幼馴染の彼女に振られたが、結婚の約束をしたアイドルに迫られた
「別れてほしいの」
そう告げたのは、僕の幼馴染で彼女でもある中居立花だ。
引っ越してきた家が立花の家の隣で、同い年ということもあり、小学ニ年生からの付き合いだ。
小学生の時はお互い一緒に居て楽な友達という感じだったが、学年が上がり中学生になる頃には、お互いが意識し合うようになっていた。
そうして紆余曲折を経て、高校一年生になりようやく付き合うようになったのだが......。
「え?冗談...だよね?」
「ごめん...!好きな人が出来たの」
「うそ...。なんで...」
俺はショックのあまり立花の話を否定する言葉しか出てこなかった。
頭が回らない。吐き気がする。
(...好きな人?俺の事を好いてくれていたのではなかったのか。あんなに好きだといってくれていたのに)
思考がまとまらない。
(好きあっていたんじゃないのか...?別れる?...ああ、そっか...。好きな人がいるんだもんな。...え、好きな人...?)
もう彼女の隣にいられるのは、俺ではなくなってしまったのだ。
混乱する頭でも、俺たちがもう一緒に居られないということは理解できた。
「礼くん、優しいし、一緒にいてとっても楽だけど、彼氏...っていうより弟みたいだし!『男の人!』って感じの魅力がなくって...!えへ!だから...ごめんね!!じゃ!!」
立花はまくし立てるようにそういうと、俺の目の前から去っていった。
ハキハキと言いたい事をしっかり言える立花の性格が好きだった。
だが、今はそれが心を抉る。
彼女の笑い方が好きだった。
それも今は心を抉ってゆく。
「ああ...そっか、俺...振られたんだ......」
そう呟いたことで、立花に振られたという事実がゆっくりと頭に浸透していくようだった。
ごった返す思考が限界に達したのか、一周回って、冷静に考えられるようになった気がした。
立花は、俺を彼氏として見れないということ。
好きな人が出来たということ。
そして、振られてしまったということ。
状況が理解出来たからといって、悲しさがなくなったわけではない。
むしろ逆だ。
現実を理解すればするほど、今まで心を埋めていた安心感や楽しかった思い出が溶けて消えてゆくようで、涙を流さないように立ちすくむことに必死だった。
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二十分後、俺は公園のベンチにいた。
立花と俺の家は隣どうしだ。
出来るだけ立花を思い出すものから遠ざかりたいと思った結果、家に帰る気にもなれず、重たい足取りで公園まで来ていた。
「はは...。これはきついな...」
思わず乾いた笑いが漏れる。
何故だか喉が渇いて仕方がなかった。
重い腰をあげ、自販機まで近づき水を買う。
「クゥーン...」
不意に足元で犬の鳴き声が聞こえた気がした。
目をやるとそこにはフワフワの丸いゴールデンレトリバーがいた。
「どうした?お前も捨てられたのか?」
(...違うか。立派な首輪がついてるから、飼い主とはぐれたんだろうな)
「喉乾いてないか?...なになに...そうかそうか!そんな君には、水をあげようじゃないか!」
「ワフ!」
勢いよく水を飲むまん丸モフモフのゴールデンレトリバーはどこかで見たことがあったような気がした。
(なんか見覚えあるんだよな〜この子...。ゴールデンにしては丸すぎるフォルム...モフモフさ......。あっ!そうだ!昔よく遊んでたリンの家の犬『アステローペ=スバルJr.』に似てるんだ!)
「可愛いなあ!お前!よ〜しよし!」
つぶらな瞳で見上げるアステローペ=スバルJr.(仮)は、俺の心のうちの悲しみを理解したように体を擦り付けてきた。
「お前を撫でてると心が回復していくようだよ。ありがとうな...。お前には戻る場所があるんだろうから、一緒に探してやるよ!......にしても、ほんと、まん丸でモフモフだなあ!アステローペ=スバルJr.にそっくりだ!」
(今だから言えるが、昔リンに頼まれてあのゴールデンに付けた名前だけど、我ながら長いし覚えづらいな...というかダ...)
