか」


時間だ。は理解できた。

行こうか。は首を傾げる。

行こうか。…一緒にか?

その嫌な予感は的中した。

取引にあたしは連れていかれたのだ。隣の部屋へと秘書さんと一緒に。

白瑠さんを呼ぶ暇も与えられず連れていかれてしまった。つまりは取引中に殺せ、とのことらしい。否、わからない。いいのか悪いのか。

隣の部屋には筋肉質のボディーガードのような男二人が立っていた。その男に許可をもらい中に入る。 殺せとの命令が出ないことを願った。

部屋の外の男と似たような体格の男達がうじゃうじゃといたのだ。過激なスポーツをやっていそうな男達が何人も。

白瑠さんを呼ばなきゃヤバイってこれ。

あたしがヒヤヒヤしている間に多無橋さんは取引相手と挨拶を交わした。


「見慣れない顔だな」


取引相手は背の低い太った男だった。顔からして下品そう。中身もそんな感じに見える、外見判断していい男だ。


「ああ、彼女は私のボディーガードだよ」


 多無橋さんがそうあたしを紹介すれば男は高らかに笑い声を上げた。

「そんな小娘がか?」と。本物のボディーガードまで笑いやがった。

殺してぇ…。

殺したいがあわよくばこんな状況で殺戮はやりたくない。依頼人が死ぬ。

依頼人だって、今この場で「殺れ」なんて言わないだろう。

……有り得そうで怖い。血塗れ電車の犯人だと知って過大評価をしているのではないだろうか。密室ならばどんな人数でも殺せると勘違いしているに違いない。

自殺行為だ。死んでも知らないからな。助けて白瑠さん。


「それで。例の物は?」


取引は始まった。

何の取引だろうと横目で多無橋さんと秘書さんを見たのだが、何も持っていなさそうなのは気のせいだろうか。

多無橋さんと太った男はソファに座り、あたしと秘書さんは多無橋さんの後ろに立った。

取引相手は間にあるテーブルにアタッシュケースを出した。その中身は金。


「金を確認してくれ」

「ああ、確認したよ」


見もしないで多無橋さんは頷く。


「じゃあこちらもブツを確認させてもらおう」

「ああ、その必要はない。持ってきていないからね」


どうやらマジで「殺れ」と言う気らしい。あたしは構えた。


「大体、それぽっちの金なんかで買える品物ではないんだよ。おバカさん」


挑発。この人は他人を不快にさせるのが趣味だろうか。

太った男が青筋を立てる。


「きっ貴様──」

「では黒猫ちゃん。始めてくれ」


太った男の言葉を聞かずにあたしに「殺れ」と命令した。

 同時にチリリン。と鈴の音がその場に転がる。

多無橋さんの背を預けた背凭れに足をかけて、飛び込んだ。

太った男の顔を踏みつけ、後ろにいる四人の男達を左手から伸びた三つの刃で、たった一振りで、首を掻き切った。

ぶしゃあと血飛沫が上がる。それをもろ受ける。足元の男もそう「ひぃ」と情けない悲鳴を上げた。

そんなの勿論、お構い無しだ。

他の男達は反応が遅れている。隙だらけの今が好機だ。

右手に持つカルドを握り、右に飛ぶ。無造作に置かれた椅子を足場に壁を蹴って次の男を殺った。太い首だが案外スパッと切れた。いけそうだ。

視界の隅で懐から銃を取り出すのが見えた。左手でそいつらにナイフを投げ付ける。

「ぐあっ」と三人倒れた。

チラリと多無橋さんに目を向けると、目を丸めてその倒れた三人を見ている。

もしかしたら「殺れ」との命令はあたしの勘違いなのか。と過るがこの部屋の人間を全て殺しても構わないだろう。

 チ、リーン。

鈴を鳴らしながら、逆手に持ったカルドを振り上げる。漸く反撃をし始めた。

五秒だったかな。もっとか。それぐらいあれば理解して身体を動かせるだろう。

後ずさったり蹴りあげたり、銃口を向けられたり押さえ込もうとしたり、自分の身を守ろうと抵抗を見せた。

 チリリリン、チリーン。

引き金を引かせる前に手首を切り落とせばいい。悲鳴をあげる前にバグ・ナウで首を引っ掻く。突き出される腕や脚を避け、切りつける。身を屈め、脚をバネに息をつけて爪痕を残すように裂いて裂いて裂いていく。

