魔法少女は正義を抱いて静かに殺す【切り抜き短編】
新築の一軒家がある。時刻は夜中。
その家の中、書斎でひとりの男が椅子に座っている。正確には座らされている。
「ふが、ふぐ」
椅子にロープで縛り付けられて、口には捻ったタオルが詰められている。
目を剥いて恐怖の表情で見つめる先には、黒い下着姿の少女がいる。
――なんで、こんなことに?
自由に動くのは首だけ、手も足もロープに縛られて動かない。口に詰められたタオルのせいで話すこともできない。
目の前にいる黒い下着姿の白髪の少女は、さっきまで男が使っていたパソコンを操作している。
――誰だ? こいつは?
「なるほど、今の病院はこんなやり方でビジネスをしてるわけですね」
画面に表示されるのは患者のレントゲンやCTの画像。
明るい部屋の中、パソコンの前に立つ白黒の少女がクルリと振り向き男を見る。
「少し話を聞かせてもらいましょうか」
白い長い髪をなびかせて、黒いレースの手袋に包まれた手で男の口に詰めたタオルを引き抜く。
「竹田さん、刻沢病院の外科医の竹田光輝さん」
――なんで、私の名前を知っている?
口から抜かれて涎が糸を引く捻れたタオルをポイとゴミ箱に投げ捨てて、白髪の少女は呆れた顔をする。
「とぼけた顔をしてないで、私の質問に正直に答えて下さいね」
「な、なんだ? お前は?」
「私の名前はアンダーウェア、魔法少女です。まだなったばかりで右も左もよくわかりませんが」
「ま、魔法少女? なんだそれは? それがなんで私の家に? これはいったいなんだ?」
「質問したいのは私の方なのですが、ふん、まぁいいでしょう」
アンダーウェアはパソコンの乗る机の上に座り足を組む。椅子に縛り付けられて身動きとれない腹の出た中年男。それを見下ろす黒いベビードール姿の白い少女。
端から見れば特殊なプレイを行う変態の組み合わせのようなふたり。
「あなたの職場の病院を調べて、あなたの仕事も調べました。それで、あなたが自宅でパソコンの暗証番号を入力するのを待って、頃合いを見計らってスタンガンを後ろ首に当てました」
少女は片手に持つ黒い箱状のものを操作する。金属の端子から電流の流れる火花が飛ぶ。男を気絶させたスタンガンを見せつけるアンダーウェア。
「ひ……」
息を飲んでのけ反る男に構わず説明は続く。
「気を失い動けなくなったあなたを椅子に縛り付けて、こうしてパソコンの中身を見せてもらってる、というところです」
「……人の家に侵入して、目的はなんだ? 金か?」
「私の目的は正義です」
「正義?」
「はい、そのためにまずは医者から、と思いまして」
正義と聞いてポカンとする男。それを見て首を傾げるアンダーウェア。
「ふん? 私のいとこが言ってました。医者は頭のおかしい金に汚ない奴等ばかりだと」
「はぁ? 何を言っている。医者は人を助けるのが仕事だ。医者が頭がおかしいなんて何を言ってる?」
アンダーウェアはチラリとパソコンの画面を見て、やれやれと首を振る。
「こんなことをしておいてよく言いますね。私はあなたとあの病院がやってることを知ってるんですよ?」
「わ、私が何をしたと言うんだ!」
「それを聞きたいのですよ竹田さん。奥さんと娘さんは実家に帰って今はこの家にあなたがひとりだけ。何の邪魔も無くいろいろと聞けそうですね」
腹の出た中年の男は顔を青ざめさせる。
夜中に家に忍び込み男を気絶させた下着姿の少女が、彼の家の事情も彼の仕事も全て把握している事態に身震いする。
――なんだ? いったいなんなんだこれは?
