狩人と殺人鬼。
あたしは殺戮者で
あたしは殺人鬼で
あたしは人殺しで
あたしは血塗れで
あたしは真っ赤で
あたしはあたしで
真っ赤な真っ紅だ
「どうしてつばきゃんは56人を殺したんだ?」
視線の奴らを誘き出して倒すために建物から出て、人気のない道に入ったのだが、相手がまるで動きを見せない。
それで暇を持て余して二人で他愛ない会話をしていたら、秀介が何の前触れもなくそう訊いてきた。
問われたことのない質問だった。
驚かれ、褒められたことはある。あると言うより、そのどちらかしかなかった。
当たり前の質問。それが。それを誰も訊いてはこなかったのだ。
一人だけは。一人だけは、その理由を知っているから解っているから訊かなかった。あとの二人もそうかも。
その他は、訊かない。訊きもしない。
殺しの理由?
そんなもの。そんなものは。
些細なもので無意味なもの。
「ない」
冷たい口調。違う。感情のない声が、口から零れた。
「ない?」とあたしを見つめたまま秀介は聞き返す。
ただ、あたしの返答を待っている瞳。
「ない。ないと思う。電車に乗ってた。何も考えてなかった。違うな。何も覚えてないんだ。境目。境界線を踏み込んだ時の記憶は酷いくらい朧。気付いたらね、皆死んでた。死んでた。ああ、殺してたの方が正確か。血塗れでもう一度座ってたよ」
淡々と。他人事のように。感情なく。あたしは答えた。
覚えてる血塗れの車内と音を思い出しながら、彼を見つめる。
どんな反応をするのか。どんな風にあたしを見るのか。一体、殺戮者のあたしをどう思うのだろうか。
「殺しちゃった。理由も意味はない。それだけだよ」
「……そっか。理由はないか。だよな、裏現実の手前だしな。裏現実者ならあの事件は隠滅されちまう。裏現実者が殺ったことじゃないから騒がれてる……うん。理由はねぇか」
独り言みたいに呟く秀介。そんな反応じゃない。
「理由があると思った?」と冷酷ぶった口調で問う。
秀介は「いや」と言った。
「考えたんだ。椿が犯人だって知って、俺は考えたんだ」
「何故? 何の為に? どうして? ……と?」
突っ掛かるような口調のあたしに、秀介は頷いた。そしておどけたように笑った。
「椿ちゃんが殺る理由を考えたんだ。仮説も立てた。冷めた椿ちゃんが復讐? それじゃあ数が多すぎだし家族が欠けている素振りも友達が欠けている様子もなかったからさすがにそれはないと思った」
おどけた秀介に苛立ちを覚え「仮説は?あたしが殺る理由はなんだと思ってたの」と尖った口調で問い詰める。
「ないと思ったんだ」
薄い微笑で、秀介は答えた。
「狩人の鬼って呼ばれてる俺だぜ? 俺が見抜けなかったことが驚きだ! 人殺しには血の匂いが染み付いているからな……わかるんだ。頭蓋破壊屋にしたって、ドクター笹野にしたって。ん、あの刑事にしたって見抜ける」
刑事。殺人と言えば、あの病院のイカれた刑事。見抜いていたのか。
「なのに、椿だけは見抜けず、普通に、話し掛けたんだぜ。まー、恋は盲目っていうしな!」
ニカッと、眩しい笑顔で秀介は笑った。眩しすぎる笑顔。
「……理由なき殺戮者で、殺し屋のあたしをまだ……好きだとか言うの?」
何言っているんだ。秀介はそんな顔で目を丸めた。
「好きだ。好きだよ。それでも椿が好きなんだ」
バカだとわかっていない笑みで、そう頷いた。
「椿と会った時、思ったのはやけに冷めた少女だなってこと」
「間違ってない。冷めてるよ、いつも、愛想悪い」
「いつもじゃない。椿は優しい。俺のこと、慰めてくれたじゃん」
「それは……刑事と二人っきりが嫌だった。君を利用しただけなんだよ、秀介君」
違うのに。違うのに。違うのに。
もどかしさが込み上がる。
秀介は勘違いしているんだ。あたしは冷たい人間。あたしは優しくなんかない。
「椿。俺は椿を嫌わないよ」
ギクリとした。
まるで見透かされた言葉だった。
嫌ってほしい。嫌ってほしいんだ。
好きと言われるより、嫌いと言われた方がマシ。
