『ビンゴくんの個人的懊悩』
とある町へと移り住む事になった高校生、「神戸敏悟」。
鬼が出るか蛇が出るか、舌鋒鋭き美少年、ニヤニヤ笑いの同級生、はたまた魅惑の、麗しき未亡人。
受けて立つのか、逃げ出すか、
ともあれ2017年の夏に、物語は幕を開ける。
登場人物
■敏悟
「神戸 敏悟」。
高校2年生。年上好き。
■香澄
「入矢 香澄」。
高校2年生。ヒロインに似た何か。
■梨子
「戸賀 梨子」。
年齢非公表。作家。思われ人。
■太一
「戸賀 太一」。
小学5年生。梨子の息子。ボキャブラリー豊富。
―平成29年初夏の頃―
【モノローグ】(敏悟)
報せが来たのも、確か夕方だった。
―【間】
【モノローグ】(敏悟)
俺の名前は神戸敏悟。どこにでもいる普通の高校生っ。
……なんて自己紹介をする機会に恵まれる奴が、世の中に果たして、どれぐらいいるんだろうか。
詮の無い事をぼんやりと考えている内、いつしか日は陰り、緩やかに列車は停まった。
生まれ育った町も、記憶も遠く離れて、夕暮れに赤染まる新天地。
大仰なトランクを引いてホームに降り立った俺を迎えたのは、
髪の長い、匂い立つように美しい人だった。
梨子:(ニコリと笑み)
良かった、無事着いて。
貴方が……、
敏悟:
神戸敏悟です。
よろしくお願いします。
梨子:
本当にビンゴくんなのね、うふふ……。長旅おつかれさま。
敏悟:
いえ。乗ってただけなんで……。
お世話に、なります。
梨子:
戸賀梨子です。ふつつか者ですが……、
どうぞ、よろしく。
【モノローグ】(敏悟)
夕陽に影差す彼女の笑顔を、俺は一生忘れないだろうと、思った。
―タイトルコール。
梨子:
『ビンゴくんの個人的懊悩』
―【間】
【モノローグ】(敏悟)
西暦2017年の夏は、暑かった。
俺はその年、とある町の、とある高校に居て。
何人かの、変なヤツに、出会った。
敏悟:
神戸敏悟と言います。変わった名前ですが本名ですっ。前の学校ではベタにビンゴって呼ばれてました。趣味は映画とか、見に行ったりする事です。仲良くしてやってください。よろしくお願いしますっ!
【モノローグ】(敏悟)
前日に二十回は練習した無難極まりない挨拶を、降り出しの俄か雨みたいな拍手で迎えられてから早、1ヶ月が過ぎて。
学園生活は依然、無風域。
悲報、吉報、共に無し。
香澄:
ねぇ……。神戸くんって、お父さんもお母さんも居ないんだよねぇ。
【モノローグ】(敏悟)
細い三日月のような笑みが、昼休みの微睡みを破った。
隣の、3組の。ネームバッジには、「入矢」。
なんだ、こいつ。
敏悟:
なんだコイツ……。
香澄:
思ったコトそのまま言ったな。
敏悟:
腹ごなしに寝てたんだけど。
香澄:
ごめんねぇ? でも目、開いてたよ。
敏悟:
目ェ開けて寝るタイプ。
何?
香澄:
ウワサで聞いたの。2組のヘンな名前の転校生、事故で両親を亡くして、引っ越して来たんだって。
敏悟:
面と向かって聞く? 普通。
あと、確かめたい噂はソレじゃ無いだろ。
香澄:
ウクク。
そー、だねぇ……。
敏悟:
小説家の戸賀梨子と一緒に住んでるって話は、言っとくけど、嘘だよ。
香澄:
クフ。
あんまりテレビとか出る作家じゃないから、興味無い人は知らないケド。ちょっと本読む子には有名だよね。
敏悟:
梨子さんがこの町在住だって?
香澄:
ナシコさん、って呼んでるんだぁ。
敏悟:
……普通だと思うけど。
ビンゴくん、って呼ばれてるよ。
香澄:
そ。
私は、神戸くんって呼ぶね。
敏悟:
…………。
君、変だな。
香澄:(ニヤと笑み)
ありがとぉ。
でもさ……。
ヒトが見たら、どっちが変なのかな。
敏悟:
何が。
香澄:
言動がちょっと奇矯な女子高生と。
天涯孤独になって、お母さんの旧友の、美人作家の未亡人と同棲してる男子高生だったら、さ。
敏悟:
……。同棲ね。
子供も、一緒だけど。
香澄:
「T君」だぁ。エッセイの。
敏悟:
母さんの事まで……。
まあ、梨子さん近所に喋ってるからな。
香澄:
片田舎のこんな町では、話しちゃったら千里を走るよね。
敏悟:
悪事を犯したつもりは無いね。
敏悟:
どっちが変かだって? 境遇がどうあれ、俺は普通だよ。平凡だけが取り柄なんだから。
香澄:
どうかなぁ。自分では自分のコト、判んないと思うケド。
それに、前までは普通でもさ、今は違うよね。環境が人に影響しないなんてコト、あるのかなぁ。
敏悟:
…………。
だから何。
香澄:
「幸福な家庭はどれも似たりよったりだけれど、不幸な家庭はそれぞれ多彩に不幸である」、って言うでしょぉ。
敏悟:
不幸に対して多彩って言うかね。
香澄:
欠落が人それぞれであるように。
不幸にだって色があるよ。
不幸なヒトはやっぱり変で、変なヒトの話は、
―ニヤ、と細く笑み。
香澄:
面白いから。
敏悟:
……キレて突き飛ばされたって知らないよ。
香澄:
ウクク。身軽だから、大丈夫。
敏悟:
……。それに、じゃあやっぱり俺は不幸じゃないな。
香澄:
どーして?
敏悟:
ちっとも面白くないから。
あと、君の方こそどうなんだ?
香澄:
私?
