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先野が語る

 右岡奈音みぎおかなおの情報はあちこちでの聞き込みでかなり得られた。働いていたスナックや足繁く通い詰めていたホストクラブ、そこで聞いた交友関係をさらに尋ね手がかりを拾い集めていく。そうすることで次第に明らかになっていく人間像……先野と原田、双方の情報を照らし合わせ、趣味や過去の経歴、子供の頃に飼っていた猫の名前までわかってきた。

 だが彼女の消息――現在どこに住んでいるのか、どこに勤めているのかはわからず、まだその居所をつきとめられてはいなかった。

 興信所「新・土井エージェント」の事務所に作られている会議室で、先野と原田は顔をつきあわせ、今後の捜索の方向について意見を交わしていた……。

「肝心の電話番号は言うに及ばず、SNSにさえたどりつけないとはな……」

 椅子に座る先野光介は腕組みをし、会議室に持ち込んだノートパソコンの画面を見つめる。表示されているのは、興信所のクラウド領域に保存したファイルで、右岡奈音の情報が整理されて書き込まれていた。しかし現住所を特定できるような材料も、連絡がつきそうな手段もなかった。

 ネットでの交友関係もぜんぜんわかっていない。しかし、

「いくらネットが普及しているといっても、だいたいが匿名ハンドルネームで活動するし、顔さえ知られないよう気をつけている人がほとんどですからね……」

 そう言ったのは原田翔太である。ネット上で個人情報を晒すリスクを正しく理解しているといえよう。どんな犯罪に巻き込まれるかわかったものではないというのがネットだ。

「まだ調査をしていない場所はあるにはあるが……」

 一覧表には、右岡がよく行っていた店として、スーパー、コンビニ、ファストフード店があげられていたが、いずれも店員と客との接点が薄いところばかりだ。店員に訊いたところで憶えているわけはないだろうし、よしんば顔を憶えていたとしても名前さえ知らないに違いない。

「八方塞がりだな。だが、おまえの担当案件のさがし人、幕石さんの元上司が、この案件の依頼者である比森さんだというのも、ちょっと気になる……」

「比森さんの親しい人が二人も行方不明ですからね……関係あるんでしょうか、それとも偶然……?」

「偶然かもしれんが、くさいよなぁ……」

「くさいですか?」

 原田は鼻をくんくんさせる。

「そういう意味じゃねぇよ。怪しいって言ってるんだ」

「比森さんはなにも知らないと言っていたそうですが、帆村さんは本当がどうかと疑ってましたね……」

 仕事仲間である女性といっしょに比森の自宅兼事務所に行ったことを、原田は聞き及んでいた。

「帆村……元ホストのあんちゃんか……」

「我々が警察だったら、重要参考人として比森さんを聴取できたんでしょうけど」

「それはどうだろうな。警察といっても、やたらと威圧的な態度で押し通すわけにもいくまい。ただ、おれたちと違って組織力はあるからな。指名手配犯を捜索する場合なんかは、その組織力を使って聞き込みするのはもちろん、防犯カメラの画像を手当たり次第にかき集めて分析して行方を追おうとするからな。そこへいくと、おれたち私立探偵にはなんの権限もない」

「その代わり頭脳がありますよ」

「そうだな……と言いたいところだが、おまえがよくそんなこと堂々と言えるよな」

 原田はまだ入社して浅い。探偵としての経験がそもそも足りなかった。というか、推理力で事件を解決するというイメージを描いているとしたら、それは違うぞと先野は言いたい。現実はシャーロック・ホームズのようにはいかないのである。

「ぼくではなくて、先野さんたち先輩方々のことですよ。ぼくも早くそういう優秀な探偵になりたいです」

「くすぐったいこと言うじゃんか。おれが原田ハラショーぐらいの頃のことを思い出すぜ」

「先野さんがぼくぐらいの頃……。そういえば、先野さんはいつから探偵をやってるんですか?」

「ああ? そうだな……きっかけは二十歳ぐらいだったと思う。あの頃のおれは、そんな歳にもなって、まだ自分がなにがやりたいのかよくわかっていなかった。そのくせ、なにかでっかいことができるんじゃないかってイタい妄想をしていた青二才だったよ」

