1章、さよならエキノプス
1章、さよならエキノプス
「起立、気をつけ、礼!」
そんな一言で始まる学校生活。
朝の号令、私は『おはようございます』とは言わない。朝が嫌いだから。一日を生きるのが辛い。二次方程式とか化学式とか将来使わないものばっか教えられて、学校なんか意味ないのに、義務教育という理由で、みんなが納得しているのが怖い。本当なら学校を休んで一生寝てたいけど、親に『学校休みたい』なんて言えない。私はわがままのくせに、気が弱い。自覚はある。
「あー…死にたい…」
誰にも聞こえないぐらいの声で呟く。死ねないことは分かってるのに、最近は『死にたい』って言いすぎて、ほんとに死にたくなってくる。
学校で誰とも話さず、授業中手も挙げず、1人で家に帰る。家に帰る途中、歩道橋のない踏切がある。運が悪ければ10分以上待たされるから、かなり嫌われてる。でも今日は初めから開いていた。もちろん、私も皆も、この踏切を渡るけど、もしこの踏切が壊れていて、今、電車が通ったらどうなるだろう? 勿論、私も皆も死ぬ。それは恐ろしいけど、即死なら是非とも殺してもらいたい。死んだ後、ニュースに出れるなら、私も有名になるだろうな。
そんな事を考えながら、今日も家に無事帰ってきてしまった。
家に帰っても勉強せずにSNSを見る。クソみたいな奴のクソみたいな意見が意外と面白い。その後にスマホで漫画を読む。人には言えないが、海賊版だ。無料なんだから海賊版の方が楽に決まってる。「海賊版は違法だからダメ!」とか言ってる奴は多分偽善者。どうせそいつも海賊版見てる。
スマホを見てるだけで一日が終わる。でも、私も受験生だし、そろそろスマホを止めて、勉強するのが正しい。みんなもそれをやっている。それを分かっていてもスマホが止められない。気づいたら夕ご飯が出来て、食べて、風呂入って、歯磨きをして、寝る。そして、明日が来れば、何もしない学校生活。そんな毎日は生き地獄にしか思えない。
「明日隕石落ちて人類滅びないかなぁ〜」
そんな事ないと分かっていても、そうなればどれだけ楽だろうか?
それか、授業中に不審者が入ってきて、クラスが大騒ぎしたらどれだけ面白いだろうか?ワクワクが止まらない。
でも、実際の明日は、いつもと変わらない。
つまらない、つまらない。毎日つまらない。そんなつまらない日々を送っている私は将来どうなるんだろう。成績はほぼ2だし、友達いないし、やりたい仕事もない。行きたい高校もない…ていうか、行けるかわかんない。まじで人生詰んでるんですけど…。逆に笑いが止まんない。涙も止まらないけど。
ベッドに寝っ転がりながら携帯をまたいじる。ただ、さっきとは違って検索アプリを開く。そして、こう検索する。
『自殺 場所』
なぜ、自分がこんなことを調べたのか、自分でもわからない。ただ、心のどっかでは私は死にたがっている。
携帯の画面に1番上に出てきたのは『こころの健康相談統一ダイヤル』という電話番号。ここにかけたことはないけど、多分、優しそうなお婆さんが悩みを聞いてくれるだけだ。何も変わらない。意味が無い。
今度はマップアプリで調べてみる。
そしたら、自殺防止センターに地図のピンが刺さった。少し興味が湧いたが、面倒臭いから行かない。
もう一度、検索アプリに戻って、とにかく下にスワイプして、よく分からない自殺防止のサイトを飛ばす。
そして、興味深いサイトを見つける。
『白涼岬』
その三文字だけのタイトル。気にならないわけがない。
このサイトを見てみると、どうやらこの近くにある岬で、下は海で落ちたら必ず即死するらしい。しかも、この白涼岬は自殺の名所としても有名らしい。なんだかワクワクしてきた。
翌日、
「あゆむぅーーっ!!どこ行くのぉーー!?」
リュックを背負って、靴を履きかけたとき、母親が台所から叫ぶ。
「ちょっと散歩ぉー」
私が休日に気分転換として散歩に行く日はある。何も不自然じゃあない。
「この道を真っ直ぐ行って、左に曲がって、右折する。」
マップアプリのナビの通りに動く。もちろん、目的地は『白涼岬』。
学校とは逆の方角なので、見慣れない景色が続く。よく分からない工場を過ぎて、森に入り、少し歩いたところで、強い向かい風がくる。海が近いのだろう。そう思って少したったら、森を抜け、白涼岬があった。地面は草ひとつ無い土、畑のような土。意外と普通の場所で、ただの崖に見える。
白涼岬の下を除くように見ると、確かに下は海。高さも20mはあるから、すぐ死ねるだろう。
私は少し考え事をして、靴を脱いだ。自殺する前、靴を脱いで揃える理由はよく分からないけど、ドラマや映画でよく見るから自分も真似したかった。
「本当に死んじゃうの?」
背後から突然言われて、ビクッと驚く。その勢いで下に落ちそうになった。
「だ、誰?」
後ろを振り返りながら質問する。少女がいた。
「私は『エキノプス』」
その女の子は、私と同じぐらいの年齢に見えた。『エキノプス』ってどういう意味だろう?