敏悟:
ずいぶん失礼で、変だけど。
どんな不幸な家庭で育ったら、君みたいに変な奴になるのかな。
香澄:
…………。
私の事なんて、みんな知らないから。
じゃあねぇ。変さ対決はお預けぇ。
―香澄、立ち去る。敏悟1人残され、
敏悟:
……変な笑い方。
…………。
女子と、喋れた。
【モノローグ】(敏悟)
それも結構、可愛めの。
……ソレは、さておき。
比べるまでもなく、入矢香澄の方が変な女だった。
どこにも籍を置かず、昨日は文芸部、今日は美術部、極まれに演劇部、と、日毎に文化系クラブを渡り歩いていて。
授業の合間や、帰りの駅のホームで、時たま声をかけてくる。
それが恋愛的興味で無い事だけは一発でわかる、薄く細い笑みで。
……ちょうど良いと、思った。
思わせぶりな女は、「同棲」の、相手だけで十分だから。
―【間】
―帰宅。戸賀梨子邸。
梨子:
あら。おかえりなさぁい。
敏悟:
うウっ!(手で目を覆い)
……梨子さんっ。ちゃん、と、服、着てくださいっ……、
梨子:
ごめんなさいね、もう、暑くて……。
【モノローグ】(敏悟)
指と指から垣間見る、バスタオルに包まれた悩ましげな稜線。
長ネギと、大根の飛び出す買い物袋を落としかけた。
掛け値無しに、刺激が、強過ぎる……っ。
梨子:
良いお湯だったわ。私は済ませたから、ビンゴくんも入ったら?
敏悟:
は、うっ、あ、はい……、
梨子:
ゼリー、冷えてるから。上がったら一緒に食べましょう?
敏悟:
も、桃は、お譲りしますので……、
梨子:
うふふ。今日は両方、マスカットなの。
敏悟:
さいですか……。
―【間】
【モノローグ】(敏悟)
熱いシャワーで、汗と、記憶と煩悩を洗い流さんとする。
葛藤。精神の綱引き。
「落ち着きなさいビンゴっ。いくら麗しくとも。母親と1つしか、違わないんですよっ」
「それが何だっつーんだよォ? ガバーっと、イッちまえやビンゴォ。グヒヒヒヒヒヒっ」
いやいや。
敏悟:
……夏場は地獄だって。
【モノローグ】(敏悟)
薄着、だからである。
万人がそうであるように、この魔性の未亡人も。
気もそぞろに脱衣所を後にしてリビングへ入ると、性懲りも無く……、
敏悟:
何でTシャツ1枚なんですか……。
梨子:
さっきはごめんなさいね、反応に困るモノ見せて。
敏悟:
いや……、べ、別に。
【モノローグ】(敏悟)
確かに困ったけどもっ。
梨子:
これ、顕至くんのお古で、たくさんあって……。
だいぶ大きいから、ちゃんと下まで隠れるし。
【モノローグ】(敏悟)
うおお。裾をつまんでヒラヒラさせるな!
夫の遺品の、哲学者の顔面がイラストされたカットソー1枚を、下着姿の上に被っただけの家主から、目を逸らす。
……それとなく。
梨子:
はい、どうぞ、マスカットゼリー。
敏悟:
あ、どうも……。
梨子:
パイナップルにしようか迷ったんだけど、今日はこっちが美味しそうだったから。
当たりだわ、うふふ。
【モノローグ】(敏悟)
原稿に取り掛かる前の、いつものルーティン。フルーツのゼリーを買って来て、おもむろに食べるという。
半透明のグリーンと、同じぐらい柔らかそうな唇に、窓明かりが差す。
敏悟:
…………、
梨子:
ん? 何か付いてる?
敏悟:
あっ。いえっ、別に。
凝視したりトカは。はいっ。
梨子:
ふふ……。
―【間】
―美貌の作家と、少年。二人、リビングにてフルーツゼリーを掬う。
梨子:
ごめんなさいね、習慣に付き合わせて。昔からなの。
敏悟:
ゼリー、好きなんで。大丈夫です。
梨子:
太一は食べてくれないし。あの子フルーツ嫌いだから。
敏悟:
プリン派だって言ってましたね。
梨子:
プリンもちゃんと、買ってあるけどね。
うん……、美味しい。
敏悟:
ね。果肉感あって。
買い溜めとか、しないんですか?
梨子:
ゼリー?
敏悟:
わざわざ買いに行ってるから。
これから暑くなってくし、何なら俺がついでに、
梨子:
えっとねぇ、それも含めてルーティーンの一環なの。その日の気分で、目に付いた子を選ぶのね。
意外とインスピレーションの素になったりして。
敏悟:
へえ……。
梨子:
梨のゼリーを見付けた時は、幸運の徴って。
くだらないでしょ。
敏悟:
洋梨じゃなくて、梨のね。
梨子:
ええ、そう。うふふ。
【モノローグ】(敏悟)
眼を細め、少女のように笑う。
折りに触れ見せるあどけない表情が、年齢不詳の風情を更に深めていた。
まだ明るい初夏の午後。外光だけのキッチンで、親子でもない2人、ゼリーを食べる。
不思議な、時間だった。
梨子:
学校にはもう慣れた?
敏悟:
おかげさまで。
でも梨子さん、それ3日に1回ぐらい訊いてますよ。
梨子:
3日あれば、大きな変化があったっておかしくないもの。
例えば、彼女が出来たり、とか。
敏悟:
無いですね。
梨子:
そう? ビンゴくんモテないの?
敏悟:
さあ?
……まあでも最近、変な女子からはよく、話しかけられますけど。
梨子:
その子、ビンゴくんの事好きなのかなぁ。
敏悟:
違うと思います。
梨子さんの事、知ってましたよ。去年の新刊、面白かったって。
梨子:
あら、ファン……? 迷惑になってない?
