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裏現実の狩人。




「もう大丈夫です!」

「私は医者です! 許しません!」

「ちょっとだけですよ! 大丈夫です!」

「駄目と言ったら駄目です!」


 朝から幸樹さんと口論。

 二週間が経った。ベッドから降りて家の中を歩けるほど回復したのだが、家から出してもらえなくてこうなったのだ。


「自分がどんな怪我をしていたかを思い出しなさい! 安静にしないと傷口が開きます!」

「単なる散歩ですよ!」


 これほど幸樹さんに反対されるとは思っていなかったのであたしは思わずムキになる。くそう。なんか悔しい。お兄ちゃんめ!


「つーのお嬢ちゃん。ドクターの言う通りだよ。安静にしなって」

「そうだよ幸樹先生の言う通りにした方がいいって。つばちゃん」


 避難している藍さんと白瑠さんが、ソファの背凭れに頬杖つきながら言う。

 あたしは二人を睨み付けた。元はと言えば、白瑠さんと藍さんが変態トークを左右でやるからだ。

 苛々してんだ! ムカムカしているんだコンチクショウ! ストレス発散したいんですよ!


「藍さん……白瑠さん……。賛成してくれたら一着だけ! コスプレしてもいいですよ?」


捨て身。

目付きを変えた二人がガバッと身を乗り出した。


「賛成!」

「ずいぶん元気になったみたいだし? いいんじゃないのかなー? 一人でちょっとくらい散歩!」

「そうだよぉ幸樹! ちょっとくらい散歩させてあげようよぉ!」


 目を輝かせて、藍さんと白瑠さんは幸樹さんに説得し始めた。幸樹さんは呆れた目で見据える。


「あんなに嫌がっていたのに……そんなに散歩がしたいのですか……?」


 それから、目の前のあたしを見下ろす。


「したいんです! 一時でも変態と離れたいんです!」

「…………」


 後半は小さく、でも強くあたしは幸樹さんに伝える。幸樹さんは沈黙して、白瑠さん達を冷めた眼で見た。


「……仕方ありませんね。少しだけですよ」

「! ありがとう! 幸樹お兄ちゃん!」


 お兄ちゃんと呼べば、フッと幸樹さんは笑った。


「ナースの格好でウォッカを一杯飲むと約束するならば、許可します」


 やっぱり鬼兄だ。

 顔の筋肉が痙攣するのを感じながらも、あたしは小さく頷いた。


「ちゃんと護身用に武器は忘れずに。あ、飲食はだめですからね」

「はぁーい」


 護身用に短剣は持っていきますとも。飲食はしますとも。

 あたしは見えないところで、ベッと舌を出した。

 変態から離れたいのに、コスプレを許可するか。

 本当の目的は別に在る!

 着替えをして、ナイフや短剣を服の中に忍ばせる。デニムに紫色の蝶がプリントされたシャツを着て、パーカーを着た。パーカーは白瑠さんのだ。

 腹と左腕は包帯に巻かれているから、短剣やナイフは右手で扱えるように左側に隠す。痛いから、左腕は使いたくない。

 準備完了で万札を何枚かポケットにいれて玄関に。チリンリチリンとチョーカーの鈴を鳴らしながら、サンダルを履いていれば、気配を感じた。振り向くと幸樹さん。


「くれぐれも道端で通りかかった人を殺るなんてことはしないように。敵に襲われたとしても、仕留めず逃げなさい。私のケイタイです、家に連絡を」

「はい、わかりました。ありがとうございます」


 過保護お兄ちゃん。

 あたしは差し出されたシルバーの携帯電話を受け取り立ち上がる。

 扉を開けて、戸惑う。

 数秒固まってから、幸樹さんを振り返り「……あの、いってきます……」と自信なく言った。

 幸樹さんはにっこりと微笑み「いってらっしゃい」と返してくれた。

 ちょっとふわふわした気分で、とことこと歩いていく。長い道のりをサンダルで、ぱかぱか歩いた。風が髪を撫でる。

 あ、帽子を忘れた。

 まぁいいか、とパーカーのフードを被る。

 あとをつけられてないだろうかと時折振り返るが、どうやらつけてはいないようだ。

 一人はいい。うん清々しい。コスプレという地獄タイムを味わう前に自由を満喫しようではないか。

 うんと背伸びをすると傷が痛いので右腕だけ伸ばす。


 住宅地を抜け、人とすれ違う人通りに出たら、真っ直ぐに駅ビルへと向かった。

 駅ビルの一階。

 飲食コーナー。

 この二週間、病院食チックなものばかり食べていた。

 流石医者と言うべきか。味っけない料理ばかりで腹が減っているのだ。

 だから来た!