あたたかい場所から突き落とされるなら、殺された方がマシ。
それだけなんだ。
「忘れた? 椿だけを愛する。永遠に君だけを見てるって、言ったろ?」
その台詞を言った時と同じ。余所見なんてしない真っ直ぐな瞳で見つめてくる。
最後のつもりで。あの時、見つめていたのにまた。
これを見つめているなんて。
間違っているよ。
間違っているんだ。
下手な恋愛小説に有りがちな台詞みたいに。あたし達は出会ってはいけなかったんだ。
君は間違っている。
あたしが何も言わないまま、秀介はあたしを抱き締めた。
両腕で、抱き締めた。
秀介の匂い。秀介の温もり。秀介の鼓動。秀介の存在。
それに包まれる。
それから感じる視線と気配に、意識を切り替える。
まるで沸いてきたかのように出てきた奴らに冷酷な瞳を向けた。
自然と秀介はあたしを放して、振り向く。あたしは秀介とは逆の方を見た。
計六人。格好は様々。年齢も違って見える。どうやら友達や仲間でもなさそうだ。20代か、30代辺りの男五人、女一人。
「あ? 何? 名前を売ろうってことで、団結して殺ろって決めたわけか?」
秀介が茶化すように問う。しかしそれは答えなんて必要としていなかった。
その返答は一目瞭然。
六人で立ち向かうつもりだ。遅かったのは話し合っていたからか。
「じゃあ、名乗っとこうか。狩人の鮫狩りのポセイドンだ。こっちは紅色の黒猫」
「勝手に名乗らないでよ」
律儀に名乗り、秀介は三ツ又槍を取り出した。組立式はどこにでも隠せて便利だ。
ムカッとしつつも、左腕にある短剣を取り出す。
また裏現実者相手に無謀体勢。今度はしっかり仕留めよう。
「今度はそちらさんが名乗れよ」
「…………」
「ハッ! 名乗る名前さえ……ないってか!?」
秀介が動いた。早っ。
本当に名を聞く気があったのか疑いたくなる程の速さだった。
がしゃんっ。
一人の男と武器を交え合わす秀介。他の五人も動いた。
武器所持した人間を三人相手か。しんどい。そう考えながらも、構えた。
右手しか使えない。そして極力動かないことを心掛ける。そのつもり。
だから、来るのを待った。
短剣が届くその範囲に入るのを、待ち構えた。
そして、女が入った。
あたしは右足を、踏み込んだ。それから短剣を首に振り下げる。
女の獲物は偶然にもカルドだった。あたしのカルドとは違う装飾だが、なかなかいいセンスだ。彼女を殺して、カルドを戴こう。そう瞬時に思っていたのだが。
「────くっ!」
足を取られた。正確には足に気を取られた。足に何かが巻き付いたのだ。
その違和感に思わず、足を見た。敵が目の前にいるにも関わらず、視線を外した。
左の足首に、糸のようなものが巻き付いている。糸には重りらしい石があり、その石が違和感を生んだ。誰が投げたかは知らないが、これは間違いなく、隙を作る為に投げられた物だ。
気付いた時には目前に迫っていた。女のカルドが首を切ろうとしていた。洒落になんない。
あたしは意地でもそれを防いだ。
ギリギリ。短剣で防いだ。
まさか防ぐとは思っていなかったのだろう。女が動揺した。
これで。この策であたしを仕留めようとしたのか。
それはなんとも……ムカつく話だ。
重りがついた左足を振り上げ、女を蹴り飛ばした。
その足を上げたまま、糸を切って外す。
「過大評価も嫌だけど、甘く見られるのはもっと嫌だね」
あたしは吐き捨てた。
ちんけな策であたしを名を売る土台にしようとした三人を睨み付ける。
「ああ……名乗らなくていいですよ。貴様達みたいな名前、覚えたくも知りたくもありません。息の根を止めてやる」
女が起き上がり三人はたちろぐように後ずさる。
「椿……?」
三ツ又槍で叩き潰し殴り飛ばしていたが、秀介があたしの台詞に気付いて振り返った。
その行為に隙はない。刀を振り上げて斬りつけようとする男を何でもない振る舞いで蹴り飛ばす。
華奢な身体で簡単に蹴ったような素振りだったのに男は吹き飛んだ。
三ツ又槍を振り回し、槍を向けるが視線はあたしに向けている。
