ここは何処?私は誰?
「お姉ちゃん、大丈夫?」
可愛らしい声で起こされた。
視界いっぱいには、痩せ気味、だけど元々の顔の作りは可愛いと思われる少年の顔が広がった。
虐待を受けてる感じじゃなくて、体が弱そうだ。
「あ、起きた!」
「ディオン様、そんなにはしゃいではお体には触ります」
「大丈夫だよ!」
ディオン。
ああ、この子はディオンって言うんだ。
っていうか、私は?
私って何?
「あの、すみません。私はいったい、記憶がまったくないのですが」
ベッドの上に寝かされていた。
部屋はこじんまりしているが、白で統一されていて高級感がある。
見覚えがない。
っていうか、何もかもわからない。
自分が人で女であることはわかるんだけど、名前とか、まったく思い出せない。
「お嬢様は中庭で倒れていらっしゃったのです」
「え?そうなんですか?」
私、いったい、何してるの?
人様の中庭にどうやって入り込んだの?
「お姉ちゃんは、お空から降りてきた天使なんだ」
「て、天使?」
うん。天使はわかる。
神様の使いでしょ?
いや、私、多分普通の人間だと思うよ。
記憶はないけど、そういう大層なものではないと思う。
「ディオン様。また困ったことを。お嬢様、あのお名前を教えていただけますか?事情があって迷い込まれたのだと思いますので、まずはその事情を知る必要があります」
ディオンという少年は多分いいところのお坊ちゃん。
そしてこの女性が侍女なのかな。
「すみません。あの、私、記憶が全くないのです。どうやって大胆にも中庭に入り込んだのか。さっぱりわかりません」
「き、記憶がない?」
「記憶喪失。すごいねぇ!じゃあ、僕の姉ちゃんになってもらおう!妹はいるけど、お姉ちゃん、欲しかったんだ」
「ディオン様。そんな簡単なものじゃありません」
この少年、可愛いな。
ちょっと痩せすぎだけど。
「旦那様にご相談する必要があります。それまでごゆっくり滞在されてください」
「やったー!」
ディオン少年がぎゅっと私に抱きついてきた。
子犬みたい、痩せすぎだけど。
☆
「夕食を一緒に食べよう!」
ディオン少年と侍女が出て行って、いつの間にか寝ていたみたいだ。
衝撃がして目を覚ますと、ディオン少年がそこにいた。
夢も見ないで寝てたみたい。
「ディオン様。そうやって起こすのはだめですよ」
侍女がベッドに張り付いたディオン少年を引き離す。
猫みたいだなあ。
あ、ところで侍女の名前知らないわ。
「あの、すみません。そちらのお坊ちゃまの名前はディオン様ってわかるのですか、あなたの名前を教えてもらいますか?」
「ああ、自己紹介してませんでしたね。私としたことがすみません。私はレーヌと申します。アーベル家で侍女として働いております。主にディオン様のお守りをしています」
「お守り?僕は赤ちゃんじゃないよ」
赤ちゃんじゃないけど、お守りってぴったり合うかも。
「お姉ちゃん、笑った?僕怒るよ!」
「あ、ごめん。ごめん」
「あの。お嬢様。夕食が整っておりますが、いかがしますか?」
「いただいていいのですか?」
「勿論です。お客様なので」
「助けてもらった上に色々すみません!記憶を取り戻したら必ずお礼をしますから!」
本当なら、追い出されてもおかしくない。
それなのに、客として丁重に扱ってくれるなんて。
申し訳なさすぎる。
「あのレーヌさん。私、何ができるかわかりませんが、滞在している間なにかお手伝いをさせてください!」
「それなら私と一緒にディオン様のお守りをしてください。ディオン様も喜ばれます」
「お守り。ひどいよ。僕は赤ちゃんじゃないのに」
ディオン少年、いやディオン様が泣きそうになって、レーヌさんと私は慌てて慰めた。
☆
夕食をディオン様と一緒にいただいてから、お世話係なのに同じ席に着いてしまった。
お世話係ってことは、レーヌさんと同じ立場。
となると使用人なのに。
ディオン様にほぼ強制的に椅子に座らされ、レーヌさんも了承していたから、美味しくいただいた。
けど気になったことが、ディオン様はなんていうか、あまり食べない。
しかも気に入った味しか食べない。
料理人も頑張って用意しているんだけど、それでもちょっとだけ食べてお腹いっぱいになるらしい。
今日はいつもより食べたらしいけど、私の三分の一くらいだった。
年は聞いたら八歳だって言っていたけど、それでも少なすぎじゃないかと思う。
だから、痩せているのかと納得。
とりあえずお世話係としては、ディオン様にたくさん食べさせることを最初の目標にする。
今でも可愛いけど、もうちょっと肉がついたら、もっと可愛くなると思うんだよね。
私は文字は読めたので、ディオン様の部屋で読み聞かせてして、眠ったのを確認して、レーヌさんと部屋を出た。
私の部屋は彼の隣の部屋になるらしい。
ディオン様の希望で。
めっちゃ気に入られてるのは、私がディオン様のお母様と同じ髪色と目をしているからだって。
妹さんが生まれて、ディオン様が病気がちだったから、田舎の領地に静養することになったみたい。
両親は王都にいるので、寂しいらしい。
それはそうだよね。
まだ八歳だし。
うんうん。可愛がってあげよう。
おか、お姉さんとして。
ベッドに入るとすぐに眠気がやってきた。
すうっと眠ったのだけど、そこにディオン様が出てきてびっくり。
しかもかなり大きい。
「マギーさん」
成長したディオン様は私のことをそう呼んでいた。