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 アラゴン家の領地は、息を呑むほど広大である。

 そう本では読んだけどさぁ……


「もう2週間も走り続けてるのだが!? 」


 俺らは今、ゴーレムに乗って魔林を高速で横断している。

 ご飯や小休憩を挟んだとは言え、この距離は可笑しい! 


「ゴドイは坊ちゃまの訓練館から少し遠いのです。……しかし、このゴーレムは便利ですな」

 

 ゴーレムはやはり人間の言葉が分かるのか、オズ爺に褒められてピョンと上機嫌に跳ねた。


「うわ、バカ! 落ちるだろ!」


 俺が叱ると、ゴーレムはハッとして、しゅんと落ち込んだ。分かりやすっ! 声を出せない割に感情豊かだわ。


「ごめんなさいです、マスター。わたしを連れていくせいで……オズ様ならもっと早く着けますです」

 

 ゴーレムの肩の上にちょこんと正座しているイペスが、申し訳なさそうな顔をした。


「イペスを連れてくって言ったのは俺だ。内情を知ってる奴がいたほうが何かと便利だからな」


 イペスは治癒もできるし。

 それに、オズ爺におんぶされて10日も走るのはさすがに嫌だ。オズ爺の前に俺がへばる。


「……うぅ、マスター! もしかして、わたしの無能を庇うために……」


「ふん! よく坊ちゃまの苦心に気づいたな、イペス!」


「は……! やはりそうでしたですか!?」


 オズ爺が大仰に両手を持ち上げた。


「坊ちゃまは千年に一人の逸材。アラゴン家の当主として万人の上に立つお方。才能も包容力も万人、否……億人並みですぞ!」


「ほぉおおお!! 」


 オズ爺とイペスの俺アゲ小劇場がまた始まった。


「お前らは給料いくら貰ってんだよ……」




⭐︎




 最南端にあるゴドイは、思ってる以上に大規模な都市だった。


 領主館を中心に街が栄えており、それを囲む城壁ですら見上げるほどの立派な造りになっている。


「衛兵付きの関所もあるのかよ……」


 もっと寂れたところを想像していたが。


「…坊ちゃまは義務教育を終えてませんから、アラゴン家の内情をまだ知りませんでしたな」


 オズ爺が白い顎髭を撫でながら、細い枝で地面に何やらを描き始めた。


「ゴドイは、アラゴン家直系の4大管轄ーー通称『4大門』の一つです」


 『4大門』は、アラゴン家を支える4つの柱のことだ。


 武器や人材など、アラゴン家に最上級なものを供給するためにある。通例としてアラゴン家の分家がトップに就く。つまり、俺の叔父叔母、従兄弟あたりだな。

 

「誉れ高いアラゴン家の従僕になりたければ、まずはここで認めてもらう必要がありますです」


「それが通らなければならない『門』ってことか」


「はいです」

 

 イペスがコクコクと頷いた。

 

 まずはゴドイの中に入らないと始まらないのだが、大ぴらに俺の身分を明かすのはまずい。


「親戚がトップなら、融通が利いてラクのはずなんだけどな……」


 オズ爺とイペスが苦笑いした。


 何せ、『力こそ正義』が家訓の一族だ。

 頼み事するなら、その前に力で相手を平伏す必要がある。


「面倒くさいから、紛れ込むか!」


 マントを羽織って軽く変装すれば、観光客として難なく市内に入れた。街並みは簡素だが綺麗に整備されていて、市場や広場にも熱気がある。本当に立派な都市だ。


「ここまでが限界です、マスター」


 俺らは都内にある高い城壁の前で足を止めた。その奥に領主館があるらしい。


「この先は、ゴドイの訓練生しか入れませんです」


「ふぅん」


 ゴドイは優秀な人材を育てる場所だ。


 アラゴン家に入りたい有象無象から優秀な人を選び、貴重なコアに耐えられる人材に育て上げ、最終的にアラゴン家に献上するのが役割。


「イペスはここで育ったんだな」


「……はいです」

 