あたしはまた、相手の三人が向かってくるのを待った。そして彼らは動いた。
三人同時にくる。
正面と左右。武器はカルド、短刀、バタフライナイフ。
なめてんのか。
短刀は蹴りあげ、バタフライナイフを掴む手を掴み、カルドは短剣で止める。
掴んだバタフライナイフの男をカルドの女に叩き付けた。
二人は崩れるように倒れた。
あいた左腕の肘を、短刀の男に向けて振った。振ろうとしたが。
腹に激痛が走り、それができなかった。
「うっ、がぁ!」
短刀の男に蹴り飛ばされたのだ。それも傷を蹴られた。
倒れたあたしは、傷を押さえて呻く。
男はその傷の上に足を振り落とした。
「うああっ!」情けない悲鳴が上がる。
右手ごと踏まれ、回避ができない。左腕は倒れる際に痛みが走り、動けない。
「ぅおおおぉおっ!!!」
短刀を握った男が、力一杯に振りかざし、首目掛けて振り落とされる。
殺られる。
その思考はなかった。
まるで必要ないと悟っていたかのように、微塵も思っていなかった。
目の前で刀が、槍に阻まれる。
理解する暇も与えず、秀介が短刀の男を蹴り飛ばす。
「椿! 立てるか!?」
ぐいっと左肩を掴まれ、立たされた。
秀介は、あたしを死なせないと言っていたっけ。
なんて心の中で呟く。
短剣を拾う。腹がズキズキ痛い。
「痛いじゃん……」
「椿……?」
「殺してやる!!」
「椿っ!!?」
短剣を逆手に握り、踏み込んで短刀の男の首を取りに向かう。
焦りか恐怖か。短刀の男は顔を歪めながらも決死で避けた。
その男が避けたあとに見えたのは、こちらに飛んでくる武器。
ナイフを避けるため、しゃがむ。休む暇もなく、あたしはナイフを投げたバタフライナイフの男に向かう。
スパッと盾にした腕を切りつけた。その瞬間。
「椿! やめろ! 殺すなっ!!」
秀介の声が路地に、響いた。
ギロリとあたしは秀介を睨み付ける。
「……殺すな、だって?」
あたしがそう言葉を発している間にも、敵は襲い掛かる。秀介は三ツ又槍を振り回し、叩き飛ばす。
「あたしに言ったの!? 秀介!」
怒声が、味方に飛ぶ。
秀介は目を丸くした。
あたしの反応が意外と言わんばかりに、吃驚した顔だ。
あたしは飛び掛かった女をかわして、顔に肘を食らわせ短剣の柄でコンクリートの地面に叩き付けた。
「あたしに殺すな! そう言ったのか!?」
もう我慢の限界だ。ズキズキズキズキズキズキと、腹が痛い。傷が痛いんだ。
「あたしが……あたしがどんな人間かわかってない!! ここに来るまでずっと堪えてた!」
秀介が銃を出した男の手を突く。銃を破壊。既に一名が、戦闘不能で倒れている。
「すれ違う人間を殺したくて殺したくてたまらなかった!! ナイフに手を伸ばすのも堪えてたのに……殺すなだって!?」
どちらの男のかわからない手首が切断された。秀介もあたしも視線は眼は、離さず合わせていた。
あたしは睨み、秀介は見る。
「依頼されてない人間を殺すな? そんな戯言を言う気? ハッ! いい? あたしを好きだとか言ってる秀介君! あたしは殺し屋である前に」
手首が切られた男の悲鳴に負けないように、あたしは声を張り上げた。
「あたしは殺人鬼だ!! 殺し屋なんて人が殺せて金が入るからって理由でやってるだけだ! 人を殺してなきゃ生きてけない人間だ! 理由なく殺す鬼だ! 二週間と三日も苛々して殺しを我慢してた! いい獲物が出た上に! 傷を踏みつけられたのに! それを……殺すなだと!!?」
あたしは、殺した。
視界にも入れず、不快な悲鳴を上げ続ける男の首を引き裂いた。
静かになった。その場にいるものは動きを止める。息すらも止めた。一人、死んだ男を見て、息を止めた。視もせずに殺したあたしを見て、息を止めたのだ。
まるで、凍り付いたような空気の中。
怒りを飲み込んで、落ち着いた口調であたしは言った。
「あたしに死ねって、言っているようなもんだよ」
最早背にしているのは、敵でも何でもない。
秀介をじっと睨みつくように見据える。秀介は目を開いたまま、あたしから目を逸らさない。逸らせないから見ている。