呻く者がいればトドメをさす。

 チリリリンチリリリン。

抵抗と言う抵抗を無抵抗と化して殺戮をした。今さっき笑ったことを後悔させる暇も与えず。

 ほぼ何も考えず。

 ほぼ本能的に。

気付いたら真っ赤なスイートルームの出来上がりだ。

十数人のボディーガードが死亡。カルドをしまい、髪を掻き上げる。

大の男が情けない。子供の女さえ取り押さえられないのか。なんて呆れも何も感じなく興味もないから、生存している人間を振り返る。

 ソファに倒れてガクガク震える男に歩み寄る。

チラリともう一度彼らを見た。

秘書さんは青ざめている。多無橋さんは満足げな顔をしていた。

面倒くさいから彼らも殺してしまおうか。なんて刹那思ったがこれはあくまで仕事だ。しゃんとしよう。

血に濡れたソファの背凭れにコートの上から腰をおろして男を踏みつける。目にするのも面倒くさいから、多無橋さんに目を向けた。

多無橋さんは満足げに頷く。

あたしは目も向けず、首にバグ・ナウを突き刺す。抜くだけで大きな穴ができただろう。

 仕事完了。


「多無橋さん。もしも、また仕事で指名する気ならば二度とこんなシチュエーションはやめてください。あたしはまだ若い殺し屋です」


目の前にいる多無橋さんにあたしは文句を言った。


「それとも秘書さんと心中するつもりだったんですか?」

「ふふ…まさか。君がちゃんとやってくれると思っていたよ。瞬殺なのは予想外だったがね。若い殺し屋だなんて謙遜だよ、黒猫ちゃん」


 笑いながら多無橋さんは言った。謙遜も何も若い殺し屋なのは事実だ。過信しないでもらいたい。

「秘書さん」ビクリと秘書さんは震え上がった。「すみませんがタオルを持ってきてください」

直ぐに秘書さんはバスルームに向かってタオルを持って来てくれる。差し出してくれた手は震えていた。

あまり怖がらせないように礼を言ってタオルで顔を拭き、髪を掻き上げる。白いタオルはあっという間に真っ赤になった。


「なるほどね。名は体を表すと言うが…紅色の黒猫か。いい名だ。まるで黒猫のような華麗に歩み紅色に染まる」


ふふ、と多無橋さんは唇を押さえて笑う。白瑠さんだってこんな酷いことはしない。玩具にされた気分だ。遊ばれた。腹立たしい。

──殺してしまおうか。

また思考がそこまでいった瞬間、扉が蹴り破られた。

表にいたボディーガードが物音を不審に思い入ってきたのかとカルドを掴んだが、そうではない。

 そこにいたのは、白瑠さんだった。

首、ではなく頭のない大男を引きずって中に入ってくる。

血塗れの車内の二の舞になったスイートルームに足を踏み込まれらると、デジャヴを感じる。


「んひゃっひゃっひゃ!ずるいなぁつーちゃん一人で殺っちゃうなんて」


見回して愉快そうに笑う白瑠さん。


「仕方ないじゃないですか、師匠。強引に連れていかれてそのまま、これですよ」


 師匠の部分を強調してあたしは大まかに説明した。ソファから降りて、白瑠さんに歩み寄る。

「ふぅん?」と引きずった男から手を放して、死体達をあの時同様に眺める白瑠さん「いい感じ」とあの時と同じことを言った。


「黒猫ちゃんの師匠なのかい?君」


白瑠さんが頭蓋破壊屋だと知らないのか多無橋さんは訊いた。


「うん。俺の弟子だよぉ。まだこの子は駆け出しで慣れてない殺し屋だから、こぉんな勝手な真似をするのはやめてくれるかなぁ?暫くは俺が面倒見なきゃダメだから」


 首に白瑠さんの腕が巻き付いたかと思えば、頭に白瑠さんの顎が置かれた。

あたしに合わせてくれたのか、それとも本当に弟子だよ思ってくれて言ったのかはわからない。

師弟…。それでいいのだろうか。なんか微妙だ。


「そうかい?とても、師匠様がお目付け役などしなくても、いい殺し屋だと思うんだがね」


多無橋さんはソファから動かないまま、人のいい笑顔で言う。

「それは師匠である俺が決めることだよ」と師匠は返した。

「でも今君は彼女をほめたよね?」と依頼人。

「この子は初めからいい感じの殺しなんだよ」と師匠。

なんか。よくわからんがあたしを間に話さないでもらいたい。話もあたしの話だけあって、なんか嫌だ。


「あげないよ」


まるで子供が意地悪で言うような台詞を白瑠さんが言う。


「ふふ……それは残念だ」


多無橋さんは目を細めて微笑んで残念そうに言わなかった。


「んで、黒猫ちゃんの今回の報酬は?」

「ああ、それならこれだよ」


 やっと白瑠さんの腕から解放され頭をポンポン叩かれた。あ、そっか。報酬忘れてた。

 多無橋さんは返り血のついたアタッシュケースを指差す。それを秘書さんがあたしに差し出してきた。

この人。あたしを試すだけに取引相手を呼び出したのではないのか。

消してしまうのなんてただのついで。

そうだったのかもしれない。なんて自意識過剰だろうか。

あたしはなるべくそれを顔に出さないように受け取った。白瑠さんが踵を返すのを感じて、あたしも背を向ける。


「また頼むよ、紅色の黒猫ちゃん」


多無橋さんは不吉なことを言った。あたしはピタリと足を止めて振り返る。


「……………機会があれば」


あたしは前同様に軽く頭を下げて、白瑠さんの後に続いて部屋を出た。

 廊下を歩いて大袈裟なほど大きな溜め息を溢す。面倒くさい人間に気に入られたものだ。


「あの多無橋さんって人ぉー」


白瑠さんが口を開く。いつもの笑みだ。不快に思ってたりしないのだろうか。

思っていたところで顔には出さないだろう。

いや、不快に感じるような人とは思えない。


「つばちゃんが欲しいみたいだねぇ」

「…面白い玩具、として気に入られたみたいッスね」

「んー、だねぇ。んひゃひゃ。でもあっげなぁい」


愉快そうに笑い声を上げて、白瑠さんはエレベーターに乗り込む。

それって。

あたしは足を止める。

白瑠さんもあたしをそうだと認識しているということか?


