85.僕はやっぱり悪い子かも
暗くてじめじめした廊下を進み、アスティはお部屋じゃないお部屋の前に立った。僕が知ってるお部屋は、壁と扉があって中が見えないの。でもここは、中が丸見えだった。
鉄の檻になってるお部屋は初めて見た。動物の小屋みたい。中に小さな子がいて、奥の隅っこで丸まっていた。昔の僕を思い出す。震えてるのは怖いから、離れるのは殴られたくないから。頭を抱えて丸まるのは……。
「カイ! 大丈夫よ、ゆっくり呼吸をして。吸って、吐いて。そうよ、いい子ね」
アスティの声に従い、考えるのをやめて息を吸う。いっぱい吸ったら全部吐き出した。すぐにまた吸って、吐き出す。繰り返していたら、後ろからヒスイに指先を握られた。いつもは鱗のあるヒスイが冷たいのに、今は僕の方が冷たいのかな。ヒスイが温かかった。
「この子達は助けるわ。もう暴力を振るわれたりしないのよ」
「アスティ、が……助けるの?」
「ええ。親の元へ帰すの」
ほっとした。もしかしたら、アスティは僕以外にも好きな子が出来たの? って思った。僕もこうやって助けてもらったもの。優しいアスティが別の子を助けたら、その子を僕より好きになるかも知れない。
こんなことを考えるなんて、悪い子だよね。でも口にしないから許して。抱きついた僕を、アスティは優しく腕に閉じ込めた。
「この子達には親がいて、きちんと引き取られるわ。幸せになるから心配しなくていいのよ」
アスティは僕が、この子達の未来を心配してると思ってる。でも自分が愛されたいだけの僕は、やっぱり心が汚いんだよ。少しだけ寂しいけど、小さく頷いた。
「竜女王よ、番はそなたを奪われる心配をしておるのではないか?」
びくっとした。魔族の人は僕の心が読めるの? 汚くて酷い考えの悪い子の僕を知ってるみたい。恐る恐る目を向けると、赤い目をしていた。さっきまで黒い目だったのに?
「魔族は魔力を使うと目の色が変わるのよ」
僕に説明したアスティが声を荒らげた。
「お前にカイの心を読む許可など与えていない!」
「知らせてやらねば、そなたは勘違いしたままであろう?」
魔族の人を睨みつけて、アスティは僕の黒髪を撫でた。優しく何度も。うっとりして目を閉じると、頬にキスをもらった。
「カイ、心配いらないわ。私はあなただけの番よ」
「……うん、ごめんなさい」
疑ったんじゃないの。ただ不安になる。僕は何も持ってなくて、綺麗な鱗や宝石みたいな目もない。戦うのも出来ないのに、アスティみたいに素敵な人が好きになってくれる理由が分からなかった。だから怖いんだ。ある日突然「もう要らない」って言われる気がして。
「私が死ぬまで、いえ……死んでも一緒よ」
そう告げたアスティは幸せそうで、僕も釣られて笑顔になった。