表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

『ビンゴくんの個人的懊悩』

とある町へと移り住む事になった高校生、「神戸敏悟(かんべびんご)」。

鬼が出るか蛇が出るか、舌鋒鋭き美少年、ニヤニヤ笑いの同級生、はたまた魅惑の、麗しき未亡人。

受けて立つのか、逃げ出すか、

ともあれ2017年の夏に、物語は幕を開ける。


登場人物

敏悟(びんご)

神戸(かんべ) 敏悟(びんご)」。

高校2年生。年上好き。

香澄(かすみ)

入矢(いりや) 香澄(かすみ)」。

高校2年生。ヒロインに似た何か。

梨子(なしこ)

戸賀(とが) 梨子(なしこ)」。

年齢非公表。作家。思われ人。

■太一

戸賀(とが) 太一(たいち)」。

小学5年生。梨子の息子。ボキャブラリー豊富。



―平成29年初夏の頃―

【モノローグ】(敏悟)

報せが来たのも、確か夕方だった。


―【間】


【モノローグ】(敏悟)

俺の名前は神戸敏悟(かんべびんご)。どこにでもいる普通の高校生っ。

……なんて自己紹介をする機会に恵まれる奴が、世の中に果たして、どれぐらいいるんだろうか。

詮の無い事をぼんやりと考えている内、いつしか日は陰り、緩やかに列車は停まった。

生まれ育った町も、記憶も遠く離れて、夕暮れに赤染まる新天地。

大仰なトランクを引いてホームに降り立った俺を迎えたのは、

髪の長い、匂い立つように美しい人だった。


梨子:(ニコリと笑み)

良かった、無事着いて。

貴方が……、


敏悟:

神戸敏悟(かんべびんご)です。

よろしくお願いします。


梨子:

本当にビンゴくんなのね、うふふ……。長旅おつかれさま。


敏悟:

いえ。乗ってただけなんで……。

お世話に、なります。


梨子:

戸賀梨子(とがなしこ)です。ふつつか者ですが……、

どうぞ、よろしく。


【モノローグ】(敏悟)

夕陽に影差す彼女の笑顔を、俺は一生忘れないだろうと、思った。


―タイトルコール。

梨子:

『ビンゴくんの個人的(こじんてき)懊悩(おうのう)


―【間】


【モノローグ】(敏悟)

西暦2017年の夏は、暑かった。

俺はその年、とある町の、とある高校に居て。

何人かの、変なヤツに、出会った。


敏悟:

神戸敏悟と言います。変わった名前ですが本名ですっ。前の学校ではベタにビンゴって呼ばれてました。趣味は映画とか、見に行ったりする事です。仲良くしてやってください。よろしくお願いしますっ!


【モノローグ】(敏悟)

前日に二十回は練習した無難極まりない挨拶を、降り出しの(にわ)か雨みたいな拍手で迎えられてから早、1ヶ月が過ぎて。

学園生活は依然、無風域。

悲報、吉報、共に無し。


香澄:

ねぇ……。神戸くんって、お父さんもお母さんも居ないんだよねぇ。


【モノローグ】(敏悟)

細い三日月のような笑みが、昼休みの微睡(まどろ)みを破った。

隣の、3組の。ネームバッジには、「入矢(いりや)」。

なんだ、こいつ。


敏悟:

なんだコイツ……。


香澄:

思ったコトそのまま言ったな。


敏悟:

腹ごなしに寝てたんだけど。


香澄:

ごめんねぇ? でも目、開いてたよ。


敏悟:

目ェ開けて寝るタイプ。

何?


香澄:

ウワサで聞いたの。2組のヘンな名前の転校生、事故で両親を亡くして、引っ越して来たんだって。


敏悟:

面と向かって聞く? 普通。

あと、確かめたい噂はソレじゃ無いだろ。


香澄:

ウクク。

そー、だねぇ……。


敏悟:

小説家の戸賀梨子と一緒に住んでるって話は、言っとくけど、嘘だよ。


香澄:

クフ。

あんまりテレビとか出る作家じゃないから、興味無い人は知らないケド。ちょっと本読む子には有名だよね。


敏悟:

梨子さんがこの町在住だって?


香澄:

ナシコさん、って呼んでるんだぁ。


敏悟:

……普通だと思うけど。

ビンゴくん、って呼ばれてるよ。


香澄:

そ。

私は、神戸くんって呼ぶね。


敏悟:

…………。

君、変だな。


香澄:(ニヤと笑み)

ありがとぉ。

でもさ……。

ヒトが見たら、どっちが変なのかな。


敏悟:

何が。


香澄:

言動がちょっと奇矯(ききょう)な女子高生と。

天涯孤独になって、お母さんの旧友の、美人作家の未亡人と同棲してる男子高生だったら、さ。


敏悟:

……。同棲ね。

子供も、一緒だけど。


香澄:

「T君」だぁ。エッセイの。


敏悟:

母さんの事まで……。

まあ、梨子さん近所に喋ってるからな。


香澄:

片田舎のこんな町では、話しちゃったら千里を走るよね。


敏悟:

悪事を犯したつもりは無いね。


敏悟:

どっちが変かだって? 境遇がどうあれ、俺は普通だよ。平凡だけが取り柄なんだから。


香澄:

どうかなぁ。自分では自分のコト、判んないと思うケド。

それに、前までは普通でもさ、今は違うよね。環境が人に影響しないなんてコト、あるのかなぁ。


敏悟:

…………。

だから何。


香澄:

「幸福な家庭はどれも似たりよったりだけれど、不幸な家庭はそれぞれ多彩に不幸である」、って言うでしょぉ。


敏悟:

不幸に対して多彩って言うかね。


香澄:

欠落が人それぞれであるように。

不幸にだって色があるよ。

不幸なヒトはやっぱり変で、変なヒトの話は、


―ニヤ、と細く笑み。


香澄:

面白いから。


敏悟:

……キレて突き飛ばされたって知らないよ。


香澄:

ウクク。身軽だから、大丈夫。


敏悟:

……。それに、じゃあやっぱり俺は不幸じゃないな。


香澄:

どーして?


敏悟:

ちっとも面白くないから。

あと、君の方こそどうなんだ?