敏悟:
別に、質問攻めとかは無いんで。
むしろ梨子さんの事より、両親の事とか、聞いてくるぐらいです。
梨子:
それは……、
敏悟:
悪趣味で無神経な奴なんですよ。
事故の事とか……。どこで聞いたんだか。
梨子:
はっきり嫌だって言ったら良いのよ。
敏悟:
嫌とかは、別に……。
話も何も、俺は居合わせて無いから知らないし。
遺体が殆ど残ってなくても、一応棺には入れるんだ、とか。
そんななのに葬儀代同じなのはおかしい、とか、薄い話しか。
梨子:
……、そう。
……遺された人間に、ユーモアは大切だけれど。
自分に嘘は、つかないでね。
敏悟:
……そんな、器用じゃ無いです。
ゼリー、ごちそうさまでした。
梨子:
ええ……、こちらこそ。
さぁ、て……。
【モノローグ】(敏悟)
ゼリーを完食。
立ち上がり、ぐ、っと伸びをする。
Tシャツ1枚で。裾が危うく上下するのは、必然であって……。
もうヤメてってェ!!
梨子:
そろそろ籠もるわ。
23時にアラームかけるから、悪いけど……、
敏悟:
太一と一緒に夕飯食べて、梨子さんの分は、ここ置いときます。
梨子:
今日はなあに?
敏悟:
鶏大根と、白ネギのスープです。
梨子:(曇り無く笑い)
わ、やったあっ。
【モノローグ】(敏悟)
少女を通り越した幼児の笑みを残し、有名作家は仕事部屋へと去る。
よほどデンジャラスな〆切時以外は、週4日、1日最大6時間の執筆時間と決めているらしい。
調べ物や、各種インプット。趣味や家族との時間を、確保する為に。
家族。
それは今、俺と対面で飯を食っている、こいつの事だった。
太一:
まーったく、鼻の下伸ばしちゃってさ。マスカットの味なんか判らなかったんじゃないの。
敏悟:
……帰ってたんなら入ってくれば、
太一:
いい機会だと思ったのさ、偵察の。
―尊大に視線を流し。
太一:
母さんに付いた悪い虫の、ね。
敏悟:
鶏、旨い?
太一:
話を逸らさないでよ。
……例によってそれなりだけど。
覚えててほしいのは、僕、煮物に白だしは使ってほしく無いって事。
敏悟:
あ、そう。了解。
【モノローグ】(敏悟)
戸賀太一は梨子さんの息子であり。
らしからぬ口調だが、小学5年生だ。
エッセイを追う程のファンの間では、度々登場し、梨子女史と軽妙なやり取りを繰り広げる「T君」として有名だった。
ごく手短か、かつ有り体に言うならば、
こまっしゃくれたガキである。
太一:
ほんと、気持ち悪いなあ。第二次性徴を迎えるのが恐ろしくなるね。
敏悟:
……太一ももうすぐだよ。
太一:
僕には品性があるから。ビンゴみたいにはならないと思うよ。
敏悟:
言っとくけど俺はそんな、ガツガツしてない方だから。クラスの奴とか、女にしか興味無いみたいなのとか、酷いのになるとさ、
太一:
そういう手合いは、むしろ清々しいじゃない。
ほんとは興味深々の癖に、手で目を隠しながら、隙間から見てるようなのが1番おぞましいんだから。
敏悟:
そこから見てたのか!?
太一:
……何の話?
敏悟:
いやぁ? 何でも??
【モノローグ】(敏悟)
あっぶねー。墓穴……。
ともあれ由無し事を投げ合いつつ、食卓はそこそこ円満に進む。
今日のスープは我ながら、良い出来だった。
ごま油が効いたと見た。
敏悟:
……太一はさ。
太一:
ん?
敏悟:
やっぱり梨子さんが、その、そういう目で見られたりするのは、嫌なモンなのかな。
太一:
そういう?
敏悟:
周りの人間から、まあ、そういった種類の感情っていうか……、
太一:
要を得ないな。何を聞きたいの?
敏悟:
その、まあ、息子として。
太一:
……へえ。じゃあ認めるんだ。母さんをそういう目で見てるって。
敏悟:
いやっ、ていうか普通に、一般論として、
太一:
一般論としてなら、それはそうなんじゃないの。
そこへ行くと僕は、普通の息子じゃ、ないからね。
【モノローグ】(敏悟)
そうなのである。
俺も、この家に来てから知った事だが。
敏悟:
ごめん。変な事聞いて……。
太一:
ほんと。
でも、ビンゴは孤児仲間だから、特別に許してあげる。
敏悟:
……渋い言い方知ってるじゃん。
【モノローグ】(敏悟)
実感が湧かない。
目の前のこの子がそうなのはわかるし、経緯を想像して、同情だって出来る。しかし、
自分も、世間から見れば同じようなものだとは、どうにも思えなかった。
……ていうか、
敏悟:
ていうか、俺はついこないだだったから。
太一:
うん?
敏悟:
それまでずっと普通だったし。もう、高校生だし。
太一:
幼少から親無しの僕とかとは、違うって?
敏悟:
んー……、
太一:
小学生も高校生も、大人扱いされないって意味では、同じでしょ。
敏悟:
ていうより……、そんなキツい思いもしてないし、俺は。おこがましいって言うかさ、
太一:
親無しが皆、苦しんで生きてるっていうのも偏見だけどね。僕は別に、施設で気楽にやってたし。
敏悟:
梨子さんに会うまで?
太一:
そう、だね。
敏悟:
取材で来たんだっけ。
太一:
編集の人と一緒にね。
『渇いた雪』に、ほとんどそのまま出て来たから笑っちゃった。僕の居たところ。
敏悟:
へぇ……。
太一:
それは良いんだけどさ、ビンゴ。
敏悟:
ん?
太一:
キツい思いをしてないって、本当?
敏悟:
……、…………。
【モノローグ】(敏悟)
大根はまだ硬かったし、鶏モモはちょっと炊き過ぎた。
……改良、改善の余地アリだ。
―【間】
香澄:うわぁ、お弁当スゴ。もしかして戸賀梨子の手作り?
