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 夜の帳が下りると、俺とオズ爺はイペスについて城壁をよじ登った。


「……訓練生の寮って意外と質素なんだな」


 訓練生の居住区では、木造の2階建ての建物が直線を描くように列を並んでいる。その中央に訓練場と学舎があるらしいが、どれも単調な造りに見える。


 イペスが周囲を警戒しながら、道を先導してくれた。


「訓練生の生活圏はランクによって分けられていますです」


「なるほど? 城壁のすぐ近くにあるここは、一番ランクが低いってことか」


「はいです。ランクは大きくABCの3つで、それぞれ埋めてもらえるコアのランクを意味していますです」


 一度胸元にコアを埋めても、より強力なコアを吸収できればランクアップは可能だ。


 もちろん、難易度は非常に高いし、死の危険もある。


 マヌエルが城を出て、大半の訓練生が街の警戒に当たっている。それでも領主館内の巡回は怠らないようで、警備も思いの外厳重だった。


 暫く走って現れたもう一つの城門を乗り越えると、中にはずらりと煉瓦造りの建物が並んでいた。武器庫や厩舎まで必要な施設が整っている。


「……ここがBランクの居住地? 格差がすごいな」


「身分相応の待遇です、マスター。アラゴン家は個人の能力を正当に認めてくれるところ。不満があれば、その分強くなればいいのです」


 イペスが当たり前のように言った。

 いつも優しくて無邪気だと思ったが、イペスもここで育ったんだもんな……。それにしても、


「広い……広過ぎだろ! てか、内側に城門が何個あるんだよ!」


 Bランクの居住区をようやく抜けると、再び石造りの城門が見えた。


 思わず突っ込んだ俺に、衛兵の口を塞いで失神させたイペスとオズ爺がよく分からない顔をする。


「ゴドイは、アラゴン家《《直系》》の『4大門』の一つですから……」


「それは聞いた……!」


 覚えてるなら何故? 見たいな顔は何なんだ!?

 それだけで納得しろと? ……俺の訓練館は普通の屋敷だが? 


 あ、俺が弱いから? 身分相応の待遇ってやつ? 

 アラゴン家って身内にも平等だもんな! 俺が世間知らずで悪かったな!!


 訳のわからない愚痴を内心で溢しながら城門を乗り越えれば、もはや貴族の豪邸並みの建築物が綺麗な区画を引いて立ち並んでいた。


「今更だが……王都だろ、ここ」


「!?」


 オズ爺とイペスが信じられない! という風に瞠目した。


「ここはアラゴン家の領地、ゴドイです!」


「出身のみで人を差別しない神聖な場所です、マスター!」


「…………」


 2人がめちゃくちゃ怒ってる。


 俺が嫡男でなければ殺されてるかもしれない。

 なんなんだ、このアラゴン家に対するよく分からないプライドは??


 領主館は言わずもがなだが、立派な城になっている。ただ今回はそこに用がない。


 ウェーンの軍服はゴドイの魔道具師のもので、彼は専用の屋敷に住んでいるとのことだ。




⭐︎




「…………うーんこれ。山ごと彼の屋敷って訳ないよな?」


 居住地を走り抜けて、少し離れた僻地に明らかに異質な山があった。


 標高4〜5mくらいの小さな山だが、漆の如く黒い樹々に覆われており、如何にも不穏なオーラーを出している。


 イペスがキョトンと不思議そうな目で俺を見た。


「山は彼の縄張りで、屋敷は奥にありますです」


「…………なるほど? 山は屋敷じゃない。その通りですね!」


 大変貴重なSランク魔道具師のウェーン様は、どこかの弱い嫡男とは違うようだ。


「マ、マスター? 怒ってますですか? 笑顔が怖いです……」


「何のことかな?」

 

 ニコニコする俺にイペスが怯えた様子で肩を窄めた。ちっぽけな不平不満はさておき、


「……周囲に衛兵が1人も居ないようだな。これは異常じゃないのか?」


「森に侵入防止のカラクリがありますです」


 魔道具師の個性によって術式が変わるそうだが、危険な領域に変わりはない。


 この場合、専用の魔道具で連絡ーーつまり、ウェーンに電話すれば入れて貰えるそうだが、俺らは立派な侵入者だ。


「ゴリ押しで行くしかないか」


「頑張りますです!」


「楽しそうですな」 




⭐︎




 薄暗い森の中は、至る所に不気味な人形が大量に吊るされてあった。


 ウェーンは小動物のような見た目だから、不気味さで人払いするつもりなのか? 暫く進んだが、特に危険な要素はない。……そう、人形が動き出すまではな!


