変な人がまた……
「よかった。誰もいない」
翌朝、なんとなく、恐る恐る家を出た。
けれども、アーベル様が言っていた護衛の姿も見当たらず、ほっとする。
もしかしたら、やめたかもしれない。
だって、私を守るとかわけわからないんだもの。
本当に、会ったことないし。
昨日家に帰ってから、じっくり考えてみたけど、アーベル様と過去に会った記憶は探せなかった。
初めて会ったのは、あの、一週間前の声かけの時だ。
ずっと見ていたみたいなこと言ってたし、私が図書館に通っていること、昼食を食べている場所まで知っていたことはちょっと怖かったけど、まあ、悪い人じゃない。
顔が綺麗すぎるのと、身分が問題だけど。
王子様とか公爵様とかじゃないんだけど、男爵令嬢の私から見たら、伯爵令息も上の方々だ。特にうちは男爵といっても、貧乏なほうだし。
考えことをしながら歩いていたら、学園に到着。
やはり護衛の影はなかった。
え?ちょっと期待してた?私。
馬鹿ね。
いつも通り教室へ向かう。
女子からは少し嫌味を言われたけど、種類がちょっと違った。
飽きられたのねとか、かわいそうねとか、やっぱりね、とか上から目線だった。
別にいいけど。
昼食はいつもの場所で取る。静かなのもので変わったことは起きなかった。
けれども久々に図書館に行って、隅っこで本を読んでいると邪魔が入った。
「マギーちゃん」
親しげに名前を呼ばれた。
振り返って声の主を確認する。
この人。
また?
その人はアーベル様と同じくらい顔が整っていた。だけど、どこかなんていうか気だるそうな雰囲気を持った人。銀色の髪は少し長めで、私的にはうざったいと思うのだけど、それが色っぽいとか、そう言われている方だ。瞳の色は淡い水色で、全体的に白っぽい。
アーベル様が声をかけてくる数日前、この人が声をかかけてきた。
でもアーベル様みたいにみんなの前じゃなくて、こう言ったあまり人がいないところだったから、噂になることもなかった。
それはありがたいけど、初対面なのに馴れ馴れしく名を呼ぶこと、そういう態度は好きじゃなかった。
彼の名前はベルナルド・ハーバー。伯爵令息だけど、アーベル様と違って三男。だから家を継ぐ可能性がほとんどない。彼はよい婿先を探しているはずで、貧乏男爵令嬢の私に声をかけてくる理由がさっぱり理解できなかった。
アーベル様に声をかけられるようになってから、接触はなかったから、すっかり忘れていたのに。
「何か御用でしょうか?」
「冷たいね」
ふふっと口元を綻ばせるハーバー様。
女性的だな。こういうところがちょっとアーベル様と違う。アーベル様も綺麗な顔しているけど、女性的ではないから。
「ディオンとは仲良くやってる?」
ディオン。ああ、アーベル様か。
何を言っているのかな。この人。
まあ、噂のせいかな。
「アーベル様には助けてもらった御恩があります。それだけです」
「ふうん。それだけ?ディオン。出てきたら?私には君が見えてているよ」
ハーバー様が声をかけると、壁の一部が動いた。そして人が現れる。
アーベル様だった。
「アーベル様?!」
「ディオン。君も随分遠回りのことするね」
「触らないでください」
ハーバー様に髪を触れられて、反射的に叩いてしまった。
だって気持ち悪い。
「痛いなあ。野蛮だよ。マギーちゃん。全然変わってないんだから」
「変わってない?どう言う意味ですか?ハーバー様」
意味わからない。
変わってないって言われるくらい、会ったことないんですけど?
「余計なことは言わないでください。ベルナルド」
「つれないなあ。ディオン。でも、私がちょっかい出した途端、君が動いて面白かったよ。ずっと気にしているくせに、何もしないからどうするつもりかなあと思っていたの。あと本当にそうなのかも、わからなかったし」
意味わからない。
アーベル様も時おり意味がわからないこと言うと思ったけど、このハーバー様も一緒だ。私が知らないことを彼らが知っているってこと?
「ベルナルド。マギーさんに迷惑をかけるのはやめてください。何か言いたいことがあれば直接僕に言ってください」
「いいの?じゃあ、そうするね。次から」
それだけ?
ハーバー様はあっさりしたもので、手を振るといなくなってしまった。
気がつけば、閑散とした図書館は、何やら活気が溢れている。
アーベル様が現れてから数分も経ってないのに、集まってきたんだ。凄すぎる。
「君たち、二人の邪魔をしては無粋というもの。図書館は読書する場所。さあ、関係ない人は出て行きましょう」
けれどもハーバー様がそう声をかけてくれて、集まった野次馬たちはぞろぞろと図書館を出て行ってくれた。
まあ、静かになったけど、後の噂が怖いな。
「ごめんなさい。マギーさん。まさか、ベルナルドが僕のせいであなたの邪魔をしていたなんて」
「謝る必要はないですよ。でも、私が知らないことをハーバー様も知っているみたいなのですが、話してもらえませんか?」
やっぱり気になるし。
「もう少し待ってください。きっとそのうちマギーさんもわかると思いますから」
けれどもアーベル様はそう答え、話してくれそうもなかった。
そのうちわかるのか。
もやもやするけど、待つしかないってこと。
まあ、いいか。
「邪魔して悪かったね。さあ、勉強の続きを」
アーベル様がそう言ったところで、鐘がなる。
六時の鐘だ。
「……嫌だろうけど。送らせてもらえる?それとも一緒に歩いて帰る?」
「送っていただいても構いませんか?」
距離は短いけど、伯爵令息を歩かせるなんてとんでもない。
もう噂は広がっている。それなら楽な方を選ぼうと、私は馬車を選択。
そうして学園の馬車乗り場まで行くと、ジソエル様が当然のように待っていた。
「遅かったな」
「ど、どうしてジソエル様まで」
「なんだ。ディオンと二人っきりになりたかったのか?」
「そんなこと、絶対ありませんけど」
「絶対ないんだ」
アーベル様がぼそっと。
「また、はっきり言うな」
ジソエル様は笑いながら。
ああ、なにかこう言うやり取りが楽しいって思ってしまう。
ずっと学園でぼっちだったこともあるかもしれない。
二人と一緒にいるのが楽しいと思うようになっていた。