あたしから目を逸らした。
秀介はあとだ。先ずはこのバカ者達を。この獲物達を。
「殺戮されても、文句ないね?」
振り返り、凍り付いたバカを睨む。電流が走ったかのように二人は震え上がった。短剣を握り、向かう。
「つっ、椿っ!! だから、……くっ、やめろ!」
「死ねって?」
秀介が止めようと声を上げる。あたしは鋭利のような台詞を向けた。あたしはもう。秀介に嫌われる台詞しか言えない。
刺々しい声しか出ない。
間違っている。わかっていない。
あたしが殺人鬼だって解ってない。
踏み込んだまま腕を振り上げる。握っていた短剣を、女の肩を抉る。
男があたしの左側から短刀を突き出した。身体を捻ってあたしはそれをかわす。
身体の向きを変えて見えたのは、秀介が男二人に挟まれているところ。
顔色変えずに、それを三ツ又槍を振り回すだけで蹴散らす。
突く武器である槍のはずなのに、一度も人間を突き刺してはいない。
打撃ばかりで倒している。
それだけで倒したのは、流石鬼と呼ばれているだけあると言えるが。
あたしは今は冷静ではないから、そう褒めてはいられない。
何がポセイドンだ。何が鮫狩りだ。何が鬼だ。
嗚呼。嗚呼。嗚呼。嗚呼。嗚呼。嗚呼。嗚呼。嗚呼。嗚呼。嗚呼。嗚呼。嗚呼。嗚呼。嗚呼。嗚呼。嗚呼。嗚呼。嗚呼。嗚呼。嗚呼。嗚呼。嗚呼。嗚呼。嗚呼。
殺したい。殺したい。
気が付いたら、そこにいた。
真っ赤な、真っ赤な、路地にいた。
あれ。終わった?
地面と壁に返り血。
真っ赤。鮮明な赤。
気付いたら、五人の血塗れの死体が転がっていた。
そこに立つのは、あたしと秀介だけ。
うん。終わった。
さっきの自分の問いに自分で答える。
秀介は唖然と立ち尽くしていた。或いは茫然。愕然。
いつの間にかあたしの相手ではない男二人を殺していたらしい。きょとんと首を傾げたあたしを見て、呆然とするだろう。
あたしは。覚えてない。
終りだ。
これで秀介とは終りだ。
あたしは秀介に目を向け、それから背を向けた。
「っ…………椿!!」
秀介はすかさず、あたしの左手を掴んだ。あたしが短剣を持っていない方。
引っ張られてあたしは、短剣を振り上げた。
ガキンッ。
秀介に向けて振り上げた短剣は、三ツ又槍に防がれる。
驚きつつも、秀介はあたしから目を放さない。
──ああ、あたしは何をやっているのだろう。
右手から短剣が落ちる。
「ねぇ……あたしがどんな思いで君と話してたか知ってる?」
「…………」
「どんな気持ちで君の告白を聞いたか、知ってる?」
何かが込み上がる。これはなんだったのだろうか。
泣きたい衝動が喉まで突っ掛かる。
「罪悪感と自己嫌悪。あたしの正体を知った君の苦しみ傷付くと思って、ビクビクしてたんだよ」
自分がどんな顔をしているかなんてわからない。秀介は、少しだけ目を見開いた。
「それならばいっそ、頭蓋破壊屋に殺されようと決意したのに……」
なのに。
「知った君になんて言われるか、ビクビクした。この人殺し! なんて言われたらきっと、握ってたメスで君を殺してた」
ねぇ、なんで。
「ねぇ、なんで? なんで嫌わないの? 殺人鬼だよ、殺戮者だよ。君の狩るべき対象だよ。殺すな? じゃああたしが殺しをする前に殺せよっ!!!」
震えた声を、腹の底から出して怒鳴った。
秀介は、三ツ又槍を振るうどころかあたしを抱き締めた。
引き寄せて、痛いくらい強く抱き締める。
「嫌いになるかよ……! 好きだって言ってんじゃねぇか! 殺すわけないだろ……殺せるわけないだろ……どうしようもなく……好きなんだ、椿。椿が好きなんだ。殺し屋でも殺人鬼でも……椿が好きだ」
苦しそうに、秀介は言う。
「殺し屋だって殺人鬼だって暗殺者だって何人も見て相手して潰してきた! なのに…………椿だけは、椿だけは……好きなんだよ……」
秀介の声。温もり。匂い。鼓動。存在に抱き締められる。つつまれる。
嗚呼。だからどうして。
冷たい世界にいるはずなのに。
どうしてあたたかい温もりが在る?
