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 俺は腹の底から、封じられた魔力を絞り出す。

 丁寧に、注意深く。間違えてもコアの魔力を暴走させない様に。


 コアの力は使いたくねぇが、放っておけば2人とも死ぬ。しかし、魔法を使えば使うほど、俺とコアが深く融合してしまう。


 魔法は使いたくない。でもコアの膨大な魔力は活用したい。


 ずっと悩んできた俺が、閃いたんだ。

 魔法がだめなら、コアの魔力を『素』で使えば良いじゃねぇか、ってな!


「んんんんッ!!」

「…………ふぇ?」


 俺の胸を突き刺す少女の短剣が、弾き飛ばされた。


「なにぃ、これぇ?」


 透明な『水』みたいな膜が周囲に広がる。

 触手のようになったそれが、空中でうねり、少女を襲う。


「は……はぁ!」


 魔力でどうにか少女の魔法と相殺して、ようやく呼吸が戻った。

 いや、マジで死ぬとこだった!


 俺の魔力膜が彼女の短剣を撃ち落とす。

 彼女からすれば、見えない何かに攻撃されているのだろう。


 血と涙の努力で手に入れた、俺だけの芸当。

 それは、魔力を『素』で使い続けて出来た技能。

 魔法に変換せず、魔力を自在に操るものだ。


 シュッ。少女が距離をとった。


「これぇ、知らなぁい。なぁんの、魔法?」

「はは、教えな〜い。どうせすぐ、死ぬから」

「……むっ、オマエぇぇぇえ!」


 少女が俺に突進する。しかし、魔力のうねりを感じたのだろう。

 身体を急転させて、俺の攻撃を避けた。見えないのに良く感で避けられてるぜ。とは言え、上手は俺。


 ドン!!


 透明な魔力手が彼女の足を掴む。

 宙に持ち上げてから、地面に叩きつけた。


 そのままじっとしてろ!

 ……て、イペスもオズ爺も真っ青になってるじゃねぇか!?

 

 俺は2人に駆け寄ると、その鼻に手を翳した。

 魔力のみで相手の魔法を消すのは、至難の業。


 魔法が身体を侵蝕する細菌で例えるなら、それを一つ一つ摘み出すのと一緒。俺でも数分はかかる。


 イペスは失神してしまったが、オズ爺はギリギリで意識を保てている。さすがだ。そんな時、背後に気配がしたーー


「今の、小細工ゥ……? 面白いねぇ」

「……は?」

 振り返れば、至近距離に少女が立っていた。

 その顔には『7』の黒い数字が浮かんでいる。コアの力を更に解放したのか!?

 

「っ……!」


 少女が俺の首を掴んで持ち上げた。

 浮いた足がバタバタと虚を蹴る。


「面白いけど、そろそろ、だるぅい。カケラ、もらうぅ」

「あがっ!!」

 

 胸に短剣が刺さった。

 ぎりぎりで骨がガードしてくれた……が、心臓は紙一重。

 俺、こんなに肝が冷えたの、人生で初めてかもしれん。強がってる場合じゃねぇ。これ、マジで死ぬやつだ。


「んん〜? 殺さないでやるのぉ、むずぃ」


 コアは心臓部にある。左! 右! 

 交互に刺すな、意味ねぇだろ。下手くそが! 


「はぁ……ッ」

「坊ちゃま……!」


 立ち上がったオズ爺が少女に蹴りを入れた。

 しかし、それも片腕で止められる。


「オマエ、またぁ? ……だぁるい」

「……オズ爺!」


 少女が俺を離すと、オズ爺を地面に叩き落とした。


「がは!」

「何度も、邪魔ばかり……うざい、むかつくぅ……」


 少女は無遠慮に、オズ爺の腹を何度も刺しては繰り返す。

 辺りに真っ赤な鮮血が舞う。


「オズ爺……!」


 なんとか駆け寄った俺だが、少女に顔を掴まれた。


 暗黒の魔法が俺の首を締め上げる。

 息がまたできなくなった。オズ爺も息できないのか、顔が真っ白だ。


 ……くそッ

 

 オズ爺は、転生した俺を『人間』として接する初めての相手だった。

 生後まもなくして、訓練の館にぶち込まれた俺の世話役だ。


 普段は甘々のデレデレ。だが、教育になるとスパルタなオズ爺。

 俺の師匠で、執事で。何より、そばにいてくれるーー家族で。


「はな、せ……」

 

 このままでは失ってしまうーー

 ゲームのルシェンテスのように!