「それは興味深いですね」

「そうかよ?」

「ぜひ聞きたいです」

「じゃあ、特別に話して聞かせてやる」

 と先野は、どこから話したもんかなと目を閉じた。



 出会いは偶然だった。後に〝師匠〟と呼ぶことになる探偵おとこと出会ったのは――。

 せっかく入学した大学だったが、このまま勉強を続けていてもなぁ……と、おれはやる気のない、どことなく倦怠感に似た気分に沈んでいた。

 あるとき、おれは大学の学食で声をかけられた。ランチを食べようと席についた瞬間を見計らったかのように。

 声をかけてきたのは友人ではなかった。見た目の年齢から職員か教授か……しかし見知らぬ顔に、おれは首を傾げた。

 それが師匠との出会いだった。

 師匠は、ある女子学生について質問してきた。同じ学部の生徒で、ある実習科目で同じ班に割り当てられたことがあったので顔は知っていた。

 しかしその交友関係までは多く知らなかったのでそのときはとくにこれといったことは答えられず終わったが、気になったおれはそのあとの講義の合間に彼女に話しかけた。会話のなかで水を向けるとあきらかに動揺していた。

 なにか後ろめたい交友でもあるのか、それを探られるのを恐れているのかもしれないと、そのとき思った。

 その後なにかと気になり、おれは彼女をマークするようになった。学内で彼女が誰と会っているのかをそれとなく見ていた。

 そして何日かたって、おれは衝撃的な光景を目撃する。

 その女子学生と見知らぬ男子学生が校舎の外で言い争っているのだ。もう五限目の講義が残っているだけで、その時間になると学内に学生は少なくなっていて、その二人の周囲にも誰もいなかった。

 激しく怒りながら去っていく女子学生の背後から、その男子学生が斬りつけようとしたとき、さっと風のように現れたのは師匠だった。

 男子生徒を羽交い絞めにし凶器のナイフを取り上げた。おれは師匠が女子学生を尾行しているとはまったく気づかなかった。変装をして、学生のなかに混じっていたのだ。

 女子学生は、妻子ある男の愛人だった。しかし彼女は学生であるため、他にも交際している男がいるだろうとの嫉妬心にかられて、その男は師匠に調査を依頼していたのだ。

 案の定、彼女に思いを寄せる男子生徒がいた。後をつけ、愛人になっているのをつきとめたが、それをやめるように何度か説得するものの彼女は聞く耳をもたず、相手にされないことに立腹してついに凶行に及んだというわけだった。

 師匠に諭される男子学生と女子学生を離れたところから見ていたおれは、これだ、と思ったんだ。警察でもできない人助けができるのが探偵なんだとわかったとき、おれの進むべき道が、まるで光に照らされたごとく見えてきたのだ。

 おれは大学を中退し、師匠に弟子入りした。師匠がひとりで切り盛りしている探偵事務所に転がり込み、探偵業のイロハを学んだ。 

 さまざまな依頼を受け、経験を積んでいった。



「そしてその後おれは独立した」

 と、先野は昔話を締めくくった。

「この白のスーツとソフト帽はそのときに師匠からもらったものだ。おれが事務所でこれを着用しているのも師匠に対するリスペクトなのさ」

「そんなことがあったんですか……」

 原田は感心した。人に歴史あり、であった。しかしそのひどいファッションセンスがわからなかった。もしかしたら服は冗談で、からかわれているのかもしれなかった。

「で、いま、その師匠さんは?」

「廃業した。どこでなにをしているのかも知らん」

「えっ」

 ずっこけそうになった。

「だからだよ。おれも独立してせっかく開いた事務所をたたんだ。この興信所に身を寄せているのも、一人ではうまくいかなかったからだ。だがいずれ再び独立して、一国一城のあるじになる夢は捨てていない」