香澄:

私?


敏悟:

ずいぶん失礼で、変だけど。

どんな不幸な家庭で育ったら、君みたいに変な奴になるのかな。


香澄:

…………。

私の事なんて、みんな知らないから。

じゃあねぇ。変さ対決はお預けぇ。


―香澄、立ち去る。敏悟1人残され、


敏悟:

……変な笑い方。

…………。

女子と、喋れた。


【モノローグ】(敏悟)

それも結構、可愛めの。

……ソレは、さておき。

比べるまでもなく、入矢香澄(いりやかすみ)の方が変な女だった。

どこにも籍を置かず、昨日は文芸部、今日は美術部、極まれに演劇部、と、日毎に文化系クラブを渡り歩いていて。

授業の合間や、帰りの駅のホームで、時たま声をかけてくる。

それが恋愛的興味で無い事だけは一発でわかる、薄く細い笑みで。

……ちょうど良いと、思った。

思わせぶりな女は、「同棲」の、相手だけで十分だから。


―【間】


―帰宅。戸賀梨子邸。


梨子:

あら。おかえりなさぁい。


敏悟:

うウっ!(手で目を覆い)

……梨子さんっ。ちゃん、と、服、着てくださいっ……、


梨子:

ごめんなさいね、もう、暑くて……。


【モノローグ】(敏悟)

指と指から垣間見る、バスタオルに包まれた悩ましげな稜線(りょうせん)

長ネギと、大根の飛び出す買い物袋を落としかけた。

掛け値無しに、刺激が、強過ぎる……っ。


梨子:

良いお湯だったわ。私は済ませたから、ビンゴくんも入ったら?


敏悟:

は、うっ、あ、はい……、


梨子:

ゼリー、冷えてるから。上がったら一緒に食べましょう?


敏悟:

も、桃は、お譲りしますので……、


梨子:

うふふ。今日は両方、マスカットなの。


敏悟:

さいですか……。


―【間】


【モノローグ】(敏悟)

熱いシャワーで、汗と、記憶と煩悩を洗い流さんとする。

葛藤。精神の綱引き。

「落ち着きなさいビンゴっ。いくら麗しくとも。母親と1つしか、違わないんですよっ」

「それが何だっつーんだよォ? ガバーっと、イッちまえやビンゴォ。グヒヒヒヒヒヒっ」

いやいや。


敏悟:

……夏場は地獄だって。


【モノローグ】(敏悟)

薄着、だからである。

万人がそうであるように、この魔性の未亡人も。

気もそぞろに脱衣所を後にしてリビングへ入ると、性懲りも無く……、


敏悟:

何でTシャツ1枚なんですか……。


梨子:

さっきはごめんなさいね、反応に困るモノ見せて。


敏悟:

いや……、べ、別に。


【モノローグ】(敏悟)

確かに困ったけどもっ。


梨子:

これ、顕至(けんじ)くんのお古で、たくさんあって……。

だいぶ大きいから、ちゃんと下まで隠れるし。


【モノローグ】(敏悟)

うおお。裾をつまんでヒラヒラさせるな!

夫の遺品の、哲学者の顔面がイラストされたカットソー1枚を、下着姿の上に被っただけの家主から、目を逸らす。

……それとなく。


梨子:

はい、どうぞ、マスカットゼリー。


敏悟:

あ、どうも……。


梨子:

パイナップルにしようか迷ったんだけど、今日はこっちが美味しそうだったから。

当たりだわ、うふふ。


【モノローグ】(敏悟)

原稿に取り掛かる前の、いつものルーティン。フルーツのゼリーを買って来て、おもむろに食べるという。

半透明のグリーンと、同じぐらい柔らかそうな唇に、窓明かりが差す。


敏悟:

…………、


梨子:

ん? 何か付いてる?


敏悟:

あっ。いえっ、別に。

凝視したりトカは。はいっ。


梨子:

ふふ……。


―【間】


―美貌の作家と、少年。二人、リビングにてフルーツゼリーを掬う。


梨子:

ごめんなさいね、習慣に付き合わせて。昔からなの。


敏悟:

ゼリー、好きなんで。大丈夫です。


梨子:

太一は食べてくれないし。あの子フルーツ嫌いだから。


敏悟:

プリン派だって言ってましたね。


梨子:

プリンもちゃんと、買ってあるけどね。

うん……、美味しい。


敏悟:

ね。果肉感あって。

買い溜めとか、しないんですか?


梨子:

ゼリー?


敏悟:

わざわざ買いに行ってるから。

これから暑くなってくし、何なら俺がついでに、


梨子:

えっとねぇ、それも含めてルーティーンの一環なの。その日の気分で、目に付いた子を選ぶのね。

意外とインスピレーションの(もと)になったりして。


敏悟:

へえ……。


梨子:

梨のゼリーを見付けた時は、幸運の(しるし)って。

くだらないでしょ。


敏悟:

洋梨じゃなくて、梨のね。


梨子:

ええ、そう。うふふ。


【モノローグ】(敏悟)

眼を細め、少女のように笑う。

折りに触れ見せるあどけない表情が、年齢不詳の風情を更に深めていた。

まだ明るい初夏の午後。外光だけのキッチンで、親子でもない2人、ゼリーを食べる。

不思議な、時間だった。


梨子:

学校にはもう慣れた?


敏悟:

おかげさまで。

でも梨子さん、それ3日に1回ぐらい訊いてますよ。


梨子:

3日あれば、大きな変化があったっておかしくないもの。

例えば、彼女が出来たり、とか。


敏悟:

無いですね。


梨子:

そう? ビンゴくんモテないの?


敏悟:

さあ?

……まあでも最近、変な女子からはよく、話しかけられますけど。


梨子:

その子、ビンゴくんの事好きなのかなぁ。


敏悟:

違うと思います。

梨子さんの事、知ってましたよ。去年の新刊、面白かったって。


梨子:

あら、ファン……? 迷惑になってない?


