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つながっていく依頼案件

 面談が終わった。

 が、依頼者の花浜が言ったことは、どうも要領を得なかった。

 幕石閃輝まくいしせんきという名前の漢字表記も知らなかった。海で歌を聴いてもらっていたが、それだけの関係で、直接会ったことはないという。だがたびたび聴きに来てくれるので、意識するようになって歌い続けていた。そんなある日、海で溺れたのを救けたが、その後来てくれず、どうなったのか知りたいというのだ。

 状況がいまひとつはっきりしなかった。というか、それで探偵に依頼するという心理が理解できなかった。

「彼女はまだなにかを隠しているのかもしれないな……」

 面談ブースに残って、先野はつぶやいた。

 これ以上話すことはありませんと言って依頼者は帰っていった。

 しかし先野は依頼者からまだまだ情報を引き出せていない、と考えていた。

 なんらかの事情により依頼者がすべてを話してくれないことは往々にしてあった。そも、探偵になにかを依頼するということ自体なにかしらの後ろめたさがあるものなのだ。それ故、言い出しにくいこともある。そこを聞き出していくのも探偵の技量であるともいえるが……。

「まぁ、ともかく、また五日後に進捗を聞きに来てくださるということですから、そのときまでになにか手がかりが見つけられるよう、さがしましょうよ」

 原田は立ち上がり、面談ブースから出ていこうとする。前向きなのか楽観的なのか。捜索期限を切られていないというのが、そんな態度に出るのか。

(いや、違うな……)

 原田は、依頼者とまた会えることを喜んでいる。……先野はそれを感じ取っていた。

 調査が長引けば、何度でも依頼者は来社し続けることになるだろう。原田は意識していないかもしれないが、それを望んでいる。

(若い男には、ありがちなことだな……)

 あれほどの美人……先野とて滅多に見ることがない。であれば原田が転んでしまうのもうなずけるのだった。

(まぁ、依頼者の心は幕石さがしびとのほうを向いているのだし、原田の気持ちが満たされることはないだろう……)

 それはともかく――であった。今日依頼者から話を聞いて、この案件には闇がありそうだと思えた。

 先野は椅子に座ったまま、腕組みをして考え込む。

「どうかしましたか?」

 ブースの入口で振り返る原田。

「溺れたところを救けた……と言っていたよな?」

 先野はうつむいていた顔を上げ、上目遣いで原田を見る。

「はい、どこで、とはおっしゃりませんでしたが」

 どこの海か知らないと花浜は言った。

「どういうシチュエーションでそれができたんだ? 人命救助はけっこう大きな事件だぞ。なのに、それについてあまり語らなかった……。どういうことだと思う?」

「さぁ……」

 原田は、想像がつかないという顔をした。

「犯罪の匂いがしねぇか……?」

「えぇ?」

「おまえが聞き込みで知った、その帆村さんっていう元ホストから、幕石さんが行方不明になる直前、比森さんとクルーザーに乗っていたと聞いたんだろ」

「はい、そうです」

「幕石さんがなぜ海で溺れたのか、どういう状況で救けられたのか、その点についてなにか知っている可能性がある。もしかしたら、幕石さんが海に落ちたのは事故ではないかもしれない」

「待ってくださいよ、先野さん」

 原田の顔に当惑の表情が浮かんでいた。

「つまり自殺か、それとも何者かが幕石さんを海に突き落としたって言うんですか? それに関して依頼者の花浜さんはなにかを知っていて隠しているというんですか?」

 話が生々しすぎた。何者……暗にその犯人が比森であるかもしれないと言っていた。

 探偵業を長く続けていると、多少なりとも犯罪に触れることも出てくる。DVであったりストーカーであったり。恨みつらみによる刃傷沙汰も。探偵自身が逆恨みの対象となる場合もゼロではなかった。むろん、そこまでの事態になれば警察の登場と相成る。