【モノローグ】(敏悟)
金曜日の昼休み。
所々に水溜りが残る屋上で弁当を広げているのは、別に付き合っているからとかでは無い。
偶には独りでゆっくり食事を取りたいというニーズが偶々被った結果、お互い目的を果たせなかっただけである。
ちなみに、弁当持参は俺だけだ。
敏悟:
……違う。自分で。
香澄:
へぇ。パンで済ませればいいのに。運動部でもあるまいし。
敏悟:
君こそ、毎日そんなの食べてるのか。
香澄:
結構イケるよ? アーモンドクリームパン。
敏悟:
栄養バランス。
香澄:
お腹減らないから。
朝はお兄ちゃんが、ちゃんと作ってくれるし。
敏悟:
お兄さんが? 朝?
香澄:
そう。変?
敏悟:
……、いや。別に。
香澄:
神戸くん、屋上初めて? よく入れるって知ってたね。
敏悟:
……、担任に聞いた。
考え事したい時は、行くと良いって。
香澄:
2組っていうと……、
あぁ、ツネヒコ君かぁ。不良教師。
敏悟:
変に気を回されてる感じで。鬱陶しくもないけど。
香澄:
ツネヒコ君は悪ぶってるだけあって普通のヒトだから。
私たちみたいな変な子に、気を遣うのは普通だよ。
敏悟:
わたしたち。
香澄:
私も親居ないの。
敏悟:
……、へぇ。
香澄:(ニヤと笑い)
神戸くんトコとは違うけどねぇ。
敏悟:
亡くなっては無い、とか。
香澄:
残念ながらね。
頭の中では、もう殺した。
されたコト全部、やり返してやった。
どんな風にヤったか聞きたい?
敏悟:
……遠慮しとく。食事中だし。
香澄:
そ。ウクク。
私も別にどーでもイイの。昔も今も、私にはお兄ちゃんが居るから。
敏悟:
美味しい朝食を作ってくれる、
香澄:
味は普通だけどねぇ。
……私を守ってくれたのは、お兄ちゃんだけ。
私の叫びを聞いてくれたのは。
早く大人になって、私もお兄ちゃんを守ってあげたい。
敏悟:
……歳、離れてんの。
香澄:
親子程じゃないケドね。
法律が無ければ、結婚したっておかしくないぐらい。
敏悟:
したいの、お兄さんと結婚。
香澄:
出来ない事はしたがらない主義だから。そんなの、必要無いし。
敏悟:
絆が、ある訳だ。
香澄:
コンビニエントな言い方、イヤだなぁ。
私が、想ってるダケ。
【モノローグ】(敏悟)
どこか夢見るように言い、小さな口でパンをついばむ。クリームを舐め取る舌は薄く赤かった。
血縁との絆。
ある日いきなり、根こそぎ失った俺に取っては、考えても仕方の無い事だけど。
少なくとも、あの未亡人作家+美少年養子の家族と、俺の間にあるものは、絆では無く親切心、だな、と。
雲間から差す陽の光を眺めながら、ぼんやりと思った。
―【間】
太一:
おかえり、ムッツリ下半身魔神ビンゴ。
【モノローグ】(敏悟)
最悪のアダ名を付けられた。
冷やし中華に使うメンマ、練りカラシ他を買い求め、スーパー経由で帰宅すると。
半ズボンの悪魔がプリンを食べていた。
敏悟:
……帰ってたのか。
太一:
電気系統の点検とかで、今日は休みだったの、塾。
敏悟:
遅目のおやつ?
太一:
母さんが僕の為に選んでくれたと思うと、味も格別だね。
敏悟:
今日は冷やし中華するから。
太一:
錦糸卵、してね。
敏悟:
んー。梨子さんは?
太一:
まだ寝てる。8時で寝てたら起こして、って。
敏悟:
結局原稿、ぶっ通しだったのかな。
太一:
珍しい事に。入稿まで済ませて寝たみたい。
敏悟:
へぇ……。明日、何かあるのかな。
太一:
さあ。母さんの予定は、母さんのみぞ知っていれば良いのさ。
【モノローグ】(敏悟)
十一歳にして整い切った貌を恍惚に染め、
「ジャージー生乳のとろける濃厚Wカスタードプリン」を味わう少年の、美しき義母への心酔ぶりというのは、
端的に言って、異様だった。
敏悟:
……考えたら遅くまでだよな、塾。
太一:
時間?
敏悟:
9時とかになる時あるだろ。
太一:
日によってはね。3連続になる日なんかは。
敏悟:
中学受験とか、すんの。
太一:
予定ではそのつもり。
母さんに相応しい人間に、なる為に。
敏悟:
息子として?
太一:
そうだけど?
僕に取って、あれ程素晴らしい女性は世界中探したって居やしない。初めて会った日から今日まで、少しも色褪せず、寧ろ輝きを増して……、
あるいは、僕が日々成長する毎に、感じる事の出来る魅力が増えて行くのか。
いずれにせよ、万華鏡のような女性だよ。母さんは。
敏悟:
…………。
スゴいな。
太一:
ビンゴには到底、理解出来ないだろうけど。
愛や好意は表してこそ、意味も価値もあるものだから。
敏悟:
真似は、出来ないけどさ。
……息子に、なったんだ。そんなに好きなのに。
太一:
…………、
敏悟:
あ、いや、変な意味じゃ無くて。
やっぱり年の差的な事が、
太一:(遮り)
男が女性と添い遂げる道が、恋人や夫婦だけとは限らないだろ。
僕に取ってはそれが母子だった。シンプルな話だ。
敏悟:
……、
太一:
一緒にするなよ、君とさ。
敏悟:
俺は……、さ。
確かにそんな高尚なもんじゃなくて……、
【モノローグ】(敏悟)
見た目です。あとスタイル。
優しくしてくれるし。
気にかけてくれるし。
否定してこないし。
包容力、はちょっと……、よくわからないけども。
太一:
高尚低劣の話はしてないよ。煮え切らない態度は虫が好かないって事。
敏悟:
……ごめん。
【モノローグ】(敏悟)
小学生にガチで謝ってしまった。
太一:
この一月観察してみるに君は、戸賀梨子という人に、母親と女、その両方を求めてるな。
敏悟:
…………、
太一:
亡くしたお母さんを重ねてるの?
或いは寂しさを埋める為?
