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永遠の君を知るまでのジャーニー  作者: 外柄順当
一人目 カフネ
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5 女傑カフネ(2)

 カフネさんと二人で家までの道を歩いている時が、現状私が覚えている限りで、最も辛い時間だった。


 言葉を交わせる雰囲気では無く、ただ沈黙が私達の間を支配している。石造りの道に、彼女のヒールが重い音を鳴らす。一つ一つの音は軽やかなのに、それが積み重なって、何かの悪いカウントダウンでもされている気分だった。一刻も早く家に着いてくれ……! と願ったのは後にも先にもこの時だけだ。


「つ、着きました! ここがルオさんの家です」


 見慣れた家が視界に入ってきた時、今までに感じてきた安堵なんてなんてささやかものだったのかと思ってしまう程、私は密かに胸を撫で下ろした。このご婦人をクソババアなんていえるルオさんの胆力は見習い……いや、私は別にそこまで命知らずになりたい訳じゃ無いな。


 カフネさんは無言のまま、私が開けた玄関の扉から室内に入っていく。迷いの見えないその動きに、あれ? と思う間もなく、遂に彼女は声を張り上げた。


「クソガキ!! 出てきな!」


 その声に、私は無意識の内に頬を釣り上げていた。非常にやっかいな関係性に片足を踏み入れてしまったぞ、と、理解出来てしまったからだ。


 問題のルオさんは、それから暫くして玄関口までやって来た。こちらの顔を見るなり、眉間に深い皺を刻ませている。分かりやすく、とても機嫌が悪そうだった。


「なんだクソババア。金払ったからって横暴な態度が許されると思うなよ」

「相変わらずの減らず口ねこの性悪肖像画家」

「アンタには言われたくねえな極悪ババア」


 想像もしてなかった悪口の応酬! 息をするように自然と、二人の口からストレートな悪口が飛び交っていた。なんて雰囲気の悪い職場なのか。私はこれからストレスで死んだりしないだろうか?


「なんだか勘違いしているようだから言っておくけれど、私は肖像画を描いて貰いに来た訳では無いわ。私の本来の目的は、貴方の監査。美術ギルド所属でありながら、碌な報告書も出さない貴方への、最後のチャンスよ。この監査で私が不適格だと判断すれば、貴方をギルドから追放するわ」


 凜とした声で言い切ったカフネさんに、私はただ口をあんぐりと開ける事しか出来なかった。え、ルオさんギルドに入ってたの……? とか、追放されたらどうなるんだ? とか聞きたい事は山のように存在していたが、それを聞けるような雰囲気でも無い。


「……それは別に更年期ババアの好きにしたら良いがよ」

「お前のその減らず口しかきけない口を縫い付けてやってもいいわよ」

「こちとらしっかりと依頼料を貰ってるんだ。アンタ、肖像画は?」

「結構よ。今日監査させて頂いて、私は直ぐに戻らなければ。私が直接出向いたのだって、美術ギルドのマスターから貴方の事で泣きつかれたからよ。そうでもなければ、わざわざこんなところまで来ないわ」

「俺は頑固なアンタの休暇も兼ねるから必ず三日間はこっちに留まらせるようにと、願ってもねえババアの介護を押しつけられてるんだが?」

「それは部下が独断でやった事よ。私の意思では無いわ。依頼料は勝手に貰っておけばいい」


 カフネさんの言葉に、場の空気が一気に冷え込んだのが嫌でも分かる。二人は無言のまま、互いにどちらも引かない睨み合いを続けている。このままでは一生この場から動かなさそうだ。


「か、カフネさん! と、兎に角荷物を部屋までお持ちしますから、お話はそれからにしませんか!? ルオさんも、ね! お二方色々と積もる話もあるでしょうし、ね!」

「……そうね」

「俺には別に何もねえがな」

「そ、そういう事を言うから空気が滅茶苦茶になるんですよ!


 遂に言葉に出して言ってしまった。何故そんなトゲのある言い方しか出来ないのか。


 そのままカフネさんを依頼人用の部屋まで案内し、不機嫌そうにキッチンの椅子の上に座りこんでいるルオさんの元まで足を運ぶ。


 忙しなく貧乏揺すりをしているルオさんは、いつになく話しかけにくい。


「あの、何がお二人の間にあったのかは存じ上げませんが、あまりカフネさんを刺激するような言葉を言うのは良くないのでは……」


 恐る恐る私がそう言えば、ルオさんの鋭い視線がこちらへと向けられる。それに気圧されそうになりながらも、なんとか耐える。


「こっちだって画家としてのプライドがある。金だけ払うっていうあのババアの発言は、俺への侮辱と同じだ」

「だからってあんな一触即発な言い合いをしなくても」

「いいかイーディアス、お前はあのババアの頑固さを知らないからそんな事が言えるんだ。一度あの女の本性を知ってみろ、背筋まで凍るってもんぜ」

「今日ルオさんから口悪い言葉しか聞いてませんよ私……」

「俺の矜持を馬鹿にするあのババアのせいだ」

「――そうよ。貴方一人のくだらないプライドよりも、私には大きな責任があるの」


 不意に聞こえてきた言葉に、私ははっとして後ろを振り向く。荷物を部屋へと置いたカフネさんが、キッチンの入り口に立っていた。


「……そっちがどう言おうと、俺が依頼料を貰った段階で、アンタは俺の依頼人だよ」


 ルオさんの言葉をきっかけにして、二人の間に静かに火花が散る。その間に囲まれた私は、火傷しないようにするだけで精一杯だった。


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