「…えっとぉー…君も死にに来たの?」
人に話しかけたのっていつぶりだろう。家族以外は普段話さないからなぁ。
「どうして死んじゃうの?」
私の問いかけは無かったかのように質問された。
「生きることがつまらないの。ただそれだけ」
そう言ったら。少女は黙り込んでしまった。考え事をしていると言うよりかは、言葉を噛み締めているみたいだ。本当に何者なんだ?
私は長い沈黙の中、少女を見つめている。
「…ないでしょ…」
「え?」
何か言われたが聞き取れなかった。エキノプスは大きく息を吸って言った。
「あなたは、何も奪われてないでしょ!」
それは、ほぼ叫び声だった。
何も言えない私に、追い討ちをかけるように続ける。
「どうせ、家に帰ったら、美味しいご飯ができてて、家族と一緒にテレビを見て、気持ちよく寝てるくせに!」
この子の言っていることはあっているし、その通りだと思った。それと同時に、この子はどんな生活を過ごしているのかを気になった。
「確かに、家に帰ったら美味しいご飯があるし、幸せな生活をしていると思うけど、辛いことには変わりない。」
そう言って崖の先端に立つ。下を見る。覚悟は出来ている。
「待って!!」
私の背中にその声が響く。まだ言いたいことがあるのか?
「もっと楽しいことを考えたらどう?明日とか、日曜日じゃん。今日は夜更かしできるよ!毎週日曜日を楽しみにすればいいじゃん!」
うるさいな
「でも、最悪な月曜日も毎週あんじゃん。それにもっと最悪な学校は週5である。」
崖の下を眺めながら言う、
「で、でも…」
こいつ、まじでうるせぇな。でも、この子に『うるさい』とは言えない。私は弱いから。
「私を想う気持ちはよく分かったし、ありがたいけど、死ぬから。黙ってて。」
そんな私のセリフを聞いてなかったかのように彼女は言う。
「…命を軽く見すぎでしょ……」
おいおい、どうした? 声が小さいぞ。さっきまでの勢いはどこいった? そんな悪役みたいなセリフを思い浮かべて心の中で笑う。もう、頭おかしくなってる。
「そうだね。アニメとか漫画とかで、人が死ぬのは見慣れたからね。」
私は体を180°回転させ、崖に背を向ける。いや、後ろにいた少女の目を見る。少女の目に光は無かった。そして、表情は真顔。激ムズパズルを解こうとしているような表情だ。意外だ。泣いたりしてるかと思っていた。
「ファンタジーによくある『転生』とかに憧れてるのかも。出来れば可愛いヒロインに転生したいな。」
「さよならエキノプス」と最後に言って、身体の重心を後ろにし、崖から落ちた。その瞬間は何もかもスローに感じた。でも、走馬灯は見えない。思い出とかなかったんだろうなぁ。そう思って体が地面と平行になった時、最後に見た『エキノプス』と名乗る少女の表情は笑っていた。激ムズパズルをやっと解けた時の達成感のような表情だった。
「勝った」
少女…いやエキノプスは言った。
「負けた」
瞬間的にそう思ってしまった。