「いきなり襲いかかるとか、卑怯すぎるだろ!」


「出口が塞がれましたです、マスター!」


「ほほぉ、侵入者を袋の鼠にして全滅させる寸法ですな。賢いぞ」


「なんでオズ爺は嬉しそうなんだ!?」


 まるで指揮官がいるかのように、大小混在の人形たちが俺らを追い囲む。


我が防壁(エゴ・デフェンシオ)!」


 オズ爺がドーム型の魔法防壁を作り出し、人形の進撃を塞いだ。


「イペス! 上へ!」


「はいです! 加速(アクセル)!」


 イペスが俺をおんぶすると、地面を踏み締めて飛び上がった。速い! そして、高い!


「待て待て! 俺高いのはちょっと……」


 森の全貌が見えるほどの高さだ。

 腹の底がすんと落ちるような嫌な感覚って分かるか? 顔を引き攣る俺に、後を追ってきたオズ爺が厳しい声を上げた。


「坊ちゃま、アラゴン家の次期当主が何を仰いますか! ……ほぉ? 人形は空も飛べるのか。イペス、次はもっと高度を上げなさい」


「はいです!」


 この鬼ぃぃぃいい!!


「高い高い高い! 落ちる落ちる!」


 加速魔法はその名の通り、スピードを上げるだけで飛行魔法ではない。

 

 イペスはすごい速度で落下すると、再び地面を蹴って上空へと飛び上がった。物理かよ!


 人形の大群は上空でも機敏に俺らを追ってくる。イペスが連続で飛び続け、高度がどんどん上がった。


 そして、とある高度に至ると人形たちが一斉に動きを止めた。ここが術式の限界範囲なのだろう。にしても、


「吐きそう、うぇ……」


「マ、マスター!? わたしの背中はやめてくださいです! オズ様……!」


 目をうるうるさせたイペスに見られて、オズ爺は渋々といった様子で俺の額に触れた。


聖なる安らぎ(サンクタ・パキス)


 心が落ち着く。精神安定の魔法だ。オズ爺はイペスから俺を抱き上げると、続けて魔法を唱えた。


我に翼を授けよアラエ・メア・フェルテ


 ふわっとオズ爺の身体が宙に浮く。上級の飛行魔法だ。イペスは落ちないように慌ててオズ爺の腕を掴んだ。




⭐︎




 この世界では、コアによって極められる魔法の種類が決まる。例えば、イペスのような治療がメインだと、そのほかの魔法は基礎レベルしか使えない。


 オズ爺は防御メインだが、上級魔法を全種類マスターした希少な天才なのだ。それでも、他人に魔法を付与する超級の技術を持っていない。


 人形の追撃もないから、上空から屋敷まで難なく近づけた。とはいえ、降りないと入れない。


 オズ爺は着地して俺を下ろすと、凄まじい魔力波を飛ばした。


「ーー守護の檻(クストディア)


 オズ爺を中心に、透明な結界が拡張して人形たちを追い出した。Sランク以上が使える必殺技ーーオズ爺の絶対領域だ!


「イペス、坊ちゃまを」


「任せてくださいです!」


 オズ爺はイペスに頷くと、自分の胸の中に手を突っ込んだ。凄まじい勢いで血飛沫が噴射する。


「オズ爺⁉︎」


 刹那、オズ爺の胸元から黒い稲妻が走り出した。

 

「我の血によって召喚すーー魂剣(エクスコルディス)!」


 オズ爺が胸の奥から何かを引っ張り出した。一本の黒い魔剣だ。コアから武器を召喚する超級魔法。オズ爺は防御メインじゃなかったのか!?


 突如、オズ爺の絶対領域が赤く光った。


 防御の効果が消えたのか、人形が結界内に入れるようになった。と思いきや、雪崩れ込んでくる大量の人形が砕け散った。違うーー見えない何かに斬られたんだ。オズ爺の魂剣⁉︎


「ほわぁ、オズ様の絶対守護領域! 訓練生美談の一つを生で見れるなんて……!」


 イペスが奇声を上げた。

 そして興奮を抑えられないように俺をぎゅうと抱き締めた。後ろから柔らかいものが当たってくるのは良しとして、……首がちょっと苦しい。


「……なぁ、イペス。オズ爺は超級の召喚魔法も使えるのか?」


「いいえです! これは守護するための剣。この結界への侵入を防御する、オズ様の奥義ーー絶対守護領域です!」


「そんな使い方もできるのか……オズ爺はすごいな」


「すごいどころか、オズ様は伝説です! 訓練生の憧れ、雲の上の人です!」


 イペスが俺を抱いたまま、ぴょんぴょんと跳んだ。


「分かった、分かったから、ちょっと落ち着こう、なあ? イペス、うぇ、また吐き気が…っ」


 オズ爺の剣筋は信じられないくらい鋭い。

 