「つばちゃん?乗らないのぉ?それともあっちに乗り換える気?」

「え、まさか……」


あたしは首を振り、エレベーターに足を踏み込んだ。


「白瑠さんの方がマシです」

「マシ、ねぇ?」


別に構わない。

玩具であろうが、使い捨ての駒であろうが、構わない。

初めから、そう決まっていた。




 翌日。

白瑠さんとまた喫茶に向かった。そこにいたのはナタク君と多度倉さんだけだった。

多度倉さんは白瑠さんに任せてあたしはナタク君と接触することにした。

ナタク君は昨日と違って個室席にいた。見付けてノックもせずにあたしはお邪魔する。


「あ、読んでるんだね」

「あ。うん…面白くてね、ずっと読んでた」


なんだお前か、程度の反応をしてナタク君は昨日勧めた漫画に目を戻した。

何冊も積み重なった漫画。


「昨日からずっと読んでたの?」

「まさか。んなわけないだろ」


まさかと思ったが一度は帰宅したらしい。学生服のままなのは変わらないが。


「またサボり?」

「説教でもする?」

「君何歳?」

「16。アンタは?」

「……18」


ナタク君は漫画を読みながら16歳と答えた。意外だった。タメかと思っていたのに。

チラリとナタク君があたしに目を向けて「意外って顔だな」と言った。

あたしは曖昧に口こもる。


「歳の割りには生意気な口調だね」

「年相応だと思うけど、年下嫌いなわけ」

「違うよ。ただ…年下の男の子だとわかんなかっただけ」


「ふぅん」とナタク君は興味なさげに漫画の続きを読んだ。

こうしてみると、本当にナタク君は年下っぽい。

睫毛長い。目がおっきい。童顔ってやつかな。


「昨日の夜はいなかったの?」


「うん」と頷いてペラリとページを捲った。


「じゃあ四日前は?」


口調はなるべく自然に、訊いてみた。ペラリと捲ってから「いた」とナタク君は頷く。

まぁ嘘をついても意味はないか。


「よく漫画読みながら話せるね、ナタク君」

「普通じゃね」

「あたしは無理。内容が頭に入らないもの、喋りながら読めない。小説だって不意に他のこと考えちゃってわからなくなっちゃうもん。集中がないんだ」

「へぇ。じゃあ俺の場合、集中力があるってことか。頭の仕組みが違うんだ多分」


話ながらもナタク君は読んだ。


「読むと話すのは別じゃん。頭に入るし、話せる。元々、好きだしね、物語」

「ふぅん?好きなんだ。漫画や小説とか…映画とか?」

「そう。だから楽しみながら話せるし歌えるし宿題だってできる。ある意味特技だ」


特技、ね。

活かせるかどうかなんてわからないけれど。

見た目は何も興味がないって顔だが。

あたしには真似できない。静かな場所で黙って小説を読んでいたって気付いたら思考していた。

気付いたら考え事。

白瑠さんが隣にいたって考えに耽る。それと同じ。ナタク君のそれが特技ならあたしのは悪い癖か。


「椿は色んな思考が働くんだ?それってどんな感じだかわかんないな」

「えっ?あ…そうね…あたしだってナタク君がどんな感じなんて」


そこまで言って、違和感に気付く。あれ。今…。


「あれ……ナタク君……?」

「なに?」

「……今……あたしのこと」


 考え事をしていたせいか、なんて呼ばれたかはわからないが。思い出せないが。

今、名乗った名前じゃない方で呼ばれた気がする。

ナタク君は大した反応しない。


「………ナタク君。ナタクって。名前?それとも…」


言葉を変更した。

するとナタク君から思わない反応が返ってきた。

口元に笑みが浮かんだ。

初めて見るナタク君の笑み。漫画本が閉じられ、向かい合う。


「やっぱり裏の人間か、椿」


あたしの本名を口にした。

裏の人間。裏現実者。

藍さんの言っていた。那拓だ。


「学校では名前として名乗ってるけど本名は苗字が那拓だ。昨日は気付いた素振りは見せなかったけど、調べたようだな。こっちも調べたよ、山本椿、レッドトレインの唯一の生存者」


藍さんが危険人物だと言うのだから、警戒しておくべきだろうか。白瑠さんを呼ぶべきだろうか。

話を聞きながら思考する。

「ま、調べたと言ってもただ家に返ってニュースを見てたら気付いただけだけど」と那拓は言う。また顔か。あたしってそんな覚えられる顔なのだろうか。


「聞いてる?思考中?名乗るのは予想外だったか?」

「…予想外だよ。仲間からあり得ないって聞いたから警戒なしで来たんだよ」

「まー、そりゃそうだな。昨日は聞き込みでもしてたようだけど………今噂の紅色の黒猫探してるんだろ?」


当たり前だと言わんばかりに那拓は言い図星をつく。

それでもとぼけて「どうしてそう思うの?」と返す。


「唯一の生存者で、この前のレッドトレインの現場に近い。紅色の黒猫と絡んでるって考えたら妥当だろ。なんかの情報でここに辿り着いたってとこだな、違う?」


当たっている。なんて言わない。


「君は紅色の黒猫?」

「違うね」


その質問をしたら即答された。

その反応は、あまりない。微動だにしていない。

ここまで当てたのならば、わかるような反応はしないだろう。


「てか、お前がそう(、、)なんだろ」


 確信をつく口調だった。

反応せず相手の出方を見る。


「唯一の生存者で誘拐されたはずのお前が探してるなんて変じゃん。探すってんなら顔を覚えているはずだからこんな回りくどいことしているはずない。まぁ見てないって可能性もなくもないが。被害者なら探さないだろ、よっぽどのバカなら話は別だ。バカじゃないなら。


