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人間って、すーぐ偏見に支配される生き物だ。
たとえば「ヤクザの息子」って聞いただけで、初対面の相手にすら「悪人」「危険人物」「あっちの世界の人」みたいなレッテルを貼るだろ?
んで、異世界ではどうなるかというとーー
「アラゴン辺境伯家の嫡男」というだけで、大抵が泡吹いて失神する。
いや、マジで。
そりゃまあ、この家がヤクザどころか『魔改造ファンタジー版の世紀末一族』みたいなモンだから仕方ないっちゃ仕方ない。
力こそ正義。魔獣は生きたまま解体。子供は幼児から訓練館にぶちこみ。
「強くなれなきゃ死ぬよ♡」というサイコな家訓を平然と掲げている。
一周回ってサイコパスが可愛く見えるアラゴン家。
そこの嫡男に、運悪く俺は転生してしまった。
よりにもよって、前世でハマっていたRPGのラスボスーー
『ルシェンテス・イゴヤ・アラゴン』に。
建国の英雄の血を引く超名門の生まれだが、未来では魔神化して帝国を崩壊の危機に立たせる。あの「悲劇の悪役貴族」、その人に。
俺はそれを、この肉体に転生してから半年後に気づいた。
……おっそ。
いや、わかんねぇよ! 赤ん坊だったし!
胸が焼けるように痛いな〜とは思ってたけど、まさかこれが「ドラゴンのコア」とは思わないだろ!
そんでもってこのコアが、ゲーム本編でルシェンテスを魔神に変える元凶だったなんて。
死亡フラグ確定早すぎ!?
それでも俺は諦めない。
前世で遊んだからこそ知っている。
この世界には、生き残る道も、魔神化を止める方法も……条件が超厳しいが、あったはずだ。
今はできるだけコアの力に頼らず、俺は素で強くなる。
この理不尽だらけの運命に真正面から抗ってやる!
そう意気込んで無事に5才を迎えた俺。
さっそく『最初の試練』がやってきたーー
「ゴブリンの魔石を取ってきて欲しいの〜」
それが母からの『初めてのお使い』らしい。
それくらい、アラゴンの嫡男なら楽勝らしい。本当に?
結果、5才の俺はゴブリンの群れに単身突撃するハメに。
とはいえ、一応はお守りが付いている。優しいね。
筋肉ゴリゴリの専属執事・オズ爺と、
可愛い獣人の戦闘メイド・イペスだ。
ちなみにウサ耳はないが、丸っこい尻尾がモフモフ。控えめに言って、最高。
とはいえ、戦闘は俺がやる決まりらしい。
オズ爺とイペスがめっちゃ遠くにいる、手助けする気ゼロだろ。
「坊ちゃま、せっかくですから、素手でゴブリンを殴ってみると良いですぞ!」
「ガツンと行くです、マスター!」
……せっかく?
「うーん……」
膂力テスト……かな?
まあ、いけるっしょ。俺は手袋の位置を軽く直して、ゴブリンに肉薄した。
間抜け面でこっちを見てくる。
そのまま俺はパンチを一発、軽めに入れてみた。するとーー
パンッ!
大きな破裂音。
ゴブリンの首が、スイカみたいに爆ぜた。
「おぉぉぉおおお! さすが歴代随一の逸材ですぞ!」
「きゃー! マスター、カッコ良すぎますですぅ〜〜〜!」
……いや、さすがに引くわ。
返り血で真っ赤に染まった俺を見て、近くで薪拾いしてたオバサンが絶叫。
ゴブリンなんて、この世界じゃただの害獣だ。
オバサンも慣れてるはずだろ?
「ギャァ!! ヒィイ!?」
あ、失神した。
怖いよな、今の。俺でも引いたし。
イペスにオバサンを起こしてもらう。
一応次期領主だから、優しさアピールも大事だろ?
悪役のフラグも折った方がいいし。
俺はオバサンの薪を拾って、無害な笑顔で手渡す。
「ひっ!! ……ヒッ……ヒィイイイ」
再び気絶。
俺のキュートなショタ笑顔が通用しない? どういうことだ。
「うぅ……庶民にも優しい、マスター……まるで天使……!」
「坊ちゃま、もう大天使ですぞ……!」
この2人には相変わらず通じるらしい。
万人向けに、ショタ笑顔のバリエーションも増やしてみるか?
起こしても失神を繰り返すオバサン。
仕方なくおんぶした、その瞬間ーー
胸の奥で、コアがズンと脈打つ。
周囲に嫌な殺気が溢れ出す。
「坊っちゃま!」
「マスター!」
俺を庇うように立つオズ爺とイペスの前に、ふわりと一人の少女が現れた。
まるで散歩のついでみたいな足取りで、あくびをひとつ。
「むぅー……、オマエが、ルシェンテス? だるぅいけど、その【魔神のカケラ】、もらうねぇ〜」
俺の背中に冷え汗が流れた。
ゲームの記憶で、心当たりがあるから。
……やっぱ来たか、死亡イベント第1弾。