敏悟:

別に、質問攻めとかは無いんで。

むしろ梨子さんの事より、両親の事とか、聞いてくるぐらいです。


梨子:

それは……、


敏悟:

悪趣味で無神経な奴なんですよ。

事故の事とか……。どこで聞いたんだか。


梨子:

はっきり嫌だって言ったら良いのよ。


敏悟:

嫌とかは、別に……。

話も何も、俺は居合わせて無いから知らないし。

遺体が殆ど残ってなくても、一応棺には入れるんだ、とか。

そんななのに葬儀代同じなのはおかしい、とか、薄い話しか。


梨子:

……、そう。

……遺された人間に、ユーモアは大切だけれど。

自分に嘘は、つかないでね。


敏悟:

……そんな、器用じゃ無いです。

ゼリー、ごちそうさまでした。


梨子:

ええ……、こちらこそ。

さぁ、て……。


【モノローグ】(敏悟)

ゼリーを完食。

立ち上がり、ぐ、っと伸びをする。

Tシャツ1枚で。裾が危うく上下するのは、必然であって……。

もうヤメてってェ!!


梨子:

そろそろ籠もるわ。

23時にアラームかけるから、悪いけど……、


敏悟:

太一と一緒に夕飯食べて、梨子さんの分は、ここ置いときます。


梨子:

今日はなあに?


敏悟:

鶏大根と、白ネギのスープです。


梨子:(曇り無く笑い)

わ、やったあっ。


【モノローグ】(敏悟)

少女を通り越した幼児の笑みを残し、有名作家は仕事部屋へと去る。

よほどデンジャラスな〆切時以外は、週4日、1日最大6時間の執筆時間と決めているらしい。

調べ物や、各種インプット。趣味や家族との時間を、確保する為に。

家族。

それは今、俺と対面で飯を食っている、こいつの事だった。


太一:

まーったく、鼻の下伸ばしちゃってさ。マスカットの味なんか判らなかったんじゃないの。


敏悟:

……帰ってたんなら入ってくれば、


太一:

いい機会だと思ったのさ、偵察の。


―尊大に視線を流し。


太一:

母さんに付いた悪い虫の、ね。


敏悟:

(とり)、旨い?


太一:

話を逸らさないでよ。

……例によってそれなりだけど。

覚えててほしいのは、僕、煮物に白だしは使ってほしく無いって事。


敏悟:

あ、そう。了解。


【モノローグ】(敏悟)

戸賀太一(とがたいち)は梨子さんの息子であり。

らしからぬ口調だが、小学5年生だ。

エッセイを追う程のファンの間では、度々登場し、梨子女史と軽妙なやり取りを繰り広げる「T君」として有名だった。

ごく手短か、かつ有り体に言うならば、

こまっしゃくれたガキである。


太一:

ほんと、気持ち悪いなあ。第二次性徴を迎えるのが恐ろしくなるね。


敏悟:

……太一ももうすぐだよ。


太一:

僕には品性があるから。ビンゴみたいにはならないと思うよ。


敏悟:

言っとくけど俺はそんな、ガツガツしてない方だから。クラスの奴とか、女にしか興味無いみたいなのとか、酷いのになるとさ、


太一:

そういう手合いは、むしろ清々しいじゃない。

ほんとは興味深々の癖に、手で目を隠しながら、隙間から見てるようなのが1番おぞましいんだから。


敏悟:

そこから見てたのか!?


太一:

……何の話?


敏悟:

いやぁ? 何でも??


【モノローグ】(敏悟)

あっぶねー。墓穴……。

ともあれ(よし)()(ごと)を投げ合いつつ、食卓はそこそこ円満に進む。

今日のスープは我ながら、良い出来だった。

ごま油が効いたと見た。


敏悟:

……太一はさ。


太一:

ん?


敏悟:

やっぱり梨子さんが、その、そういう目で見られたりするのは、嫌なモンなのかな。


太一:

そういう?


敏悟:

周りの人間から、まあ、そういった種類の感情っていうか……、


太一:

要を得ないな。何を聞きたいの?


敏悟:

その、まあ、息子として。


太一:

……へえ。じゃあ認めるんだ。母さんをそういう目で見てるって。


敏悟:

いやっ、ていうか普通に、一般論として、


太一:

一般論としてなら、それはそうなんじゃないの。

そこへ行くと僕は、普通の息子じゃ、ないからね。


【モノローグ】(敏悟)

そうなのである。

俺も、この家に来てから知った事だが。


敏悟:

ごめん。変な事聞いて……。


太一:

ほんと。

でも、ビンゴは孤児(みなしご)仲間だから、特別に許してあげる。


敏悟:

……渋い言い方知ってるじゃん。


【モノローグ】(敏悟)

実感が湧かない。

目の前のこの子がそうなのはわかるし、経緯を想像して、同情だって出来る。しかし、

自分も、世間から見れば同じようなものだとは、どうにも思えなかった。

……ていうか、


敏悟:

ていうか、俺はついこないだだったから。


太一:

うん?


敏悟:

それまでずっと普通だったし。もう、高校生だし。


太一:

幼少から親無しの僕とかとは、違うって?


敏悟:

んー……、


太一:

小学生も高校生も、大人扱いされないって意味では、同じでしょ。


敏悟:

ていうより……、そんなキツい思いもしてないし、俺は。おこがましいって言うかさ、


太一:

親無しが皆、苦しんで生きてるっていうのも偏見だけどね。僕は別に、施設で気楽にやってたし。


敏悟:

梨子さんに会うまで?


太一:

そう、だね。


敏悟:

取材で来たんだっけ。


太一:

編集の人と一緒にね。

『渇いた雪』に、ほとんどそのまま出て来たから笑っちゃった。僕の居たところ。


敏悟:

へぇ……。


太一:

それは良いんだけどさ、ビンゴ。


敏悟:

ん?


太一:

キツい思いをしてないって、本当?


敏悟:

……、…………。


【モノローグ】(敏悟)

大根はまだ硬かったし、鶏モモはちょっと炊き過ぎた。

……改良、改善の余地アリだ。


―【間】


香澄:うわぁ、お弁当スゴ。もしかして戸賀梨子の手作り?