混乱して目をキョロキョロとさせるが、手も足もロープでしっかりと椅子に縛り付けられてピクリとも動かない。僅かに指先だけが少し動かせるだけ。
「逃げられませんよ、そして、逃がしませんよ」
白い長い髪の少女は薄く微笑み、
「私が聞きたいのは、あなたがこの患者をどうしたいのか、なのですが」
少女が手に持つのは病院のカルテ。そこには男が担当している患者の名前がある。男は少女を睨みつけて、
「医者が患者にするのは、治療に決まってる。私は医者として、彼を治療している」
医者として当然の解答、患者への治療に何の問題も無い。そんな自信を持って応えた言葉にアンダーウェアは行動で返す。
机から下りて、どこからともなく取り出した外科手術用のメスを男の太ももに振り下ろして刺した。
「うぎゃあああ!?」
「おや? メスで人の身体を切ることはあっても、麻酔無しで自分の身体を切られるのは初めてですか?」
アンダーウェアは男の太ももに刺したメス、その柄をひと指し指と親指で摘まんでクイと捻る。
「あぁあ! やめろ! やめろぉお!!」
「やめて欲しければふざけないでマジメに答えて下さい。本気でこの患者を治療する気があるんですか?」
「あ、あ、ある! 私は医者だ! 治すのが仕事だ!」
「それを本気で口にするなら、あなたは狂気に囚われていますね」
――人の足に平気でメスを刺す気違いに狂人扱いされた――
そんな同語反復のような思いを口にしないように飲み込み、痛みと恐怖に怯えガタガタ震え出す男。アンダーウェアは観察するようにジロジロと見る。
「ふん、では順序立てて聞くとしましょう。あなたはこの患者、手術の後に抗がん剤治療を行ってますね?」
「あ、あぁ。大腸の腫瘍を摘出したのち、抗がん剤を投与した。それが?」
「高齢の患者で抗がん剤の副作用で随分と弱っていますね? 抗がん剤治療で通院、その後退院した翌日に自宅で倒れて救急車で運ばれてますが?」
「血小板が減少して、出血が止まりにくくなっていたんだ。仕方無いだろう」
「仕方無い? では、なぜ副作用の強い抗がん剤治療を行うのですか?」
「ガンの手術の後は、ガン細胞が転移している可能性がある。手術の後は抗がん剤治療をするのが当たり前だ」
「何がどう当たり前なんですか? 私にも解るようにちゃんと説明をして下さい」
言いながらアンダーウェアはもう1本メスを取り出す。
「口先で誤魔化すようなら、また刺しますよ」
「わ、私は医者として間違ったことはしていないぞ! ガンの手術の後は抗がん剤治療! これが今の日本の医療なんだ!!」
「それが医者として間違っては無くとも、人として間違ってるとは考えませんか? 高齢で抗がん剤の副作用に耐えられ無い患者にまで抗がん剤を投与するのは、何故ですか?」
「それは、ガンの転移の可能性があるからだ」
「ふん、転移の可能性? 手術でガンは取り除いたのでは?」
「が、ガンは1度見つかれば他の場所に転移しているかもしれない」
「手術の後の検査で見つかっていないようですが?」
「素人には解らんだろうが、目に見えない小さなガン細胞が血流に乗って体内を移動しているかもしれない。その成長を押さえるためには抗がん剤が必要だ」
「検査で見つからないような小さなガン細胞があるかもしれない? そんな可能性で副作用の強い抗がん剤を、体力の無い高齢者に使用しますか? それではガンでは無く抗がん剤の副作用で弱って死んでしまうのでは?」
「わ、私の仕事はガンの治療だ」
アンダーウェアは手のひらでメスをクルクルと回す。金属の反射光がキラキラと光る。
「ガンの転移が見つからなくても、抗がん剤を投与するのですか?」
「だから、1度ガンが見つかれば、転移の可能性が、」
「可能性ね。ふん? なんだかガンが転移していないことを証明するには、地球に宇宙人がいないことを証明せよ、というのと同じようですね。不在の証明など不可能でしょうに。結果、ガンの転移が無くても抗がん剤治療をするのでしょう?」
「だから、それは、転移していた場合は」