敏悟:
……事故は親父も一緒に、
太一:(遮り)
父親に何かを求める程バカじゃないだろ。
敏悟:
…………、
太一:
忘れなよ。理由が何であれ、目の前から消えた人間の事なんか。
そして、思うままに生きたら良いのに。見え透いた照れ隠しなんてしてないでさ。
敏悟:
…………。
忘れようとしても、思い出せない、ってヤツだよ。
太一:
何それ?
【モノローグ】(敏悟)
何だっけ。
再放送で見た、何かのアニメの、エンディング……、
敏悟:
思うままの奴が、家の中に居て、ヤじゃないの。
息子として。
太一:
言ったろ。
僕たちは、普通じゃない。
敏悟:
……、……。
【モノローグ】(敏悟)
自分の周りに、変な奴が多いと感じるのは。
きっと俺が、どうしようもなく、普通だからなんだろう。
梨子:
……おはよぉー。あ、ふ。(欠伸)
何の話してたのぉ。
太一:
あっ。おはよう、母さんっ。
敏悟:
おはよう、ございます……。
太一:
早かったね。まだ七時半過ぎだから、もう少し、
梨子:
ありがとぉ太一。
深く眠ったから、スッキリ起きたわ。
もうじき夕飯よね?
敏悟:
あ、は、はい、そー、なん、ですっ、が……っ、
梨子:
じゃ、久々に3人揃ってご飯だ。
太一:
冷やし中華だって。
梨子:
ほんと? わあいっ。
あ、プリン食べた?
太一:
うん、美味しかったぁ。流石母さんが選んでくれた、
敏悟:(遮り)
梨子さんっ!!
―二人の視線が敏悟に集まり。
敏悟:
その、えっと、ふ、服っ……、
梨子:
服??
……、ああ、
敏悟:
この季節でもっ。風邪っ、引くと、イケないんで……、
【モノローグ】(敏悟)
今度はTシャツすら無かった。
直視できないあられもなさで、家主は笑う。
梨子:
ごめんごめん。シャワー、浴びて来るわね。
敏悟:
今から麺、茹でるんでっ。
ご、ゆ、っくり……。
太一:
……先が思いやられるなあ。
下半身魔神。
【モノローグ】(敏悟)
紅顔の悪魔が、ボソリと言った。
―【間】
―三人の食卓。冷やし中華は綺麗に平らげられている。
梨子:
美味しかったぁ。ごちそうさま。
敏悟:
おそまつさまでした。
梨子:
練りカラシがあって良かった。太一も、美味しかった?
太一:(布巾で口許を拭いつつ)
そこそこだったよ。ごちそうさま。
敏悟:
うーい。
梨子:
洗い物、今日は私が、
敏悟:
作りつつ洗ってたんで、ほとんど。
ゆっくりしてください。
梨子:
本当? ごめんなさいね……。
私、ほっとくと無限に甘えちゃうから。いつでも言ってね。
敏悟:
や、ホントに。
太一:
母さんは筆一本でうちを支えてるんだから。家の事は、僕ら穀潰しに任せてくれれば良いよ。
敏悟:
語彙、エグいな。
梨子:
誰の影響だか、ふふ。
日々健康に育って、勉強に励むのが学生のお仕事なんだから。
二人とも、いつもご苦労さま。
敏悟:
いえ全然……。太一は、励み過ぎなぐらいだけど。
太一:
ビンゴはもうちょっと頑張りなよ。期末、近いんじゃないの。
敏悟:
うぐ。
梨子:
半端な時期の転校で、大変よね。
敏悟:
まあ、まあ……。範囲あんまり違わないんで。
勉強得意な知り合いとかに聞いて、何とか。
太一:
こないだ言ってた変な女子? 何かと絡んで来るっていう。
敏悟:
あー、いや、うん、まあ、
梨子:
私の本の読者の子ね。やっぱりその子、ビンゴくんの事、
敏悟:
そーゆーのでは全然無いですね、ハイ。もー全く。
太一:
やたら強く否定するね。
敏悟:(不審な挙動で)
んなコトも、ねー、よっ??
梨子:
……うふふ。
個性的な子が寄ってくるのは、お父さんに似たのかな。
敏悟:
え……?
梨子:
仁悟さんもね、昔から妙に、変わったパーソナリティの人に好かれるの。男女問わず。
敏悟:
……、親父が?
太一:(麦茶を飲みつつ)
ジンゴからのビンゴなんだ、ていうか。
梨子:
今にして思えば、私もその、個性的なメンバーの1人だったのかも。高校の時は、自覚無かったけど。
太一:
母さんの個性と魅力は、学生時代から世界一だったろうね。
梨子:
地味な文学少女だったのよ。今と変わらない。
【モノローグ】(敏悟)
だったらマドンナやんけっ。よう言わんでしかしっ。
……それは、いいとして。
ていうか、
敏悟:
ていうか、親父と、高校から知り合いだったんですか……?
梨子:
そうよ?
梨子:
あれ? え、知らなかった??
敏悟:
母の、旧友、っていう風に……、
梨子:
美鶴さんは、先輩なの。
仁悟さんも、同じクラスだったのよ。
敏悟:
…………っ、
全、然、知らなかった、です。
太一:
馴れ初めとか、聞かなかったの。
敏悟:
ちっちゃい頃は、親父は海外で、母さんも、一緒に付いてってたから……。
太一:
……へえ。放っとかれてたんだ。
敏悟:
いやっ。中2からは一緒だったし。仕送りも毎月、
太一:
お金だけは滞りなく、と。
敏悟:
爺ちゃんのトコでちゃんと、面倒を……、
太一:
ちゃんと、ねえ。施設育ちと大差あるのかな、それ。
敏悟:
それ、は。……、
梨子:
はい、ストップ。過去や境遇を品評するのは嫌いよ。
太一:
……すみません、母さん。
敏悟:
……、……、
梨子:(敏悟を観察し)
……敏悟くん。
敏悟:
あ、はい……、
梨子:
明日、土曜だけど、予定はある?
敏悟:
明日……?