【モノローグ】(敏悟)

金曜日の昼休み。

所々に水溜りが残る屋上で弁当を広げているのは、別に付き合っているからとかでは無い。

偶には独りでゆっくり食事を取りたいというニーズが偶々被った結果、お互い目的を果たせなかっただけである。

ちなみに、弁当持参は俺だけだ。


敏悟:

……違う。自分で。


香澄:

へぇ。パンで済ませればいいのに。運動部でもあるまいし。


敏悟:

君こそ、毎日そんなの食べてるのか。


香澄:

結構イケるよ? アーモンドクリームパン。


敏悟:

栄養バランス。


香澄:

お腹減らないから。

朝はお兄ちゃんが、ちゃんと作ってくれるし。


敏悟:

お兄さんが? 朝?


香澄:

そう。変?


敏悟:

……、いや。別に。


香澄:

神戸くん、屋上初めて? よく入れるって知ってたね。


敏悟:

……、担任に聞いた。

考え事したい時は、行くと良いって。


香澄:

2組っていうと……、

あぁ、ツネヒコ君かぁ。不良教師。


敏悟:

変に気を回されてる感じで。鬱陶しくもないけど。


香澄:

ツネヒコ君は悪ぶってるだけあって普通のヒトだから。

私たちみたいな変な子に、気を遣うのは普通だよ。


敏悟:

わたしたち。


香澄:

私も親居ないの。


敏悟:

……、へぇ。


香澄:(ニヤと笑い)

神戸くんトコとは違うけどねぇ。


敏悟:

亡くなっては無い、とか。


香澄:

残念ながらね。

頭の中では、もう殺した。

されたコト全部、やり返してやった。

どんな風にヤったか聞きたい?


敏悟:

……遠慮しとく。食事中だし。


香澄:

そ。ウクク。

私も別にどーでもイイの。昔も今も、私にはお兄ちゃんが居るから。


敏悟:

美味しい朝食を作ってくれる、


香澄:

味は普通だけどねぇ。

……私を守ってくれたのは、お兄ちゃんだけ。

私の叫びを聞いてくれたのは。

早く大人になって、私もお兄ちゃんを守ってあげたい。


敏悟:

……歳、離れてんの。


香澄:

親子程じゃないケドね。

法律が無ければ、結婚したっておかしくないぐらい。


敏悟:

したいの、お兄さんと結婚。


香澄:

出来ない事はしたがらない主義だから。そんなの、必要無いし。


敏悟:

絆が、ある訳だ。


香澄:

コンビニエントな言い方、イヤだなぁ。

私が、想ってるダケ。


【モノローグ】(敏悟)

どこか夢見るように言い、小さな口でパンをついばむ。クリームを舐め取る舌は薄く赤かった。

血縁との絆。

ある日いきなり、根こそぎ失った俺に取っては、考えても仕方の無い事だけど。

少なくとも、あの未亡人作家+美少年養子の家族と、俺の間にあるものは、絆では無く親切心、だな、と。

雲間から差す陽の光を眺めながら、ぼんやりと思った。


―【間】


太一:

おかえり、ムッツリ下半身魔神ビンゴ。


【モノローグ】(敏悟)

最悪のアダ名を付けられた。

冷やし中華に使うメンマ、練りカラシ他を買い求め、スーパー経由で帰宅すると。

半ズボンの悪魔がプリンを食べていた。


敏悟:

……帰ってたのか。


太一:

電気系統の点検とかで、今日は休みだったの、塾。


敏悟:

遅目のおやつ?


太一:

母さんが僕の為に選んでくれたと思うと、味も格別だね。


敏悟:

今日は冷やし中華するから。


太一:

錦糸卵、してね。


敏悟:

んー。梨子さんは?


太一:

まだ寝てる。8時で寝てたら起こして、って。


敏悟:

結局原稿、ぶっ通しだったのかな。


太一:

珍しい事に。入稿まで済ませて寝たみたい。


敏悟:

へぇ……。明日、何かあるのかな。


太一:

さあ。母さんの予定は、母さんのみぞ知っていれば良いのさ。


【モノローグ】(敏悟)

十一歳にして整い切った(かお)を恍惚に染め、

「ジャージー生乳のとろける濃厚Wカスタードプリン」を味わう少年の、美しき義母への心酔ぶりというのは、

端的に言って、異様だった。


敏悟:

……考えたら遅くまでだよな、塾。


太一:

時間?


敏悟:

9時とかになる時あるだろ。


太一:

日によってはね。3連続になる日なんかは。


敏悟:

中学受験とか、すんの。


太一:

予定ではそのつもり。

母さんに相応しい人間に、なる為に。


敏悟:

息子として?


太一:

そうだけど?

僕に取って、あれ程素晴らしい女性は世界中探したって居やしない。初めて会った日から今日まで、少しも色褪せず、寧ろ輝きを増して……、

あるいは、僕が日々成長する毎に、感じる事の出来る魅力が増えて行くのか。

いずれにせよ、万華鏡のような女性だよ。母さんは。


敏悟:

…………。

スゴいな。


太一:

ビンゴには到底、理解出来ないだろうけど。

愛や好意は表してこそ、意味も価値もあるものだから。


敏悟:

真似は、出来ないけどさ。

……息子に、なったんだ。そんなに好きなのに。


太一:

…………、


敏悟:

あ、いや、変な意味じゃ無くて。

やっぱり年の差的な事が、


太一:(遮り)

男が女性と添い遂げる道が、恋人や夫婦だけとは限らないだろ。

僕に取ってはそれが母子(おやこ)だった。シンプルな話だ。


敏悟:

……、


太一:

一緒にするなよ、君とさ。


敏悟:

俺は……、さ。

確かにそんな高尚なもんじゃなくて……、


【モノローグ】(敏悟)

見た目です。あとスタイル。

優しくしてくれるし。

気にかけてくれるし。

否定してこないし。

包容力、はちょっと……、よくわからないけども。


太一:

高尚低劣の話はしてないよ。煮え切らない態度は虫が好かないって事。


敏悟:

……ごめん。


【モノローグ】(敏悟)

小学生にガチで謝ってしまった。


太一:

この一月(ひとつき)観察してみるに君は、戸賀梨子という人に、母親と女、その両方を求めてるな。


敏悟:

…………、


太一:

亡くしたお母さんを重ねてるの?