どうして?
あたしを突き落とす。とっておきの冷たい凍える地獄が用意されているの?
「…………」
それでもあたしは。
その秀介の温もりに涙を落とした。
十分、二十分。いやもっと短い時間だったかもしれない。漸く、冷静さを取り戻して身体の痛みが襲い掛かった。
腕に腹に。傷がズキズキ。
「うぅっ」と呻きながら秀介に身を任せる。慌てた秀介があたしを抱え上げた。
まさか秀介まであたしを抱えあげることができるなんて。意外だった。
あれかな。細身の人は皆力持ちなのかな。
「あー、頼む。隠滅してくれ。死体が五体、一人が気を失ってる。……あ?俺じゃねーよ、俺の恋人の紅色の黒猫ちゃんが殺ったの」
誰もいない公園のベンチにあたしをおろして、秀介は電話をした。裏現実者の死体隠滅工作員とかいるのかな。
隠滅工作員。……なんかいそう。
てか、あ? 何言ってんの!?
「ん? 知りたい? じゃあー報酬はそれでいいのか? ……あっそーかい。じゃあ頼んだ」
どうやら情報の報酬より、お金の報酬がいいらしい。直ぐ様秀介は電話を切った。
「ちょっと……言いふらすのやめなさ……痛っ」
「そんな力まない。あー傷口が開いちまってんな。何でやられた傷?」
文句を言おうとしたが、傷に響いてそれは無理だ。シャツを捲って秀介が確認すると、包帯に血が滲んでいた。
「ボウガンの矢…」と答えたら、秀介が顔を歪めた。
「矢都も容赦ねーのな」と呟きながらも包帯を取る。
「これでも手加減されたみたいだけど。あたしのこと、おやつとか言ってた」
「あ。確か変わった趣味持ってるって言ってたな……ゲスめ」
眉間にシワを寄せながら、傷の処置。持ち歩いているのか、ポケットから包帯を取り出して巻き付けた。
「秀介は人殺したことある?」
「あるよ。相手は殺し屋、殺すつもりで狩らないと狩られるからな。あ、雑魚は別」
つまりは先程のは雑魚。
まぁ当然と言えば当然だ。
「本当、返り血を浴びるんだな」
吹き出したように笑って、秀介は黒いハンカチであたしの顔を拭いた。
どうやら顔に返り血を浴びたらしい。それも覚えてない。
「血の色が好きなの」
「赤? へぇー。俺も好きだぜ、赤い食べ物はもっと」
「あたしも好きだよ。林檎もトマトも人参も」
「他に何色が好き? 俺はね、黒と青、シルバーが好み」
「あたしも黒は好き。青も好き。青空が好きだから。シルバーもまぁ好き。あとは紫色かな、その他は普通か嫌い」
その公園で少し話した。
一時間くらい。二時間くらい。話をした。
また他愛ない話だ。
何が好きか。何が嫌いか。好きな店は。嫌いなファッションは。好みの武器は。相手にしたくない武器は。好きな空は。嫌いな雲は。星は好きか。月は嫌いか。夜は好きか。寒いのは嫌いか。プレゼントは好きか。サプライズは嫌いか。
好きか嫌いかの話ばかり。
ブランコに腰をかけて、ギィギィ揺れながら話した。下校途中の学生カップルみたいだ、と秀介は言ったがあたしは全然違う、と否定した。
「つばきゃんは人間嫌い?」
「あたしは嫌いだよ。君は好きなの? シュウシュウ」
人間が嫌いかどうかを訊いてきた。人間が好きって言う人間はできすぎだろ。
「俺は……どっちでもないと思う。嫌いか好きか……どっちでも関係なく、大して思ってないよ。つばきゃんはなんで嫌いなんだ?」