男の言葉を遮るようにアンダーウェアの持つメスが男の太ももに突き立つ。
「ごああっ! やめろぉお!」
「やめて欲しければ正直に答えて下さい。あなたはまるでガンの転移で患者が死なないように、抗がん剤の副作用で患者を殺そうとしてるみたいじゃ無いですか?」
「そ、それは……」
「もう1本メスを刺しますか? まだまだありますよ?」
アンダーウェアの片手には3本ずつのメスが、両手に合計6本握られている。
「や、やめてくれ!」
「だったら本音を言ったらどうです? 病院を調べたので私にも少しは解りますよ。このメスも病院でいただいてきたものですし。さて何本刺しますか?」
「や、やめろぉ!」
「では、語りなさい。抗がん剤をすすめるわけを」
「そ、それは、法律のせいだ! ガンの手術の後に、抗がん剤治療をせずにガンの転移が見つかれば、医者の責任になる!!」
「抗がん剤治療の副作用で身体を弱らせて死亡した場合には、治療をしたということで医者の責任にはならない、と?」
「そうだ! だからガンの手術の後は抗がん剤治療をするんだ!」
「転移が見つからなくても?」
「だから! ガンが転移しない可能性はゼロにはならないから!」
アンダーウェアはカシカシと手で頭を掻く。眉間に眉を寄せて。
「そこがどうにも解らないんですよね。まるでガンの手術をした患者をガン以外の理由で始末しようとしてるみたいじゃないですか?」
「そんなことはない!」
「いえ、あるでしょうに。高齢で抗がん剤に耐えられないと解ってるのに投与してるじゃないですか」
「だから、それは、」
「責任逃れの為には患者が抗がん剤で弱って死ぬ可能性の方は無視ですか? では健康保険適用範囲内の抗がん剤の約半分が、ガンに効果が無い、と解ってるのに使う理由はなんですか?」
「効果はある! しかし、副作用の無い抗がん剤は無いだけで、」
「効果のある抗がん剤は未だに健康保険適用範囲外でしょうに。製薬会社の在庫処分のために、研究者が調べて役に立たないと証明された抗がん剤を、いったいいつまで使い続けるつもりですか?」
「それ、は、」
「効果の無い抗がん剤を使うのが、医者として責任を回避するのに必要なんですね? では、質問を変えましょう」
アンダーウェアは手に持つメスで男の鼻を押さえる。
「あなたは、自分がガンになったとき、抗がん剤治療をしますか?」
椅子に縛り付けられた男は両足の太ももにメスを1本ずつ突き立てられている。ズボンには刺されたところからゆっくりと血が染み込み、広がっていく。
「……や、やめろ、やめてくれ」
呻く男を前に下着姿の魔法少女、アンダーウェアは身動きできない男の顔に近づき、囁くように質問する。片手に持つメスで男の鼻をポンポンと叩きながら。
「さぁ、答えて下さい。あなたはガンになったら、自分に抗がん剤治療をしますか? しませんか?」
「そ、それは……」
「おや? あなたの病院で看護師があなたに訪ねたとき、あなたは何と答えましたか?」
「な、なんでそんなことを知っている?」
「あなたの勤め先の病院に忍び込んで、いろいろと調べましたから。ですが、ここで、ハッキリと答えてくれませんか?」
白髪の少女の底無しの黒い瞳が男の目を見つめる。
――私がなんと答えたか知ってて聞いてるのか? だったらもしかして、ここまでの私の言ったことを録音でもしているのか? 私にガン治療について何を言わせたいんだ? 脅迫して言わせたことに何の意味があるんだ? いったい、何の目的が――
「ふん、素直に答えられないなら、これを使いますか」
アンダーウェアが取り出したのは白い樹脂の容器。そこからピンセットで摘まんで取り出したのは注射針。
「さて、なんの病気になった患者が使ってたものでしょうね?」
その注射針にはよく見ると乾いた血が着いている。廃棄予定の使用済みの注射針と点滴の針がゴロゴロと入った容器を手に持って。
「これも病院から貰ってきました。これが簡単に盗み出せるなんて管理が甘くないですか? これをコンビニの惣菜パンとかオニギリに刺したら何のテロと呼ばれることになるのでしょうね?」
