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 冷たい闇の中、声が聞こえた。


「ーーちゃま」


「ーー坊ちゃま!」


 俺のよく知っている声だった。

 いつも無茶な訓練を課してくるのに、のほほんと笑うーー


「……オズ、じぃ……?」


 重たい瞼をこじ開けるとーーいた。

 オズ爺だ。泣きそうな顔で俺を見下ろしている。


「坊ちゃま! まだ痛みますか……!」


 起きあがると、オズ爺が慌てて俺の背中を支えた。

 そういえば、俺らは急に襲われて死闘を繰り広げたんだった!


 隣を見ると横たわっているイペスがいた。息をしている。俺はホッと息を吐いた。


「みんな無事のようだな」


「……申し訳ございません、坊ちゃま。私めが無力のあまり……ッ」


 オズ爺が顔を歪ませて、片膝をついた。

 彼のこんな悲しい顔を見たのは初めてかも知れない。


「老い先短いこの命で、詫びにもなりませんが……」


 そう言って、オズ爺が俺に短剣を差し出してきた。

 これで鬱憤を晴らせって? 


「オズ爺さ、その忠誠心と給金が見合ってねぇだろ」


 俺はオズ爺から短剣を受け取ると、それを地面に置いた。


「ッ……坊ちゃま、……私めのせいで、こんな傷だらけになったのに……これから先は、もう二度と、……ッ」


 俺はパパッとズボンについた土を叩いて、後方へ視線を滑らせた。そこに先ほどの少女が倒れていた。


「オズ爺は普通に強い。コアもS級だろ? 敵との相性が悪すぎたんだ」


 オズ爺は目元の涙を拭ってから、気を改めるように少女を見た。


「……坊ちゃまは、彼女をご存知で?」


 俺は首を振った。


「知らん」


 少女はコアを取り出されたのか、周囲が血の海だ。


「……死んだのか?」


「いいえ。虫の息ではありますが」


「そうか……うわ! なにアレ……?」


 少女の近くに、漆黒の巨人が跪いていた。身体のほとんどが宵闇に溶け込んでおり、悍ましい空気を醸し出す。


「分かりません。しかし、敵意はないようです。それに、アレから坊ちゃまの魔力が感じられます」


「…………俺の?」


 突如!

 巨人が土を突き破って出てくる映像が脳裏に蘇った。


 そりゃ俺の魔力がつくわけだ。召喚したのは俺だからな!

 正確に言えば、俺の体を乗っ取った魔神なのだがーー


「はっ、はぁっ!」


「坊ちゃま!」


 過呼吸になる俺の背中を、オズ爺が焦った手つきで摩った。


 なぜ魔神が急に出てきたんだ? ゲームでは、魔神の乗っ取りはコアを6つ集めてからだったのに!


 ゲームの情報で思い当たる節がない……しかし、俺の行動がきっかけなら、コアとの融合率が影響している……?


「ふッ……悪い。はぁっ……もう、平気」


「坊ちゃま……顔色が悪いですぞ。ポーションをもう1本飲みますか?」


「いい。苦いの嫌だし……それより、アレが気になる」


 オズ爺の手を取って立ち上がり、改めて巨人を見上げた。

 2メートルはある巨体。筋骨隆々で、如何にも強そうだ。ただなんだろう。顔はのっぺりしていて気持ち悪い。


「この巨人は、ずっと坊ちゃまを見守る様子でした」


「げっ!? マジか。不気味だな……」


 俺の言葉が分かるのか、巨人がしゅんと肩を落とした。いやいやいや、そんな……

 

「立て!」


 思いつきで命令してみたらーー


 ゴゴゴーーォッ


 なんと、マジで立ち上がりやがった!

 

「……ほぉ!」


 オズ爺が感慨深げな声をこぼした。


「お座り」


 ゴゴーン!


「転がって」


 ゴゴゴーン!


「お手」


 ゴーン!