或いは寂しさを埋める為?


敏悟:

……事故は親父も一緒に、


太一:(遮り)

父親に何かを求める程バカじゃないだろ。


敏悟:

…………、


太一:

忘れなよ。理由が何であれ、目の前から消えた人間の事なんか。

そして、思うままに生きたら良いのに。見え透いた照れ隠しなんてしてないでさ。


敏悟:

…………。

忘れようとしても、思い出せない、ってヤツだよ。


太一:

何それ?


【モノローグ】(敏悟)

何だっけ。

再放送で見た、何かのアニメの、エンディング……、


敏悟:

思うままの奴が、家の中に居て、ヤじゃないの。

息子として。


太一:

言ったろ。

僕たちは、普通じゃない。


敏悟:

……、……。


【モノローグ】(敏悟)

自分の周りに、変な奴が多いと感じるのは。

きっと俺が、どうしようもなく、普通だからなんだろう。


梨子:

……おはよぉー。あ、ふ。(欠伸)

何の話してたのぉ。


太一:

あっ。おはよう、母さんっ。


敏悟:

おはよう、ございます……。


太一:

早かったね。まだ七時半過ぎだから、もう少し、


梨子:

ありがとぉ太一。

深く眠ったから、スッキリ起きたわ。

もうじき夕飯よね?


敏悟:

あ、は、はい、そー、なん、ですっ、が……っ、


梨子:

じゃ、久々に3人揃ってご飯だ。


太一:

冷やし中華だって。


梨子:

ほんと? わあいっ。

あ、プリン食べた?


太一:

うん、美味しかったぁ。流石母さんが選んでくれた、


敏悟:(遮り)

梨子さんっ!!


―二人の視線が敏悟に集まり。


敏悟:

その、えっと、ふ、服っ……、


梨子:

服??

……、ああ、


敏悟:

この季節でもっ。風邪っ、引くと、イケないんで……、


【モノローグ】(敏悟)

今度はTシャツすら無かった。

直視できないあられもなさで、家主は笑う。


梨子:

ごめんごめん。シャワー、浴びて来るわね。


敏悟:

今から麺、茹でるんでっ。

ご、ゆ、っくり……。


太一:

……先が思いやられるなあ。

下半身魔神。


【モノローグ】(敏悟)

紅顔(こうがん)の悪魔が、ボソリと言った。


―【間】


―三人の食卓。冷やし中華は綺麗に平らげられている。


梨子:

美味しかったぁ。ごちそうさま。


敏悟:

おそまつさまでした。


梨子:

練りカラシがあって良かった。太一も、美味しかった?


太一:(布巾で口許を拭いつつ)

そこそこだったよ。ごちそうさま。


敏悟:

うーい。


梨子:

洗い物、今日は私が、


敏悟:

作りつつ洗ってたんで、ほとんど。

ゆっくりしてください。


梨子:

本当? ごめんなさいね……。

私、ほっとくと無限に甘えちゃうから。いつでも言ってね。


敏悟:

や、ホントに。


太一:

母さんは筆一本でうちを支えてるんだから。家の事は、僕ら穀潰しに任せてくれれば良いよ。


敏悟:

語彙、エグいな。


梨子:

誰の影響だか、ふふ。

日々健康に育って、勉強に励むのが学生のお仕事なんだから。

二人とも、いつもご苦労さま。


敏悟:

いえ全然……。太一は、励み過ぎなぐらいだけど。


太一:

ビンゴはもうちょっと頑張りなよ。期末、近いんじゃないの。


敏悟:

うぐ。


梨子:

半端な時期の転校で、大変よね。


敏悟:

まあ、まあ……。範囲あんまり違わないんで。

勉強得意な知り合いとかに聞いて、何とか。


太一:

こないだ言ってた変な女子? 何かと絡んで来るっていう。


敏悟:

あー、いや、うん、まあ、


梨子:

私の本の読者の子ね。やっぱりその子、ビンゴくんの事、


敏悟:

そーゆーのでは全然無いですね、ハイ。もー全く。


太一:

やたら強く否定するね。


敏悟:(不審な挙動で)

んなコトも、ねー、よっ??


梨子:

……うふふ。

個性的な子が寄ってくるのは、お父さんに似たのかな。


敏悟:

え……?


梨子:

仁悟(じんご)さんもね、昔から妙に、変わったパーソナリティの人に好かれるの。男女問わず。


敏悟:

……、親父が?


太一:(麦茶を飲みつつ)

ジンゴからのビンゴなんだ、ていうか。


梨子:

今にして思えば、私もその、個性的なメンバーの1人だったのかも。高校の時は、自覚無かったけど。


太一:

母さんの個性と魅力は、学生時代から世界一だったろうね。


梨子:

地味な文学少女だったのよ。今と変わらない。


【モノローグ】(敏悟)

だったらマドンナやんけっ。よう言わんでしかしっ。

……それは、いいとして。

ていうか、


敏悟:

ていうか、親父と、高校から知り合いだったんですか……?


梨子:

そうよ?


梨子:

あれ? え、知らなかった??


敏悟:

母の、旧友、っていう風に……、


梨子:

美鶴(みつる)さんは、先輩なの。

仁悟さんも、同じクラスだったのよ。


敏悟:

…………っ、

全、然、知らなかった、です。


太一:

馴れ初めとか、聞かなかったの。


敏悟:

ちっちゃい頃は、親父は海外で、母さんも、一緒に付いてってたから……。


太一:

……へえ。放っとかれてたんだ。


敏悟:

いやっ。中2からは一緒だったし。仕送りも毎月、


太一:

お金だけは滞りなく、と。


敏悟:

爺ちゃんのトコでちゃんと、面倒を……、


太一:

ちゃんと、ねえ。施設育ちと大差あるのかな、それ。


敏悟:

それ、は。……、


梨子:

はい、ストップ。過去や境遇を品評するのは嫌いよ。


太一:

……すみません、母さん。


敏悟:

……、……、


梨子:(敏悟を観察し)

……敏悟くん。


敏悟:

あ、はい……、


梨子:

明日、土曜だけど、予定はある?


敏悟:

明日……?