お前が本物で偽物を探してる。


違うか?」


得意気でもなくただ変わらない笑みで、那拓は言った。

誤魔化しても無理なようだ。

彼はそう、確信した目をしている。

あたしが紅色の黒猫だと確信している。


「二度目のレッドトレインは偽物。探しだして一体どうするんだ?」

「知りたい?じゃあ手伝ってくれないかな」

「いいよ。ただし」


 ただの冗談だったがすんなりと頷かれる。那拓はあたしの方に身を乗り出して五センチの距離まで詰めてきた。


「お連れと仲間にはぼくのこと内緒にしてくれたら、いいよ」


そう潜めた声で告げてから、椅子に腰を戻す。

思考する。那拓だと発覚したらこの捜査を中断されかねない。言わない。

言わないことで協力を得れるなら…。

だが、彼が偽物かどうかはまだ明らかじゃない。容疑者だ。


「うん」


あたしは頷いた。多度倉さんと同じだ。まだ容疑者だ。

 那拓はまた漫画を開いた。


「じゃあまた話に来るよ。連れが飽きてきたみたいだから戻らなきゃ」

「うん。それまでに読み終わっとくよ」


那拓は見向きもしなかったが気にせずあたしはそこをあとにした。

那拓のように頭が良さそうならば、直ぐに見付かりそうだ。

彼が犯人ではなければ。

 白瑠さんのところに行けば、多度倉さんが青ざめていた。多分、大方、白瑠さんが暇潰しに遊んでいたのだろう。


「あ、つーちゃん。遅かったねぇ?もうたどっちに容疑者きいたよぉ」


 たどっち基多度倉さんから助けを求める視線が投げられる。が、華麗に無視。

 白瑠さんが遊んでいる最中に多度倉さんから聞き出した容疑者の特徴と名前が書かれたメモを見た。

これから絞らなくては。

藍さんの情報収集で裏現実者を絞り出すか白瑠さんが見付け出すかどれかしか方法はない。

昨日の那拓以外の四人の容疑者は表の人間の情報があったが、幸樹さんのような裏現実者もいるから容疑者から外せない。

容疑者が増える一方だ。

全く、ムカつく偽物だ。

アクセス時間はわかっている。その頃に入店した者が犯人だ。それを知ることができない。

どうしたものか。

那拓。

生意気な口調で年下でなんか危険人物らしいが頼りになるだろう。知恵をもらおう。


「白瑠さん、先帰ってもいいですよ。あたしもうちょっと粘って容疑者が来ないか留まります」

「んにゃ?そう?…でも」

「帰りは歩けますから」

「んにゃ、迎えにくるよぉ電話して」


 よっぽど帰りたかったらしくあっさり白瑠さんは腰を上げた。問題ないと思ったのかマジで飽きたのか。どっちかはわからないな。

白瑠さんが出ていき、残されたのはあたしと多度倉さん。


「も、もう帰ってもいいか?」

「ん……あと三十分いてくださいよ」


暇でしょ、と言えば多度倉さんは押し黙った。

とりあえず、多度倉さんには容疑者が入店しないか見張ってもらうことにした。

 三十分経っても新しい容疑者が来なかったので多度倉さんを解放。

出ていったのを見て、ナタク君のところに向かおうとしたら、ナタク君を見付けた。

本棚の前だ。

もう読み終えたのか。


「あ、終わった?椿」

「…うん。連れは帰したよ。なんで…コ○ン?」


ナタク君が手にしていたのは、名探偵コ○ンだった。


「いや、なんとなく。探偵ごっこだから」


ナタク君は可愛い発想の持ち主だった。お姉さんキュンとしました。


「あ、でも探偵は殺人鬼か。あ、違う殺し屋だっけか?」

「…どっちも正解。探偵ごっこより刑事ごっこだよ」

「どっちも似たようなもの。探偵ごっこの方が面白くない?コ○ン」

「あたしコ○ンかよ。君は誰?」

「キ○ド」

「………ちなみに何故?」

「たまにサポート」


うん。違う。ナタク君は白瑠さんタイプじゃないさきっと。

「てかキ○ドの二枚目がいい」とナタク君。

「そっちかい」とツッコミ。


「まぁ、トリックなんて相手は仕組んでないと思うから悩むことないか」

「トリック殺人ではないわね」

「殺害方法とかわかってんの?」

「殺害方法?」


思わず聞き返した。


「偽物がどんな手を使ったか。あ、どんな凶器を使ったか、だ」

「それ、知る必要ある?」

「持ち歩いてるかもしれないだろ。ニュースでも凶器は見付かってないって言ってるし。成りすましなら違うことはしない」


なるほど。と年下に納得させられた。凶器か。藍さんに警察のファイルにハッキングしてもらって情報をもらおう。


「調べてみるよ、ありがとう、ナタク君」

「調べたら教えて」


ナタク君はコ○ンを読み始めた。裏現実者が持ち歩いている武器を確認すればかなり絞り込めるはずだ。


