83.竜女王の番は興味深い――SIDE魔族
「悪い人って、いっぱいいるんだねぇ」
感心したような声を上げる幼子は、人族を悪と認識しているのか。見る限り、魔族の血が強い様子だが、人族も混じっているらしい。己の血筋に興味がないのか、それとも人族を嫌っているのか。変わった子どもと認識したのが最初だった。
空中でドラゴンの背から手を振る辺りも、変わっている。竜族も人族も、魔族との関わりを嫌う者が多い。何らかの形で関わっても、最小限の繋がりしか持たなかった。この子はそういった禁忌を持たないようだ。非常に興味深かった。
殺伐とした場に不釣り合いな笑顔を浮かべ、無邪気に番に甘える。よほど幸せな育ち方をしたのか。呟きが漏れたのだろう。従者らしき緑の鱗を持つ少年ヒスイに否定された。
「逆です。カイ様は誰より酷い目に遭って育ったのに、誰かを妬んだり貶めることを知らない純粋なお方です」
羨ましそうに、だが誇らしげに少年はそう口にした。緑の鱗が全身を覆う姿は、ドラゴンでないと分かる。不躾を承知で尋ねれば、彼は胸を張って「蜥蜴の獣人です」と答えた。蛇はドラゴンの眷属と認識される一方で、蜥蜴はなり損ないとして差別を受けると聞く。
「差別はありますね。俺も文字が読めたから仕事がもらえましたが、そうでなければ最底辺の仕事をしたでしょう。ただ、俺はこの緑の鱗を誇りに思っていますよ。カイ様が森色と褒めてくださるから」
ただその一点をもって、弱点すら誇る。それは主君となる魔王を得た魔族の生き方に似ていた。
友人として認められ、共に学び遊ぶことを許される。番持ちのドラゴンがそのような譲歩をする話は、聞いたことがない。過去の番持ちは宝物のようにしまい込んで、他人の目に触れさせなかったが。それだけカイと呼ばれる番を、竜女王が愛している証拠だった。どんな願いでも聞き入れるほどに。
「それだけ竜女王の懐が深いのか」
「否定しませんが、カイ様が強請られたのも大きいです。私と一緒にいたいと言ってくださいました」
心底嬉しそうに誇らしげに少年は胸を張った。手を振る幼子に笑顔を返し、竜女王アストリッドが行う血腥い粛清に眉を寄せることはない。この信頼と忠誠は、この少年の誇りであり命なのだろう。正直、羨ましいと思った。
「見てないで手伝いなさい」
命じるのとも違う、柔らかな表現で参加を強制される。こうした惨劇は魔族の十八番だ。参加するのに否やはなかった。いつもなら「おい、見てないで手伝え」と上から目線で命じるであろうアストリッドの意外な姿は、幼い番を怖がらせないためか。
魔族にも番は存在する。ほとんどは会えずに終わるのだ。そのため、周囲に番持ちがいなかった。初めて知る執着具合と溺愛ぶりに、好奇心が擽られた私は気持ちが大きくなっていく。そう、面倒な願いのひとつくらいは、叶えてやってもいいと思うほどに。