ドサッ。
アステローペ=スバルJr.(仮)を撫でる俺の背後で何かが落ちる音がした。
「れーくん......?」
振り向くと、空のリードを右手に握るこの犬の飼い主であろう女性がいた。
地面には彼女が左手に持っていたであろうバッグが落ちている。
アイボリーのハイネックリブニット、ブラウンのマーメイドスカート、目深にかぶったキャップ。
シンプルな服装をモデル顔負けに着こなし立ち尽くす彼女は、明らかに素人ではないオーラを放っている。
チラリと見える綺麗なその目元は驚いたように俺を見ている。
(すごい美人な人だ...。めちゃくちゃスタイル良いし、芸能人とかなのか?どこかで見たことあるような...)
「もしかして、れーくん...なの?」
(れーくん...?彼女の目線がよく見えないが、これは俺のことをいっているのか...?俺のことを『れーくん』と呼ぶのは......)
「リン......?」
その名前をこぼした瞬間、彼女は俺に向かって走り出し、俺の背に腕を回して抱きしめた。
同時に軽い衝撃が全身を襲う。
柔らかい感触が体を包み、懐かしくも芳しいフリージアの香りを微かに感じた。
「れーくん...!会いたかった!絶対また会えると思ってた...!!」
「えっ?えっ...!?」
(えっ?えっ...!?
とんでもない美人が急に飛び出したと思えば、抱きつかれた!?ど、どういう状況!?『リン』に反応してたということは、この美人がもしかして...『リン』!?)
「ちょ、ちょっと離れて!!」
彼女の細い肩に手を当てて、急いで俺から引き離す。
急に離されて驚いたのか、キョトンとした顔をしている。
(驚いた顔もすごい美人だな......。じゃなくて!この子が本当にあの『リン』なのか!?)
「れーくん...?」
「リン...だよな?あの変な柄の半袖短パンで走り回ってたリン...であってるか?」
「私との思い出が変な半袖Tシャツに占められているのはかな〜り不本意だけど...そのリンだよ!久しぶりだね!れーくん!!」
「お、お前、男じゃなかったのか!?髪型変わりすぎだろ!というか綺麗になりすぎだろ!めちゃめちゃ美人になってるじゃないか!」
取り散らかした思考のまま、リンに向かって言い放った。
「...綺麗...美人...ふへへ」
リンが何かゴニョゴニョ言ってるが俺には聞こえなかった。
そんなことより、男だと思って一緒に公園を走り回って遊んでたリンが女の子だったことに動揺を隠せない。
(あのリンが女の子...!?それもこんな美少女になってるなんて...。というか、どこかで見たことあると思ったら、大人気アイドルグループ『スピカ』の『凛』じゃないか!!音楽番組はもちろん、バラエティやドラマでも見ない日はない...。そりゃ、どこかで見たことあるはずだ...。というか同年代なら知らないやつの方が珍しい...。...えっ、嘘だろ...幼馴染でやんちゃな男友達が実は女の子でアイドルでしたっていうことか...!?走り回って怪我ばっかりしていたあのリンが!?何回傷口を消毒して、絆創膏を貼ってあげたことか...。そうだ、アステローペ=スバルJr.がいなくなった時だって...)