 ステーキとは言わないが、バーガーを食べてやる! チーズバーガー。ナゲット!

 もうスキップしたいほどの浮かれた気分で、真っ直ぐにフードコートに向かう。

 誰もいなかったが、同時に他の客も着た。その客と目が合う。

 黒髪。黒い瞳。格好はヴィジュアル系。揃わない前髪はヴィジュアル系だろう。とっても似合っている。とても格好いい。

 スラッとした細身。ズボンのポケットに手を突っ込んだポーズはカッコつけでなくても、10人の女の子が10人、かっこいいと言うだろう。

 派手なメイクをしていたら引いていたが、ノーメイク。比較的、控え目なヴィジュアルファッションだが、後ろに立つ連れが目立たせていた。

 金髪のフワフワツインテールのゴスロリ少女が彼女だろうか。

 うん。これは。デート中だろう。

 デートには似合わない場所だが。うん。ここは知らぬふりをしてあげよう。

 例え、ばっちりとヴィジュアルファッションの秋川秀介君と目が合おうと。無視をしてあげるべきなんだよ椿。

 あたしは数秒固まっていたがスッと顔を逸らした。

 秀介だってデート中なのだから、あたしのことは知らぬふりをするだろ──


「つばきゃんっ!!!」

「ふぎゃ!?」


 しなかった。大声であたしの名前じゃなくてアダ名を叫び、タックルにも似たいや絶対抱きつきと言う名のタックルをしやがった。

 懐かしい衝動。プラス必然についてきた痛み。嗚呼懐かしいパターン。

 わざとなのか。わざとなのですか。何故腰回りを抱き締めやがる。


「い、痛いっ! 痛いよ! 怪我してるの!」

「えっ?」


 怪我をしていると言えば、秀介は放した。あたしはズキズキする腹の傷を押さえながら、秀介に手をついて支えてもらう。


「いたぁい……」

「え? 大丈夫? 仕事で怪我したの?」

「あー平気平気。てか。秀介……デート中じゃないの?」


 慌てて心配する秀介に訊いたら、きょとんとした顔をされた。

 それから金髪ゴスロリ少女を振り返る。


「いやいや違うし。つばきゃん。ミサだよ」


 爽やかな笑顔で、秀介は首を振った。その名前には聞き覚えがある。あ。秀介の元カノ。


「え!? み、ミサさん!?」


 金髪ゴスロリ少女もとい、ミサさんは黙ったまま軽く会釈をした。


「デートじゃないよ、仕事の話できてんの。マク、食べる? 俺が奢る」


 ニカッと可愛い顔で笑い、秀介は言った。

 自分で買うと言ったのに聞かず、秀介はあたしの分まで買った。

 それで三人でテーブルについて、食べることになってしまった。……あたしの予定が狂ってしまったぞ。


「い、いいの? 仕事の話するんじゃあ……」

「いいのいいの」


 大きな口を開けて、バーガーにかぶり付く秀介。うん察してほしい。

 完全にミサさんのことを吹っ切れたのだろうか。


「それにしても、大丈夫? 怪我だろ。誰にやられたんだ?」

「ん。あー……弥太部矢都」


 秀介と口を開こうとしないミサさんが反応して、あたしを見た。


「弥太部火都の弟?」


 クールな口調で、ミサさんが聞き返した。おお。予想通りな感じの人だ。


「はい。そう言ってました」

「あの弥太部火都の弟と? つばきゃん強ェんだなぁーさっすがぁ」

「あ、いや……倒してないよ? あたしは不意打ち喰らっただけで頭蓋破壊屋が相手したんだ」

「頭蓋破壊屋が? 弥太部矢都は死んだの?」

「あ、はい。恐らく」


 誤解しないようにちゃんと告げる。頭蓋破壊屋の名前を出した瞬間、秀介が苦い顔をした。それを気にもせず、ミサさんが問う。


「そう……いい情報が手に入ったわ」


 そう独り言を洩らすミサさんは続けた。


「それでも怪我を負った程度で済んだのは、流石と言うべきね」

「え、いえいえ。あたしは本当、不意打ちを喰らって死にかけましたから」

「いえ。弥太部は一撃で仕留める飛び道具使い。一撃だけで避けたなら上々の殺し屋だわ」

「いや……遊ばれた感じでしたが……」


 うぅ……。またあらぬ誤解がぁ……。


「私なら一撃で死亡です。私はただの情報屋ですね」