いや、特に、は。
梨子:
じゃあ、ねえ……、
【モノローグ】(敏悟)
美しい人は、笑みを含んで言った。
梨子:
私と、デートしましょう。
―【間】
【モノローグ】(敏悟)
海沿いのフリーウェイを突っ切って、カフェオレ色のバンが行く。ハンドルを執る麗人の、白い肌に映えるサングラスも眩しい。助手席に座る俺は、景色と共に飛び去って行く雲を見ていた。
窓は開いており、梨子女史は少々、フィーバー気味であった。
敏悟:
ケッコーーーーーっ、スピードっ、出ますねーーーーっ。
梨子:
なんてーーーーーっ!?
梨子:
今っ、風と道路と対話してるからーーーーーーーっ!
敏悟:
あっ! すんませんっ。何でもないでーーーーっすっ!
【モノローグ】(敏悟)
知らない梨子さんだった。
噂に聞く、運転中は人格が変わる人、が、これほど身近に居たとは。
敏悟:
梨子さんっ! 前っ、前っ!!
梨子:
見てるーーっ! むしろ、今なら何もかもが見える気がするーーーーーーっ!
【モノローグ】(敏悟)
俺の内蔵を小気味よくシェイクし、ほんの一瞬、死を想起させる猛加速の後、高速を抜けたバンは湾岸公園の敷地に入り、緩やかに減速した。
梨子:
ああーっ、気持ちよかったぁ。
窓、閉めるねーーっ。
敏悟:
ウグっ……、う……、
う、うす……、ご、ごちそうさまです……。
梨子:
原稿、行き詰まったりするとね、思いっきりブッ飛ばすの。
編集部の子を誘ったりするんだけど、何故かいっつも予定が合わなくて。
敏悟:
へ、へぇ……。
【モノローグ】(敏悟)
一回、味わったんだな。
同情イタシます……。まだ見ぬ編集の人……。
梨子:
大丈夫?? お腹痛い?
敏悟:
あ、全然……、全然何も……。
―【間】
―湾岸公園。カフェオレ色のバンは駐車場へと入る。
梨子:(徐行しつつ)
えっとぉ。うふふ。
土曜だけど駐車場、空いてる空いてる。流石、良く言えば穴場。
敏悟:
綺麗なトコですね……。
もっと、家族連れとか……、
【モノローグ】(敏悟)
カップル、とか、
敏悟:
……居ても、おかしくないのに。
梨子:
微妙にアクセス悪いから。車じゃないと来にくいし……、景色以外は、何も無いしねぇ。
【モノローグ】(敏悟)
端に駐車し、荷物を取って繰り出した。
料金所近くに看板を出すキッチンカーで、チキンのトマト煮込みサンドを買い込む。2人前、税込み1360円 也。
水筒は持参である。
梨子:
ここ、ここっ。
うわあ、ベンチ、新しくなってるーっ。
敏悟:
ここが、高校の時、よく集まってたっていう……、
梨子:
そうっ。「いつもの東屋」。
って、ほんとに何の変哲も無いんだけど。
高校も、統廃合で無くなっちゃったしねえ。
敏悟:
この近く、だったんですよね。
梨子:
目と鼻の先。ていうか、
(指を指し)あそこ。
愛染病院のとこ、そのまま学校だったの。
敏悟:
歩いて来れますね。
梨子:
放課後、いつもね。
全然馴染まないメンツで集まって。会話も一方的な投げっ放しで、全然噛み合ってなくて、私も隅の方で、本を読んでただけなんだけど。
何だか不思議と、楽しかったなあ……。
敏悟:
確かに何も無いけど、海、めちゃくちゃ綺麗……。
梨子:
でしょーっ。
久々に来たけど、景色だけは全然、変わらない。
敏悟:
思い出の場所、みたいな。
梨子:
うふふ、そんな大した事、何もなかったけどね。
でもその、よく集まってるメンツの中にね、
敏悟:
両親も。
……居たんですよね。
梨子:
……ええ。そう。
高校時代の事、美鶴さんたちからは全然、聞いてない?
敏悟:
……、ほとんど、全く。
爺ちゃんが死んで、中2で2人が帰って来て、それから、会話が無かったとかじゃ、ないんですけど。
梨子:
うん、うん。
敏悟:
親父は、中国とかアジアの、石や遺跡の話ばっかりだし。
梨子:
お仕事の、ね。
敏悟:
母さんも、どこどこの街でこんな事があった、とか、日本との文化の違いとか、そういう……。
梨子:
今を、見てたのねえ。
あの人達らしい。
敏悟:
俺も、自分のこと一通りは出来たし。
やる事も、別に、見つけられてたんで。
梨子:
うん。
敏悟:
多分、ですけど……、
俺も、両親も、親子の素人だった、って言うか。
親やる事にも、息子やる事にも、不慣れで。
慣れる前に、結局、その、
梨子:
「親子の素人」か。
そのフレーズ、今度何かで使わせてもらうかも。
敏悟:
あ……、どうぞどうぞ、全然。
梨子:
ふふ。
……私もねえ。
「夫婦の素人」のまま、相方は先に、お星さまになっちゃって。
子作りでもしてたら、また違ったんだろうけど。
敏悟:
こっ……、こず、
梨子:
「無し子」なんて縁起が悪い、って祖母が言ってたのが、一瞬よぎっちゃって。馬鹿馬鹿しいわよね。
敏悟:
…………、
梨子:
なんだかねえ、ほんとに実感、湧かないよねえ。
敏悟:
……後の事は結構、思い出せるんですけどね。
梨子:
事故の日の事、覚えてる?
敏悟:
なんか……、正直、あんまり。
学校の帰りだったのは、そうなんですけど。
梨子:
うん。
敏悟:
警察から電話来て、そっからは、流れ作業みたいな感じで……。
再生したけど、保存してない、みたいな。
梨子:
……面白い表現。
私も……、ね。
偉そうな事言っときながら、気持ちの整理も放っぽっちゃってるわ。
感情ごと、前の家に置いて来ちゃったみたいに。
敏悟:
ね。……あるある、なんですかね。
梨子:
両親と夫だから、また違うと思うけどね。私はもう、大人だったし。
敏悟:
大人……。
……です、よね。
……あの、
梨子:
なあに?