「いやだ! オズ爺を、離せッ!」


 出血過多のせいで視界が暗転する。これが俺の限界だ。

 オズ爺も、イペスも、……守れない。

 俺が、弱いから……

 

ーーーー『力を、欲するか?』


 直接、脳裏にこだまする重低音。

 

 まさか……コアの『中身』が喋ってるのか? 

 『魔神のカケラ』?

 ……わかんねぇ。でも確実に、俺の中に『何か』がいる。


『朕が、貸してあげよーー』


 ひんやりと体温が氷点下に下がって、全身が震え出す。


「くぅっ……! これは……っ」


 目眩が激しい。クラクラする……ッ

 胸元の傷が、黒い魔力でみるみるうちに塞がっていく。


 やばい、やばい……油断した!

 俺のコアに入っているのは、ただのカケラではない。

『魔神の意思』が封じられている唯一のものだ。


 それが『俺』を乗っ取ろうとしているのがわかる。

 頭の奥に誰かが侵入してくる嫌な感覚だ。


 くらりと、視界が急転する。そしてーー


『ふぅん。……これは、弱い器であるな』


 次の瞬間、俺の意思と反して、口から濁った声が洩れる。

 ……俺の体が、勝手に動いてる? やめろ、返せ……! 

 俺の、俺の『体』だ……!


 視界が闇に沈んでいく。深く、深く、落ちていくーー

 気づけば、俺は闇の中でただ『一人』立ち竦んでいた。



⭐︎



「あ?」


 飄々と近づいていく朕に、少女が警戒の眼差しを見せた。


「なぁんで、動けるぅ? ……オマエ、その顔の数字はーーうッ!」


 朕の魔力を喰らって、少女が膝から頽れた。

 しかし、即座に地面を蹴って、朕から距離を取る。


「ほう……この『圧』に堪えたか。『七等』の塵芥にしては、上出来だ」


「カケラが、意思を持ってる? なんでぇーーヒッ!?」


 地面を突き破るようにして、筋張った頑強な手が突出した。

 ひと握りで骨を砕きそうな真っ黒な腕が、少女の足を掴む。朕の召喚魔法で呼び出された家臣だ。まあ、今の状態では、ただの模倣品であるが。


「イヤッ、なにぃ!? 」


 隆起した地面の下から、屈強な巨人が現れる。

 のっぺりとした顔面。漆黒の家臣が、少女を朕の前へと跪かせた。再び朕の魔力に触れた彼女は、涙を溢しながら吐き出した。


「っ……ぅ……ごぼっ……! オマエは……誰ぇ」

「朕が分からぬか。哀れな」

「哀れ、じゃなぁい……げほっ。あたし……魔神にッ」


「ふん。己を選ばれし器と勘違いしたか? 

 貴様の役目は、単なる『運び』だ」


「はこ、び……?」

「さあ、朕の断片を返してもらうぞ」

「ッ……がは!」


 魔法で右手を強化し、彼女の胸元を突き破る。

 コアの位置は透けて見えるゆえ、取り出すのに難儀はない。


「いや……イヤッ! 渡さなぁい、カケラ、あたしの……っ」


 少女は悪足掻きする。

 こんなチンケな魔法で、朕から逃れられると思ったのか。笑えぬ。


「ぅ……っ……!」


 心臓からコアを摘み出す。

 丸い宝玉を指で潰すと、中から紫色のカケラが出てきた。


「っはぁ……っ、ハァ……!

 ……いや。あたし……ここで……死なない。魔神になって、お母さんと、お父さんを……」


 用済みになった少女を投げ捨てる。

 まだ執着があるのか。虫の息で、生に縋り付こうとする。

 ――無様で、滑稽な様だ。


「……ッ」


 カケラを胸に押し当て、中へと押し込んでいく。

 ふぅん……このくらいで痛みを感じるなど、人間の身は脆いな。


 体の中に入ったカケラは吸い取られるように、地肉をかき分けてコアと融合していく。


「ぁ………はぁッ」


 ……これだ。力が、漲ってくる。

 あと六つ。それで故郷の玉座に、朕が再びーー


『ーー俺の体を、返せ!』


 ドクン!

 

 意識の深部から、少年の声が響く。

 ……時間切れか。予想以上に強い自我を持っているな。


 朕は小さな少年の手を見て、ため息をつく。

 何故、ここまで朕の力を頑なに拒む。容易く掴める力に目を眩まないのは、非常に厄介だ。


 ……いずれにせよ。

 朕の気配がほかのカケラを呼びつける限り、集結は避けられぬ。


 少年よ。精々藻がけば良い。

 貴様には、最初から選択肢などないゆえーー

 


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