いや、特に、は。


梨子:

じゃあ、ねえ……、


【モノローグ】(敏悟)

美しい人は、笑みを含んで言った。


梨子:

私と、デートしましょう。


―【間】


【モノローグ】(敏悟)

海沿いのフリーウェイを突っ切って、カフェオレ色のバンが行く。ハンドルを()る麗人の、白い肌に映えるサングラスも眩しい。助手席に座る俺は、景色と共に飛び去って行く雲を見ていた。

窓は開いており、梨子女史は少々、フィーバー気味であった。


敏悟:

ケッコーーーーーっ、スピードっ、出ますねーーーーっ。


梨子:

なんてーーーーーっ!?


梨子:

今っ、風と道路(みち)と対話してるからーーーーーーーっ!


敏悟:

あっ! すんませんっ。何でもないでーーーーっすっ!


【モノローグ】(敏悟)

知らない梨子さんだった。

噂に聞く、運転中は人格が変わる人、が、これほど身近に居たとは。


敏悟:

梨子さんっ! 前っ、前っ!!


梨子:

見てるーーっ! むしろ、今なら何もかもが見える気がするーーーーーーっ!


【モノローグ】(敏悟)

俺の内蔵を小気味よくシェイクし、ほんの一瞬、死を想起させる猛加速の後、高速を抜けたバンは湾岸公園の敷地に入り、緩やかに減速した。


梨子:

ああーっ、気持ちよかったぁ。

窓、閉めるねーーっ。


敏悟:

ウグっ……、う……、

う、うす……、ご、ごちそうさまです……。


梨子:

原稿、行き詰まったりするとね、思いっきりブッ飛ばすの。

編集部の子を誘ったりするんだけど、何故かいっつも予定が合わなくて。


敏悟:

へ、へぇ……。


【モノローグ】(敏悟)

一回、味わったんだな。

同情イタシます……。まだ見ぬ編集の人……。


梨子:

大丈夫?? お腹痛い?


敏悟:

あ、全然……、全然何も……。


―【間】


―湾岸公園。カフェオレ色のバンは駐車場へと入る。


梨子:(徐行しつつ)

えっとぉ。うふふ。

土曜だけど駐車場、()いてる空いてる。流石、良く言えば穴場。


敏悟:

綺麗なトコですね……。

もっと、家族連れとか……、


【モノローグ】(敏悟)

カップル、とか、


敏悟:

……居ても、おかしくないのに。


梨子:

微妙にアクセス悪いから。車じゃないと来にくいし……、景色以外は、何も無いしねぇ。


【モノローグ】(敏悟)

端に駐車し、荷物を取って繰り出した。

料金所近くに看板を出すキッチンカーで、チキンのトマト煮込みサンドを買い込む。2人前、税込み1360円 (なり)

水筒は持参である。


梨子:

ここ、ここっ。

うわあ、ベンチ、新しくなってるーっ。


敏悟:

ここが、高校の時、よく集まってたっていう……、


梨子:

そうっ。「いつもの東屋(あずまや)」。

って、ほんとに何の変哲も無いんだけど。

高校も、統廃合で無くなっちゃったしねえ。


敏悟:

この近く、だったんですよね。


梨子:

目と鼻の先。ていうか、

(指を指し)あそこ。

愛染(あいぜん)病院のとこ、そのまま学校だったの。


敏悟:

歩いて来れますね。


梨子:

放課後、いつもね。

全然馴染まないメンツで集まって。会話も一方的な投げっ放しで、全然噛み合ってなくて、私も隅の方で、本を読んでただけなんだけど。

何だか不思議と、楽しかったなあ……。


敏悟:

確かに何も無いけど、海、めちゃくちゃ綺麗……。


梨子:

でしょーっ。

久々に来たけど、景色だけは全然、変わらない。


敏悟:

思い出の場所、みたいな。


梨子:

うふふ、そんな大した事、何もなかったけどね。

でもその、よく集まってるメンツの中にね、


敏悟:

両親も。

……居たんですよね。


梨子:

……ええ。そう。

高校時代の事、美鶴さんたちからは全然、聞いてない?


敏悟:

……、ほとんど、全く。

爺ちゃんが死んで、中2で2人が帰って来て、それから、会話が無かったとかじゃ、ないんですけど。


梨子:

うん、うん。


敏悟:

親父は、中国とかアジアの、石や遺跡の話ばっかりだし。


梨子:

お仕事の、ね。


敏悟:

母さんも、どこどこの街でこんな事があった、とか、日本との文化の違いとか、そういう……。


梨子:

今を、見てたのねえ。

あの人達らしい。


敏悟:

俺も、自分のこと一通りは出来たし。

やる事も、別に、見つけられてたんで。


梨子:

うん。


敏悟:

多分、ですけど……、

俺も、両親も、親子の素人だった、って言うか。

親やる事にも、息子やる事にも、不慣れで。

慣れる前に、結局、その、


梨子:

「親子の素人」か。

そのフレーズ、今度何かで使わせてもらうかも。


敏悟:

あ……、どうぞどうぞ、全然。


梨子:

ふふ。

……私もねえ。

「夫婦の素人」のまま、相方は先に、お星さまになっちゃって。

子作りでもしてたら、また違ったんだろうけど。


敏悟:

こっ……、こず、


梨子:

()()」なんて縁起が悪い、って祖母が言ってたのが、一瞬よぎっちゃって。馬鹿馬鹿しいわよね。


敏悟:

…………、


梨子:

なんだかねえ、ほんとに実感、湧かないよねえ。


敏悟:

……後の事は結構、思い出せるんですけどね。


梨子:

事故の日の事、覚えてる?


敏悟:

なんか……、正直、あんまり。

学校の帰りだったのは、そうなんですけど。


梨子:

うん。


敏悟:

警察から電話来て、そっからは、流れ作業みたいな感じで……。

再生したけど、保存してない、みたいな。


梨子:

……面白い表現。

私も……、ね。

偉そうな事言っときながら、気持ちの整理も放っぽっちゃってるわ。

感情ごと、前の家に置いて来ちゃったみたいに。


敏悟:

ね。……あるある、なんですかね。


梨子:

両親と夫だから、また違うと思うけどね。私はもう、大人だったし。


敏悟:

大人……。

……です、よね。

……あの、


梨子:

なあに?