 そして今回の案件、思わぬ展開になりそうな様相を呈してきた――のかもしれない。

「そいつはわからんよ。ただ、我々が調査を続けていけば、いつか明るみになってくるだろう。一度比森さんに会ってその点を尋ねてみるかな……」

「いや、でも、帆村さんによれば、比森さんはなにも知らないと言い張ったと言うことでしたから……」

「ううむ……」

 先野はうなった。

 そこまで頑なに話したくないというのなら、比森が海に突き落としたのかもしれなかった。

 人を殺すなんて、そんなことをしようなどという発想なんか、通常出てこない。いくら不満があったとしても、そこへ至るにはかなりの覚悟がいるはずだ。いくら状況がそれを匂わせたとしてもそう簡単に飛びつく結論ではない。

 比森に、幕石を殺害しなければならない、のっぴきならない理由があるとしたら……。

(右岡奈音がそれに関わっているのか……?)

 パズルのピースが足りなかった。それに花浜が関係しているのかもはっきりしない。

 先野は頭をかかえる。

「難しいな……。警察みたいに参考人の身柄を拘束して白状させるなんて、探偵にはできねぇからな……」

 おそらくなにも比森からは聞き出せないだろうと思い直す。かえって余計な警戒心を抱かせてしまい、依頼を取り下げて別の探偵事務所に鞍替えされてしまうことも考えられた。

 自殺という可能性もなくもないから余計にややこしい。自殺なら、せっかく命を救けてもらっても再び自殺に及んでいるかもしれない。余程のことでもない限り、自殺はニュースにならないから、その死を知る機会はない。死んでいたとしたら発見は絶望的だ。

 生きていたならすでに帆村に連絡を入れているはずだろうし、それがないというのが気になる。

 とにかく、真相が見えていないいまの状況ではひとつひとつの事実を積み重ねていくしかない。思い込みでとんでもない勘違いをして調査が暗礁に乗り上げてしまったら時間と労力のロスとなる。

「こういうときこそ、先野さんの腕の見せ所、じゃないんですか? なんとかうまく聞き出してくださいよ」

「おだてるんじゃない」

 先野はテーブルに片手頬杖をつく。

「とりあえず、さっき聞いた花浜さんの言った情報を整理して、今後の調査方法を練ろう。それから、比森さんの依頼である、右岡奈央さんの行方をさがしに聞き込みに出るか」

 この二つの案件はどこかでつながっている……。

 できることを愚直にやっていく。探偵業とはそういうものだ。推理とかひらめきで依頼を解決するなんてミステリー小説のなかだけなのだ。

「忙しいですね……」

「まったくだ」

 先野はしかしうんざりしたような顔ではなく、むしろ忙しさを楽しんでいるような面持ちで席を立つ。探偵として仕事をしているという実感が楽しいのかもしれなかった。



 しかしそれからほんの一時間ぐらいして新たな動きがあった。先野のスマホに盟田めいだ会計事務所から電話が入ったのだ。

『右岡さんの名刺が出てきましたよ』

 と、会計士は言った。先野が初めて事務所へ行ったときよりも若干人当たりが丸くなっていた。気分屋なのかもしれなかった。

 そうですかぁ、と先野はわざとらしいほど明るく応じ、

「わざわざありがとうございます。すぐにそちらにうかがいます」

 そして先野は再度盟田会計事務所に向かったのだった。

「わざわざ来てくださり、すみませんねぇ……」

 盟田会計士はやって来た先野を迎える。名刺が見つかったといっても先野に知らせる義理などないのだが、なにか思うところがあったのかもしれない。

「いいえいいえ、これはわたくしどもの仕事ですから」

 そう言って、先野は手に下げていた小さな紙袋を差し出した。

「これをどうぞ。幸彩堂のプリンです」

 四つ入りで紙箱に収まっていた。

「いや、そんな気を使っていただくほどの……」

 盟田は恐縮した。

「いえいえ、ほんの気持ちですよ。……それで、名刺というのは……?」

「はい、これです」

 盟田は机の上に出していた一枚の名刺を先野に手渡した。派遣会社の名前と所在地、そして電話番号が印刷されてあった。

「クリアワーク株式会社……」

 闇金の男が言っていた会社と合致した。これで右岡奈音の所属部署の電話番号も判明した。ホームページに載っているような代表番号にかけても相手にされないので、これがわかったのはありがたかった。