 ワンと鳴かせる衝動を堪えて、俺はごほんと喉を鳴らした。


「主人と勘違いされてるな……」


 ゴーレムは指示されたことがよほど嬉しいのか、興奮したそぶりで俺の言葉を待っていた。大型犬かよ。オズ爺がパチパチと手を叩いた。


「こんな上級なゴーレムを使役しているとは、さすが坊ちゃま!」

 

「どうも、どうも……いや、俺のじゃねぇし! 魔神の召喚魔法かも知れないな……」


 俺の発言に、オズ爺が怪訝な顔をした。

 

「マジン、でしょうか?」


「ああ……うん……」


 ゲームだったら、オズ爺とイペスはここで死ぬはずだった。


 一応改編はできたようだが、プロットからすれば二人ともモブの中のモブ。ルシェンテスというキャラに深みを生ませるための装置でしかない。


 俺の中にある魔神のカケラがある限り戦闘は避けられないから、二人は……。そんな時、少女の咳き込む声が聞こえてきた。


「にたく……ない……」


「おい! 喋れるか?」

 

 俺は彼女のそばに駆け寄った。


「おい! おい! チッ……オズ爺、イペスを起こせる? 残りのポーションを俺に寄越して」


 オズ爺は不安そうな顔をしたが、俺の指示に従った。

 ポーションを流し込んでも吐き出すので、傷の上に流した。微弱ながらも肉が少し再生して、見た目はマシになった。


 そこへイペスもやってきて、彼女に治癒魔法をかけた。寝起きなのか脳震盪なのか、イペスの目がまだクルクル回っている。


「……できる限りのことはしたが、厳しそうだな」

 

 俺の言葉にイペスが申し訳なさそうな顔をした。

 イペスは珍しいS級の治癒士だ。能力の問題じゃない。そもそも、胸元からコアを抉り出されたのだ。まだ息をしているだけでも奇跡!


「根性は認める。質問に答えてくれれば、遺言くらいは聞いてやる」


「……ほん、とぉ?」


 少女の生に縋り付くような暗い瞳に、一筋の光が浮かんだ。


「ああ。どうやって俺のコアのことを知った? そして、お前の中のコアはどこから手に入れた?」


「話す、全部……。コア、は……」


 傷が治って喉が通るようになったのか、咳き込まなくなった。

 しかし、声は相変わらず糸が切れそうに軽い。


 少女の話を纏めると、彼女はとある人から魔神の伝説を聞いたという。

 遠くの星で散った魔神のカケラをすべて揃えばひとつ願いが叶うので、病死した父母を蘇らせるために頑張って魔神のカケラを手に入れたとさ。


「俺を狙った理由は?」


「ドラゴンの、コアに……特別な、カケラが……ある。その、ドラゴン。狩ったの……アラゴン家」


 知ってる知ってる! 

 戦闘狂オヤジが俺のために命懸けで狩ってきたって有名な話だからな!


「坊ちゃま、危ない!」


「ッ!」


 一瞬の銀閃が目の前を過ぎた。下を見れば、オズ爺の短剣が少女の手を地面に縫い付けていた。少女が俺に触れようとしたのだろう。


「……少し落ち着け、オズ爺。敵意はない」


「……………は」


 さっきまで殺し合いをしていたのだ。警戒しないほうが可笑しい。少女も納得しているのか、手から力を抜いた。


「ゆいごん……。おかぁ、さんと。お父さん、の、隣に、埋めてほし……きいてる……?」


「聞いてる。場所は?」


「ゴドイ……ウェーンが、二人を、見てる……」


「ウェーン? 君にカケラをくれた人か?」


 そろそろ限界なのか、少女が朦朧と呟いた。


「ウェーンに、ごめん、って……。また、会いた、かった、って……」


 少女の唇が微かに震えた。

 光が消えた瞳の端に、小さな水玉が溜まっている。息は切れた。


 イペスがワーンと泣き出した。オズ爺が堪らない表情で彼女の手から短剣を抜くと、その上にポーションをかけた。傷は治らなかった。


「……オズ爺はゴドイを知ってる?」


「は。アラゴン家の領内で、魔林の南にございます。代官は確か……」


「マヌエル子爵です」


 オズ爺の言葉の途中で、イペスが声を張った。そしてやや困惑した顔で、目を逸らした。


「わたしの……元ご主人様です……」

 

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