敏悟:

……顕至(けんじ)さん、って、その……、

どんな人、だったんですか。


梨子:

…………、

(視線を宙へと運び)

ええと、ねえ……、


敏悟:

……、


梨子:

普通ーーーー、の人。基本は真面目なんだけど。


敏悟:

普通、の。


梨子:

でも私って、(たま)に変なスイッチが入ったり、原稿に集中すると、色々と疎かになっちゃうでしょ。


敏悟:

まあ……、あの、はい……、


梨子:

そんな時でも、変わらず真面目に、普通でいてくれたから。

その辺は楽で、頼もしかったわ。

愛してくれてたと思うし。

私も、愛してた。


敏悟:

……、そっか。


梨子:

でも……、普通とか、変とかって、曖昧な言葉よね。


敏悟:

そう、ですかね。


梨子:

基準値がある訳じゃないし。

見る角度によって、変な部分も、普通の部分も、あるじゃない。


敏悟:

境遇は変で、人は普通、って場合もありますもんね。俺とか、みたいに。


梨子:

切り分けられる物でも、ないと思うけどね。

きっとどこかは、変なのよ。

顕至くんにだって、変だなって思う所、あったしね。古いTシャツをたくさん、集めたりとか。


敏悟:

あの、アレですね……。


梨子:

1枚1枚、結構高いのよ。趣味として理解は出来るけど、興味が無い人からしたら、変よね。


敏悟:

あの……、アレ、着る時にですね、出来たら、その、下に、楽なズボン的なものでも……、


梨子:

下に……?

あ……、そうか。嫌よね、こんなオバサンの。うふふ。


敏悟:

いえっ。断じて、そのような事はっ。


梨子:

ふふ、ふ。

ビンゴくんが年頃の男の子だって、忘れてたわ。息子でもおかしくない歳だとはいえ。


敏悟:

やあーー、その、はい、


梨子:

美鶴先輩にも怒られちゃうし。これからは自重します。


【モノローグ】(敏悟)

畜生っっっ。言うんじゃなかった、俺。

……一段落した所で、買い込んだサンドイッチを広げ、水筒のお茶を汲む。ローズヒップティーはすっきりと喉を癒やした。

意外でも無いが、太一の趣味である。


梨子:

うん、美味しい美味しい。見掛け倒しじゃない。


敏悟:

ソースが酸っぱ過ぎなくて良いですね。これ、今度再現してみようかな。


梨子:

お料理、出来るだけじゃなくて好きなのね、ビンゴくん。


敏悟:

昔からやってるんで……。


梨子:

部活も、あれよね、


敏悟:

製菓料理部ね。入ってはみたものの……。


梨子:

不真面目な部なの?


敏悟:

というか、俺以外に部長しかいなくて、自動的に俺が副部長なんですけど。

またこれが、変て言うか、よくわかんないヤツで。まだ1回も料理出来てません。


梨子:

ふふ。

あの高校はそうね、変わった子が多そうね。


敏悟:

あんまり、邪魔しない感じですね。真面目にやるのも、変なのも。


梨子:

……そうね。

真面目な子って、どこか変で。変な子も、どこかは普通よね。


敏悟:

それは……、まあ。


梨子:

変な部分も、普通な部分も、両方あって。

まぜこぜで、人間なんだって、私は思うのね。


敏悟:

…………。


梨子:

だから。

両親を亡くしても、夫を亡くしても。

施設から貰われて来ても、赤の他人と一緒に住んでても。

男の子なのに料理が好きでも、小説家なんてヤクザな商売をやってても。

いい歳して子供を生んでなくても。

大切な人を失ったのに、未だに泣く事が、出来ていなくても。


敏悟:

…………。


梨子:

全部が変で、おかしくて。

それで、普通。

……って、思えたらきっと、楽だよね。

自分は、自分なんだから。


敏悟:

…………。


梨子:(パクリと、サンドを一口)

ふふ。言いたい事言って食べるご飯って、美味しいわあ。


【モノローグ】(敏悟)

……結局、予想していたような、高校時代の父と母の、目眩(めくるめ)くエピソードトークは聞けなかった。

取り留めも無く、今のこの街の事や、ご近所の要注意人物の事。

太一のクラスメイトの、これまた曲者の少女の事。

県境にあたる、山沿いエリアの集落に残った、(ほこら)にまつわる不可思議な祭儀の事。

作家としての処世や、担当編集者に男運が無いという話。

流石人気作家だけあって、話の組み立てが巧みで、俺は全然飽きなかった。

言外にだが、

遺された自分たちは、それでも今を生きているのだからと、

言われている気がした。


―【間】


―湾岸公園の、ベンチにて。日は、傾きかけている。


梨子:

……ふう。喋った喋ったぁ。ごめんね、一方的でしょ。


敏悟:

や、面白いです。俺、全然知らない事ばっかりで……。


梨子:(腕時計を見やり)

もういい時間ね。

……どうする?

夕焼け、見てく?


敏悟:

あ……、

皆で見てた、っていう……、


梨子:

そう。特に、仁悟さんが、好きだったから。


敏悟:

……、……、


梨子:

学校も無くなって、町も、何もかも、変わったけれど。

景色は変わらないから。

きっと、同じ夕焼け。


敏悟:

…………。


梨子:

…………。


敏悟:

今日はもう、帰りませんか。


梨子:

そう?