敏悟:
……顕至さん、って、その……、
どんな人、だったんですか。
梨子:
…………、
(視線を宙へと運び)
ええと、ねえ……、
敏悟:
……、
梨子:
普通ーーーー、の人。基本は真面目なんだけど。
敏悟:
普通、の。
梨子:
でも私って、偶に変なスイッチが入ったり、原稿に集中すると、色々と疎かになっちゃうでしょ。
敏悟:
まあ……、あの、はい……、
梨子:
そんな時でも、変わらず真面目に、普通でいてくれたから。
その辺は楽で、頼もしかったわ。
愛してくれてたと思うし。
私も、愛してた。
敏悟:
……、そっか。
梨子:
でも……、普通とか、変とかって、曖昧な言葉よね。
敏悟:
そう、ですかね。
梨子:
基準値がある訳じゃないし。
見る角度によって、変な部分も、普通の部分も、あるじゃない。
敏悟:
境遇は変で、人は普通、って場合もありますもんね。俺とか、みたいに。
梨子:
切り分けられる物でも、ないと思うけどね。
きっとどこかは、変なのよ。
顕至くんにだって、変だなって思う所、あったしね。古いTシャツをたくさん、集めたりとか。
敏悟:
あの、アレですね……。
梨子:
1枚1枚、結構高いのよ。趣味として理解は出来るけど、興味が無い人からしたら、変よね。
敏悟:
あの……、アレ、着る時にですね、出来たら、その、下に、楽なズボン的なものでも……、
梨子:
下に……?
あ……、そうか。嫌よね、こんなオバサンの。うふふ。
敏悟:
いえっ。断じて、そのような事はっ。
梨子:
ふふ、ふ。
ビンゴくんが年頃の男の子だって、忘れてたわ。息子でもおかしくない歳だとはいえ。
敏悟:
やあーー、その、はい、
梨子:
美鶴先輩にも怒られちゃうし。これからは自重します。
【モノローグ】(敏悟)
畜生っっっ。言うんじゃなかった、俺。
……一段落した所で、買い込んだサンドイッチを広げ、水筒のお茶を汲む。ローズヒップティーはすっきりと喉を癒やした。
意外でも無いが、太一の趣味である。
梨子:
うん、美味しい美味しい。見掛け倒しじゃない。
敏悟:
ソースが酸っぱ過ぎなくて良いですね。これ、今度再現してみようかな。
梨子:
お料理、出来るだけじゃなくて好きなのね、ビンゴくん。
敏悟:
昔からやってるんで……。
梨子:
部活も、あれよね、
敏悟:
製菓料理部ね。入ってはみたものの……。
梨子:
不真面目な部なの?
敏悟:
というか、俺以外に部長しかいなくて、自動的に俺が副部長なんですけど。
またこれが、変て言うか、よくわかんないヤツで。まだ1回も料理出来てません。
梨子:
ふふ。
あの高校はそうね、変わった子が多そうね。
敏悟:
あんまり、邪魔しない感じですね。真面目にやるのも、変なのも。
梨子:
……そうね。
真面目な子って、どこか変で。変な子も、どこかは普通よね。
敏悟:
それは……、まあ。
梨子:
変な部分も、普通な部分も、両方あって。
まぜこぜで、人間なんだって、私は思うのね。
敏悟:
…………。
梨子:
だから。
両親を亡くしても、夫を亡くしても。
施設から貰われて来ても、赤の他人と一緒に住んでても。
男の子なのに料理が好きでも、小説家なんてヤクザな商売をやってても。
いい歳して子供を生んでなくても。
大切な人を失ったのに、未だに泣く事が、出来ていなくても。
敏悟:
…………。
梨子:
全部が変で、おかしくて。
それで、普通。
……って、思えたらきっと、楽だよね。
自分は、自分なんだから。
敏悟:
…………。
梨子:(パクリと、サンドを一口)
ふふ。言いたい事言って食べるご飯って、美味しいわあ。
【モノローグ】(敏悟)
……結局、予想していたような、高校時代の父と母の、目眩くエピソードトークは聞けなかった。
取り留めも無く、今のこの街の事や、ご近所の要注意人物の事。
太一のクラスメイトの、これまた曲者の少女の事。
県境にあたる、山沿いエリアの集落に残った、祠にまつわる不可思議な祭儀の事。
作家としての処世や、担当編集者に男運が無いという話。
流石人気作家だけあって、話の組み立てが巧みで、俺は全然飽きなかった。
言外にだが、
遺された自分たちは、それでも今を生きているのだからと、
言われている気がした。
―【間】
―湾岸公園の、ベンチにて。日は、傾きかけている。
梨子:
……ふう。喋った喋ったぁ。ごめんね、一方的でしょ。
敏悟:
や、面白いです。俺、全然知らない事ばっかりで……。
梨子:(腕時計を見やり)
もういい時間ね。
……どうする?
夕焼け、見てく?
敏悟:
あ……、
皆で見てた、っていう……、
梨子:
そう。特に、仁悟さんが、好きだったから。
敏悟:
……、……、
梨子:
学校も無くなって、町も、何もかも、変わったけれど。
景色は変わらないから。
きっと、同じ夕焼け。
敏悟:
…………。
梨子:
…………。
敏悟:
今日はもう、帰りませんか。
梨子:
そう?
敏悟:
ご飯、遅くなるし。
それで、帰りに……、道路沿いに、あの、道の駅、ありましたけど。
梨子:
ええ、
敏悟:
出来たら、寄ってもらいたくて。
梨子:
もちろん、いいけど。
敏悟:
大根、買って帰りたいんです。
こないだの、鶏大根……、リベンジ、したいんで。
梨子:
わあ……。
(ぱ、と、芳しき果実の如く笑み)
やったあっ。
―【間】
【モノローグ】(敏悟)
放課後。
日曜から降り続いた雨は正午には上がり、水溜りを避けながら、傘をささずに歩く。
何も考えず、あるいは考え事をしながら校舎を出た為か、絶妙に半端な時間に駅に着いた。
何事かを忘れようと、思い出そうとしながら、
暮れかかる直前の太陽を見やりつつ、階段を登る。
ホームにて。
なかば見慣れた、色素の薄い茶色い髪が目に入った。
ニヤリ、と。
三日月の如き笑みに捕まった。
香澄:
……ふぅん。
それで結局、ナニもせずに帰っちゃったの。
敏悟:
聞いてなかったのか? 道の駅に寄ったって、
香澄:
「キママニキーナ」でしょ。野菜買えるトコ。
敏悟:
あそこさ、何でも安くて新鮮で、
香澄:
知ってるけど。
デート、デショ。
敏悟:
……言葉の綾だろ。俺を元気付ける為の。
香澄:
でもさぁ。神戸くんが大人だったらさぁ。
敏悟:
あん?