「...ぉ〜い。お〜いってば!!」
「うおっ!?」
気がつくとリンの顔が目の前にあった。
考えることに集中しすぎて、現実逃避していたようだ。
驚くことが多すぎたためか、彼女の呼びかけに気づいていなかった。
「もう〜。久しぶりの再会だっていうのにポケーっとしちゃって!そういうところ、変わらないね!」
「ハハ、そういうリンは変わったな!すごく綺麗になった。でも、すぐ走り出すところは相変わらずだ」
「......また綺麗って!また綺麗って!ナチュラルに褒めるなんて、ずるいよれーくん...」
「ん?なんて言った?」
「な、なんでもない!!そ、そんなことよりさ!あの約束覚えてる......?」
「約束...な。アレだろ...?もちろん覚えてるよ」
俺とリンは幼馴染だ。
小学ニ年生で俺が引っ越してしまうまで、毎日リンと過ごしていた。
晴れの日も雨の日も風の日も、文字通り毎日をリンと共にしたのだ。
俺が引っ越す当日、いよいよ別れの時間という時、俺とリンは約束をした。
『俺たちは不滅。十六歳になったらまた必ず出会い、再び相方となる』
なぜ十六歳にしたのか謎だし、厨二病どころか小二病もいいところの激イタ発言だが、俺にとっては大切な友達との大切な約束だったのだ。
だから、当然覚えている。
見送ってくれたリンから離れていく車の中で泣くまいと堪えながら、必ず約束を果たそうと自分自身に誓ったのだ。
「ほ、ほんと!覚えていてくれたの!じゃ、じゃあまた愛方になってくれる...?」
「当たり前だろ。また相方になろう!」
「良かった...。嬉しい...本当に......!」
「おいおい、泣くことないだろ...。意外と泣き虫なところは変わってないな!」
「だって〜!」
こうして、約八年ぶりに再会を果たした俺たちは、友情を取り戻したのだった。
(またリンと友達になれるなんてな...。アステローペ=スバルJr.には感謝だな...)
「ワフッ!!」
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「そうだ!愛方になるんだし、アイドルも辞めなくっちゃ!」
「は......?」
久々に会ったことで、昔の楽しかった話やリンがやらかした話に花をさかせていたのだが、唐突にリンが意味不明な事を言い出した。
「マネージャーさんにも伝えてたし、十六歳になったし、れーくんの愛方になる準備はバッチリだよ!」
「待て待て待て!!相方になるのになんでアイドルを辞める必要があるんだ!!」
「へ?...だってれーくんのお嫁さんになるんだから、アイドルは卒業しなくちゃいけないでしょ?」
「え...?」
「え...?」
「お嫁さん?」
「うん」
「誰が?」
「私が」
「誰の?」
「れーくんの」
(......。ん?...つまり、リンが俺のお嫁さんになる....?)
「はぁーーーー!?待て待て待て!!なんでリンと俺が結婚することになってるんだ!!」
「ひゃあ!びっくりした!急に大きな声出さないでよもう!」
「あ、驚かせてごめんな。...じゃなくて!!何がどうなったら、リンと俺が結婚することになるんだ!」
「え...だって、愛方になってくれるって言ったじゃん!...もしかして、私との約束守れないの...?」
(ぐっ...!うるうるした目で見上げるリン、可愛すぎる...!)
「あ、相方になるんだろ?友達、親友になろうってことだろ?」
「全然ちがーう!!愛に方って書いて『愛方』だよ!結婚の約束したじゃん!」
そう言いながら、その辺の木の棒で地面に書かれた字は『愛方』だった。
あの字を『相方』だと思い込んで、俺はきっちりとリンの策に嵌められていたのだった。
(男同士の約束なら、普通は『相方』だと思うだろ...。アレ、結婚の約束だったのかよ...。)
「れーくん...?私がお嫁さんじゃヤダ...?」
不安そうに聞いてくるリンの瞳はとても綺麗で、思わず息を呑んだ。
悪友だと思っていた彼女が、実は女の子だったことも驚きだったが、八年近く離れていたのに、自分のことを想ってくれていた事が恥ずかしくもあり嬉しくもあった。
(俺は今日、立花に振られたばかりだ。未練がないと言えるだろうか...。...いや、考えても仕方がない、か。今俺のことを見てくれている人は目の前にいる。俺が大切にするべきは、こうして真っ直ぐに想いを伝えてくれたこの子だ。リンのことをもっと知りたい...。仲良くなりたい...。となれば...)
「まずは、相方からよろしくお願いします!!!」
地面に書き殴りながらそう言うと、リンはにっこりと笑みを浮かべながらこう言った。
「ふふ〜ん。いいよ。すぐに愛方になるようにアイドルちゃんの本気みせちゃうんだから!!!」
その天真爛漫で暖かな太陽のような笑顔に魅せられた時点で、俺から想いを告げる日がいずれ来ることは火を見るよりも明らかだった。
(しばらくは賑やかな日々が続きそうだなあ...)
fin.