「今度はうまくいきますか……?」

「ここで働くのは、その修行を積む意味もある。それはともかく――」

 と、先野は話を戻す。

「――右岡さんが行ったことのあるという場所を、片っ端から調べていくか。無駄足になることが多くても、だ。それとハラショーの案件である、幕石さんのことについても、一度比森さんには聞いておくべきかもしれない。しかし真正面から問いただして警戒されてしまうのも避けたい。どうしたもんか、あとで考えよう。じゃあ、出かけるか」

「今日はぼくは事務所ここにいないといけないんです。依頼者が来ますから」

「ああ、例の変わった依頼者だな」

 字も書けない、スマホも持っていないという、若い女。

「幕石さんは作詞作曲家クリエイターなんだってな? クラウドのメモを見せてもらったよ」

 案件ごとに担当者が設定しているパスワードは先野にも伝えていた。

依頼者かのじょは、幕石さんとはどういう関係なんだろう……。その、比森と接触したクリエイター仲間とは面識はないらしいが」

「はい。今日、聞いてみようと思います」

「おれも同席していいか? おれも一応サブとして協力しているわけだし、ハラショー一人よりも二人で面会したほうがなにかと有用な情報を聞き出せるかもしれないだろ」

「そうですね。それは心強いです」

「何時ごろみえるんだ?」

「それが、よくわからないんです」

「その依頼者、時計も知らないとか……?」

「いや、まさか……」

 原田は首を傾げる。が、依頼者の態度に思い当たるようで、

「――ありえるかもしれませんね」

 そんな人間が現代日本にいるだろうか? 義務教育すら受けず人との接触をせずに大人になった、というぐらいしか考えられない。不法滞在の外国人が産んだ戸籍のない子……なのだろうか。

 結局、その依頼者――花浜が事務所に訪ねてきたのは午後になってからだった。



 パーテーションで区切られた面談ブースの一つに先野と原田が入ると、色白の若い女が座っていた。

「ど、どうもお待たせしました」

 原田が挨拶する横で先野は目を見張る。驚くほどの美人だった。これまで多くの女性と接してきたが、これほどの美形はそうそういない。非現実的なほど整った顔立ちだった。透き通るほど白い肌。金色の細い長髪は、とても染めたとは思えないほどの輝きを放っていた。遠くまで見通せるような大きな瞳にまつ毛が長い。

「すみばせん、ご足労願いまして」

 原田は挨拶したが、緊張しているのがわかった。メインで案件を担当しているせいもあるだろうが、それ以上にこの依頼者に対する気持ちがそんな反応に表れているのだと思えた。見惚れている原田を見て、ははぁん、と察した。

「いいえ、こちらこそ……」

 声もまた美しかった。歌手か声優のように、よく通る声だった。

 原田が依頼者の向かい正面に座った。頬に色がさして、心拍数が上がっているのかもしれない。

「いまのところ、幕石さんの発見には至っていません」

 原田は途中経過を報告する。さまざまな聞き込みをしているが、なかなか知っている、という人物に出会えないでいる、と。

「ただ……幕石さんをさがしているという人が他にもいることがわかりました」

 その経緯を話す原田。元ホストクラブの店員で、いまは仕事での付き合いがあるという男性(帆村)から聞いて、幕石の職業や行方不明になる直前の足取りまでつかめた。が、そこまでで、それ以上の情報は得られていない。

「そうですか……」

 残念そうに、依頼者は肩を落とした。

「少し、いいでしょうか」

 原田が話し終えるのを見計らって、先野が口を開いた。

「こちらの原田と同じ、新・土井エージェントの探偵で先野と申します。いっしょに捜索をしています」

「それはよろしくお願いします」

「いくつか質問させてください。花浜さんは、幕石さんとどういうご関係なんでしょうか。そして、探偵を使ってまで幕石さんをさがす理由をお聞かせくださいませんか」

 先野は、花浜と名乗るこの依頼者が何者なのか――それを知ることこそ、解決の早道であるような気がするのだった。

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