「他に、なにか思い出したことはありませんか?」

「そうそう、以前、同じく派遣で働いていた友だちがいるって話をしてましたよ」

 前回はなにも話すことはないと追い返されたのだが。

「それは同じ派遣会社の人ですか?」

「はい、そうです。名前は――」

 先野はあわててシステム手帳を開いてボールペンを手に取った。



 右岡奈音が以前に勤めていた派遣会社に電話をかけた。すでに在籍していないし、仮に在籍していたとしても普段は派遣先の事業所で働いているわけで、どのみち本人と連絡がつくことはない。が、考えがあった。

「はい、お電話ありがとうございます。クリアワーク株式会社です」

 と、女性の声がした。

 どういう規模の会社なのかは事前に軽く調べていた。ホームページによれば創業十年の若い会社だ。社員数は三百人。関東地方を中心に事業を行っていて、広い業種に人材を派遣していた。創業から間もないというせいか、従業員の平均年齢は若い。

「あの……わたくし、中野と申しますが、そちらに勤務されている右岡奈音さんに大変お世話になりまして……連絡がとれますでしょうか」

「はい。しばしお待ちください」

 パソコンを操作する気配。

「お待たせしました。申し訳ございません。右岡は先々月に退職しております」

 予想通りの返答である。

「代わりのスタッフについて、スキル等のご要望がございましたら――」

 どうやら派遣先の事業所からのオファーだと思われたようだ。また人材を派遣してほしいという引き合いは、以前の派遣社員の印象がよければまた出てくるのが通例なのだ。

「いえいえ、そういうことではないんです」

 先野は考えていた作戦どおりに台詞を吐いた。

「退職されてたんですか……。困りましたな。……実は、元の職場でお金を借りていまして、それをお返ししたかったんですよ」

 でっち上げの大嘘であるが、それでなんとか連絡をつけなくてはならない状況であることを知ってもらえば、との見通しである。

「退職した社員に関しての情報はわかりかねますので、すみませんが連絡をとることができません」

 申し訳なさそうな声音だった。

「では……同僚の、安町葵やすまちあおいさんとは連絡がつきますでしょうか。右岡さんと親しいと聞いていますので、もしかしたら、右岡さんと連絡がつくかもしれませんし」

 安町葵の名前は、盟田会計事務所で聞いた。あまりしなかったという右岡奈音との雑談のなかで、盟田会計士の記憶に残っていた。年齢が近く、以前同じ事業所に派遣されて、長くいっしょに働いていたとの話だった。社会人になってからできた友人だと言っていたとか。

「安町、でございますね」

 再びパソコンのキーを打つ音がスマホから聞こえる。

「はい、安町でしたら連絡が可能です。現在の派遣先は時端ときはし市です」

「それはよかったです。では、こちらの電話番号を申し上げますので、お伝えくださいますでしょうか」

「はい、そういうことでございましたら」

 先野はスマホの電話番号を伝える。

「中野様でございますね。お伝えしておきます」

「よろしくお願いします」

 通話を終えて、スマホを見つめる。

(うまくいったぞ……)

 ほくそ笑んだ。

 とはいえ無視されることもありうるだろう。中野という名前に心当たりなどあるわけがないのだから不審に思われても仕方がない。だが打てる手はどんな手だろうと打っていかないと、真実は向こうからはやって来てくれはしないのだ。

 先野は吉報を待つことにした。


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