ピンセットで持ったまま、男の頬に乾いた茶色がこびりついた使用済みの注射針を近づける。その乾いた血がなんの病気にかかった患者のものかも分からないまま。
「はい、チクッとしますよー」
「やめろぉおお!」
「やめて欲しければ、私の質問に正直に答えて下さい。あなたは、自分が、ガンになったら、抗がん剤治療をしますか? しませんか?」
男は目を剥いて、近づく注射針からのけ反って離れようとするが、縛り付けられた手足は指しか動かない。
首を振って暴れる男に注射針が更に近づく。
「さぁ、答えて下さい」
「しっ、しない! 私はガンになっても抗がん剤治療はしない!」
その答えを聞いてアンダーウェアはウンウンと満足げに頷いて、使用済みの注射針を男の頬から離し、樹脂の容器の中に戻す。
「お答え、ありがとうございます。しかし、医者が自分でもしたくない治療を患者に勧めますか」
「仕方無い、だろう。それが、この国の、法律だ」
男は息を荒げて口にする。目の前から注射針が無くなって、少しホッとした様子で。
「医師が、責任を、回避するには、抗がん剤を、使うしか無いんだ」
「それなのに自分には使いたく無いですか? まぁ、さして効果も無く副作用ばかり酷いと知っていれば、自分に使いたくは無いですか。でもそれって患者を治そうとはしてませんよね? ガン治療の名目で抗がん剤を使ってさえいれば、ガン以外の原因で死んでくれた方が病院の責任問題にならなくて都合がいい、と」
「そんなことは言っていない!」
「言ってはいなくても、現実的には同じことでしょうに。ガンの手術の後、抗がん剤治療をせずにガンの転移が見つかれば、医師の治療が不適切だったと責任問題になるのでしょう?」
「その通りだ」
「もと医師のガン患者が抗がん剤治療をしない理由がこれで解りました。つまり、ガンを治す気はあってもそれ以外を治して患者を健康にする気は無いと。医療関係者が治療費をビジネスで稼ぐにはそうなりますか。おかしな法律です」
「法律が変わらないのであれば、医師の治療も変わらない。お前が聞きたいのはそのことか? 私は何も違法なことはしていないぞ」
「そうですね。あなたの行いは全て合法です」
――そうだ。私は何も違法なことはしていない。全ては医者の仕事として正当で当然のことだ――
ほう、と安堵の息を吐く男を見下ろしてアンダーウェアは白い長い髪をかきあげて呟く。
「なにをホッとした顔をしているんです? 合法ならば裁かれないと甘えたことでも考えましたか?」
「は?」
「内法の悪を裁くには、外法の正義。改めて名乗りましょう。私の名前はアンダーウェア。悪と戦う正義の魔法少女です」
「何を、言ってるんだ? お前は?」
「法の内も外も関係無く、この世の正義を守るため、悪夢が人の悪意を糧に育ち増えることを防ぐために、私が悪を殺しましょう」
「正義? 悪?」
アンダーウェアはついっと首を振る。パソコンのモニターに目を向けて。
「このCTの画像、修正してありますね? 腫瘍が見やすく分かりやすくなるように大きく加工しましたか。手術する必要も無い腫瘍を、患者に大きく見せて手術へと誘導しましたか」
「それは、」
「プリクラでも目を大きくしてパッチリ写せる世の中ですし、CTやレントゲンの画像だって簡単に修正できますよね。これで健康な人までガン患者に仕立てあげましたか」
「それは全て院長の指示でやったことだ。それにこの程度のことは、日本中の医者がやってることだ」
「そうでしょうね。そうで無ければこの国だけがガン患者が急増する原因が解りません」
「そんなことは知らん! 私は患者を治すだけだ!!」
「ふん? そんな言葉に酔えるというのは、少し羨ましいですね。いえ、己のしたことを省みることもやめたからこそ、そこに罪が在る」
「罪だと? 何が罪だ! 検査でガンを発見して治療をする。医者として当然の仕事だ!」
「では、検査のために、CTやレントゲンの検査で浴びる放射線が原因で細胞がガン化した場合、医師の責任は?」