敏悟:

ご飯、遅くなるし。

それで、帰りに……、道路沿いに、あの、道の駅、ありましたけど。


梨子:

ええ、


敏悟:

出来たら、寄ってもらいたくて。


梨子:

もちろん、いいけど。


敏悟:

大根、買って帰りたいんです。

こないだの、鶏大根……、リベンジ、したいんで。


梨子:

わあ……。

(ぱ、と、(かぐわ)しき果実の如く笑み)

やったあっ。


―【間】


【モノローグ】(敏悟)

放課後。

日曜から降り続いた雨は正午には上がり、水溜りを避けながら、傘をささずに歩く。

何も考えず、あるいは考え事をしながら校舎を出た為か、絶妙に半端な時間に駅に着いた。

何事かを忘れようと、思い出そうとしながら、

暮れかかる直前の太陽を見やりつつ、階段を登る。

ホームにて。

なかば見慣れた、色素の薄い茶色い髪が目に入った。

ニヤリ、と。

三日月の如き笑みに捕まった。


香澄:

……ふぅん。

それで結局、ナニもせずに帰っちゃったの。


敏悟:

聞いてなかったのか? 道の駅に寄ったって、


香澄:

「キママニキーナ」でしょ。野菜買えるトコ。


敏悟:

あそこさ、何でも安くて新鮮で、


香澄:

知ってるけど。

デート、デショ。


敏悟:

……言葉の綾だろ。俺を元気付ける為の。


香澄:

でもさぁ。神戸くんが大人だったらさぁ。


敏悟:

あん?


香澄:

その後、お酒トカ飲みに言ってさぁ。

……絶対、シちゃう流れだったよね。

ウクク、ク。


敏悟:

……何、を、かな。


香澄:

え?


敏悟:

……え?


香澄:

…………。高2にもなってさぁ。

その誤魔化し方はむしろイタいってば。


敏悟:

い、やあ、その、


香澄:

神戸くんさぁ、ぽいぽいとは思ってたけど。

もしかして、ど


敏悟:(食い気味)

どうっっっ!!!!


香澄:

…………「どう」??


敏悟:

……。どう、だって良いだろ、そんなこたァ…………。

んだコラァ……。


香澄:

…………。

カワイソーだから触れないでアゲルねぇ。


敏悟:

…………。


香澄:

夕焼けも見ないで大根買って。冴えないの極地だね。


敏悟:

……そんなもん、だよ。

ガキだし。

大人じゃ、ないし。


香澄:

そーだね。


敏悟:

それに夕焼けなんかさ。

これからいつでも、いくらでも見れるし。


香澄:

地球が滅びない限りね。


敏悟:

知らないけど。

……知りもしない、親の青春の思い出とかさ。見て、何か思うのも癪だし。


香澄:

ふぅん……。


敏悟:

…………。


香澄:

せめて、リベンジは成功したの。


敏悟:

大根? ま……、そこそこ。

先にレンチンするのは手だな。「前よりもそれなり」って、言ってたし。T君も。


香澄:

今度作って来てよ。


敏悟:

……君に? 何で。


香澄:

栄養バランス、大事なんでしょ。


敏悟:

……。材料余らしたくないから。

多く出来たら、ね。


香澄:

クフフ。


【モノローグ】(敏悟)

ていうか、製菓料理部の活動はどうなるんだろうか。

部室の設備は使っても良いんだろうか。悪いコト無いよな。副部長だし、俺。

…………そういう。

詮の無い事を、考えていると。

決まって、すぐに日は落ちる。


香澄:

あ……。言ってたら。


―斜陽。落日。


香澄:

ココでも夕焼け、見れたねぇ。


敏悟:

……、そーだね。

(ホームの時計を見やり)

電車……、本数、少ないよな。


香澄:

悪かったね、田舎で。


敏悟:

いや……。どこも綺麗だし。


香澄:

…………ここのベンチから見る夕陽ね。

実は結構、好き。

嘘っぽくて。


敏悟:

嘘っぽい?


香澄:

ホームの屋根と柱に縁取られてさ。16対9のアスペクト比っぽくて。

画面の向こうの、環境映像見てるみたいで。


敏悟:

…………。

ふうん。


【モノローグ】(敏悟)

赤が特別な色であるのは。

人類に、特別な何かを想起させるのは。

日が落ち、夜の訪れを報せる色だからか。

あるいは、


敏悟:

……血の色みたいに真っ赤だな。


香澄:

…………そう?


【モノローグ】(敏悟)

濁った血液と、砂利に(まみ)れた肉片。両親、だったモノを目の当たりにした記憶を、呼び起こすからだろうか。


香澄:

毎月見るけどさ。あんなオレンジっぽく無いよ。


敏悟:

……血ぐらい、見たことあるけど。


香澄:

あ、でも(たま)に、

って、……うわぁ。

泣いてる人がいる。


敏悟:(声を上げず、落涙)

……、…………。


香澄:

なんなの……。人来たら多人のフリするから。


敏悟:

……くそ。

(ぐすん、と啜り上げる)


香澄:

ティッシュとかないの? 男子ってハンカチ持たないの何で?


敏悟:

…………。

事故の、連絡来た時もさ。


香澄:

親の?


敏悟:

こんな、夕焼けだった。


香澄:

……、ふぅん。


敏悟:

死体の残り見た時も、葬式の、時も。何も、思わなかったのに。


香澄:

思わないように、してたんでしょ。


敏悟:

親子らしい事とか、1個も、無かったけど。

親父が偶に作る、どっかの国の、知らない料理とか。

母さんの、外国で出来た友達の、話とか。

結構……、好き、だった。


香澄:

……へぇ。


敏悟:

……変だよな。

今更、泣くとか。


香澄:

ちょっと時間経って、よーやく実感湧いたんじゃないの。


敏悟:

そーかも……、しれないけどさ。


香澄:

……なぁーんだ。

そのうち変なトコ、見つかるかもって思ってたけど。

期待外れだったっぽいね。


敏悟:

…………、


香澄:

だってソレって……、

とっても、普通だもん。


敏悟:

…………。

(あふれ来る涙を、手の甲で拭う)


香澄:

クフ、フ……。

人が居なくてよかったねぇ。

ビンゴくん。


敏悟:

……、……、


【モノローグ】(敏悟)

珍しく。

満月のような笑みだった。

電車はもうじき、来る筈だ。


―暗転。


―【間】


―一同、横並び。

太一:

カーテンコールっ!!

「おうのう」作文のコーナーっ!!

「おうのう」の「お」!


梨子:

うふふ。

「大きな心で」。


太一:

「う」!


香澄:

えっと。

「鬱陶しくても」。


太一:

「の」!


太一:

「望むがままに」。


太一:

ラスト!

「う」!


敏悟:

また「う」か……っ、

う……、う……、

……「うどんを、食べよう」っ!!


太一:

…………2点。


―【終】

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