 子供のほうが素質を上げやすいので、自然と幼少期から養成されるのが一般的だ。


 親に連れて来られる子供も多いが、たまにゴドイの幹部の目を引いてスカウトされることもある。ちなみに、Sランクのオズ爺は別ルートらしい。


「俺らを襲った少女はコアを持っていたから、ここの訓練生だろうな」


 そう呟いた直後、背後から何やら喧騒が聞こえた。


「道を退け! 訓練生様が通るぞ!」


 その一声で行き交う人々が慌てて脇道に入った。

 この都市にいる観光客、商人のほかに、年に一度の入門試験を待っている受験待ちが多いから、訓練生は自然と憧れの的になるんだろうな。


 まるでパレードを見るかのように、人々が首を伸ばして来たる訓練生を拝もうとした。その向こうから、12歳くらいの男の子が後走りでやってきた。


「すみません、急いでます……! 退いてください!」


 男の子は金色の懐中時計を見つめながら、すみませんと舌先で繰り返した。その顔には丸いメガネをかけており、庇護欲をそそるような可愛い面持ちをしている。


 黒い軍服マントの上にはゴドイの紋章の刺繍があった。


「……あ」


「わ!!」


 つい避けるのを忘れてしまい、パフッと男の子が俺にぶつかった。彼の手にある分厚い本がパラパラと周囲に落ちる。


「……悪い」


 これで因縁を付けられたら嫌だな……

 警戒しながら本を拾って男の子に渡すと、彼は俺の顔も見ずに受け取った。


「いいよ、いいよ……あ、時間が! 退いてください!」


 男の子は懐中時計を胸元にしまうと、焦った顔で門の中へと走っていった。衛兵は彼を止めなかった。


「あーあ、あれでも怒らねぇのかよ」


 群勢が注目する中で3人の男女が悠々と歩いてきた。全員が高級な服を着ている。その襟にゴドイの紋章が小さく刺繍されている。先ほどのやつと違う制服。こっちが訓練生……?


 訓練生らしき女が横目で俺を見下ろした。


「仕方ないわ。ウェーン様はゴミにもお優しいもの」


「己の幸運に感謝するんだな、クソガキ」


 周りの人々がオロオロと一歩後ろへ下がった。

 絡まれたら面倒くさいから、俺も一歩後ろへ引いた。それなのに、


「……待て、お前…… 匂いか? 何かが違う 」


 なんで目つけてくんだよ!?




⭐︎




 先頭に立つ背の高い男が、胡乱げな様子で俺の前にやってきた。


「ごく僅かだが……このガキから不穏なものを感じる」


 やばい! 

 もしかして、俺の魔力を感じ取れられてる!?


 Aランク以上のコアを埋め込められたものーー通称『覚醒者』なら魔力の存在を感覚的に認識することができる。


 俺はオズ爺に言われて急きょ魔力隠蔽を頑張ったが、いかんせん魔法を使えないから完全ではない。


 ……まずい。

 まさか、一発で見破られてるとは。

 ゴドイの訓練生も名ばかりではなさそうだ。


 動揺する俺を見て、大男が歪な笑みを浮かべた。


「お前、分かったぞ! 魔道具を隠し持ってるな!」


「……は?」

 

「貴重な魔道具をどうやって手に入れたかしらねぇが……痛い目に遭いたくなけば、素直に出せ!」


「うわぁ、絵に描いたようなカツアゲ…………ぷ!」


 俺は思わず笑ってしまった。


「あははは! アラゴン家を目指す連中ってすごいなと思いきや、ただのチンピラじゃんか!」


「!? 」


 訓練生3人の顔が怒りで真っ赤に染まった。


「よりにもよって、ゴドイでアラゴン家を侮辱するとは……」


 周囲の見物客が顔を青ざめて、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。


「いや、俺がディスったのは訓練生の方だが?」


「「マスター(坊ちゃま)……」」


 オズ爺とイペスが残念そうな顔をした。

 

「……クソガキ、今日がお前の命日だ!」


 言うが早いか、男が手のひらに魔力を練った。それが見る見る赤く燃え始め、あっという間に大きな炎の球体にできあがった。ファイアボールだ。


「死ねぇぇええ!!」


 街中でファイアボールを打つかよ、普通! 


「逃さないよ」


 後方にいた男女2人が俺の背後に回り込んだ。やってる事がせこい!