「そんなことまで面倒見切れるか!!」
「私には医者がガン患者を作ってるようにしか見えません」
「医者がいなければ、誰が手術をする? 医者がいなければ誰が病人を治す? 知識も無い素人が思い込みで何を言う!」
「では、試しにこの世から医者を無くしてしまいましょう」
「は?」
呆然とする男を前にアンダーウェアは淡々と、
「人が病気や怪我で死ぬのは自然なこと。ですが医者の都合で健康な人がガン患者にされてしまうのは、これは許せぬ悪です。たとえその行いが合法であっても、私はこれを悪と断罪します」
「何を言って……」
「法が変わらないと医療も変わらない。もはや法もシステムも確立し上役を殺害したとしても、ただ首がすげ変わるだけで何も変わらない。ですが、幸いにも日本は医師不足です。歯医者以外の医師は数が少ない」
「お前は、何を言っているんだ?」
「医者を殺して殺して殺して殺して数を減らしていけば、健康保険という制度が維持できない程に、医療というシステムが保てない程に、医者の数を減らしていけばこの世に正義を取り戻せるかもしれません」
アンダーウェアは手に持つメスを掲げるように持ち上げる。
「故に医者は全て悪として殺します」
「やめろ! 私を殺しても何も変わらんぞ!」
「殺すのはあなたひとりだけではありませんからご安心を」
「何が、何が悪だ! 私は何も悪いことなどしていない!」
「そう、自覚無き悪意が世に蔓延るので、私が殺さなければならない人も多いのですね」
「そんな身勝手なテロ行為で正義のつもりか? この人殺し!!」
「ならばあなたの正義で私の正義を止めてみては? 正義が対立するならば、戦って相手を殺して最後まで立っていた方が正義です。これが解りやすくていいですね」
アンダーウェアはメスをクルリと回し逆手に握る。
「や、やめろ」
「少々待ってみましたが、どうやらあなたの法律もあなたの正義も、あなたを助ける力は無いようですね」
「やめてくれ! 助けてくれ!!」
「やめません、助けません。罪在りは全て滅しましょう」
円を描くように腕を振り下ろし、メスを男の胸に突き立てる。
「心臓に穴が開けば、人は死にますよね?」
肋骨の間にズブリと深くメスが刺さる。
「があっ!?」
男の胸から吹き出る血を浴びないように横に回るアンダーウェア。底の見えない黒い瞳で、ビクンビクンと痙攣する男を静かに見る。
「うあ、あ、きゅ、救急車……」
白目を剥いて痙攣しながら胸から血を吹き出す男。
――なんで、私が、こんな目に?――
外科医の男、竹田光輝はこうして死亡した。医師として特に目立った業績は無いものの、仕事には真面目だった男は夜中に侵入してきた魔法少女に殺された。
翌日、この家に戻ってきた妻と娘が、血塗れの部屋の中で、椅子に縛り付けられ胸にメスを刺された彼の死体を発見する。
後にこの事件が謎の殺人鬼の最初の犠牲者として報道されることになる。
男の胸から出る血がその勢いを無くしていくのを、アンダーウェアは静かに見続けていた。
底の見えない暗い瞳で、全てを観察するように。
「医師としてマジメに仕事をすることが、治療を必要としない人まで病気にして薬漬けにするとは、おかしな時代になったものです」
やがて男の動きは止まり、もの言わぬ動かぬ死体となるのを見届けて。
「ふん、初めて人を殺してみましたが、特に何も感じないものですね。殺人などおもしろくも無ければ楽しくも無い。殺害なんてただ悲惨で残酷なだけで、そこに高揚も無く悲観も無い。罪悪感も達成感も感じない。ですが――」
視線をパソコンのモニターに向ける。そこに写るCTの画像。その患者は三日前に死んでいる。
ガンの手術後、抗がん剤治療で通院と入院を繰り返し、副作用で身体を弱らせて苦しんだ上に肺炎で死亡した。
「正義を行う力を得たのであれば、私は正義を為しましょう。この行いの果てに、人が正義に生きられる世界があるのならば――」
目を瞑り祈るように、しばし黙祷するように。
「――全ての罪在りを滅していきましょう」
深く静かに言葉を吐く。