「確認で訊くけど」


ナタク君は漫画を読みながら口を開いた。


「ぼくは容疑者に入ってる?」


その目は漫画の文字を追っている。表情に感情はない。あたしは素直に頷くことにした。


「入っているよ」

「じゃあぼくの話は聞いてないんだ」

「参考にしてるよ、君が犯人だったら無駄足だけど」


彼が犯人だったらとんだ茶番だ。褒め称えてやって頭を撫で回す。


「じゃあぼくが犯人じゃない証拠を教えてやるよ」


ペラペラと捲った漫画を閉じてナタク君は棚に戻した。


「ぼくが那拓だからあり得ない」


そうあたしの目を見て笑みを向けるナタク君。


「ぼくはまだ、人を殺したことがない」


また五センチまでの距離に近付いて囁いた。

人を殺してない。なら白瑠さんが気付かないのも無理ない。

「よくわかってない顔だ。てかお前写真で見るより童顔だな」と離れたナタク君に言われた。童顔の年下に童顔って言われた…。


「新参者だから仕方ないか。教えてやるからここを出よう」

「えっ?」

「犯人に聞かれて逃げられたら困るだろ。話しやすいし。荷物とるから先出てて」


勝手に決定してしまうナタク君。迷っていれば。


「きゃっ──」

「────」

「やっやめてください!」


何かあったのか。女の声と男の声が聞こえる。あたしはそちらに足を向けた。ナタク君も気になったのかついてくる。


「け、警察を呼びますよ!立派な痴漢です!」

「あん?ちげーよお話してんだよなぁ?」


昨日ぶつかった店員、たしか猫田さんが必死で睨み付けるのは男。猫田さんが庇うように背中にいるのはあのギャルの子だった。

彼女が男に痴漢を受けたらしい。露出度の高い超短いミニスカなんてはくからだ。

男は男で酔っているのか頬を赤らめている。

状況的には女の敵から客を守る店員さん、てところか。

では誰をどうすればいいか一目瞭然だな。

男が手を伸ばしたのを見て、動く。視界でナタク君が動こうとしたように見えたがまぁ気にしない。

もしかしたら男の子がやるべきだったかもしれないが、あたしだって女だ。女の敵は許さない。なんだか白瑠さんと藍さんの変態な目付きを思い出したら止まらなくなった。

 男の手首を掴み、捻る。捻れば男は背中を向けた。捻ったまま突き出せば片膝をついた、あたしは痛がる男の背中に足を置いて身動き取れなくした。


「警察呼んでください。突きだしてしまえばいいんです」


振り返ると猫田さん達は目を丸めていた。それからあたしに目を向ける。


「す、すごいです!今どうやったんですか!?」

「かっこいい…」

「いや、だからけいさっ……っ」


何故か感激されてしまった。猫田さんは顔を真っ赤にして、あ、名札を見たら猫山さんでした…。

真田さんは呆気に取られている。

はた、と気付く。やばいじゃん。警察とかやばいじゃん。と冷や汗。

 猫山さんは早速警察に通報。まずいぞまずい。


「あ。あたし、急用なので!これで!さよならっ」


ぱっと男から手を離して踏みつけて店を出ようとした。


「てめぇっ!」

「!」

「きゃああ!!」


男が立ち上がり、分厚い雑誌を振り上げた。女の悲鳴。

あたしは振り下ろされた雑誌を避けた。どん、と床が叩かれる。

本だって凶器になるのか。否、この場合武器か。とか暢気なことを考えていれば男がまた向かってきた。

ナイフ───はまずいので、がら空きの腹に一発蹴りを入れる。

呻き声のあとに、男は倒れた。加減したのに…。

 沈黙のあと。

パチパチパチパチ。

拍手をされた。一人や二人ではない。騒ぎを聞き付けて顔を出した客まで拍手をしている。

まずい。目立ってしまった。

深く帽子を被る。逃げよう。


「逃げないように誰か押さえた方がいいですよ、では!」


そそくさと踵を返して店を出た。そこから早歩きで店から離れる。

 はぁ…。やべぇ。

 あの店に入りにくくなっちまったよ。

重たい溜め息を吐いた。

すると肩に、ぽんっと手を置かれ「うにゃ!?」と思わず震え上がって振り返る。


「お前猫語でも話すのか?だから黒猫なわけ?」

「っ……んなわけないでしょ」


 なんだと肩を落とす。ナタク君が追い掛けてきただけだった。警察かと思った。確認次第警察を殺すところだったぞ。

確実に探されてる山本椿だと気付かれて話し掛けられたら殺すな、うん。


「かっこいいってさ、良かったな」

「良くあるか。はぁ…やっちまったよ…全く」


ギャルがあんな格好しているからだ、とブツブツ文句を言うがナタク君からのツッコミはなかった。


「どこ向かって歩いてんの?」

「……………」