「あ。こちら側の人なんですか」

「ええ、初めまして。椿さん。良かったら情報を売りますよ? 仕事も手配します」


 いきなり、敬語口調でミサさんはそう言った。営業口調? 殺し屋なんですけど……。


「あ、仕事と言えば……秀介と仕事の話じゃないんですか?」

「仕事は二の次の女たらしだから。仕方ないわ」


 嗚呼、ズバリ言った。

 やっぱり軽いのかこいつ。とあたしは冷めた眼で秀介を見た。


「ちょ、ミサ! 何言いやがる! たらしじゃないよ!? つばきゃん!」


 あわわっと秀介は手を振って否定。

 あたしは無視して、チーズバーガーを平らげた。


「ちょっと、椿ちゃん……? 俺一途だって」

「あーはいはいはいはい」

「ちょっと、きけよぉー」


 適当にあしらい、ナゲットに手を伸ばす。


「ああ、椿さん。今の情報は頂きますね。売ります」


 仕事の話になると敬語を使うのだろうか。ミサさん。


「ええ、まあ……どうぞ」

「椿! 下手だなぁー情報屋だぜ? 買ってくれんだから交渉しねーと!」

「はい? え。知らないよ、そんなの」


 何故か秀介に怒られた。そんなこと言われても。


「こーゆーの。教わってねーの? ドクターとか」

「全然。まだ仕事三つしかやってないんだよ? 大してこっち側知らないよ」


 とか。愚痴ってみる。


「あなたは大して知らないのに、裏現実があなたを知っているのはちょっと危ないんじゃない?」


 ミサさんがそう言った。

 言葉の意味がわからず、首を傾げる。


「血塗れ電車の紅色の黒猫。あなたの名前は知り渡っているわ」


 そう続けて言われても、あたしには全くわからなかった。

 血塗れ電車って……。

 あれ? あたしがやらかしたレッドトレインのことだろうか。

 あたしが反応を示さないでいれば、ミサさんが小首を傾げた。


「椿のことだろ? 紅色の黒猫。例の電車、頭蓋破壊屋じゃなくて、“紅色の黒猫”が殺ったって噂、もう出回ってるぜ」


 秀介が頬杖をつきながら言った。


「え……? あたしのこと?」


 混乱したまま、あたしは確認する。そうすれば二人は目を丸めた。


「え? ちげーの? 裏現実に入ったばかりの駆け出しの殺し屋、紅色の黒猫」

「電車を紅色に染めた不吉を呼ぶ黒猫、あなたのことよね? 椿さん」


 べにいろ? 不吉を呼ぶ黒猫?

 あれれ。聞いたことないかい? あたし。

 二週間前くらいに……。

 ふわわん、と藍さんの笑顔が浮かんだ。

 …………あ。


「あ……のぉ、ロリコン野郎の仕業だなっ!! アイツ勝手に名前つけて流しやがったのか!」


 ぐしゃりとナゲットの箱を握り潰す。


「ちくしょー! あの変態野郎! 帰ったら蹴り飛ばしてやるー!」


 嘆きながらも、項垂れる。

 多無橋さんにその名前を送りやがったな。ああ! もうっ!


「勝手につけられたの? ……頭蓋破壊屋に!?」


 秀介が問う。後半はいきなり鋭くなったから、ギョッとして顔を上げる。


「変態って……ロリコンって……あいつに何かされたのか!?」

「いやいやいやいやいや」


 あたしは首を激しく振った。

 あんなことやこんなこととか……あはははははは! 言いませんって。


「名前が独り歩き、ね。それは大変」

「狙われるぜ? あぶねぇよ」


 お二方に心配された。


「変な噂がたってるみたいだから目立ちたくなかったのに……。ロリコンめぇ」

「結構騒がれてるわよね、頭蓋破壊屋に並ぶ殺し屋って」

「んー。ざわざわしてやがるよな、最近。裏現実は妙に活発しているよな」


 背凭れに身を預けて秀介は怪訝そうに呟き、ポテトを口の中に放り込んだ。

 秀介達にも、頭蓋破壊屋同等とか噂が届いているのか。肩が重い。


「ざわざわって?」

「名の売れた殺し屋や吸血鬼、情報屋、泥棒が集まっているの」

「ああ、はく……頭蓋破壊屋が妙だって言っていました」

「それも丁度、椿が事件起こした直後だよなー」


 ……え? なにそれ。あたしのせい? あれかい? あたしのせいとでもいうのかい?