「人間がうじゃうじゃしていると吐き気する。人間はいなくてもいい存在と思ってる。人間の、根本的な何かが嫌いなんだよ。あたしもよくわからないけど」
ギィコギィコ。揺れる。
「ふーん。それも自己嫌悪?」
「ああ、そうかもしれない」
「椿はいつも自己嫌悪感じてるわけ?」
「そうですがなにかぁ?」
「超優しいじゃん」
「偽善だよ」
「いいや、違うね」
秀介は笑って否定を否定した。
ギィギィと大きく揺れて、笑う。
そこに親子が来た。子供が父親を引っ張って公園に駆けて入ってくる。
何も言わずあたしと秀介はブランコを降りて、出口に向かった。
「じゃあ最後の質問」とあたしの隣に立つ。
「家族は嫌い?」
その質問には間もおかず、考えもせずに答えられた。
「嫌い」
その一言だけ。
「あの子と同じくらいなら、好きだって言ってたかもね」
ブランコで父親に背中を押されて揺れる子供を振り返り答えた。
「そっか」と秀介は頷く。
「俺もおんなじ」
そうやって笑った。
少しだけ歩いて、立ち止まる。
「じゃああたし、帰るね」
「あー、うん……」
「あとつけないでね」
「うーん……」
秀介はなんとも曖昧な返事をする。
幸樹さんの家なんて病院で調べればわかることだが、あたしが白瑠さんが幸樹さんの家にいるとは知らないはずだ。
つけられては困る。
「ついてこないで」
「あー、はいはい。つけません」
おどけた反応。信用できない。
「つけなかったら……今度会った時に、キスしてあげる」
捨て身だけれどコスプレよりは幾分もマシだ。秀介とのキスならあたしにとってもご褒美みたいなもの。
目の色変えてキラキラした笑顔になった秀介は、本当に癒される。可愛いなコイツ。
「絶対約束する! 大好き! 次会ったら、つばきゃんからキスな!」
うんうんと頷いてやる。
「絶対だよ?」と確認。
「絶対!」と秀介は頷く。
「じゃあ、またね」
ちゅ、と躊躇のない動作で秀介が、あたしの顎を上げて唇に唇を押し付けた。
またねのキス。
「あ、うん……じゃあね」
あたしは自分から背を向けて歩き出す秀介に返す。秀介は振り返って手を振った。あたしも手を振りながら歩く。
見えなくなるまで互いに手を振った。
秀介の姿が角を曲がって消える。それを見てから手を下ろす。
本当に約束を守るかはわからない。でも秀介は頭蓋破壊屋よりあたしを優先してくれるはずだ。
それを信じて、あたしは真っ直ぐ帰宅した。
さぁ。ここからが正念場だ。(意味違う)
殺人を殺るなと言われたのに殺ってしまった。服にも若干返り血を浴びたがバレないだろう。部屋に行って即座に着替えよう。
その為には先ず、会わないようにしなくては。
あんなに大丈夫だと言い切ったのに傷が開いたとバレたら…。
仕事より緊張する。
深呼吸。ぐっとドアのノブを開き入る。
「ただいま!」
リビングに向けて、大きな声で声をかける。そうすれば「おっかえりー」と白瑠さんと藍さんの揃った声が返ってきた。
「おかえりなさい。遅かったですね」と幸樹さんが返してきた。
ガッツポーズ。皆顔を出さない。
「うんーつい時間忘れちゃいました」と幸樹さんに返事をしあたしは急いで靴を脱ぎ、ゆっくりと廊下を歩く。
部屋に入って、着替えるだけだ。
あと一歩。部屋まであと少し。ノブにあと一センチ。
「あっれー? 血の匂いがする」
びくぅ、と震え上がった。
白瑠さんの声。ひょっこりと廊下に白瑠さんが顔を出した。
ひぃ! お前は犬か!?