 目だけではなく魔力の動きを必死に感じて、漸く少し見えてきた。すると剣筋だけではなく、人形の中から糸のような魔力が見えた。


「オズ爺、この数を全部斬ったら朝になってしまう! 共通の魔力源を切った方が早い!」


「共通の魔力源? 人形が個体ではないなら……確かにありですな!」


 絶対領域が展開される限り動きを止められないのか、オズ爺は人形を切りつけながら反応した。


「しかし超級の探索魔法でもない限り、この混乱の中では無理がありますぞ!」


「難しい魔法は要らない! 人形から出てくる糸を辿れば良いだろ。俺が行く!」


「糸……? まさか、坊ちゃまは魔力の波紋が見えるのですか……? 坊ちゃま、お待ちを! イペス!」


「はいです!」




⭐︎




 俺が仕掛け人なら魔力源をどこに隠すか? 答えは当然、一番侵入者から遠い屋敷の近くだ。


 俺らが屋敷の付近まで来たのが幸いして、糸を辿ればすぐに見つかった。魔力核の白いクリスタルだ。


「ちっ、強固な防御魔法に守られてるな……」


「ごめんなさいです、マスター! 人形だけで手がいっぱいです!」


 場所はオズ爺の結界の外なので、イペスが襲いかかってくる人形に対抗している。


「イペスは治療がメインだろ? 十分よく頑張ってくれてる」


「うぅ、マスター……!」


 問題はどうやってこの防御魔法を解くかだ。

 魔法は知識として一通り勉強しているから、理論上は知っている。使ったことないけどな?


 防御魔法を南京錠に例えるなら、解除魔法はその鍵みたいなものだ。


 魔法同士の波紋が一致すれば解除できる。ならば、魔力を魔法陣の形に模倣すれば、理論上は解除できるのではないか?


 俺は戦いの術として魔力を素で鍛錬してきた。

 最初は透明で見えないが、長年弄れば感覚的には分かるし、波動で形も把握できる。試す価値はあるか。


 俺は防御魔法の上に手を置くと、さっそく自分の魔力を魔法陣の中に注ぎ込んでみた。


 イメージ的には複雑な刺繍のような感覚だが、魔法陣の形に沿って編むから、一からという訳ではない。


 集中力を切らさないように、丁寧に魔力の形を構築していく。


 あと少し。迷宮の中を彷徨うように、一歩ずつ、慎重に。やがて、煩雑な曲線がひとつの模様へと変わっていきーー


「……よし、いけた!」


 魔力と魔法陣の波紋が一致して、白く光った。

 ようやく魔力核のクリスタルに触れられる。これは超レアな素材だから、壊す手はない。


「マスターが解除魔法を! やっと魔法を使う気になっ……あれ? 魔法の気配がない……?」


 ポカンと首を捻るイペスの横で、俺は素手でクリスタルから出ている糸をプチプチと剥がした。人形たちは文字通り、糸が切れたようにパラパラと地面に落ちていく。


「ひぃっ……ママママ、マスター! 何をしましたですか⁉︎」


「そう驚くな。人形に魔力を供給する糸を千切っただけだ」


「いえいえいえいえ! 何を仰っていますです?? 素手で魔法を解除したですか、その考えだけでも魔法への冒涜ですよ!」


 イペスが顔を白黒させているところで、絶対領域を解除したオズ爺も俺の近くに駆け寄った。


「これを坊ちゃまが……」


 魔法は魔力を原動力にしているので、素の魔力に影響されてもおかしくない。


 俺の説明の聞いた二人は暴論だの、摂理に反するだのと反論したが、魔力のみで俺が防御魔法を解除できたのは事実。すると、


「マスターは神です! アラゴン家の次期当主はレベルが違いますです! 魔法なんて安っぽい芸当は必要ないのです……」


「ふむふむ。坊ちゃまは万年に一人の天才ですからな! 魔法で美しい技を見せるのは猿芝居ですからな……」

 

 開き直って俺を褒めまくってるけど、二人の目が死んでるように見えるのは何故だ? そんな時、


「……アラゴン家の次期当主?」


 屋敷の大門が音を立てて開き、中からウェーンが出てきた。彼は散らかる人形と俺の手にあるクリスタルに視線を滑らせてから、絶望した様子で俯いた。


「やはり、あなたがルシェンテス様……ということは、彼女が……」


「やはり? ーーん? 待て、オズ爺は動くな!」


 プルプルと肩を振るわせるウェーンの後ろから、1つの黒い影が飛び出てきた。敵襲かと思いきや、その影が俺の足元でひれ伏した。


「ルシェンテス様! SS級のコアでも貴方様に敵わないとは……崇高なるアラゴン家の嫡男、ああ、実に素晴らしいっ!!」


 猫耳を生やした金髪の美少女がうっとりした表情で俺を見上げた。ぷっくりした下唇を甘噛みして、その上に濡れた赤い舌を這わす。


 待てよ。色気の塊みたいなこの顔をどこかで……


「マスターから離れて!」


 彼女を見たイペスが、険しい顔で俺らの間に入ってきた。


「汚い唾がマスターにつきますです、アミー!」


 ……アミー、そうだ! 思い出した!


 彼女はゲームの中に出てくるルシェンテスの戦闘メイドの1人。ルシェンテスに狂気じみた崇拝心を持ち、敵には精神系攻撃を使ってくる非常に厄介なやつだ!

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