 あたしは秀介を睨み付けた。

 睨み付けたのだが、気付いた秀介に微笑を返された。

 くっ! イケメンの微笑なんて……ず、ずるいっ!


「椿、暇? 暇だよな、怪我してんだし仕事ねーよな? 遊ばね? てかデートしようぜ!」


 胸をズキャンとさせる人懐っこい笑顔で秀介がいきなり誘ってきた。


「え。いや。あたし……散歩するっていって出てきたから早く帰んなきゃだし……」

「いいじゃん! 俺今泊まってるとこ近くにあるし……三日ぐらい泊まっててよ! なっ?」


 ま、負けない。そんなキラキラした笑顔で頼まれたって。


「なっ? いいだろ?」


 そんな可愛い眼で見つめたって……。うっ。ううっ。


「やめた方がいいわ、ヤられちゃう」


 そこに割って入ってきたミサさんの声。

 あ、そうか。泊まるって。そうなるよね。結局、秀介もそういう男ですか。

 とあたしは冷たい眼差しを送った。


「バカッ! 怪我人を押し倒すかよ! 椿といたいだけだ!」


 ミサさんに否定して、ギュッと秀介はあたしの手を握り締めた。うん……一応信じてあげよう、下心はないと。


「あの。個人的なことを訊きますが、どうして秀介君をフッたんですか?」


 ズバッと訊いてみた。


「それは簡単。依頼をされていないのに、執念深く頭蓋破壊屋を追い回し挙げ句に遊ばれて脚を骨折したからよ。しかも仕事が近付いているのに入院……呆れてフッたの」


 ミサさんからは裏切らないきつーい返答をいただいた。

 なるほど。あの骨折は頭蓋破壊屋に遊ばれた結果か。


「えーと……? どうして秀介君は頭蓋破壊屋を追い回すのかな?」

「ムカつくから」


 きっぱりと秀介のムッとした顔付きで答えられる。


「聞いた? 俺がどんな存在かを」

「こ……ドクターにシュウのことはナマハゲ……てか正義のヒーローだってきいた」


 ナマハゲ。と聞いて秀介の顔がひきつった。徐々に歪み、怒った表情が出来上がる。


「それなんだよ! あのドクターもクラッチャーも! 俺のことを逆撫でしやがる! ナマハゲ? ヒーロー? あんの野郎!」


 かなりムカついている様子。

 白瑠さんと幸樹さんが笑いながら秀介をからかう光景が簡単に目に浮かんだ。

 ……怒るよね。うん。わかるわかる。あたしもそうですから。


「俺は狩人! 弥太部と一緒、殺し屋狩りに殺し屋の邪魔をする狩人だ! 通り名は」

「声でかいでかい!」


 怒りを込めて声を上げるから、慌ててあたしは止めた。


「狩人の鬼と言ったら俺のこと。気に入っている名前は三槍鬼、グラディエーター、鮫狩りのポセイドン」

「主に鬼って呼ばれてるわ。裏現実の鬼、狩人の鬼と言えば秀介ね。名の売り出した殺し屋も、秀介を雇ったターゲットを狙った殺し屋も潰すからね。鬼の用心棒ね」


 へ、へぇー。思ったより怖い感じの鬼的な存在なのかな。

 幸樹さんが言ってたのは、嘘でもからかいでもなかったのか。

 つまりは狩人って、殺し屋を狩ったり殺し屋に狙われるターゲットの用心棒。

 弥太部矢都はそれだったんだ。納得。


「じゃあ……あたしのことも狩る?」


 単なる興味であたしは訊いてみた。


「んな、わけないじゃん! 依頼されたって椿を傷付けるもんか! 椿は俺が……守るって言ったのに怪我して……」


 あたしの左手を両手で握り締め、秀介は真剣に言った。似たような光景を前にも見たような……。


「しかも相手は狩人……畜生、クラッチャーのやつめぇ! 俺んとこ、来ない? 椿。まじで」

「無理」

「うぐっ。きっぱり……。こうなったら! ミサ! 紅色の黒猫が俺の恋人だって情報を流せ!」

「それなりに報酬をくれればね」

「ちょ、やだ! やめてくださいミサさん! シュウもあたしと付き合ってるなんてデマはやめて!」


 真剣な眼差しで俺のこと来いよ、と言われたが前同様断った。そしたらいきなりデマを流せと言うし、ミサさんは断らないし。これ以上厄介なことにしないでくれ!