適当に歩いてるだけなんだけどな。

そうだ。那拓の話をしてくれるんだっけ。人がいない場所に行こう。


「何処で話したい?」

「…………あ、こっちこっち」


東京は人混みが多くて嫌になる。現地に住むナタク君は少し考えてから方向を変えて歩き出した。


「何処行くの?君の家?」

「まさか。…お前何も聞いてないわけ?」


驚いたようにナタク君は振り返った。

「聞かせてもらえなかった」と白状する。「ふぅん」と興味なさげにナタク君は前を向いた。




 辿り着いたのは広い広い公園。木々に囲まれた道を歩いて、ナタク君はベンチに座った。人気は少ない。聞かれる心配もないだろう。あたしも隣に座った。


「先ずは、お前がなんでぼくを容疑者だと思うかを教えてよ」

「ん?容疑者から外す理由がないから」

「厳しい刑事さんだ。あ、抜け目のない探偵か」

「手伝うってのも怪しいからね。君は頭いいしそれくらい楽しんでやりそう」

「正直に言うんだな」

「あたしの嘘なんてバレバレでしょ」

「ぼくは嘘ついてないだろ」


横目でナタク君はあたしを見た。思い返せば、恐らく嘘はついていない。


「まーいいけど。本物の紅色の黒猫に容疑者だと疑われるなんて光栄だ」


演技じみた口調でナタク君は言った。怒らせようとしているのか。まあ、でも不快は感じなかった。


「ぼくは那拓だ。那拓はプライドが高い」


そうナタク君は言い切った。

清々しい程に他の模範回答は間違いだと言わんばかりに言い切った。


「プライド?それが容疑者じゃない理由って言うの?」


演技じみた台詞に続いて、呆れてあたしは聞き返す。「お前躍起になってない?」とナタク君は「そんな怪訝に見るなよ。納得できるように言うからさ」肩を竦めた。


「那拓ってのは、超プライド高い一家みたいなもんなんだ。裏現実での最強の一家、そう信じて疑わない程に自分達、己と一家を誇ってんだ」


ナルシストだな、とナタク君は口元をつり上げて言う。


「皆優秀な裏現実者。裏現実者のスペシャリストって感じかな。殺しはおろか企業だってお手のもの。那拓を知っているなら…偽者だと思わないんだよ」

「プライドがあるから。だから真似事なんてしない、そう言いたいのね?那拓がプライドを壊すような真似はしない。だから違う」


ナタク君は頷いた。


「那拓は那拓の名前を誇りに思っている。だから紅色の黒猫の名前を名乗って殺しをやるなんてあり得ない。他人の人気を横取りなんて、バカがやることだよ」


本心でナタク君は嘲笑った。犯人を、真似したアイツを、あたしの偽者を、嘲笑う。


「犯人がお前に成り代わろうとしているのならすげえサイコヤローだ」

「確かに。同感。わかったわ。君を本当に信用して、容疑者から外す」


 少しだけ。ほんの刹那だけ考えて、あたしは彼を容疑者から外すことにした。

あたしと同じことを思っている。バカなサイコヤロー。成り代わろうとするのならよっぽどの野心家か変態だ。

見たところ本当に嘲笑っているのだから、嘘ではないだろう。


「ありがと、椿。まぁ、お前のことだから本心は疑ってるんだろ」

「疑ってないよ。警戒はしてるけどね。仲間が那拓は危険人物だって言ってたからね」

「危険人物?よせよ、ぼくはそいつじゃない」


首を振ってナタク君は嫌そうに笑った。立ち上がってあたしの前に立つ。


「ぼくの兄貴、那拓爽乃(なたくそうだい)だ。関わることさえ危険だとか言われてるよ。アイツはなりふり構わずぶった切る。殺意を向けられたり敵だと認識したらすぐぶった切るんだ。野蛮。そのせいで那拓は危険人物認定さ」


自分の兄を面白くコミカルに話すナタク君は笑った。面白がってるよこの子。


「プライドが高いゆえ。敗けることは恥。だから敵に皆気を張ってる。殺られちゃー一家の恥だからね。そんな奴らばっかだから危険人物。でも、ぼくはさっきも言ったけど殺しはやったことないって」


凄い家に産まれたようだ。

ぶった切る侍を想像しつつ、両の掌を向けるナタク君を見る。

それからベンチの隅に在るナタク君の荷物を見た。長い棒状の包み。バッドには見えないから。


「剣道?」

「あ、うん。でも中身は竹刀じゃない」

「…………刀は人を斬るものでしょ」


中身は竹刀と推測したが違う。竹刀じゃないが剣道。ならば真剣。刀。


「剣道を兄貴達に教わっているけど、まだ殺しに使ってないんだって」

「ふぅん、じゃあよくよくは君も刀で殺しをやるってこと?」

「そうゆうこと。それで一つ、紅色の黒猫に訊きたいことがあるんだ」


あたしに?と首を傾げる。この話の流れで、あたし紅色の黒猫に訊きたいこととは?

