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05.冷たくも熱くもないお水は初めて

 いっぱい泣いて、アストリッドさんの服をびしょびしょに濡らしてしまった。でも怒られなくて、不思議で……僕は今、一緒にお風呂に入っている。


「沁みて痛い時は言ってね」


 小さく頷く。優しい手が泡をのせて、僕の肩や首を洗う。ぎゅっと強く掴まれないから、痛くないよ。続いて背中や腕も洗ってもらって、足の先まで全部。綺麗にしてもらった。


 僕はお風呂を知らないけど、冷たくも熱くもない水は初めて。温かいが近いのかも。その温かい水を掛けて泡を流してもらった。あの泡もすごくいい匂いがする。アストリッドさんの匂いに似ていた。


 何かのお花みたいな匂いだ。アストリッドさんも裸で、僕は困って目を逸らす。きっと僕なんかが見たら失礼だから。僕の白い肌は気持ち悪い色で、さらに紫や赤、黒っぽい痣がいっぱい。こんな僕に触ってくれる親切な人を、じろじろ見たらいけない。


「さあ、お湯に入るわよ」


 お湯? 裸なのに、肌が触れちゃうのに。アストリッドさんは僕を抱っこした。それから湯気が出る熱そうな箱に向かう。僕が知ってる臭い川より幅があって、いっぱい人が入れそうな箱だった。


 ここ、入ると肌が痛くなりそう。怖くて、でも言えなかった。だってまだ痛くないから。痛かったら言ってもいい、でもまだ早い。痛くなると思い込んで、ぎゅっと拳を握った。爪を立てたら、アストリッドさんが痛いもん。僕が痛いのは我慢できるけど、誰かを痛くするのは嫌だった。


「怖くないわ、ゆっくり入りましょう」


 アストリッドさんはそう言って、洗ったばかりの銀髪をくるりと頭の上に丸めて留めた。どうやったのか、不思議。くるくると回して、何か棒を刺したら解けなかった。髪に気を取られる僕の足の先に、温かい何かが触る。


「っ!」


「痛い?」


 慌てて首を横に振った。痛くない。びっくりしたの。足の先は、箱の中で湯気を上げる水に触っていた。さっきのお湯って、これ? 熱くも痛くもない。アストリッドさんがしゃがむと、僕の足から体もすっぽいりとお湯に入った。


 首の近くまで来て怖かったけど、そこでお湯は終わり。お湯の中に座ったアストリッドさんのお膝で支えてもらい、僕は目を閉じる。すごく気持ちいい。


 昔、お母さんに抱っこされた時みたい。


「カイ、このお湯は傷を治す効果があるのよ、怖くない?」


 うん、怖くない。頷いてから迷って、小さな声を出した。


「怖く、ない」


「可愛い声ね、私はカイの声が大好きよ。もっと聞かせて欲しいわ」


 そんなこと初めて言われた。お母さん以外の人に僕が話しかけると、皆が嫌な顔をする。だから、お母さんが死んでから言葉を話さなくなった。少しでも僕を嫌いになって欲しくなかったの。


 アストリッドさんは僕の声が嫌いじゃなくて、好きだって。胸の辺りがきゅうと締め付けられた気がして、両手で押さえた。


「あら、のぼせちゃうわね。しっかり抱き付いて」


 さっきは背中から僕を抱っこしたアストリッドさんは、僕を正面から抱き上げた。ぎゅっと両手を首に回しても怒らない。僕の汚い肌が触れても、嫌だと言わない。こんな人は初めてで、僕はどうしたらいいか困ってしまった。

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