「何それ! 椿……あんなに抱き合ってきすむぐぉ」


 ミサさんの前でとんでもないことを言いそうだったから両手で秀介の唇を押さえ込んだ。焦った。

 こいつぅ……!

 何事もなかったように話していたのに!


「……えへっ。真っ赤な椿、かっわいい」


 嬉しそうにふんにゃりと笑みを浮かべた秀介がそう洩らす。

 どうやらあたしの顔が赤いらしい。どうりで暑いわけだ。

 気を取り直して座ったあたしの頬を、秀介は撫でた。やめてくれ。

 ミサさんは全く興味がないのかシェイクを飲んでいた。


「俺の真っ赤な華」


 そう可愛い顔で微笑み、あたしの髪を撫でた。

 う……。そんな。そんな顔……。そんな台詞。また弱いとこを突くな……。


「爆発的に赤くなったわね。ほんと、可愛い人ね」


 驚いたように、あたしを見るミサさんが言った。あたしは耐えきれず、両頬を手で覆い伏せる。


「純情というのか……。こんなやつの歯の浮くような台詞で可愛い反応するなんて」

「るせーな! 椿はそうゆう娘なんだ! 可愛いだろ? ゾッコンなんだ」


 端からしたら歯の浮くような台詞かもしれないが。駄目なんだ。そうゆう台詞や微笑や仕草にときめいてしまう。

 イケている顔なら尚更だ。

 白瑠さんや藍さんならばまだ対処できるが、秀介と幸樹さんには無理だ。可愛い、と言われるだけでどうしようもなく戸惑ってしまう。

「ウブね。初心」とミサさんが言った。「今時貴重な女子ね」だそうだ。


「椿。ポテト六本」

「はぁ?」


 いきなり秀介が言ってきたから、顔を上げる。秀介の視線の先は、真っ白なテーブル。


「きゃ!?」引っ張られ、秀介の膝の上に。そのまま抱き締められた。

 元カノの前で! まさか元カノに見せつけてんのか! 最低だ! と怒ろうとしたら。


「さっきから視線気にならない? 椿の客か……それとも俺の客かな」


 ボソリとあたしの耳元で秀介はそう呟いた。それで気付く。背中に集まる視線。

 誰かが見ている。複数も。

 ゴスロリが珍しくてミサさんを見ている、そんな視線とは別だ。そんな視線など、気にもとめない。

 射抜くような、視線。

 裏現実者か。


「つばきゃん! デートしようぜ!」

「へっ?」

「じゃあミサ。仕事の話は明日な」


「ええ」とミサさんは頷いた。秀介は立ち上がり、ミサさんに手を振ってあたしに腕を回したまま歩き出す。


「気をつけて」


 流れるような動作に戸惑っていれば、ミサさんがそうあたし達に言った。

 流された……。

 つまりはあれか?

 今から視線の奴らを相手するのか?


「椿。武器は?」

「短剣くらい……いや、ちょ、無理だよ。殺るなって言われてるの怪我してっから」


 密着したまま歩き、秀介が耳打ちする。本当にやる気だ。なんで?あたしの客なわけないじゃん。


「シュウの客でしょ? さっき大声で名乗ったじゃん!」

「そーうかも。でも椿の名前も聞いてたかもよ? 名を売らないやつがいれば、名を売りたくて売りたくて仕方ないバカもいるんだ」


 あたしの名前。

 血塗れの電車、紅色の黒猫。

 そして、狩人の鬼。

 名を売りたい。名高いものを倒せば、名が売れる。そんな輩も、いるということか。

 厄介なことを。あたしは額を押さえた。頭痛を感じる。


「大丈夫。俺がついてるから」


 秀介はあたしの腰を引き寄せて、自信満々に言った。

 何もかも上手くいくと言う笑顔で。こうして歩くことが楽しそうな笑顔で。いや、嬉しそうな笑顔で。秀介は言った。


「ああ……言い忘れてた」


 あたしは戸惑いながらも、言葉を発する。


「久しぶり」


 と一言を口にした。

 安堵にも似たその温もりと存在を感じながら。

 嫌だった病室が、ちょっと好きになりかけたあの時を思い出しながらも。

 そう。あたしは言った。

 そういう意味であたしは言った。

 秀介も。多分その意味で返した。


「久しぶり」



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