 オズ爺とイペスもいよいよ動き出そうとした、すんでのところでーー


「!? ……うぁああ、ああああ!!」


 領主館の中から凄まじい魔力の波動が走った。

 それが白い風の魔法へと変化して、俺に手を伸ばしてきた2人の腕を断ち切る。





⭐︎





 門の中から、肩まで黒い髪を伸ばした1人の美男子が出てきた。


「……ネズミの分際で、誰に触れようとした?」


 彼の穏やかな口調から、凍えるほどの殺気が溢れ出す。

 ファイアボールの大男がプルプルと震え出した。


「ドドドド、ドラクロワ様……! 勘違いでーーぐあぁああ、があああ!!」


 大男が言い終えるのを待たずに、美男子が風魔法を飛ばした。それが男の腕を綺麗に断裁して、勢いよく血飛沫が噴き出る。


 問答無用で斬るかよ!?


 気づけば、背後のオズ爺とイペスはいつの間にか姿を消していた。

 美男子が一歩だけ、長い足を踏み出した。かと思いきや、彼は俺の真後ろに現れた。瞬間移動、しかも速い! 


「……しッ。抵抗しないで」


 俺が避けるよりも早く、男は俺の肩を掴んだ。刹那、胸元に何かが吸い込まれていく。


「……はい、終わり」


 美男子はにっこりと優しく微笑むと、俺から離れた。俺の魔力の気配が完全に消えた。隠蔽の魔法をかけてくれたのか……?


 両手を斬られた大男が、跪いたまま美男子に訴えた。


「ドラクロワ様、誤解です! このガキが、アラゴン家を侮辱いしてーー」


「ネズミ程度でも、我が家名を気安く呼べたのかな」


 美男子が指先を軽く振った。直後、大男の身体が硬直する。遅れて半分に分断された断面が、鈍い音を立てて石畳の上に倒れた。容赦ない。この人は、やばい……! 


「んん〜〜? ドラクロワが子どもを助けた、珍しいな」 


「マヌエル様!」


 遅れて門の中から1人の女性が出てきた。周囲の衛兵が一斉に跪く。この美人が領主代官。まさか女性だったとは……


 マヌエルは俺をしげしげと眺めて、怪訝な顔をした。


「……筋は良さそうな子だけど、……A? いや、……B? 穏健なドラクロワが手を出すほどか?」


 美男子ーー改め、ドラクロワが爽やかな笑声を上げた。


「ふふふ、スカウトじゃないよ。偶にはゴミの掃除もしないとね」


「……気まぐれ? あたしの縄張りで?」


 ドラクロワが答えの代わりに小さく微笑んだ。糸目の圧力がすげぇ……

 マヌエルとドラクロワがお互いを見つめ合う中、背後から少年の声が響いた。


「お待ちください、マヌエル様!」


 出てきたのは、先ほどの可愛い男の子だ。

 彼はマヌエルにコンパスのようなものを差し出した。


「僕が作ったテスト版の魔道具です。これで彼女の位置くらいは分かるはずです!」


「あ、そうだった! ぐずぐずしてられない、脱走した猫を捕まえに行かないと」


 マヌエルはハッとして、衛兵に何やら指示を出した。


「マヌエル様、僕も連れていってください!」


「ダメだ」


「……でも!」


「ウェーンは中で待機。いいな?」


 マヌエルは少年の返事を待たずに、軍隊を率いてズカズカと大股で去っていった。ドラクロワは俺に振り返ることなく、マヌエルの後を追った。


「…………っ」


 少年はマヌエルの隊列を見送ると、項垂れて領主館内へと戻っていった。


「あれが目当てのウェーンだな」


「そのようですな」


 オズ爺とイペスが音を立てずに俺の背後に戻ってきた。ここでようやく、俺の肩に乗しかかった重たい圧力が消えたようで、ホッと熱い息が溢れる。


「……ドラクロワって人は?」


「『4大門』統括。坊ちゃまの叔父に当たります」


「ふぅん……」


 俺の背中は冷え汗でベッタリと濡れていた。

 完全に身バレしたってわけか。


「統括が何故ここに? ……まあいい」


 俺の目的はウェーンだ。人知れず領主館に忍び込むなら、マヌエルが去った今が最高のチャンス。


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