捕まる前に部屋に逃げ込もうとしたが。
「椿さん……?」
白瑠さんの後ろに立つ幸樹さんに黒い感じの笑顔で呼ばれ、動けなくなった。
結果。失敗。
「す、すみません……五人殺りました……」
致し方なく白状。
「五人? どおりで遅いわけですね」
鋭い視線が突き刺さる。頭が上がらない。あたしのせいじゃないもん……。
「まーまぁーいいじゃん? つーちゃんも二週間我慢してたんだしぃ、ひゃひゃ! 殺るとは思ってたけど五人かぁ」
意外に白瑠さんが庇ってくれた。こ、心の友よ!
「すっげぇー。さすがだねー。椿お嬢。死体はどこ? 隠滅してあげるよ。知り合いにねー隠滅が趣味の変人がいるから」
「隠滅しないとまた騒がしくなります」
リビングに重い足取りで入れば、藍さんがパソコンを開いて笑いかけた。
「あ、それならもう隠滅してもらいました」
ついつい口を滑らせた。
え? と三人が目を丸めてあたしを見る。
しまった……。まさか隠滅の話をするとは思いもしなかった。
「えっ……と……あははっ、実は相手は裏現実者でして……一緒に……秀介くんとボコボコにしてました」
結局、隠すことができなく吐いた。
出来るなら、黙っていたかった。
「んにゃー? 秀介くぅん?」
「え? 誰? 秀介って……お嬢のカレ?」
「恋人未満ですよ……椿さんが言うにはね。狩人の鬼です」
白瑠さんが瞬きして、幸樹さんがニヤニヤする。藍さんは仰天した顔であたしを見た。
「まっじで? あの鬼と? 椿お嬢が共同戦線張ったわけ? ほぎゃー! そりゃすげー! おったまげー!」
「椿さん。裏現実者相手……しかも秀介くんと殺ったというなら……それ相応に暴れたわけですね?」
興奮した藍さんとは真逆に、幸樹さんは冷ややかな口調だった。
「まさか……傷が開いたなんてこと……ありませんよね?」
氷の微笑の威圧感に。あたしは何も返せなかった。
翌日。最悪だった。
幸樹さんは医者なのか似非医者なのか、わからん。
頭がぼんやりする。ちょっと気持ち悪いかもしれない。
昨日は当然叱られた。
そして昨夜はナースの格好でロックなしのウォッカを飲まされた。
……怪我人なのに。
あたしは必死に意識を繋ぎ止めた。襲われたくなんかないから。
変態トークはまるで聞こえなかったのは幸い。
おかげで朝から気分最悪だ。
溜め息をつきながら、テレビをつけて適当にチャンネルを回す。
全てのニュース番組は同じものを放送していた。
「うひゃー、つばちゃあん、おっはよぉお」
こっちが眠くなるような眠そうな声で、部屋から出てきた白瑠さんが挨拶をしてきた。
「んひゃ? つばちゃん?」
あたしからの返事はなかった。返事はできない。
停止していた。思考も呼吸も。
鼓動さえも止まっていたかもしれない。
眼だけが、それを視る。
身体の他の機能は停止していた。
混乱と困惑が沸いて、戸惑いながらも息を吹き返す。
「椿ちゃん?」
「……白瑠さん……」
何故?
それしか頭に浮かばなかった。
あたしは白瑠さんを振り返える。
「あたし、なにも……してませんよね……?」
確認。
指を指すのは、テレビの画面。
テレビの画面にはこう、字幕が映し出されていた。
「レッドトレイン再び」
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。
これから執筆できるかぎり更新いたします。
主人公が殺しをやったりしてきましたが、次は探偵ごっこをさせてみます。推理小説とまではいかないかもしれませんが。
これからも裏現実を知って、色んな裏現実者に関わって、とんでもないステージに向かわせたいと思います。
たまに恋愛だとかほのぼの家族愛とかシリアスだとか、思い付くままに入れていきたいです。
よろしくお願いします!