ナタク君はまたあたしの隣に腰を下ろした。


「それはあとででいいから、詳細を教えてよ。全面協力するために、どこまでわかっているかどう思ってるかその犯人をどうするか、までを」


 協力してくれるのならば、というか多度倉さんのようには騙せないので話すべきだ。

あたしは話すことにした。ニュースを通して初めて知り、仲間を通して情報収集、そして漫画喫茶に辿り着き容疑者探しの最中まで。そして目的も話した。


「とりあえず、だ。容疑者が快楽犯かどうかは一先ず考えるのやめろ。出会す人間みーんな疑っちゃあ容疑者が増える一向だ」


相槌を打っていたナタク君は話し終わったあとに自分の意見を言った。もしかしたら命令だったかもしれない。


「疑ってないよ、ちゃんと容疑者じゃない理由があれば外すもの」

「頭にきて殺してやるって目だな」

「…殺してやりたいけど」

「わかってる。偽者の望み通り、自分に成り代わり罪を被ってもらって警察に突き出すんだろ。何の目的かなんて容疑者を少数に絞ってからでいいじゃん」


年下に言いくめられると少々ムカつく。まぁ多少は躍起に暴走していたかもしれないから落ち着こうか。


「犯人は犯行直後に入店した客だ。多くはない。その人間をあぶり出すために聞き込みっていう手を使うしかないか…」


口元に指を添えて考えるナタク君の横顔を見ると某イケメン高校生探偵を連想してしまう。うん。今更某とかつけちゃったよ。


「……何じろじろみてんの?」

「モテるだろうなぁと思って」

「モテないよ」

「うっそぉだぁ」

「モテたって嬉しくない」

「君って実は女子が嫌い?」

「……なんでそう思うんだよ」

「あたしを逆ナンだと思って怪訝な顔したじゃん」

「………そうだったか?」


あ。とぼけた。

可愛い。可愛いよこの子。

何とも言えない顔が可愛いよこの子。

「何で嫌いなのかにゃ?」と顔を近づけたら「やめろよキモい」とチョップを食らった。


「……お前、彼氏は…?」


少しだけ黙ったあとに、ナタク君が口を開く。彼氏と言うワードで秀介の笑顔が頭に浮いたが無論「いない」と答えた。


「嘘つけ。今いるって顔をしたぞ」

「まさか!この殺人鬼にいるわけないでしょ。あたしに恋人がいると見える?まさかまさか!そんな交際をしつこく迫りくるような裏現実者いないよ!あたしだってモテないし、好きだって熱く告白されてるなんてないさ!」

「…………………」


全面否定したのに何故だろう。凄い目で見られたんだけど。あれれ。


「ぼくは、恋愛が幻だと思う」

「………言うね、16才少年」

「この歳だからこそそう思うんだよ」


嫌々そうにナタク君は言い出した。嫌なら言わないだろうから言い出したならそれほど嫌ではないはずなので、耳を傾けることにする。


「ぼくは男ばかりの兄弟だから、交際に厳しいんだよ。超がつくほど。プライド高い一家だから嫁もそれ相応に鍛えるとかなんとか言うんだよ」


那拓家の嫁、大変そうだぁ。


「それを抜きにしても、だ。女ってうざくないか?顔がいいだけでキャーキャーベタベタ。知りもしないのに告白。うざくね?」


本当に、心底うざったそうにナタク君は言った。

それは同性同士がする会話じゃないだろうか。あたしを女と解っているのだろうか。

つまりはモテてるわけだ。


「そうゆう子はね、恋に恋してるんだ。君が恋人になるっていう幻にね」


あたしは指で額縁をつくり、その中にナタク君を入れた。容易く学園アイドルさながら騒がれるナタク君が想像できる。

「や、め、ろ」とナタク君があたしの手をおろさせた。


「そんなうざがらずに告白してくる女の子を好きになってみたら?」

「何それ。年上の意見?お前は人を好きになったことあるのかよ?」

「ふむ…人ね。うん…まぁ、あることはある」

「アバウトだな…嘘だろ」

「いや。嘘ではない。赤裸々に話したくないだけ」

「話せよ、聞いてきたのはお前だろ」


生意気だ。一理あるのでちょっと考える。


「あ、じゃあ名前を教えてよ。下の名前。本名の方」

「学校では奈乃宮なたく。本名は那拓蓮真(なたくれんま)。蓮にまことの真」

「蓮真君か。いい名前ね」

「そうか?兄貴達は壮大とか雄大とかそんな読みの名前ばっかなのにぼくは練磨。そのせいか厳しいんだよな、特訓」


「練磨か、なるほどふふ」と思わず笑う。


「あたしと君は、花の名前が入ってるね。あたしの好きな花だ」


すると蓮真君は「花?なんの?」と首を傾げた。


「蓮だよ。蓮と椿」

「はすって?」

「睡蓮だよ、蓮の花!知らないの?京都に修学旅行いかなかったわけ?」

「家の事情でいかなったよ!知らないもんは知らないの!」


やだなぁ自分の名前についてるのに。とあたしは文句を洩らして周りを見回した。そんじゃそこらに睡蓮はないか。


「まぁいいか。何話したっけ?」

「…お前が人を好きになったことを赤裸々に話すとこ」

「あー、そうそう。中学校の頃。好きな子がいたわけよ」


うん、と蓮真君は頷く。


「でもあたしには既に彼氏がいたの」

「…ちなみに何年?」

「一年」

「早っ」

「小学校から想い続けてた人だったのさ」

「二股」

「いや。ちゃんと別れたよ、当時の恋人とは」


自然消滅だったけど、と付け足す。


「それからは好きな彼に一筋。告白しまくったがことごとくフラれました」

「告白しまくった?」

「三、四回」

「ストーカーかよ」

「うん。多分、いや確実に嫌われた。嫌われて避けられた分、傷付いたのに……それでも諦めきれなかった」


蓮真君から相槌はなかった。


「どうしてだか、なんだかわからないけど……好きだった。本当にどうしようもなく好きだったんだなって思う。それが多分…本物の恋だったと、思っているよ。今は殺人鬼で人を好きになる資格がないとか思ってるから…幻とも思えるけどね」


数秒、蓮真君は足元を見つめて黙った。あたしは反応を待つ。赤裸々に話したのに反応なしは嫌だぞ。


「……殺人鬼が恋愛しちゃいけないルールがあんの?」

「ないと思うけど……あたしは恋愛できないと思うんだ。殺人鬼になった以上」


また秀介のことが頭にちらつく。無理だってば、と掻き消す。


「…………お前にとって殺しって何だ?」


あたしに顔を向けて蓮真君は言った。


「何いきなり」

「紅色の黒猫であるお前に訊きたいこと」


それが?