香澄:
その後、お酒トカ飲みに言ってさぁ。
……絶対、シちゃう流れだったよね。
ウクク、ク。
敏悟:
……何、を、かな。
香澄:
え?
敏悟:
……え?
香澄:
…………。高2にもなってさぁ。
その誤魔化し方はむしろイタいってば。
敏悟:
い、やあ、その、
香澄:
神戸くんさぁ、ぽいぽいとは思ってたけど。
もしかして、ど
敏悟:(食い気味)
どうっっっ!!!!
香澄:
…………「どう」??
敏悟:
……。どう、だって良いだろ、そんなこたァ…………。
んだコラァ……。
香澄:
…………。
カワイソーだから触れないでアゲルねぇ。
敏悟:
…………。
香澄:
夕焼けも見ないで大根買って。冴えないの極地だね。
敏悟:
……そんなもん、だよ。
ガキだし。
大人じゃ、ないし。
香澄:
そーだね。
敏悟:
それに夕焼けなんかさ。
これからいつでも、いくらでも見れるし。
香澄:
地球が滅びない限りね。
敏悟:
知らないけど。
……知りもしない、親の青春の思い出とかさ。見て、何か思うのも癪だし。
香澄:
ふぅん……。
敏悟:
…………。
香澄:
せめて、リベンジは成功したの。
敏悟:
大根? ま……、そこそこ。
先にレンチンするのは手だな。「前よりもそれなり」って、言ってたし。T君も。
香澄:
今度作って来てよ。
敏悟:
……君に? 何で。
香澄:
栄養バランス、大事なんでしょ。
敏悟:
……。材料余らしたくないから。
多く出来たら、ね。
香澄:
クフフ。
【モノローグ】(敏悟)
ていうか、製菓料理部の活動はどうなるんだろうか。
部室の設備は使っても良いんだろうか。悪いコト無いよな。副部長だし、俺。
…………そういう。
詮の無い事を、考えていると。
決まって、すぐに日は落ちる。
香澄:
あ……。言ってたら。
―斜陽。落日。
香澄:
ココでも夕焼け、見れたねぇ。
敏悟:
……、そーだね。
(ホームの時計を見やり)
電車……、本数、少ないよな。
香澄:
悪かったね、田舎で。
敏悟:
いや……。どこも綺麗だし。
香澄:
…………ここのベンチから見る夕陽ね。
実は結構、好き。
嘘っぽくて。
敏悟:
嘘っぽい?
香澄:
ホームの屋根と柱に縁取られてさ。16対9のアスペクト比っぽくて。
画面の向こうの、環境映像見てるみたいで。
敏悟:
…………。
ふうん。
【モノローグ】(敏悟)
赤が特別な色であるのは。
人類に、特別な何かを想起させるのは。
日が落ち、夜の訪れを報せる色だからか。
あるいは、
敏悟:
……血の色みたいに真っ赤だな。
香澄:
…………そう?
【モノローグ】(敏悟)
濁った血液と、砂利に塗れた肉片。両親、だったモノを目の当たりにした記憶を、呼び起こすからだろうか。
香澄:
毎月見るけどさ。あんなオレンジっぽく無いよ。
敏悟:
……血ぐらい、見たことあるけど。
香澄:
あ、でも偶に、
って、……うわぁ。
泣いてる人がいる。
敏悟:(声を上げず、落涙)
……、…………。
香澄:
なんなの……。人来たら多人のフリするから。
敏悟:
……くそ。
(ぐすん、と啜り上げる)
香澄:
ティッシュとかないの? 男子ってハンカチ持たないの何で?
敏悟:
…………。
事故の、連絡来た時もさ。
香澄:
親の?
敏悟:
こんな、夕焼けだった。
香澄:
……、ふぅん。
敏悟:
死体の残り見た時も、葬式の、時も。何も、思わなかったのに。
香澄:
思わないように、してたんでしょ。
敏悟:
親子らしい事とか、1個も、無かったけど。
親父が偶に作る、どっかの国の、知らない料理とか。
母さんの、外国で出来た友達の、話とか。
結構……、好き、だった。
香澄:
……へぇ。
敏悟:
……変だよな。
今更、泣くとか。
香澄:
ちょっと時間経って、よーやく実感湧いたんじゃないの。
敏悟:
そーかも……、しれないけどさ。
香澄:
……なぁーんだ。
そのうち変なトコ、見つかるかもって思ってたけど。
期待外れだったっぽいね。
敏悟:
…………、
香澄:
だってソレって……、
とっても、普通だもん。
敏悟:
…………。
(あふれ来る涙を、手の甲で拭う)
香澄:
クフ、フ……。
人が居なくてよかったねぇ。
ビンゴくん。
敏悟:
……、……、
【モノローグ】(敏悟)
珍しく。
満月のような笑みだった。
電車はもうじき、来る筈だ。
―暗転。
―【間】
―一同、横並び。
太一:
カーテンコールっ!!
「おうのう」作文のコーナーっ!!
「おうのう」の「お」!
梨子:
うふふ。
「大きな心で」。
太一:
「う」!
香澄:
えっと。
「鬱陶しくても」。
太一:
「の」!
太一:
「望むがままに」。
太一:
ラスト!
「う」!
敏悟:
また「う」か……っ、
う……、う……、
……「うどんを、食べよう」っ!!
太一:
…………2点。
―【終】