殺しとは何かが訊きたいのか?


「ぼくは殺しをやったことないから。訊きたいんだ。どうなのかなって。椿と同じでぼくも表同様の生活を送ったからわからない。つうか殺しのやり方を教わりたいぐらいだよ、噂の紅色の黒猫にね」


片足の足首を握って体の向きまであたしに向けて真剣な眼差しでそう言った。


「殺しってどんな感じ?」

「そんなこと言われても…。どうして車内にいた人間を殺戮したかを訊かれた時より答えにくいよ」

「そんなこと訊いたバカがいるんだ」

「……うん。彼しかそんな質問してこなかったよ」


やっぱり秀介だけ違うのか。殺しの理由はない。無差別だから理由はない。そう思うのだろうか他者は。


「参考にならないと思うよ。師匠…てかあたしといたお兄ちゃんが言うに…あたしは殺しをしなきゃいけない人間、なの」

「殺人衝動があるってこと?」

「まぁそんな感じ。二週間じっとしてただけで人が殺したくてうずうずするの」


こんなこと言っても伝わらないだろう。蓮真君は理解しがたい顔をした。或いは想像しているのかもしれない。


「禁断衝動?ニコチン中毒が煙草吸いたくてたまらなくなる感じ?」

「うんまぁ、例えはそんな感じだね。あたしの場合は殺戮中毒というか…なんというか」

「じゃあ殺したら快楽を得るんだ?」

「快楽……てほどでもないよ。まぁ…一方的な殺しで多少は優越感を感じているかもしれない」


快楽?いやいやそんなのない。なかったと思う。

優越感と同時に呆れも感じたはずだ。人間の儚さ。


「じゃあ何を感じるんだよ?」

「………何も感じない」


蓮真君は納得できないという表情で見つめてきた。あたしは秀介に言ったように感情のない声で答える。


「最初の殺し、つまり最初の血塗れ電車ではね、何にも感じなかった。罪悪感は皆無。殺戮衝動にかられて皆殺しにした。二回目は…駅で知り合いの嫌いな不良を殺しだった………うん。そうだな…その時は……そう。部屋が散らかってるとする、それを掃除したら綺麗になってスッキリするでしょ?それみたいな感じ」

「お前にとって掃除みたいなもんなのか?」

「そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。ある殺し屋は死体を作品と呼ぶし、ある殺し屋は頭を粉砕させるのが趣味。十人十色かな。人それぞれだと思うよ。少なくともお兄ちゃんとあたしは殺すことに罪悪感は感じない、殺し続けなきゃ生きてけないの。そこのところ君とは違うから君が殺しをやったときどう思うかなんてあたしはわからないよ」


殺して感じることについてこうも語るなんて変なのとか思いつつしっかりと言い聞かせるように告げた。


「殺し屋になるなら罪悪感なんて持たないだろうけど。裏現実者だから殺人は当然だからぼくは大丈夫、て言うなら殺しを教えるよ。教えるって言っても駆け出しの殺し屋で64人を殺した殺戮者だから教えるものなんてないだろうけど」


「十分じゃん」と蓮真君にツッコミを入れられた。


「教えて。紅色の黒猫の殺戮ってやつをさ」

「殺戮をやりたいの?」

「いや、向かってきた敵にトドメをさすときに殺るから」


ふぅん。と少し考える。


「じゃあこうしよう。君はあたしに剣道を教えて。あたしは蓮真君に殺しを教える」


「剣道習いたいわけ?」と刀に視線を送る蓮真君。あたしはすんなり頷いた。


「あたしは今のところ短剣ばっかだからね。この前刀相手に苦戦したから剣道を教わりたいって思ってたところなの」

「ふぅん、そっか。いいよ、大金よりはずっといい。交渉成立だな」


ニッと口元をつり上げてまた蓮真君は立ち上がって、背伸びした。

その彼に「蓮真君。一つウザいこと言わせてもらうよ」と言う。蓮真君は小首を傾げて少しだけ身構えた。


「できるなら殺しはやめなさい」


一言だけ。あたしはそう告げた。

あたしの言葉が理解できないのか、何かを思考中なのか、蓮真君から反応はない。


「殺しをやったことない君が羨ましいと思ったから、言っただけよ。殺しより大量殺戮は尚更やめてね」


あたしも腰をあげる。

「…殺戮衝動にかられなきゃね」と蓮真君は軽口を言った。あたしは調子を合わせて笑って返す。


「年上の忠告は聞いておくよ。アド交換しよう」

「あー…。ごめん。このケイタイあたしのじゃないんだ。アドレスだけ教えて、買ったら連絡する」


携帯電話を開いた蓮真君からアドレスをメモった紙を貰う。自分の携帯電話を買わなくては。幸樹さんや藍さんに頼めば購入を手伝ってくれるだろう。

 少しして会話してから別れた。迎えにきてくれたのは藍さん。藍さんの紺のワゴンで帰宅した。

藍さんはなんだかご機嫌だった。

そのわけは、蓮真君の素性がわかったからだ。差し出されたパソコンの画面には蓮真君の写真と名前生年月日がつらづらと載っていた。

名前は、奈乃宮なたく。蓮真君の表の名前だ。

那拓じゃないと判り、藍さんは心底安心した笑顔で笑いかけた。

ちょっと。罪悪感。

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